「む……」
カルラの見つかった地点から一番離れた距離にて交戦していたギーゼルベルトは突如、小さく声を漏らす。
そして同時に交えていた剣を弾き、威力に任せてシグナムを身体ごと後方へと吹き飛ばした。
これは何度かやられた事なためか、シグナムはすぐに体勢を立て直して再び彼へと斬りかかろうとする。
だけど動こうとした矢先に視線に入ったのは、明らかに無防備な状態で視線すら向けていない彼の姿。
その姿を見て居の一番に考えられるのは、誰かと念話をしているという事。しかも動きを止めるという事は、このゲームに関係する事。
罠という可能性は一切考え付かない。先ほどまででも分かることだが、彼はそんな小細工をするような者じゃない。
魔法に関しても剣に関しても、真っ向から叩き潰すタイプだろう。だから、後者よりも前者の可能性が高いことが分かる。
そして彼が動きを止めてからしばしが経ったとき、彼は念話が終わったのか不意に視線を戻して口を開いた。
「名残惜しいが、ゲーム終了だそうだ……貴様たちの勝ちで、な」
「私たちの、勝ち? ということは、隠れているもう一人というのを誰かが見つけたということか?」
「そうだ。まあ、そちらにこれだけ有利な状況で行っているのだから、自ずと結果は見ていたがな」
そう返すと彼は大剣を背中に背負うように納め、彼女へとアドルファからの言伝を伝える。
それに了解したと返す彼女へ頷くと、彼は背を向けて飛び立ち、集合地点へと向かっていった。
だが、彼が去り行くのに対してシグナムはすぐに動かず、剥き出しの剣すら片手に持つ鞘に納めず佇んでいた。
「全体的には勝ったはずなのに……勝った気になれないのは、なぜだろうな」
誰に聞くでもない、まるで自分に聞くように呟かれた静かな一言。当然誰も返す者がおらぬため、静寂が辺りを流れる。
だけど彼女自身、その呟きに対する答えはもう出ていた。全体的には勝っても、個人では負けたからなのだと。
実際のところは彼との勝負に明確な勝敗はついていない。だが、それなりに傷を負う身体と腕の震えが負けを認識させる。
彼の剣にて付けられた傷、力で押されて限界が近かった腕。どちらも、ほぼ無傷の彼とは対照的な姿だった。
ヴォルケンリッターの将にして『剣の騎士』たる自分が、これほどまでに圧倒的な差をつけられて負けた。
悔しさが強く、自分はまだまだだと思い知らされる……だけど同時に、この敗北は彼女自身にとって無駄ではない。
「次に刃を交える事があれば、そのときは……」
必ず勝つ……そう静かに呟き、彼女はそこでようやく剥き出しの剣を鞘へと納めた。
交戦中に一度勝利へと執着について彼に窘められたが、それでも彼に勝ちたいという思いは消えない。
恭也にも負けはしたが、彼に勝ちたいという思いは恭也のとき以上。だからこそ、この思いを胸に深く刻み込む。
そして自分自身に誓うかのように今一度同じ言葉を呟いた後、彼を追うようにして自身も空を駆け出した。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第二章】第二十二話 勝利が齎すもの、見え始める光
同時刻、同じくアドルファからゲーム終了の告知を受けたラーレ。
砲撃により倒壊寸前とまでに破壊されたビル、そこのヴィータがいた場所を眺めながら告知に返事を返した。
そして彼女から集合場所に関しての事を聞いた後、念話を終えて今一度目をビルに向け、背を向けようとする。
その瞬間、背を向けようとしていたビルの破片のが積もる場所にて、凄まじい音が彼女の耳まで聞こえてくる。
聞こえた音に対して半身を後ろに向けた状態で顔だけ向けてみると、その僅か先にてヴィータの姿があった。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅん……駄犬のお二人に負けず劣らず、ずいぶんと頑丈ですのね。防御越しとはいえ、アレを受けてまだ立てるなんて」
皮肉のような賞賛を口にするが、今のヴィータにはそれに反発する元気もなく満身創痍の状態。
防御越しだったのにそこまでダメージを受けた理由、それは簡単に言えば砲撃の威力が防御を大きく上回ったから。
カートリッジの魔力だけでなく、実際は本人の魔力も大きく練りこんだ集束砲撃。当然、威力は凄まじいものがある。
その魔法を真っ向から防御してまだ立てるという事自体、本音を言えばラーレにもちょっとした驚き。
だけどそれを素直に表に出さず、皮肉混じりの賞賛。それもまたラーレ・バルテルスという少女の性格である。
しかし先にも挙げた通り、ヴィータはほとんど満身創痍の状態。ラーレのその言葉に反応する気力など残っていない。
むしろ頭を駆け巡るのはどうやって相手を倒すかだけ。残った僅かな気力もそこに注ぎ込み、必死に頭を巡らせる。
そんな考えを持っているという事を警戒している様子から察したラーレは、軽く息をつきつつそれを告げた。
「無い知恵をフル回転させているところ申し訳ありませんけど、ゲームはすでに終了しましたわよ?」
「っ、誰の頭が悪いって――――……終わった?」
猿とか言われるのは怒りはするけど正直ある程度慣れてしまったが、頭が悪いと言われるのは腹が立ったらしい。
故にそこで初めて反発を返そうとするが、返すよりも先に言葉の後半の部分を頭がはっきり認識し始める。
そしてその言葉を確認するかのように呟き返すとラーレは一度だけ頷き、伝えるよう言われた事を伝える。
全ての事項を伝え終えると同時にラーレは今度こそ背を向け、ヴィータを置いてさっさと現地に向かっていった。
「…………」
伝えるだけ伝えて分かったかの一言も無しに去って行かれ、ヴィータは僅かばかり呆然としてしまう。
だがすぐに我へと返ると呻くような苛立ちの声を上げる。これが空でなければ、地団駄を踏んでいる所だろう。
ちなみにこの苛立ちは当然彼女との勝負に実質負けたという事実も含むが、一番はやはり最後まで馬鹿にされた事。
交戦中の言動もあるが、先ほども自身が立ち上がってもゲームが終了したからと言ってさっさと戻ってしまった。
これはヴィータからすれば自分がラーレの眼中に入っていないように思え、激しい怒りと苛立ちを招く羽目となるのだ。
しかしその怒りも苛立ちも向ける相手がすでにおらぬため、苛立ちのまま虚しくも自身の頭を軽く掻き毟るだけ。
そしてそれでも収まらぬ感情を表情に浮かべたまま、その場に留まるわけにもいかないためか自身も彼女に続いて飛び立った。
フェイトと合流したのは、集合地点である場所を目指してからすぐだった。
合流したときの彼女の話曰く、アドルファとの賭けに勝ったからなのはと合流しようと探していたとの事。
加えて賭けの内容を聞き、フェイトのボロボロな姿を見る事で彼女がどれだけ頑張っていたのかが分かる。
だからなのはは心配と同時に自分のためにそこまでしてくれた事への感謝を告げるも、すぐに申し訳なさそうな顔になる。
その表情を見て一体どうしたのかと疑問に思って尋ねてみると、なのはは表情を変えぬままゲーム終了の旨を伝えた。
伝えられた事に対してフェイトは若干の驚きを浮かべるも、彼女の表情とは正反対に笑みを浮かべてやったねと返す。
それによってか、なのはの表情も少しだけ和らぎ、頷いて返すと二人は並んで集合場所となる地点へと向かった。
そうしてそこからしばらくして目的となる場所へと辿り着くと、そこにはすでにほとんどの人物が集合し終えていた。
フェイトは終了した事自体知らずに探し回り、なのははカルラと少しの間話していた。そのカルラも、自分より先に戻ってしまった。
だから一番最後となり、若干の注目を集めてしまう。その際、フェイトの状態を見たアルフが駆け寄り、心配そうに声を掛けた。
それに対して安心させようと笑みを浮かべ、大丈夫と口にするも、アルフはやはり心配なのか彼女を支えるようにして元の位置に戻る。
その二人に続いてなのはも皆の下へと歩み、フェイトの隣にて足を止めると目の前に立つ四人へと視線を向けた。
「ん、全員集まったっスね。では、まず皆さん……ゲームでの勝利、おめでとうっス」
全員が集まったのを確認するとアドルファはそう告げ、パチパチを祝うように拍手をする。
だけどそれに釣られて拍手するものはカルラしかおらず、彼女に至っても袖が長い故にポフポフといった音。
故にそれは非常に虚しさのようなものを招き、そのためちょっと恥ずかしくなったのかアドルファは軽く咳払いをする。
そしてその後に再びなのはへと視線を戻し、本題とばかりに少し間を置いて口を開いた。
「それでは早速っスけど、聞かせてもらえますか? 貴方たちが、ウチらに要求したい事というのを」
賭けに勝ったなのはたちに与えられた権利。それはアドルファたちに一つだけ要求を飲ませる事。
本人たちの話通りなら、彼女たちに出来る範囲ならどんな事でもいいとの事。それ故に本来なら悩んでも可笑しくない。
だけど、なのはの中ではすでに決まっていた。彼女たちに何を要求するのか、何をして欲しいのかが。
そして他の面々も、なのはのために出張ったようなもの故、彼女が向けてくる視線に対して全員頷いた。
それになのはも頷いて返し、再びアドルファへと視線を向け直して要求となる言葉を告げた。
「お兄ちゃんを、返してください……」
「ふむ……なのはさんのお兄さんである高町恭也さんの返還。それが貴方の、貴方たちの要求という事でよろしいっスか?」
確認するかのようになのはへ、そして他の面々へと尋ねながら目を向けると誰もが肯定の意を返す。
その返事にアドルファは右手で頭を軽き掻きつつ、溜息をついて承諾と言うように頷いた。
「分かったっス。では早いほうがいいっスから、明日の同時刻のここに来てください……そこで――」
「恭也さん『だけ』を、貴方たちにお返しするっスよ」
その言葉を聞いた瞬間、なのはたち全員の思考が一瞬だけ止まった。
対してアドルファはそんな彼女たちの声はもう掛けず、カルラに結界解除の意を伝える。
それに従ってカルラが結界を解こうとした矢先、ようやく我に返った皆は静止を掛け、口を開いた。
「恭也さんだけって……リースは返さないって、こと?」
「そりゃ当たり前でしょう? 貴方たちの要求の対象は恭也さんのみ……リースちゃんまで返す義理はないっスよ」
「しかし、そのリースという子は高町恭也のデバイスなのだろう? ならば、彼の返還はその子も含むと解釈すべきではないのか?」
「現在の所有者が恭也さんであっても、元はウチら側の子っス。それを恭也さんの付属で返せっていうのはさすがに飲めないっスよ。そもそも、そういった要求を避けるために最初に二つ以上の要求を複合したものは駄目って言ったんスけどね」
そう言われて思い返してみれば、確かにアドルファはゲームが始まる前の賭けの話でそう言ったのが思い出せる。
二つ以上の要求を複合しない。それはこの場合、恭也の返還とリースの返還をごっちゃにして考えるなという意味。
例え、彼女が恭也のデバイスであったとしても。言い分はある意味正当なため、皆は揃って何も言えなくなる。
恭也を返して欲しい……それだけを考えすぎて彼女の告げた事をちゃんと考えなかった彼女たちの失態。
だけどここで先の要求を撤回したとして、他に要求など浮かばない。ごっちゃにするなと言われた以上、二人を同時に取り戻せる要求など。
故に誰も何も言えないまま辺りが静まり返り、結界を消せと言われたカルラはどうしたらいいのか分からずオロオロとしていた。
そんな彼女にもう少しだけ維持しててと頭を撫でながらアドルファは告げ、小さな溜息をついた。
「で、どうするんスか? さっきのを撤回して違う要求にするっスか? それともさっきのでオッケーって事にするんスか?」
「えっと……その……」
なのはとしては、兄である恭也を返して欲しい。だが、それでリースを蔑ろにもしたくない。
つまり、どちらも返して欲しいというのが本音。でも、それは先ほどの一言で駄目だとすでに言われている。
どうしたらいいのか分からない、どんな要求を言えばいいのか分からない。だから彼女は、次第に俯いていってしまう。
しかし、皆が何も返さずなのはもそんな状況になってしまう中、フェイトのみは真っ直ぐに彼女を捉え、一歩前に出る。
それにアドルファだけならず、他の全員の視線もそちらに集中する。だけど彼女はそれに動じず、その一言を口にした。
「貴方たちが拠点とする艦の現在地を教えてって言ったら、答えてくれる?」
その要求は、誰にとっても驚きとなるもの。なのはたちだけでなく、アドルファたちにとっても。
だが、驚きを浮かべるもアドルファはすぐに笑みを浮かべ直し、その要求でいいのかと本人と周りの者に尋ねる。
尋ねられた皆はすぐには頷けず、どうしたものかと悩んだ。しかし、その悩みも途端に響いたフェイトの念話にて解消する。
念話にて告げられた内容は、今の要求の意図。それは聞いたところ、恭也とリースを助けるための強攻策の伏線。
相手の拠点がそう遠くない場所であれば、移動される前に向かえば接触する事が可能となる。
そうなると下手をすれば大規模な戦闘になる可能性はあるも、二人を同時に助けて尚且つ事件を解決できる可能性もある。
むしろ、いつかはそうなるかもしれない事態を少し早めるだけ。だから二人を助けるならばある意味、好条件。
その意図を聞かされた皆は同時に納得をし、聞こえると同時にアドルファの問いに対して各々頷いて返した。
「ん……では要求を変更して、ウチらの拠点である『スキルブラズニル』の現在地を教えるという事で。ただ、正確な座標となると戻ってみないと分からないので、後ほど通信でそちらの艦に座標を送る事にするっス」
「言っとくけど……嘘送りやがったら許さねえからな?」
「あはは、そんなことしないっスよ。ウチはどんな事に関しても嘘は言わない女っス。ですんで、安心して待っててください」
念を押すようなヴィータの一言にそう返すが、大概の者には胡散臭く映るのは正直なところ仕方が無いだろう。
だが、フェイトとしては彼女が嘘を言わない事を信じている。先ほど二人で行った賭けのときも、そうだったから。
それ以外で問題となる事があるとすれば、教えてから場所を移動されてしまうという事態だろう。
だけどこれに関しては待ってろとも言えないため、どうしようもない。遠くへ移動される前に座標に到達するしか手段がない。
故に今は分かったと頷くしかなく、アドルファもフェイトに一度だけ目を向けた後、再びカルラへと結界解除の指示を告げる。
それにカルラは頷いて右手を振るい、袖で隠れるそこから僅かな光を輝かせ、途端に町を覆う結界が消え去った。
「ではでは、ウチらはこれにて失礼させていただくっス。今宵のゲーム、中々に楽しめましたっスよ、皆さん♪」
結界解除と同時に練った転送魔法の光に四人が包まれる中、アドルファはそう告げる。
そしてその転送が完了する間際、ギーゼルベルトの視線はシグナム、ラーレの視線はヴィータへと一瞬だけ向けられていた。
だが、どちらも向ける視線の意味合いが違って前者は挑戦的な視線、後者は挑発的な視線というものであった。
それに返す二者の視線も前者は同じ意味合いの視線、後者は苛立ちと怒りの視線というようにまた違っていた。
しかしそんな視線同士が合ったのも本当に一瞬だけ。互いの感情を向け合ったと同時に、彼らの姿は消え去った。
そして彼女たちが去った後、途端に緊張の糸が切れたのか各々大なり小なり息をついて肩の力を抜いた。
その際、先ほどのも加えて一番気を張っていたであろうフェイトは特に酷く、息をつくと共に身体全体の力が抜け、倒れそうになる。
それでなくてもアドルファとの一戦にて負った傷もある。ある一つ以外ほとんどが浅くとも、積み重なればそれなりのダメージ。
故に倒れそうになるのだが、慌てて手を伸ばしたアルフとなのはによって抱きとめられ、倒れてしまう事自体は免れた。
だけどダメージが抜けたわけではないため、先ほどまでずっと痛みを我慢してたのだろうか、途端に若干荒めの息をつき始める。
そのため皆は急いで近場にて待機させていたシャマルを呼び寄せ、アースラへ戻るよりも先に彼女の治療へと移るのだった。
魔法にて治療をし始めたシャマルによると、フェイトの傷は全てに於いて大した事はないらしい。
全て於いてであるため、肩に受けた傷も同様。故に彼女の苦しげな様子は、緊張と戦闘による疲れが原因だと判断された。
そのため外傷はほとんど魔法で治し、疲れが原因という事でアルフが彼女を背負い、その背中で彼女の意識は落ちた。
そうしてフェイトに続けてヴィータ、シグナムと治療を行い、他に傷を受けた者がいないと分かると転送魔法を練り始める。
そして一同はアースラへと戻り、適当な部屋にフェイトを寝かせてくると告げたアルフと分かれ、皆はブリッジへと赴いた。
「…………」
当然と言えば当然か、ブリッジへと入った一同を一番に出迎えたのは、クロノ。
その後ろの右サイドにはアイラとはやて、左サイドにはリンディがそれぞれ立っていた。
この三人は微妙な笑みやら複雑な表情やらをしているが、クロノのみはそれらと全く異なった表情をしている。
一言で言えば、怒っているというような表情。頭が痛いとばかりに片手で額を押さえ、こめかみをヒクつかせている
それを見た矢先に一同は怒られることを覚悟して歩み寄ると、彼は一同が足を止めたのを合図に口を開いた。
「独断で危険の中に飛び込むなんて……一体何を考えてるんだ、なのは」
「……」
「確かに君はまだ民間協力者という立ち位置だから、厳密には僕たちの言い分を聞く義務はない。だけど、せめてやっていい事と悪い事ぐらい弁えてくれ。君が一つ勝手な行動する事で、こちらは慌しくも対応に追われる羽目になる……今回のに至ってはまだ処遇の曖昧な者と結託した挙句、その人達と共に彼女たちと接触するという危険行動に出た。これがどれほど僕たちの、そしてはやてや守護騎士の人達の立場を悪くするのか……言わなくても、簡単に分かるだろ?」
「……うん」
言い分に関しては怒鳴ってこそいないが、しっかりと怒気を含んだ責めるようなもの。
それ故になのは自身何も言えずに頷くしかなく、他の面々も弁護したくても口出しできる雰囲気ではなかった。
だが、彼女の落ち込み気味から反省していると取ったクロノは溜息をつき、一転した事を口にし出した。
「はぁ……ただまあ、今回のは君の気持ちを考えずに何もしようとしなかったこちらにも非がある。だからというわけじゃないけど、一応今回の件に関してはこれが僕たちの作戦だったという事で上には報告しておく事にするよ。そうすれば、はやてや守護騎士の皆、そしてフェイトやアルフもとやかく言われる事はないと思う」
彼自身あまり好ましく思っていない偽りを混ぜた報告をして皆に何のお咎めがないようする。
簡単に言えばそういう意味合いの事を言われ、先ほどとは余りに一転した事だったために俯いていた顔を上げる。
その際に目が合ったクロノは少しばかりそっぽを向き、続けて目を向けた後ろの三人は各々笑みを浮かべる事で返した。
ここから分かる事はつまりこの三人が、特にリンディがそうするようクロノを説得したためこうなったのだろうという事が分かる。
だが、母親であると同時にクロノよりも上の位に位置する彼女でも、偽りの報告などを勧めるのは立場上でも宜しくない。
それでもそうクロノを説得したのは先ほどクロノが言ったとおり、彼女自身もあの決定をした事への罪悪感があったから。
兄である恭也が攫われて、妹のなのはが本来平静でいられるわけがない。だが、彼女は辛さを我慢して表向きは平静を保っていた。
それが昨日のあの決定を聞き、辛さが我慢の限界を超えてしまった。その際の悲痛とも言える彼女の様子で、罪悪感は一気に膨らんだ。
極めつけは今回の独断。本当ならリンディとて怒るべきなのだが、それよりもそこまで追い込んでしまったという意識の方が強い。
だからせめてもという思いで良くない事だとは分かっていても、そういった報告をするようにクロノを説得したのだ。
対するクロノも拒否しようものなら出来なくはなかった。だけど素直に彼女の指示通りにすると言ったのは、やはりリンディと同じ。
加えてリンディだけならず、はやてやアイラまでにも加勢され、リンディと同じ思いというのもあってか、こういった形で納まった。
「ありがとう、クロノくん……それと、本当にごめんなさい」
「お礼なら母さ――……艦長たちに言ってくれ。それと謝罪についてはまあ、今後こういった事に関してはどんな理由があれ、僕たちに話を通すようにしてくれればいいよ」
要するにそれは一人で無茶をするなという意味。そこを読み取ったなのはは小さく、静かに頷いた。
だが正直なところ、こういった件でのなのはは信用ならない。下手をすればまた、同じ事を繰り返すだろう。
だけどそれをここで言っても仕方がないため、とりあえずはそれで納得するという事で彼も頷き返すのだった。
今回のゲームとやらであった事や分かった事。お叱りの後、なのはたちはそれらを全て話した。
だが、賭けで得たもの以外はイマイチ意味の理解出来ない情報が多く、有益とはとても言えなかった。
結局のところ簡単に情報を漏らしてしまうほど相手は甘くないという事。それはそもそも元より分かっていた。
しかしそれでも若干の落胆の色は隠せない。元より分かっていたとはいえ、多少なりとも期待の念はあったのだから。
故に彼女たちが全てを話し終え、フェイトの様子を見に行くとはやても連れてほぼ全員が出ていった後、彼は僅かに溜息をついた。
「敵艦の現在地を知る事が出来るというのは確かに状況を好転させる良い札だけど……正直、あまり当てにはしないほうがいいですね」
「確かにな。アイツの事だから、何の備えもなしって事はねえだろうし、そもそもアイツらの艦にあのシールドがある限り、捕捉すら無理だろうな」
現在地を教えてもらったとしても、それを含めて全てに於いて後手に回ってるのならば不利には変わりない。
アイラが口にしたような事、つまりは以前のアイラの話であった事を考えると発見すら出来ないかもしれない。
つまりは現在地を教えてもらった段階で、敵艦のシールドをどうにかしなければ不利どころか行動自体が無意味。
ただのシールドならば砲撃で破るか、結界のように術式を解析してそこから破る手段を導く事も出来る。
しかし、その破らなければならないシールドによって捕捉が出来ないとなれば、砲撃で破る事も術式解析も出来たものではない。
更には敵艦に以前までいたアイラですら、それを外部から解除する方法など知らないため、結局は打つ手がないに等しかった。
「ん〜……せめて恭也かリースと連絡を取る手段があれば、内部から解除させる事も出来るんだけどなぁ」
「シェリスちゃん伝で頼む、というのはどうかしら? リースちゃんの説得が成功してたなら、今度会ったときにでも伝えてもらえば……」
「その間で逃げられでもしたら元も子もねえだろ。大体、成功したとしてもシェリスがまた現れるっていう保障もねえし」
深刻だと言える事態の最中で何の保障もない事を頼りに動く事は相応の確率で無意味になる場合がある。
そういった意味合いの指摘をアイラの口より告げられ、事実であるが故にリンディは返す言葉もなかった。
そうしてこの後もこの件の対策に関する話し合いを続けていくのだが、対応策となるものはやはり浮かばなかった。
故に三人が悩みに悩み続ける最中、三人のすぐ近くの席にてパネルを操作していた少女――エイミィより声が上がった。
それにどうしたのかと思った三人は思考を中断し、そちらへと向いて声を掛けつつ僅かに歩み寄る。
だが彼女が声を上げた原因を口にするよりも早く、目に入った画面を見ることで事態を三人ともすぐ察した。
「通信……しかも通信先は、アンノウンか。これはもう、彼女たち以外には考えられないな」
「だな。なのはたちから早めに送ってくるって言ってたと聞きはしたけど、ここまで早いなんてな」
通信先が表記されない場所からの通信。しかも画面越しに話すものではなく、文章を送るというもの。
この時点で相手が誰かはほぼ確定している。だからこそ、話には聞いていても早いなと思わざるを得なかった。
しかし来た以上は見ないわけにはいかず、クロノは開いてくれとエイミィに告げ、それに頷いた彼女はパネルを操作してそれを開いた。
開かれたと同時に四人の目に飛び込むのは話どおり、どこかの場所を示す座標と思わしき数字。
更にはご丁寧な事に座標の下のほうには短く、待ってるなどという言葉が添えつけられている。
それはあからさまな余裕が窺える一文。だけど、いちいちそれに腹を立てるような者はここにはいない……アイラ以外は。
「相変わらず、やること成すこと全てがいちいちムカつく奴だな……くそ、こんなことならあっちにいたとき一度でも殴っときゃよかった」
エイミィの座る椅子の背凭れの上に手を置き、苛立ちを表すかのように音さえしそうなほど強く掴み出す。
それに一番恐怖してしまうのは椅子に座ってる本人。普段の彼女とは見違えるほど、冷や汗を掻きつつ大人しくなっていた。
そんなエイミィを見てかクロノもリンディも助けとばかりにアイラを宥め、それが幸いしてか程なくして彼女は落ち着いた。
「ふぅ……じゃあエイミィ、送られてきた座標から早急に位置の特定をしてくれ。それが判明次第、アースラの航路を目的地点に向けて発進させる」
相手がある程度備えをしているのは確実。それ故にどういった行動に出てくるか分からない。
向こうの艦のほうが速度が速ければ、着く前に逃げられる可能性もある。そうなれば、行くだけ無駄であろう。
だけど若干でも希望がある限りは、それに賭ける。今の自分たちには、そうする以外手段がないに等しいのだから。
そういう思いから下した指示にエイミィは頷き、パネルを操作し始めてから約一分程度で目的地を割り出した。
そして操舵首に指示を飛ばしてアースラの航路を目的地へと向け、艦はその場所へと向けて動き出していった。
あとがき
【咲】 現在地を教えたところで、相手側がある程度有利なのに変わりはないわよねぇ。
うむ。逃げる、待ち伏せる、隠れ続けるといった具合に、先手の彼女らが取れる手段は多いからね。
【咲】 確かに恭也だけを助けるっていうのは取れないだろうけど、安易な考えで要求してしまったわね。
まあ、正の方向だけを考えてたのは事実だな。だけど、後手の彼女たちのも希望はまだある。
【咲】 希望、ねぇ……例えば?
ふむ、まず一つとして、彼女たちは自分たちの艦のシールドに大きく頼りすぎてる点だな。
シールドがある限り捕捉されんけど、それを過信しすぎて逃げるという行為を取らない可能性は高い。
【咲】 その点は特にラーレとかの性格を考えるとあり得るわよね。
うむ。次に二つ目として今は詳細を秘密にしとくけど、あのシールドには弱点があるのだよ。
【咲】 弱点? 半透明化にする分、守りとしての機能が薄いとか?
それもなくはないが……まあ、これに関しては次のなのはたち管理局サイドで明らかになるよ。
【咲】 ふ〜ん……。
で、最後としてだが、今回の話でも出てきたんだけど、恭也&リースが敵艦内にいるということだ。
クロノたちは連絡を取る手段がないからと切り捨ててるけど、こちらはこちらで逃げようとしてる。
だから、彼ら二人が何をしても、その際に何が起こったとしても不思議ではない。
【咲】 なるほどねぇ……あの二人もまた、事件解決の鍵となるわけね。
そういうことだな。まあ、何をしてくれるのかは次回からの恭也&リースサイドにてご期待を。
【咲】 次回以降で何かするわけ?
さあ、それはまだわからんよ。でもまあ、何もしないというのはないだろうね。
【咲】 にしては、あっちのサイドってほのぼのとかコメディとかが多いわよね。
敵があの性格だからねぇ……とまあ、そんなわけで次回からは恭也&リースサイドに入ります。
次回はようやく前回の続き。恭也&リースとカルラの模擬戦が展開されます。
ああ、ちなみにこの二人がポーカーで負けた事で課せられた事も次回出てきますんで。
【咲】 ていうかさ、ギーゼはああ言ってたけど、カルラってあまり強そうには見えないわよね、実際。
見た目で判断したらいかんよ。戦い嫌いは戦いになると意外に強かったりするもんだ。
【咲】 そういう考え方もなくはないけどね。
まあ、詳しくは次回をお楽しみに。てなわけで、今回はこの辺にて!!
【咲】 また次回会いましょうね♪
ではでは〜ノシ
とりあえず、ゲームは勝利したけれど、って感じかな。
美姫 「上手い事逃げられたって感じもするけれどね」
とは言え、恭也だけを返してというのもなのはの性格からは無理だろうしな。
美姫 「次回は再び恭也たちのお話になるみたいね」
だな。こちらはどうなっているのかな。
美姫 「次回も待ってます」
待ってます。