《……何を言ってるの、リース? そんなもの、こんなところにあるわけ――》

 

「ないって言うなら、何でそんなに頑なになるのよ。アイツの部屋を漁ってたときだって止めようとはしてたけど、ここまでじゃなかったじゃない」

 

引っ張る力が途絶えてから僅かに間を置いて返ってきた否定の言葉に、リースは間髪入れず返した。

それによってまたカルラは言葉に詰まり、黙してしまう。確かに彼女の言うとおり、今の行動は強引ではあったと思うから。

もう少し上手い言い方や行動が出来れば勘繰られる事もなかったかもしれない。故にこそ、後悔の念を抱く事となる。

だけど後悔したところで、後の祭りとなった今ではどうしようもない。このまま強引に連れて行ったとしても、必ずリースはここに戻ろうとする。

そしてまた先ほどのような騒動を起こしてしまう。入力する番号が分からぬまま適当に押して、警報を鳴らしてしまうという騒動を。

先ほどは自分がいたから誤魔化す事も出来た。しかしこれがリース一人、もしくは恭也も一緒にいた場合だとしても、もう誤魔化すのは不可能だろう。

誤魔化す事が出来なければ、警報で駆け付けた誰かに見つかり、おそらくは最低限の行動以外を制限されてしまう事になる。

別にそれがカルラにとって不利に働くというわけじゃない。でも、それでは本当の意味でただ捕らえただけの人になってしまう……それは、どうしても避けたかった。

それが自分の嫌いな同情というものだとしても、二人をそんな形にしたくなかった。だからしばしの思考の後、小さく溜息をつきつつ――――

 

 

 

《分かった……そんなに見たいなら、少しの間だけ見て回ってもいいよ》

 

――言葉を一転させて了承を口にし、掴んでいたリースの腕を離した。

 

 

 

彼女からしたら突然の了承。だが、下手にその理由を詮索して気が変わったと言われるのも何かと面倒。

もっとも、カルラなら一度了承したら撤回するとは思えない。たかが数日とはいえ、そういう子だと言う事はリースでも分かっていた。

しかし可能性が完全にゼロではない故、手を離されるとありがとと短くお礼を言い、見て回るために歩きだそうとする。

だけどその途端、慌てたように再び手を掴まれ、ピタリと歩みを止めつつどうしたのかと振り向くと彼女は少し俯き加減で告げてきた。

 

《その代わり、一つだけ約束して。ここで見た事は恭也さん以外、誰にも言わないって……》

 

「……恭也以外?」

 

《うん。あまり考えたくはないけど……もしも二人がここから逃げだせたとしても、ここで見た事だけは恭也さんとリースだけの秘密にして欲しいの》

 

逃走を図り、無事に自分たちから逃げだせたときを仮定しての発言。これは若干、攫った本人たちから発せられるにしては弱気にも思える。

だが、それ以上に続けて放たれた言葉の意味が分からない。誰にも言わずならまだ分かるが、どうして恭也にだけは言ってもいいのかが。

自分と恭也には気を許しているから? いや、所詮数日という短い期間で得た信用などで、重要であるかもしれない事を教えはしないだろう。

ならば、ここでリースに知られようが、恭也に知られようがどの道真意には辿り着けないと思っているから? いや、それもよく考えればないと否定できる。

そもそもこれから見られるかもしれない物を見たところで真意に辿り着けないと確信出来るなら、そんな約束をする必要もなく、あそこまで拒む必要もない。

だったら一体何で恭也には話しても構わないというそんな曖昧な約束を持ち出すのか……そこの意味が分からなかったが、時間も無駄にはしたくないため、素直に頷いた。

その頷きにカルラは本当かどうかを確かめるように俯いていた顔を上げ、リースの瞳を覗き込む。そしてしばし視線を合わせた後、再び小さく溜息をつく。

その溜息の後、再度手を離して案内するからと歩き出した。それにリースは遅れぬように慌てた様子で隣に駆け寄り、同じ歩調で歩み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第二十六話 我儘娘と罰ゲーム、少女たちの探検記 中編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リースとカルラが動力室で騒動を起こす少し前、恭也は指定された場所へと赴いていた。

以前あった艦内の案内の際、立ち寄った娯楽室と呼ばれる場所。だが、それは本当に名前だけで、実際は『蒼き夜』の溜まり場となっている場所。

そこに恭也が一人でわざわざ赴く理由を挙げるなら、ただ一つ。それは先ほども言った先日の案内で立ち寄った際、行われたポーカーに負けた事。

それによって罰ゲームを受ける羽目となった彼は昨日言い渡された指示通り、朝食食べしなからこうやって娯楽室に来たというわけだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

指示した者、指示された者だけしかいない二人だけの状況。にも関わらず、会話らしい会話は一切ない。

というのも罰ゲームを指示した本人であるラーレは彼がやってくるなり、『部屋を掃除しなさい』と言い、掃除用具を指差したきり、読書に没頭しているのだ。

故にその指示があってから掃除を始めて早一時間、読書するばかりで彼女は話しかけず、恭也も特に話しかける事もなくただ掃除するだけ。

だから掃除の際に発せられる物音しか響かない静かな状況。それに少しだけ居心地の悪さを感じながらも、律儀にも彼は丁寧に掃除する。

だが、掃除していく最中である地点に到達したとき、彼の手は止まる。そしてその場所に置かれているある物を前にして、少しばかり悩む。

しかし悩んでもそれをどう対処して掃除すべきかの答えが出ず、仕方なしに未だ読書に没頭しているラーレへと少しばかり近づき、声を掛けた。

 

「読書中のところ悪いんだが、少し聞きたい事がある」

 

「……何かしら?」

 

「あそこを掃除したいんだが、置かれている大量のぬいぐるみはどうすればいいんだ?」

 

指さしながらそう言い、ラーレが僅かに視線を向ける先にあるもの。それは今の言葉に出た通り、ぬいぐるみの群れ。

乱雑に置かれているのではなく、丁寧に並べるようにして置かれ、その上で実に綺麗と言えるほどの見事な山を形成している。

しかも置かれているぬいぐるみは一つとして同種類が無く、熊や犬、猫や鳥などの様々な種類のぬいぐるみがあり、どれもほとんど汚れがない。

だからこそ、掃除するという状況下では扱いに困る。下手に構うと崩れそうだし、崩れないよう退かしても再度同じように置ける自信はない。

そのためそのぬいぐるみの群れをどうするべきかを尋ねたのだが、彼女は興味無さげに視線を本へと戻してただ一言だけ告げた。

 

 

 

「適当に退けて掃除してくださいな。なんでしたら、ゴミ袋にでも詰めて捨てても構いませんわ」

 

 

 

ぬいぐるみの群れをどうでもいいとばかりに扱うその言動からすれば、十中八九彼女の物ではないのが分かる。

だとすれば一体誰の物なのか……そんな事を考えると、この間のポーカーの際にラーレ自身が言っていたある一言が頭に浮かぶ。

つべこべ言わずに参加しなければ、あのぬいぐるみの群れを消し炭に変える……ポーカーへの参加を渋る、カルラに向けて放たれたその一言が。

この一言を思い出してみれば、あれの持ち主がカルラであるという事が簡単に想像出来る。だが、だからといってラーレの先の一言に頷く事は出来ない。

ここでもし、万が一彼女の言うとおりにぬいぐるみを捨てたとしてもカルラは怒らないだろうが、今までに見た事もないほど悲しむだろう。

そして基本的にここにいるであろうラーレを問いただし、彼女の性格からして恭也だけに責任を擦り付ける。そうなれば、彼女の恭也を見る目が確実に変わる。

別にそこを気にするというわけではないが、少なくとも女の子を悲しませるというのは避けたい。それ故、ラーレの言葉の最初だけを汲み取り、行動へと起こした。

大抵少し雑に扱っても傷がつく事はないだろうが、それでも丁寧に二個ずつ横に退けていく。そして完全に退け終えた後、そこを箒で掃いてゴミを取る。

その後にバケツで雑巾を絞って水を切り、軽く拭いてからなるべく先と同じになるように山を形成していき、積み終えて掃除完了。

そこから他のまだ掃除が行き届いていない場所を掃除していくこと三十分。ようやく掃除を終えた恭也は元あった場所に掃除用具を戻して次の指示を仰いだ。

 

「そうですわねぇ……じゃあ、少し喉も渇いた事ですし、お茶でも入れてくださるかしら?」

 

「という事は、給仕室まで行けという事か?」

 

「それも中々面白くはありますけど、さすがの私でもあんな遠くまでお茶を入れに行けなんて言いませんわよ」

 

「なら、どうすればいいんだ?」

 

「入口の近くにお茶を入れるための道具一式が置いてありますから、それを使いなさいな。ついでに少し休憩という事にしますから、自分の分も入れてらっしゃいな」

 

そう言って再び視線を本へと戻すラーレから離れ、入口の付近にあるそれらしい棚へと近寄る。

そこを開くと彼女の言うとおり、お茶を入れるための道具が揃って置かれていた。しかも、抹茶から紅茶まであらゆる種類の道具が。

これでは一慨にお茶と言われてもどれを入れろと言うのか迷うところ。だが、恭也はその中から迷うことなく紅茶の道具を取り出した。

別段これだと確信する理由があるわけではないが、ただ何となく彼女が好むのは紅茶のような気がしたからというだけの判断である。

その取り出した道具を使い、手馴れた手つきで紅茶を入れる。ただこの際、棚の上にある電気ポットを使うため、温度の調整は出来ない。

だがまあ、それでも人並みには飲めるだろうと紅茶を入れていき、二人分のカップと紅茶を入れたティーポット、そして紅茶に必要な物等をトレイに乗せて持っていく。

そしてラーレの元まで戻るとトレイの上からカップと小さなスプーンを彼女の前に置き、自分の分を対面に置いてからポットと手に取り、トレイを置いて紅茶を注ぐ。

彼女のカップに紅茶を注いだ後、対面のソファーに腰掛けて彼女が紅茶を口に含んだのとほぼ同時に自分のにも注ぎ、ポットと砂糖の小瓶を中央に置いた。

 

「あら……意外と美味しいですわね。男の方はこういうのを入れ慣れていないという認識がありましたのに」

 

「実家が喫茶店を経営しているからな……紅茶やコーヒーを入れるのにはそれなりに慣れてるんだ」

 

「そうでしたの。なら、もっと無理難題を吹っ掛けるべきでしたわね……」

 

おいおい……と言いたくなる台詞ではあるが、こういう性格をしているのが彼女だと認識しているから何も言わない。

そうしてラーレが再び片手で持つ本へと視線を落とし、恭也が静かに紅茶を飲む中、無言の空間がまたしばし続いた。

だが、今度はそれも長くは続かず、突如として彼女はパタンと本を閉じ、紅茶をまた一口だけ口に入れてカップを置き、視線を彼へと移した。

 

「少し、お話でもしましょうか……ただ黙しているのも、退屈でしょう?」

 

「それはそうだが……突然だな」

 

「ふふふ……確かに突然と言えば、そうですわね。でも、私にとってはこちらのほうが本題ですのよ?」

 

上品とも言える感じで笑みを浮かべながら告げた言葉。それは首を傾げ、疑問符を浮かべざるを得ないものであった。

彼のそんな様子を見てラーレはまたも同様の笑みを浮かべるとカップを手に取り、また一口だけ紅茶を口にした。

 

「一日給仕係に任命するというのは、あくまで貴方を呼びつける口上のようなもの……本当のところは、貴方と二人でお話がしたかっただけですわ」

 

「……それなら、そんな回りくどい言い方をしないで普通に呼べばよかったんじゃないか?」

 

「そうしたら余計なおチビさんまで付いてきてしまうでしょう? あくまで私が望むのは、貴方と二人きりという状況ですわよ」

 

なぜ二人だけに拘るのか、そもそも二人きりで何を話すというのか、疑問に思わないわけではない。

だが、二人きりという状況を作るためにあの口上を伝えさせたというのは納得でき、付け加えでリースを挑発したのも頷けた。

元々リースは初見のときからラーレという少女を敵視し、何かしらの理由がない限りは自分から近づいていこうとは思っていない。

そこを突くかの如くあんな挑発紛いの事を伝えれば、ほぼ確実にリースが付いてこずに恭也のみが部屋に来るという状況が作り上げられる。

人の性格を見た上で練られた若干手の込んだやり方。そこまでして自分と二人で話したいという理由が、この考えに至る事で更に知りたくなる。

そんな彼の思考を僅かな表情の変化から読み取った故か、ラーレは若干笑みを深めるも、明確に答える事なく話し始めた。

 

「昨日、カルラと戦ったそうですわね。実際に戦ってみてどうだったかしら、あの子の実力は?」

 

「ふむ……正直に言わせてもらうと、凄まじいの一言だな。魔法面に関してはリース頼りで専門外だからどうとも言えないが、近接戦闘の面ではあの歳で信じられないほどの物だ」

 

「そう……ところであの歳でとおっしゃいますけど、あの子が今何歳なのか聞いたのかしら?」

 

「直接聞いてはいないが……見たところリースと同じくらいかじゃないのか?」

 

「全然違いますわよ。あのおチビちゃんどころか実年齢は貴方よりも年上なんですのよ、カルラは?」

 

「…………」

 

「まあ、驚くのも無理はないですわね。あの子は見た目の容姿上、年齢を低く見られ勝ちですものね……ただ、自分より年上だったからといって、変に敬語やさん付け等はしないほうがいいですわ。これは私たち全員に言える事ですけど、他人行儀な話し方や態度を酷く嫌うんですの。味方からにしても、敵からにしても……だから、改めようと思っているのなら、その考えは消し去って今まで通りに接する方があの子は喜びますわ」

 

実年齢が見た目と大幅に違う、というのは確かに驚きではあった。だが、それよりも驚きなのは目の前の彼女。

初見のときから高飛車で誰でも見下してそうな物言い。リースほどではないが、恭也としても若干の苦手意識が植え付けられていた。

しかしこうやって二人だけで話をしてみると口調は少し上から目線のように感じられるも、他人の事はしっかりと見ているというのが窺える。

仲間であるカルラの性格、会って間もない恭也の性格の一端……完全に誰彼構わず見下している者には到底出来ない事をしている。

 

 

 

――少し言い過ぎる事が多いですけど、ラーレも悪い人ではないですから

 

 

 

その様子から思い起こされた一言は、カルラが彼女のフォローをするために口にしたもの。

だけど今にして思えば、あれは本当の事かもしれない……今の彼女の言動や様子を見ると彼自身、そう思えた。

そんな彼に対してラーレもさすがに表情から具体的な思考までは読み取れないのか、少しばかり首を傾げる。

それに恭也はなんでもないと返すと彼女は若干疑問を抱きながらもそう……と言って頷き、再びカップを手に取って口をつけた。

 

「ところで……少しこちらからも聞きたい事があるんだが、いいだろうか?」

 

「ええ、構いませんわ。私ばかりアレコレ聞いてばかりでは、さすがに不公平でしょうし」

 

「なら聞かせてもらうんだが……君らは組織全体が目指す目的だけでなく、個人としての目的も全員持っていると聞いたんだが」

 

「目的というよりは望んでいる事というほうが正しいですけれど、まあそうですわね。それが何か?」

 

「いや、それを言っていたカルラ本人の目的――望みというのは聞いたんだが、君が望んでいる事が何なのかが気になってな」

 

平穏に過ごしていける日々、それがカルラから聞いたカルラ自身の望み。敵とは思えないほど、純真と言える望み。

しかしそれはあくまで彼女自身が望んでいるだけであって、全体のではない。悪い方面に考えれば、そんな望みを持つのは彼女だけかもしれない。

だからそれを確かめたいという意味合いも込め、思い切って聞いてみた。表向きはカルラと逆の性格をしているけど、どこか本質が似てそうな彼女に。

 

「……私の望みを聞きたいなんて、貴方も物好きですわね」

 

初めて驚きの表情を見せ、その後に再び笑みへと戻しながらカップの紅茶を飲み干す。

そして空になったカップをカチャッと音を立てて机に置くと、一息だけ溜息をついて彼の眼を見つつ、告げた。

 

 

 

「私が望んでいる事は極めて簡単……誰にも負ける事無く、勝ち続けるだけの力ですわ」

 

 

 

その答えを聞いた彼は、少しばかり唖然としてしまう。というのも、彼女の口にした答えが別の意味で予想外だったから。

性格で言えば、高飛車なら高飛車なりの望みがある。カルラのように優しい性格なら、優しい性格なりの望みというものがある。

だけど彼女の告げた答えは性格面では結びつかない。人を見下す傾向がある彼女は、自分の腕を過信して力など望まないものに見える。

なのに彼女が言った望みは、誰にも負けない力を身に付ける事。表面上に捉われて若干答えを思い込んでしまった彼は、驚きを隠せなかった。

そんな彼の様子を見たラーレはやはり笑みを消す事なく、中央にあるポットを手に取ってカップに紅茶を注ぎ、カップを口に運びながら言葉を続けた。

 

「戦いに身を投じる者であるなら、誰しも思う事ですわ。志す事が殺戮であれ、守護する事であれ……力無くしてはどんな事も為し得ない。貴方も少なからず、そう感じた事はあるのではないかしら?」

 

「……ない、とは言えないな」

 

確かに志す事が誰かを守る事としている恭也も、それを為し得るだけの力がなければならないという考えはある。

昔も今も、ずっと持ち続けている。だから日々の鍛錬は怠らず、膝が壊れても諦める事無く強くなる事を止めなかった。

だからこそ、今の高町恭也という人間がある。それ故にラーレの言う事には素直に頷けるも、納得出来ない部分も確かに存在する。

それは力があれば何もかも為し得るわけではないという事。実際口でそう言っているわけではないが、彼女の語る口調は力があれば何でもと言っているように聞こえる。

そのためか全てに納得できるわけではなく、頷いた後も少し渋い顔。それを見たラーレはクスクスと笑いながら、彼の考えを知り尽くしているかのように語る。

 

「力がなければ為し得ない事があるという事実に反して、力があっても為し得ない事はもちろんありますわ。ですけど、その力では為し得ない事というものは私にとってはどうでもいいもの……それこそ、その手の役割はアルかカルラ辺りが果たしてくれる。だから私は前者だけを為し得ればそれでいい……もっともこれは理由の半分であって、もう半分は私のプライドというものが占めているのですけど」

 

「プライド……?」

 

「ええ、プライドですわ。貴方ももう分かっている通り、私は自他共に認めるほど態度が大きくて、上から物を言いたい性格……だから、自分より力のある者という存在がどうしても許せませんの」

 

「……それが君の仲間であったとしてもか?」

 

「もちろんですわ。でも遺憾ながら外側に私を脅かす者がおらずとも、仲間内では何人か私より上の人がいる……貴方と私は直接対峙して戦った事がないから分からないでしょうけど、今の私でもそれなりの力は持っていますのよ? でも、それでも私の力はメンバーの中でランク付けするなら、真ん中辺りに位置する……いくら認めてる者でも、やっぱりその力には嫉妬をしてしまいますのよ」

 

自分より実力の高い者の存在が許せない。敵であっても、仲間であっても、それは変わらない。

もっとも、敵ならともかく仲間内ではさすがに彼女も敵視はしないのだろう。だから許せないという言葉ではなく、嫉妬という言葉を使っている。

絆、という言い方は少し陳腐ではあるが、プライドが高くとも仲間内ならそれを持つ。そしてだからこそ、信頼し認める事が出来ている。

望みが性格と反映していないという考えはそれを聞いて、彼も撤回した。若干ながらも、彼女の性格というのが望みに大きく出ているのだから。

気位が高いから誰にも負けたくなく、力を欲する。だけど嫉妬しつつも仲間だけは信頼し、素直に自分との力の差というものを認めている。

人伝に聞いただけでは、一見しただけでは分からぬ彼女の性格を垣間見た気がして考えを撤回しつつも彼自身、少しばかりの笑みを浮かべた。

 

「っ……少し、話過ぎましたわね」

 

彼が浮かべた笑みを見て自分がどれだけこの話題に没頭していたのかを思い返し、若干の照れを表情に浮かべる。

そして彼から視線を逸らして紅茶を口に運び、カップをテーブルに置きながら若干まだ頬を赤くしつつも視線を戻そうとした瞬間――――

 

 

 

 

 

――室内全体に響くほどけたたましい音が、二人の耳に嫌というほど届いた。

 

 

 

 

 

聞いた限りでは警報音と言えるような音。そんなものがなるという事は、何か非常事態が発生した場合のみ。

その手の事に詳しいわけではない恭也にもそれは分かり、驚きの表情を浮かべながら何事かとラーレへと顔を向ける。

だけど顔を向けられた彼女は頬の赤みもすでに消え、警報音に対しては至って冷静……というよりはまるで気にしてないと言わんばかりに落ち着いていた。

自分たちの艦に何かしらの問題が発生した場合に鳴る音であろうに、なぜそれを耳にして彼女は気にしないような素振りを見せるのか。

未だ鳴り続ける音を前にしてそこが分からず、恭也は困惑の表情を浮かべる。それにラーレは気付くとカップを口に運びつつ、やはり興味なさげに告げた。

 

「警報音が鳴るくらいこの艦では日常茶飯事ですから、そこまで驚く事じゃありませんのよ。実際ヒルデがいるときなんて、一日に三回から五回は鳴ってますわ」

 

「ヒルデというと……君と仲が悪いという人の事か?」

 

「カルラから聞きましたのね……ええ、その通りですわ」

 

肯定すると同時に警報音が収まり、それを合図にしたかのように彼女はヒルデという女性に対して語り始めた。

その話によれば、ヒルデは見た目と精神年齢がカルラと真逆で釣り合わず、下手をしたらシェリスよりも低いんじゃないかと思えるほど。

自己中心的な子供のように暴れまわる事もあれば、シェリスと同じで人見知りを全くしないから仲間だけに納まらず、誰彼構わず遊ぼ遊ぼとせがむ。

それを断ると先ほどのように警報音を鳴らして誰もにとって迷惑行為となる事をしでかす始末。総合すれば、非常に性質の悪い。

ただそんな人だからこそ一番のムードメーカーとなり、性質が悪いながらも嫌いにはなれない人……それがヒルデブルクという女性との事だ。

 

「もっとも、ヒルデを大人しくさせるためにいつも駆り出される私からしたら迷惑極まりないのですけど」

 

「……それはつまり、周りからしたら君とその人は仲が良いと思われているという事なのか?」

 

「さあ、どうでしょうね。少なくとも貴方に私とヒルデの仲が悪いと教えたカルラはそう思っていないでしょうけど、他の方々に関しては聞いた事もないから分かりませんわ」

 

迷惑極まりないと言いながらも先ほどのように彼女は饒舌。そう思いながらも、おそらくは嫌いきれていないのかもしれない。

その証拠に迷惑迷惑と口にしながらも、嫌いという単語は一度も言っていない。嫌いならはっきり言いそうな性格の彼女が、それを一度も口にしない。

推測の域を出る事はないが、そこからそうなのかもしれないと思え、さっきのように苦笑してしまう羽目となる。

それにまたも気づいたラーレは今度は恥ずかしげな表情を見せる事無く、どことなく不機嫌そうに鼻を鳴らして紅茶を口にした。

 

「ふぅ……まあ、アレの話はさておいて……今度はこちらから一つ聞いてもいいかしら?」

 

話を逸らすような感じではあったが、表情は少し真剣さが帯びていた。だからか恭也も苦笑を納めて頷き、真面目な顔で向き合う。

対してラーレは少しばかり無言で見詰め合った後、手に持っていたカップをテーブルに置き、意味もなくスプーンで紅茶を静かにかき回し始める。

 

「あのおチビちゃんが貴方を主として選んだ理由、それは話していて何となく分かりましたわ……でも、反対に貴方はどうしておチビちゃんに協力しようと思ったのかしら? 普通の人から見てあの子は確かに不運な境遇に晒されている……でも、それを知ったからといって貴方が介入しても状況が好転する保証はどこにもなかった。更に言えば、貴方にとってあの子を助けても何の利益も齎さないかもしれなかった……それなのに貴方がおチビちゃんやアイラの手助けをしようとしたのには、どういう理由があったのかしら?」

 

「ふむ……別に二人に協力しようと思ったそこに深い理由があったわけじゃないが、理由を挙げるとするなら……自分たちに纏わる話を語る中にあったリースの本当の思いに気付いた事だな」

 

「本当の思い? 自分をこんな身体にした博士や私たちに対して復讐してやろうとかかしら?」

 

彼女の問い掛けに対して恭也は首を横に振い、本当の思いと聞いてそれにしか思い付かないのか彼女は首を傾げる。

そんな彼女から一切目を外す事無く、テーブルに置いた自分のカップを手に取って紅茶を口にし、喉を潤してから答えを口にした。

 

 

 

 

 

「彼女が本当に願っているのは、昔のように笑い合えていたときを取り戻す事なんだ思う」

 

 

 

 

 

気付いたといっても直接聞いたわけではない。だから確証がないため、思うという曖昧な言葉を使っている。

だけど彼自身には確信があった。二人が真実を語ったあのとき、親であるジェドや妹であるシェリスの事を語るリースの言動が確信させた。

普通に聞けばただ憎んでいるだけだと言わんばかりに罵倒してるだけに聞こえる。でも、それは全て本音の裏返し。

その証拠に通信室であの文章を見たとき、彼女はいつもと違う反応を見せた。だからきっと、本当はジェドを恨んではいない。

ただジェドの元から逃げ出して彼のする事に抗ったのは、昔の彼に戻って欲しかったから。リースが慕っていた、あのときの彼へ。

そしてシェリスには自分のしている事、彼のしている事に気づいて欲しい。それは妹の成長を願いと同時に、彼女には自分と同じ目に会って欲しくないからという姉心。

総じて言えば、彼女の望みは昔のような関係を取り戻す事。意識はしてなくともそのために恭也に協力を仰ぎ、今も必死に抗っているのだろう。

真実を語られたあのとき、それに気づいたから恭也は協力を拒まなかった。昔の家族を取り戻したいという直向きな子供の願いを、拒む事など出来なかったのだ。

 

「……そう……」

 

彼の答えに対して納得する様子もなく、かといって否定する様子も見せず、ただ頷いて短く返事を返すだけ。

だが、かき回す行為を止めてスプーンをテーブルに置き、紅茶を一口だけ飲んで口からカップを離した後、彼女の口元には笑みがあった。

 

「正直なところ貴方の事を聞いた時、初めは魔導師でも何でもない人間が安易に協力を受け入れるなんて、どれだけ愚かで馬鹿な人間かと思いましたけど……アルの言ってた通り、意外と見所がおありのようですわね」

 

どう返したらいいのか分からない本音の言葉。加えてそのアドルファの言ってた事というのも若干気になる。

しかし返事が返ってくる事も期待せず、質問を投げかける間も与えず、カップを置いてテーブルに両肘を突き、中央で合わせた手の上に顎を乗せる。

そんな姿勢を作ると笑みを崩さぬまま恭也へと視線を向け、少しだけ間を開けた後に静かに口を開いた。

 

「聞く事が一つ増えてしまいましたけど、よろしいかしら?」

 

「あ、ああ……」

 

尋ねてくる彼女の顔に浮かぶのは先と変わらぬ笑み。だけど、その瞳から今まで以上の真剣さが窺える。

これから聞こうとしている事が彼女にとってどれだけ重要か……真剣な瞳はそれを物語っていた。

故に恭也も戸惑いつつも拒む事はせず、頷く事で了承する。それにラーレは一層口元の笑みを深め、それを告げた。

 

「本来は一応私たちのリーダーであるアルが聞かなければならない事ですけれど……あの人に任せるといつまで経っても聞かない気がしますから、私から聞かせていただきますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方……私たちの組織に入るつもりはないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めに抱いたのは、何を言っているんだろうかという疑問。

リースは彼女らに対して敵同士だと明言もしてるし、態度にもそれを明確に表している。

恭也としてもそこまであからさまに表に出す気はないが、思っている事はほとんど彼女と同じだと言ってもいい。

それは彼女にだって分かっているはず……なのになぜ、答えを分かり切っているそんな無意味な問いを投げかけてくるのか。

もしかしたら冗談で言っているのだろうか。そう考えて彼女を見てみるが、その瞬間に考えは完全に否定された。

先ほどから変わらぬ真剣な瞳、これは明らかに本気で言っていると窺える。だが、だとしたら余計に訳が分からなくなってしまう。

答えは分かり切っている上に自分を引きいれた所で何があるわけでもないはずなのに……その意思はないかと聞いてくる理由が。

そんな彼の困惑を表情から察したのか彼女は笑みも消さず視線も逸らさず、ソファーの背凭れに背中を深く預けてそれを語った。

 

「『蒼天の剣』と『蒼天の盾』……この二つを製作する上で当初、問題となってくる事が二つほどありましたわ。その内の片方は現状では解決したのですけれど、もう片方の問題が未解決のまま……だからこれを解決するためというのが、貴方を組織に誘う理由という事になりますわ」

 

「……その問題というのは、何なんだ?」

 

「ふふ……聞かなくても、今ので貴方にはもう分かっているのではないかしら?」

 

返ってきた答えは彼の問いに答えるものではない。だが、確かに彼女の言うとおり、確信はないが答えは浮かんでいる。

『蒼天の剣』と『蒼天の盾』というのはデバイスの事。それに関しての二つの問題、その内の解決した片方というのはおそらく、デバイス化する人間に関して。

魔法が使えるようになっても、デバイスに関して恭也は詳しくない。だが、デバイスを製作する上でかなりの知識がいるのはリースの持ち出した本や図面を見て分かる。

だがそれはあくまで普通のデバイスを製作する上の知識であり、人間をデバイス化するとなればもっと困難どころか、一般に広まってるとは思えない。

だからデバイス化する人間に求められる物が何なのか、彼には明確には分からない。ただ、分かったとしても難しいという事ぐらいしか。

しかしこの問題は解決した……リースという少女がデバイスにされた事がそれを物語っている。だけど、もう一つの問題がまだ残っている。

そう彼女は言っていたが、実際のところは少し違うのではないだろうかと思えてしまう。問題が解決しないのではなく、解決する術がなかったのではないかと。

そんな考えに至る根拠を挙げるとすれば、彼女の言動。このもう片方の問題は解決するために恭也を組織に誘うのだという言葉。

ここから察するに恭也を誘う正確な理由は『蒼天の剣』と『蒼天の盾』の製作に纏わるものではない。おそらく彼女らが抱えているその問題というのは――――

 

 

 

 

 

――そのデバイスを扱え、認められる主を探さなければならないという事。

 

 

 

 

 

恭也自身、彼女をデバイスとして扱いきれているとは思ってない。そしてもう片方についても、気を許してくれてはいるが認められてるかは分からない。

だから彼女にそう説明されても正直なところ更に混乱するだけだ。なぜ扱いきれず、認められてるかどうかも分からない自分なのか。

しかし彼の表情からまたも彼女はそれを察しても、今度は答えなかった。答える事なくただ、それに……と続けるように口を開いた。

 

「私は貴方の事、結構気に入りましたわ。おそらく貴方をおチビちゃんと一緒に連れてきたアルも、最近貴方達と行動を共にしてるカルラも同じ……」

 

「気に入る? こんな無愛想で口下手な男をか?」

 

「ふふふ……自分では、自分の魅力なんて分からないものですわよ」

 

そんな風に言われると少し照れくさいものがあるが、話自体は真剣なものであるため表情には出さなかった。

そしてそこから若干の沈黙の後、ラーレはようやく視線を別に移し、紅茶を飲み干して立ち上がり、ソファーから立ちあがった。

 

「今すぐ答えを求める事はしませんわ。でも、近い内に同じ質問を貴方にぶつけます……ですから、それまでに答えを決めておいてくださいな」

 

部屋の扉がある方面へと歩み出しながら告げ、どこに行くのかと尋ねれば用事があるから少し出てくると返してきた。

となれば自分はどうしたらいいのかと疑問が浮かぶが、その疑問が浮かぶ事を見越して部屋に戻るなり、しばらく寛ぐなりご自由にと告げる。

罰ゲームを行うというのは恭也を呼び出し、話や先の質問をするための口実。それが本当だったのだと確信すると同時に呆れが若干顔に出る。

だけどラーレはそれを気にする事もなく部屋を出ていき、途端に静かになる中で恭也は背凭れに背中を深く預け、小さく溜息をついた。

 

 


あとがき

 

リースが思っているよりも、カルラが思っているよりも、ラーレは滅茶苦茶な人じゃないわけだ。

【咲】 掃除とかお茶入れとかの雑用はしっかりやらせてるみたいだけどね。

恭也のみを呼び出して話をする事が本当の目的とはいえ、一応名目上は罰ゲームだからねぇ。

【咲】 つまり、話をする事が本命でもこき使えるんだからどうせなら使っちゃえとか考えてるわけね。

その認識で間違ってはいないな。でもまあ、雑用といっても意外にまともな感じだったろ?

【咲】 それは確かにね。掃除とかお茶入れとか普通の事ばかりだし、掃除にしても終わってみて文句一つ言わないし。

つうか、あくまで名目上でやらせてるだけだから、適当にやっても文句は言わないだろうね。

【咲】 まあ、結局のところ無茶苦茶な罰ゲームではなく、偉くまともな感じで終わったということね。

とはいえ、今回ので分かった事もあったけどな。

【咲】 分かった事っていうと、ラーレ個人が望んでいる事とか、カルラが実は恭也よりも年上だったとかかしら?

うむ。

【咲】 前者はちょっとだけ予想外だったけど、後者に関しては予想外すぎるわね。

言動とか少し大人びてるけど、恭也やリースの前での性格とか容姿とかは明らかにリースと同年代か少し年上くらいだからねぇ。

【咲】 まあ、要するにロリっ子な女性なんだって事で納得できない事もないけどね。

まあな。そしてその分かった二点の事に加え、最後の方では恭也にとって少し予想外の問いが投げかけられた。

【咲】 組織に入らないか、ねぇ……普通に考えたら、断るわよね。

そうだな。ただ、断った事で彼女が、彼女らが諦めるかと聞かれれば、まずありえないと言えるだろうな。

【咲】 そうなの? 別に恭也に拘る必要性はないんだから、断ってきたら別の人を探せばいいんじゃないの?

そうもいかないんだよね。そもそもユニゾンデバイスを扱え、認められる人物なんて早々に見つかるもんじゃない。

更に言ってしまえば恭也は自覚してないけど、現状でリースは恭也を信頼し切っている。だから当然、主としても認めてる。

ユニゾンデバイスはどれだけ互いを信頼し合うかで決定的に力の大小が変わってくる。そのため、彼ほどの逸材を手放すのは憚られるんだよ。

【咲】 つまりこれから先、恭也ほどの人物が見つかる可能性が極めて低いから、どうにかして恭也を手元に置きたいって事ね?

そういう事だ。ただ、もし仮に恭也を手元に置けたとしても、もう片割れである『蒼天の盾』の主を見つけないといけないんだけどな。

【咲】 まあ、恭也の答えにしても、それにかんしても、後々になってみないと分からないわね。

まあね。さてさて、今回は中編であったわけだが、次回は後編。

動力室にある彼女らが大切と言わしめる物とは何か? そしてラーレが去った後、恭也はどう行動するのか?

次回、魔法少女リリカルなのはB.N二章第二十七話、『我儘娘と罰ゲーム、少女たちの探検記 後編』をお楽しみに!!

【咲】 じゃ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 ばいば〜い♪




いやー、ラーレの意外な一面が。
美姫 「勧誘された恭也はどうするのかしらね」
うーん、そこも気になるが……。
罰ゲーム、雑用させるとは思っていたけれど……くぅぅ、メイド服が出ると思っていたのに!
美姫 「いやいや、出たとしても流れ的に着るのは恭也になるのよ」
まあ、メイド服が出た時点でOKと言う事で。
美姫 「単に、メイド服の所で思考が停止して、そこまで考えてなかっただけでしょう」
あ、あははは。えっと、次回はリースたち側のお話かな。
一体何があるんだろう。
美姫 「はぁ。でも、確かにそれは気になるわよね」
ああ。しかも、恭也以外には口外するなという注意。
うーん、とっても気になる。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る


inserted by FC2 system