シグナム達が去った数分後、残って戦っていたヒルデと女性との間にはすでに決着が付いていた。

マントやデバイスを持つ手を血塗れにしながら立つヒルデとギリギリ原型を留めている状態で地に伏す女性。

それ以上に目立つのは壁や女性の倒れる地面を中心に広がる血。どちらが勝者かなどはこれを見る限り明らかだ。

ここまでやる事はないだろうと言いたくなるほど残酷極まりない光景。しかし、それを成した本人は無邪気に笑っていた。

 

「ふふふ……久しぶりに楽しかったですよ、『不死者(イモータル)』さん。また、機会があったら遊びましょう♪」

 

血で汚れている事を気にせず、それどころかデバイスに付着する彼女の血を軽く舐めながら楽しそうに告げる。

だが言葉を放っても彼女はすでに物言わぬ死体。それ故か返答などが返ってくる事もなく、静寂だけが周りを支配した。

そして戦後の僅かな静寂を堪能した後、ヒルデはデバイスを待機モードへと戻し、懐に仕舞いつつ仮面を再び付ける。

それから死体に背を向けて歩き出そうとしたとき、不意に響いた見知った者の念話にて、ヒルデは一旦足を止める事となる。

 

《ヒルデさ〜ん? ちょ〜〜っと、いいかしら?》

 

《ふえ? どうしたんですか、ラーレ? 少し機嫌が悪そうですけど、またアルに怒られでもしたんですか?》

 

《ええ、貴方のお陰でね!! 何で貴方の不始末で私が怒られなきゃいけませんのよ!! 貴方がした事は貴方のせいなんだから、貴方だけ怒られればいいんですわ!!》

 

《あは♪ それをヒルデに言われても困っちゃいますよ〜♪》

 

いくら怒鳴られても反省の色は全く無い。それは彼女としても長い付き合いなのだから、承知していたはずの部分。

しかし承知していようとしていまいと腹が立つのには変わりなく、その後もしばしはヒステリックに怒りをヒルデへとぶつけた。

それを適当に返し流しをする事およそ五分。ようやく若干の落ち着きを見せた(正確には諦めた)ラーレは思い出したように本題を告げてきた。

その語る内容、一言に直せば時間切れ。つまり、この沈みゆく艦の中で行っていた作業が終わった故の撤退命令だった。

艦が撃沈されるまでの時間を想定すれば残り十五分程度。その時間内に脱出艇の乗り込め。それだけ聞くとラーレからの念話は切れた。

 

「時間切れ、ですかぁ。結局……あの人とは会えませんでしたねぇ」

 

撤退命令が出た時点で任務は終了。だが、ヒルデとしては会えると期待してた人に会えなかった事が心残り。

それなりに期待していたためか、余計に後ろ髪引かれる。しかし、今度独断行動に出たらお叱りでは済まない可能性は高い。

いや、それ以前にこの状況下でそんな事をしたら艦と共にお陀仏だ。そのためか、心残りがあっても諦めるしかない。

それ故、今回会えなくてもきっといつか会えると自分に言い聞かせながら、彼女は再度歩き出してその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第三十九話 星の海に沈むは過去の象徴

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アドルファとの情報交換の後、彼女とは反対方向へ駆け出した一同は真っ直ぐに第二区画を目指した。

第四区画手前まで差し掛かったいた位置から第二区画の指定された場所まではそれなりに距離はある。

それでも駆け足で向かえば五分と掛からない。そのためか、時間が無いのも手伝って一同は速度を絶やさず駆け続けた。

間で通る第三区画の分かれ道はなのはたちが来た道を通ったため、誰かしらと遭遇して時間を食うという事はなかった。

それ故に順調に目的地へと走り続け、何人かは若干息は切れてきていたものの一同は大した時間も掛けず第二区画へと辿り着いた。

話しによればこの第二区画の研究室付近にて目的の二人はいるとの事。よって艦内をよく知るアイラの案内で一直線にそこを目指した。

しかし、彼女の案内のままに駆け続け、次の曲がり角を曲がれば研究室付近だという所まで差し掛かった直後――――

 

 

 

――曲がり角の先から、複数の足音が聞こえてきた。

 

 

 

途端に皆は一斉に足を止め、対して止まらず足音を大きくしつつ曲がり角の先からやってくるであろう人物を警戒する。

その中には若干の期待の念もある。ちょうど聞こえる足音は二つだから、もしかしたらこの人たちは自分たちが探してる二人じゃないかと。

だが反対に『蒼き夜』の人間か、シグナム達と戦った敵の仲間かもしれない。だから期待はあっても自分から近づくという行為は出来ない。

それ故に相手から姿を出してくるまである程度距離を取り、待つ。しかし、近づいてきていた足音は突如として聞こえなくなった。

去っていった訳じゃ無い……おそらくは気配か何かで相手も同じくこちらに気付き、駆けるのを止めて警戒しているのだろう。

これでどちらも警戒状態のまま動きが無くなってしまった。これでは相手が誰かを窺う事も出来ず、時間もない現状では膠着状態というわけにもいかない。

だから、アイラとシグナムを先頭として一同は曲がり角へと忍び寄っていく。すると条件は同じであるためか、相手もゆっくりとした歩調で歩み始めた。

 

「「「「「…………」」」」」

 

元々言葉を交わしながら足を運んでいたわけでもないが、それでも緊張が走るほどの静寂が訪れる。

目的の二人ならばいいが、敵だった場合は問答無用で襲い掛かってくる可能性もある。そう考えると警戒も強くなる。

相手とてそれは同じなのかゆっくりだった歩調は更にゆっくりとしたものになり、聞こえる足音もかなり小さなものへ。

そして遂にと言うべきか……一同が止まらず歩み続ける最中、曲がり角に達したのであろう相手が僅かに顔を覗かせてきた。

 

「…………」

 

「「「「「…………」」」」」

 

目が合った瞬間、どちらも硬直してしまう。そして先ほどとは違い、どう言っていいのか分からない静寂が訪れた。

しかし、今度の間は大した時間も無く破られ、こちらの顔触れを確認した相手は僅かに警戒を解き、もう片割れと共に姿を現した。

黒髪の青年と蒼髪の少女の二人組……それは紛れもなく、彼女たちが探し回っていた目的の人物――恭也とリースだった。

姿を見てそれを確認しつつ一同も一斉に我に返ると、そこまで歩み寄った速度から一転。駆け足気味でその二人へと近づいた。

二人も、それに合わせて歩み始める。そしてその距離が至近まで寄ると同時に声を掛けようとした矢先――――

 

 

 

――なのは側のある一点から、眩い光が放たれた。

 

 

 

何の光か、どこを中心に放たれているのか……それを理解する前に光は収まり、その直後に何かが倒れる音がする。

あまりに至近からの光であったためか若干視界が眩んでいるも、回復していくに従って音の発生源にある光景が明らかになっていった。

 

「〜〜っ!!」

 

「にゃ〜♪」

 

目にした光景から推測すれば光の発生源はフェイト。先ほどの音はリースが地面に背中から倒れた音。

一番重要な彼女の倒れた原因は、その上に乗っかって頬を摺り寄せている瓜二つの少女――シェリスである。

おそらくは姉が目の前にいると確認した途端、いてもたってもいられなくなった故の行動なのだろう。

そのため頬を摺り寄せるその表情はとても嬉しそう。だが反してリースはというと、強打したのか後頭部を抑えて悶えていた。

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

ようやく合流できた事への感動を込めて声を掛けようとしたのに、完全に雰囲気ぶち壊しである。

それ故かさっきまでと違って呆れを顔に浮かべる者、仲の良い姉妹の微笑ましい光景だと苦笑を浮かべる者と様子は様々。

だが、そんな中でなのはとフェイトの目は恭也へと向いていた。大丈夫だったかとか、心配したとか、いろいろと言葉を投げかけたい。

しかし状況がそうさせないため、二人は視線を向ける事しか出来ない。そしてその視線に、リースとシェリスの事で呆れていた恭也の目がふと向けられる。

そして本当に少しだけ、微笑を浮かべてくれた。それが言葉を交わす以上に安心感を与え、二人も自然と笑みを浮かべて返していた。

 

「ええい! いい加減にしろ、この阿呆娘!!」

 

「うにゅ!?」

 

非常に微妙なその場の空気を再び壊したのは、誰よりも二人の扱いに慣れているアイラであった。

しかも慣れからかやり方はやはり鉄拳制裁で。タンコブが出来そうなほど強い拳骨を落とされ、シェリスは可笑しな声を上げる。

続けて頭を押さえて痛がる彼女の後ろ襟を掴んで持ち上げ、ようやく悶えから復帰したリースに手を返して起こす。

その途端に首根っこを掴まれた猫のように暴れ始めたシェリスを地面へと降ろし、再びリースへ抱き付く彼女を今度は放置する。

 

「二人と合流できたんだから、さっさとここから脱出すんぞ。結構長居しちまった手前、もう時間も大してないだろうしな」

 

そして脱出を促す一言を全員に向けて放ち、皆は分かっていると言わんばかりに頷き返した。

その後にシェリスのせいで動き辛くなっているリースを彼女含めて恭也が小脇に抱え、それを合図に転送装置へと一斉に駆け出した。

 

 

 

 

 

「……お前で最後か?」

 

「最後というわけではありませんけど、一応全員収納した事には変わらないですわね」

 

「そうか……なら、船を発進させても構わんのだな?」

 

脱出艇となる船は戦艦とは異なり、比較するのも意味がないと思わせるほど小さい。

そのせいか収納した者たちの数は定員オーバーギリギリ。元々大人数を乗せる設計には出来てないので、仕方ないと言えばそうだろう。

だが小さい分だけ速度は十分過ぎるほどある故、本当に手遅れでもなければ艦の撃沈から爆発までの間にこの宙域から離脱出来る。

そんな船の操縦席にてギーゼルベルトは訪ねてきたラーレにそう聞き、彼女が頷くと同時に発進準備へと入った。

 

「ああでも、シールドが解除されるのは五分後の設定にしてありますから、脱出はその直後くらいにしてくださいな」

 

「む、了解した」

 

発進準備を早々に終えて今まさに発進しようとした矢先にラーレにそう告げられ、彼は手を止める。

そして椅子の背凭れに深く背中を預け、何を見るでもなく視線を上に向け、小さく溜息をついた。

 

「ところで、カルラがあの力を使ってしまったというのは本当なのか?」

 

「本当ですわ。私も、直接見たわけではありませんけどね」

 

「そうか……まさか封じた力をあの子が使ってしまうとは、アドルファも予想外だったろうな。もっとも、ここまで早く『ブラズスキルニル』を放棄する羽目となった事も、『不死者(イモータル)』が突如として攻め込んできた事も、言ってしまえば予想外の出来事ではあるのだが」

 

「そうですわね。幸いにも研究のほうは完成しましたけど、結果として『剣』も『盾』も手放す羽目になってしまいましたし……正直、踏んだり蹴ったりですわね」

 

当初の予定を見て言うなら成功三割失敗七割といった具合。それ故、ラーレも釣られて溜息をついた。

しかしそれ以上に問題なのが、カルラの件。彼女の力は以前の暴走のときに再封印したのに、またも封印は破られた。

一体何が鍵となって破られるのかは多少分かっていても詳しくは分からず、本人も暴走前後の記憶は基本的にないから聞けない。

だが、カルラの一件で何よりも懸念されるのは封印の部分じゃない。一番心配となるべき点は力を使った際に発生する――――

 

 

 

――『代償』である。

 

 

 

基本的に『蒼き夜』の面子は彼女と似通った力は皆持っている。だけどその大小は大きく、カルラは極めて高い。

その小さな身体では抑えきれないほど、絶大過ぎる力。そのせいか、彼女にだけは力を発揮した際の『代償』が出来てしまった。

本来ならこんな力を使う事態というのは早々訪れない。だが、もしもそんな事態が起きた場合、彼女は使ってしまう可能性がある。

その予想が当たり、過去に力を使ってしまった『あのとき』、二度と使わせてはならないと『マザー』は彼女のみ力を封印という形で抑えた。

そして封印を破って彼女が力を使うという状況を招かないよう、アドルファたちに彼女をあまり戦わせるなと注意を告げている。

元々カルラを可愛がっていたアドルファはこれに文句の一つもなく頷き、今の過保護なアドルファ・ブランデスが出来上がったというわけだ。

しかし、それでも抑えきれない場合というのは存在する。過去の一件然り、今回の一件然りといったように。

 

「またしばらくは不憫な状況になりますわね、あの子。前のときも心配させまいとしていましたけど、かなり無理してましたもの」

 

「そう、だな……まあ、そこの辺りはアドルファに任せるしかあるまい。もちろん、俺たちも出来る限りフォローはするがな」

 

カルラは『蒼き夜』の面子であれば心を開いている。それでも、『代償』に苦しむときの彼女はアドルファにしか本音を話さなくなるのだ。

それは誰も信用できないからとか、そういった思考から来る事じゃない。ただ彼女が優しすぎるから、心配させまいとしているだけなのだ。

気を使わなくてもいいと誰が言っても、それは変わらない。だから彼女が面子の中でも一番懐き、傍にいる事の多いアドルファでしか相手が出来ない。

だから彼女がカルラから本音を聞き出し、他の面々をそれを聞いて知るしかない。下手に構えば、逆に傷つく可能性があるのだから。

 

「それにしても……『不死者(イモータル)』が関わるとほんと、碌な事がありませんわね」

 

「仕方ないと言ってしまえばそれまでなのだがな。こちらは基本、秘密裏に動かなければならないが、逆にあちらは俺たちを滅ぼす事が目的なのだからな」

 

「はぁ……どうにかして、アレを始末する方法はないのかしら」

 

「あるかもしれんが、奴らとの全面戦争になるぞ? そうなれば手段があったとしても、戦力面で押し切られて良くても相討ちだ」

 

「結局、『剣』と『盾』、そしてそれを扱う主が手元にない限り、アレを完全に消し去る事は出来ないという事ですわね……」

 

絶対的に滅ぼす必要があるというわけではない。むしろ、これはラーレがそうしたいというだけの願望に近い。

彼らが進めてきた計画はもっと単純だけど難しい事。そしてその計画のためにかなりの時間を費やし、事を進めてきた。

だからさすがに願望を口にはしても実行する事は独断ではしない。計画を脱線させる羽目となるし、何より一人で出来る事でもないのだから。

 

「む、そろそろ時間か……ラーレ、助手席に座れ。発進するぞ」

 

「はいはい、わかりましたわよ」

 

いつの間に設定したのかは知らないが、操縦席の横のほうにあるタイマーが時間を刻んでいた。

それによれば発進まで残り一分弱。そのため彼女も戻る時間などなく、御座なりに返事をしつつ助手席へと腰掛けた。

彼女が腰掛けたのを見届けるとギーゼルベルトは先ほど止めた作業を再開、残り二十秒程度まで待ってからハッチを解放する。

そしてカウントがゼロになると同時に船を発進させ、戦艦では出せない凄まじい速度で脱出した後――――

 

 

 

 

 

――集中砲火を受ける元自分たちの艦に背を向け、その宙域を離脱していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なのはたちが恭也とリース救出のためにあちらへ出向いてから早くも一時間が経とうとしていた。

あちらの艦内の広さにもよるが、作戦開始前はそもそも救出だけなのだからそんなに掛からないだろうと思っていた。

しかし実際に作戦を実行してみればもうすぐ一時間という時間。これは少しばかり遅く、何かあったのかと思わざるを得ない。

加えて目先に見える相手の艦はシールドで持ちこたえてはいるものの、今にも沈みそうなほどときている。

これも手伝って心配はかなり強いものとなり、最初は冷静だった面々の中にも若干そわそわし始める者が出始めていた。

 

「さすがにちょっと遅すぎるわね……やっぱり、何かあったのかしら」

 

「分かりませんけど……もしそうだったとすれば、それなりの精鋭であるはずの彼女たちを足止めするくらいですから――――」

 

「発生した問題はかなり深刻、という事かしらね。はぁ、心配だわ……」

 

その場にいる者の中でも一番冷静そうに見えて実はかなり心配してるリンディ。

そんな彼女の言葉には傍に立つクロノがそれなりに冷静に返すのだが、そんな彼とて全く心配してないわけじゃない。

だけど総じて誰もに言える事だが、心配以上の事は出来ない。ただ、彼女たちが帰ってくるのを大人しく待つしかないのだ。

 

「そういえば、はやてさんたちの姿が見えないようだけど?」

 

「彼女たちなら宛がった部屋で待機してもらってます。一応現状では部外者に近いですから、さすがに作戦中にまでブリッジに入れるわけにもいかないので」

 

「そう……」

 

心配を少しでも和らげようと話題を振っても、その心配のせいで繋げるほど思考が回らない。

それ故に簡単な返事を最後に会話が切れ、再び静寂が訪れる。いつもは何とも思わないこの静寂も、なぜか今回は少し気まずい。

だからどちらもどうにかして心配を和らげるために会話を為そうとするが、どちらも気の利いた話題など浮かばなかった。

そのためこの心配が募る気まずい静寂が流れ続けるかに思われたのだが、予想外にも別の方面からそれは破られた。

 

「あかん、あかんて! そっち行ったら!」

 

ブリッジの出入り口の開く音と共に聞こえてきた聞き覚えのある声。若干慌て声ではあるが、それは紛れもないはやての声。

それに二人が同時に振り向けば、最初に目に入ったのは声の主であるはやてではなく、同じく見覚えのある銀髪の少女。

リィンフォースの命名で『アスコナ』と名付けられた彼女は基本的に彼女にベッタリ。それ故、彼女と一緒なら大人しくしてると思っていた。

しかし現実は異なり、こんなところまで足を運んでいる。追っかけてきたのであろうはやてとリィンフォース、シャマルの三人を困らせながら。

だが、ここに入った後の彼女はさっきのはやての慌て具合が過剰と思えるほど大人しく、若干怯え顔でリィンフォースの元まで戻った。

 

「何でここまで来てるんだ、君たちは……自室待機だと言っておいたはずなんだけど」

 

「あはは……コナちゃんが凄く暇そうにしてるもんやから、つい。でも、まさかここまで行くとは思わへんかったわ」

 

「はぁ……リィンフォースさんやシャマルさんも、作戦中なんですから止めてくださいよ」

 

「いや、私も止めたのだが……その、アスコナが泣きそうになるものだから」

 

「さすがに泣かれるよりは多少出歩かせた方がいいと思っちゃったのよねぇ……」

 

泣かれそうになったからというだけで大人二人が落とされた。それは正直どうかと思わざるを得ない。

しかしまあ、アスコナに泣かれるのがどれだけ酷い事態を招くかはクロノも身を以て承知しているため、これ以上は攻める事も出来ない。

それにこれ以上攻め口調で喋ると現在リィンフォースにくっ付いている彼女が泣きかねないため、最終的に溜息をつく事でこの話題は終わる。

それからはもう部屋に追い返すためにドタバタする元気も無いため、なるべく歩き回らない事を条件としてその場に四人を居させる事になった。

ただ幸いと言うべきか、彼女たちが(主にアスコナが)この場にいる事で先ほどのような静寂が訪れる事は無くなり、若干の賑やかさが出てくる。

基本的にはアスコナが好奇心に任せてあれは何、これは何と聞き、それにリィンフォースやら時折リンディやらが答える程度の事。

だけど心配に押し潰されそうだった空気を和らげるには十分であったため、そういった意味ではクロノも感謝をしたい気持ちが湧いていた。

 

「え……」

 

「ん? どうしたんだ、エイミィ?」

 

「あ、えっと……あの艦のシールドが再形成されたせいで切断された転送装置なんだけど、なんか再接続されたみたい。たぶん、艦を覆うシールドが解除されたのが原因だと思うんだけど、だとしたら何でこのタイミングで解除したのかな……?」

 

「確かに、今シールドを解除する事は撃沈を促すだけだしな……」

 

もしもそれが彼女たちの――『蒼き夜』の意図だとしたら、最悪の可能性というものが浮上してしまう。

反対に意図した事で無いにしても状況は大して好転しない。彼女たちが帰ってこない時点でどちらにしても、最悪の可能性はある。

だからエイミィのその報告に不安感がかなり強くなる。だがそんな中、再び声を上げたエイミィから吉報と言える報告が為された。

 

「艦内の転送装置に反応! これは……うん、なのはちゃんたちみたいだね」

 

「ギリギリのタイミングね……恭也さんとリースちゃんは?」

 

「転送されてきた人数はえっと、八人ですね。一人多くはありますけど一緒ではあるみたいです」

 

余分に増えたもう一人というのは大方予想が付く。もっともあくまで予想だから、確証は無いのだが。

ともあれこれで全員がアースラに帰還した事になる。それ故、その報告がなされた直後の指示はかなり迅速だった。

前方艦との転送装置の切断、それから艦体を反転させて後部にシールドを張りつつ、この戦闘宙域より急速離脱。

もし管理局からの増援があったのなら前方艦を攻撃している艦の鎮圧任務に移行するのだが、残念ながら今はアースラしかいない。

それにアースラは威力絶大のアルカンシェルを積んでいるとはいえ、純粋な戦闘艦ではない。そのため、一対一での戦闘は不利だ。

管理局員以外も乗っている状態でそんな危ない橋を渡るわけにもいかない。だから、『蒼き夜』の艦に攻撃が集中してる内に離脱しなければならない。

 

 

 

――だがその考え空しく、反転して動き出したのとほぼ同時に『蒼き夜』の艦は撃沈、爆砕した。

 

 

 

距離もあるし後部にはシールドを張っている。それ故に爆発の余波による被害は皆無。

だからかすぐさまエイミィが状況を分析、報告した。それによれば、アースラが背を向けた直後、『蒼き夜』の艦に向けて主砲らしきものが放たれたらしい。

アルカンシェル並みとまではいかないが、エネルギーの収束率からして高威力。シールド抜きでその直撃を受けたのだから、撃沈は当然だろう。

だけど問題はそこではなく、むしろこの後に関してだ。所属不明のあの艦が何を目的に『蒼き夜』の艦を攻撃していたのかは不明。

しかしこれがもしも無差別に攻撃対象を選んでいるとしたら不味い。動き出したとはいえ、完全に離脱出来ていないアースラが標的となる可能性がある。

だが、そこを危惧して更なる指示を飛ばそうとした矢先、エイミィより驚くべき……いや、拍子抜けしてしまうような報告が為された。

 

 

 

――所属不明のその艦がアースラには目もくれず、後退していくという報告が。

 

 

 

識別信号などが無いから確実に管理局の艦じゃない。ならばこの事実は『蒼き夜』のみに敵対する組織という結論を弾き出す。

だからといって管理局から見て味方に近い存在とも言えない。つまるところ、今回こちらに牙を剥かなかっただけで敵の可能性は否定できないという事だ。

しかし、今の状況ではその艦が後退してくれて助かったというのも事実。真っ向から勝負して、勝てる可能性は五分も無いのだから。

故にその所属不明艦が後退していくのに対し、アースラも安全圏まで移動させるため、動きを止めずにその宙域を離脱した。

 

 

 

 

 

安全と言える地点までアースラを移動させている最中、戻ってきた面々にはやる事がそれなりにあった。

中でも主となる物が二つあり、その一つ目は今回の作戦で負った傷を治療。これは治癒や補助魔法を得意とするシャマルを主として行われた。

一番重症だと言えたのは肩を貫かれたシグナムだったのだが、そんな深い傷さえも見事に治し切るのだから大したものである。

そして二つ目がリースとシェリスのデバイスとしての点検。これは基本的にこの二人を対象とするため、他の者はほぼ関係ない。

しかし心配だとか思う者はいるわけで、付き添う者もいた。ともあれ簡易な点検でしかないため、これはそこまで時間の掛かる事ではない。

だから点検に立ち会ったマリーからオーケーを出した時点で終わり、元の部屋に戻ってくるまでで通算して二十分程度しか掛からなかった。

基本的に主となる物はこの二つであったが、もちろん他にもやる事はある。そのためか、アースラが安全圏にまで達しても全ては終わり切らなかった。

それ故にいろいろと聞かなくてはならない事はあるも、それらが全て終わるまで待つ事になり、ようやくの落ち着きを見せたのはそれから二時間も経った後であった。

 

「今回の件、ずいぶん心配させてしまったようで……本当に済みませんでした」

 

「い、いえ、ご無事ならそれでいいんですよ。それに謝罪しなければならないのは私たちも管理局の人間も同じです……貴方達が攫われる可能性を懸念していたばかりか、救出するのも遅れてしまったんですから」

 

久方ぶりの再会はその謝罪から始まり、続けてあちら側にいた事で知り得た事をなるべく事細かに二人から聞く。

だけどそれによって分かった事のほとんどは既に知り得た事が多く、お世辞にも収穫があるとは言い難いものだった。

故にか二人から話は大した時間も掛けず終わり、そこでふと思い出したかのようにリンディが声を上げ、それを尋ねた。

 

「そういえば……通信のときは時間が無くて聞けませんでしたけど、貴方達に協力してくれた人というのは誰だったんですか?」

 

「んっと、『蒼き夜』のカルラって子だよ? ほら、初めてシェリスと皆が会ったときの介入してきたあの女の子……って、何でそんなに驚いてるの?」

 

リースはそう疑問を口にするが、正直なところ他の大半の者からすれば驚くべき事実であるのに変わりはない。

リンディやクロノ、守護騎士の面々からすれば『蒼き夜』の人間が攫った者の脱出作戦に協力するという事が信じられない。

そしてなのはやフェイトからすれば暴走状態の彼女と戦ったため、協力者は誰かという問いにその答えが思い浮かばなかった。

だけど前者はともかく後者を知らず、それ以前に彼女と深く関わった恭也とリースからしたらそこまで驚くのが不可解でならなかった。

よって互いの意見の整理が必要となり、そして話し合った結果としてカルラが暴走したという事実を知り、二人も驚きを浮かべざるを得なかった。

 

「カルラが暴走して二人に襲い掛かった、ねぇ……俄かには信じられない話かなぁ。あの子、すっごい消極的で臆病な小動物で、何より人を傷つける事を嫌うから一回戦ったときも最初は故意に本気の力を出さないようにしてたくらいの子だもん」

 

「なら、やっぱりその暴走したって部分が重要なのかも……もしもそれで理性を失ってたなら、なのはさんやフェイトさんの言う話も頷けるわ」

 

「アドルファさんも、カルラちゃんのあれは病気みたいなものだって言ってました。今まで抑えてたんだけど、今回は事情が重なって発症しちゃったって」

 

発症すると暴走する病気など聞いた事もないが、そう聞いたと言うのであれば今はそう考えておくしかない。

本人もその関係者もいるわけではなく、明確な答えなど出るわけもないため考えるだけ無駄なのだから。

 

「それにしても……リースちゃんもシェリスちゃんも、双子だけあってソックリねぇ。シェリスちゃんなんか髪が長い分だけ特にエティーナの小さな頃と瓜二つだわ」

 

「へ〜……お母さんって写真でしか見た事ないけど、小さい頃ってこんな感じだったんだ」

 

「そりゃアタシも知らなかったな……でもまあ、さすがに性格までは瓜二つじゃねえだろ?」

 

「ううん、そっちのほうも凄くソックリよ? あの子も小さい頃はシェリスちゃんみたいに無邪気で好奇心旺盛だったから、私も結構苦労させられたわぁ……」

 

「マジかよ……」

 

リンディの発言が鍵となってか、さっきまでとは一転して世間話っぽい話へとなっていた。

リースとシェリスはソックリだという発言から始まり、昔のエティーナがどんなものだったかというリンディの昔話へ。

その中で語られる事はアイラとしてもかなり驚きな、それでいてショックな内容も多く、エティーナの人物像が若干崩れるを感じた。

しかしそれでも知り得なかった事を知るのは新鮮であるのに変わりなく、そもそも母親を写真でしか知らないリースも興味津津であった。

だが、そんな中でリースに抱きつくような形で隣に座るシェリスはこの話題に対し、頭に疑問符を浮かべていた。

 

「ねえ、お姉ちゃん。皆で何のお話してるの?」

 

「何って……私たちのお母さんの話だよ? ほら、シェリスも前にお父さんに写真で見せてもらったでしょ?」

 

リースがそう答えてもシェリスの頭から疑問符が抜けず、彼女は再度同じ説明を繰り返す。

だけどそれでも彼女は理解せず、しょうがなくアイラがリースの代わりとして説明に乗り出そうとした矢先――――

 

 

 

 

 

「お父さんとかお母さんって……何?」

 

――そんな誰もを絶句させてしまうような一言を口にした。

 

 


あとがき

 

 

恭也たちとの合流から脱出までを今回お送りいたしました〜。

【咲】 流れ的には少し早い気がしないでもないわね。

まあ、確かにね。でもさ、これ以上書けと言ってもあんまり浮かばないのだよ。

それにあまり長く書き過ぎるとそれだけ話数が増えそうな気がしてならんし。

【咲】 ま、それは確かにそうかもねぇ……にしても、シェリスのリースと合流したときの反応は相変わらずね。

変わらない事がシェリスの魅力なのだよ。もっとも、今後進んでいくにつれて若干の変化はあるかもしれんが。

【咲】 だとすれば、リースは苦労しそうよね。かなり甘えん坊な妹状態が続くわけだからさ。

ん〜、リースもそうだろうけど、苦労するのは他にも出てくるんだけどね。というかむしろ、リース以上に苦労する人が。

【咲】 リース以上ねぇ……まあ、それも後々になれば分かる事なのよね?

うむ。

【咲】 じゃあそれまで待ちましょう。ところで話は変わるけど、リースとシェリスとか、恭也とかアイラとかの扱いって今後どうなるわけ?

それは管理局でのって事?

【咲】 そうよ。今までは民間協力って形で良かったけど、今回の件でそういうわけにもいかなくなったでしょ?

そうだなぁ……片やデバイスの中でも希少種の融合型、片やその主と犯人に加担した人。

少なくとも前者の二人には管理局の管理対象になるわな。恭也も魔導師の腕はそれなりだから管理局としては欲しい人材になる。

そして何よりもアイラは普通に考えて管理局に拘束され、罪を問われる可能性は極めて高いな。

【咲】 恭也はともかく、残りの三人はあまり良い待遇とは言えないわね。

管理局という立場上は仕方のない事だけどね。でも、リースとシェリスに関してだけは別の道も当然ある。

【咲】 ふ〜ん……で、それに関してが次回の話になるってわけね?

そういう事だな。ちなみにだが、その次回のお話で二章は最後だ。

【咲】 つまり次回が最終話になるって事ね。ほんと、長かったわねぇ……。

全体を通してはまだ半分も終わってないけどな。

【咲】 それって……全部で六章程度まであるって事になるんだけど?

いやぁ、最近軽くプロットを修正した結果、そのくらいになるだろうなという事が判明してびっくりしましたよ。

【咲】 それって正直どうよって話よね……。

まあね。だけどまあ、書き始めた以上はどんなに時間を書けてでも書き切りますよ。

【咲】 当然よ。もしも途中で飽きた止めただの言い出したら殴るわ。

暴力反対!! 平和的解決を断固要求します!!

【咲】 そんな抗議は効かないわ。殴られるのが嫌なら書き続けるしかないのよ、アンタは。

うぅ、世の中は理不尽で一杯だよ……。

【咲】 それが世界の真理という事で諦めなさい。じゃ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 それじゃあね。ばいば〜い♪




どうにか無事に脱出できたな〜。
美姫 「いや、本当に。とりあえずは、めでたし、かしら」
まあ、何も解決してないけれどな。少なくとも、人質が無事に戻ってきたという点では。
美姫 「にしても、よく考えたら確かに恭也たちは管理局の人間ではないんだったわね」
そうだったな。今後の扱いがどうなるのかというのも気になるけれど、シェリスの発言だよ。
美姫 「確かに、それも気になるわね」
次回、次回〜。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね」
待ってます。



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