近接戦闘に関しての技術を教授する事。それが以前、フェイトが恭也にお願いした事。
闇の書事件後に恭也が誘拐された事で忘れ去られたかに思われたそれは、ランク計測から次週となる日曜に行われた。
なぜ計測が終わってから同じく休みである次の日にでもしなかったかと言えば計測後だからというのもあるが、実際は単純に一日で終わるような事ではないからだ。
御神流を教えるわけにはいかなくも、近接での戦い方をしっかり教えるだけでも長く掛かる。それは少なくとも、年単位で。
だけどフェイトはまだ小学生だから、学校や管理局の事も考えて無理のない予定を組む必要がある。だから休みで一番時間のある日曜が指定されたのだ。
一度手合わせをして実力の程は知れてる。故に後は実際に軽く訓練をしてみて、少し早めに切り上げて話し合いながら予定を決める。
そのために指定日である今日、高町家の道場にて恭也とフェイトは約束してから初めてとなる訓練を行っていた。
「――っ……はっ!!」
「…………」
訓練といっても、得物の違いから技術的な部分は教えられない。下手に教えればそれが枷になりかねないからだ。
だから行う訓練は半分実戦的なもの。木刀で斬りかかる恭也の斬撃を、展開したデバイスでフェイトが防御し、回避し、時には反撃するという訓練。
フェイトがデバイスを使うのはそれに似た木製の代物が無いから。恭也が木刀を使うのは、訓練だから刃の無い物のほうがいいと考えたから。
もちろん木刀を使うだけでなく、若干の手加減もしている。そうでなければ、魔法無しというこの条件下では即終わってしまう。
だけど手加減をしていても、フェイトは防ぐ事で精一杯。少ない隙を見て反撃を返すも避けられ、完全に防戦一方な様子であった。
更に言えば、恭也はまだ一本しか木刀を使っていない。なのにそんな状況……正直、近接に於ける力の差を痛感させられてしまう。
「くぅ……っ!」
デバイスと木刀では強度がまるで違う。それ故、武器破壊をしようと思えば出来ない事はないだろう。
しかしそれを彼女はしない。そもそも防御や回避の技術を磨き、隙を見極めるのが訓練の意図。そのため、武器破壊は意図に沿わないのだから。
とはいえ、実際にはしたくても出来ないというのも事実。だから、ただ恭也の攻撃に対して辛うじて対処をするしか出来ない。
ともあれそんなこんなで訓練はしばらく続き、フェイトの息も乱れてくるに従って動きのキレも無くなっていってしまう。
それに伴って恭也の斬撃を捌き切れなくなっていき、そして最終的には木刀の切っ先を喉元に突き付けられ、途端に互いの動きは止まる。
「……少し、休憩に入るか」
「はぁ……はぁ…………はい」
まるで息を乱していない恭也を前にしてやっぱり強いなを思いつつ、乱れた息を整えて返事を返した。
そしてそれを合図として彼は木刀を下ろし、いつも休憩時間を測るために使っている腕時計のストップウォッチを回すのだった。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第三章】第六話 超えるのではなく、ただ隣に立つために
冬も去りつつあって僅かに気温も上がり、尚且つ雲一つない快晴なためいつもより暖かい午前中。
恭也とフェイトが訓練を行っている道場から中庭を挟んですぐ近くにある縁側の一角にて、彼女たちはいた。
誰かと予定を入れてるわけでもなく家にいるなのは、同じく外出する予定などないリース。そしてフェイトに付いてきたシェリス。
二人の訓練を邪魔しまいと道場に入らず、かといって天気も良いのに家の中にいるのはどうかと思った。
だから三人揃って縁側でマッタリしている。もっとも、マッタリとするだけであるのはなのはとシェリスのみで、リースはいつも通り読書中。
なのはは別段読む本があるわけでもない(以前買ってもらったのはもう全部読んだらしい)ため、のんびりと熱いお茶を飲んでるだけ。
シェリスはといえば、読書をしているリースの膝に頭を乗せ、少し早いお昼寝をしている。だからか、三人の間には妙な静けさがあった。
リースはともかく、なのはとしてはそんな静けさがちょっとだけ気まずい物だったのか、しばしの後に意を決してリースに声を掛けた。
「ね、ねえ、リースちゃん」
「……何?」
「えっと……その本、面白いの?」
「面白いっていうか、興味深いかな……読んでみる?」
表紙には『経済成長という病』と書かれている本。中身を見るまでも無く、小学生が好んで見るような本ではないのが分かる。
自分より年齢が若干上でしかないのに、そんな本を読んで興味深いなどという感想を述べる辺り、しっかり内容を理解してるらしい。
だが魔法少女をしていると言っても、なのははそれ以外では至って普通の小学生だ。そんな難しそうな本、読みたいとすら思わない。
それ故に凄く曖昧な笑みを浮かべて遠慮しておくと告げる。するとリースも無理に勧めるつもりはないのか、そう……とだけ返して読書に戻る。
そしてまた気まずい静けさが舞い戻ってくる。だけどなのははめげず、今度は長続きしそうな話題を考え、それを振った。
「リ、リースちゃんって漫画も読むけど、そんな難しい本を読んでるときのほうが多いよね?」
「そうだね。漫画も含めて教養を蓄えておいたら後々役に立つ事もあるし、比較的内容が難しい本でも読書そのものが好きだから苦痛にはならないしね」
「……そういう本は分かるんだけど、漫画で教養がついたりするの?」
「つくよ。恋愛漫画なら恋愛関連の知識、アクション系の漫画なら戦術面での知識、って感じでね」
「それって、純粋に漫画の内容を楽しんでるって言わないんじゃ……」
「楽しみ方なんて人それぞれだよ」
なのはは漫画の内容を楽しみ、リースは漫画に盛り込まれる要素を主に楽しむ……これを人それぞれと言ってしまえばそれまでだ。
そのため先ほどよりもほんの僅かだけ長続きしただけでまたも会話はそこで止まってしまい、三度目の沈黙が流れ始める。
対するなのはも心情的にはめげたわけではないが、話を振ろうにももう話題が浮かばず、甘んじて沈黙を受け入れるしかなかった。
だが、そうして彼女的に気まずい空気が流れる中、少しの間を置いてなのはは話題ではなく、一つの疑問が浮かび、それを口にした。
「そういえば先週のランク測定のときに思ったんだけど……リースちゃんとお兄ちゃんって凄く信頼し合ってるよね。詳しく言わなくてもお兄ちゃんの言いたい事が分かったり、お兄ちゃんがして欲しい事を言われなくてもしたり……なのはが魔導師になる少し前から一緒にいたって聞いたけど、あれを見ちゃうともっと前からって感じがしちゃうよ」
「……そういうのを信頼って言うなら、確かに私は恭也を信頼してるのかもね。でも、恭也がどうなのかは知らないけど、私が恭也を信頼するのは長く一緒にいたからじゃないよ」
信頼しているという点には同意するが、信頼し合えるほど一緒にいたからというのに対しては否定した。
故になのはは首を傾げる。傍にいたから信頼しているのでないなら、なぜ彼をリースは信頼しているのかが分からないから。
そんななのはの反応を横目で見たためか、リースは小さく息をつき、読んでいた本に栞を挟んでパタンと閉じ、改めてなのはへと顔を向けた。
「相手が信頼できるか出来ないかは共にある時間じゃなくて、共にあった中でどれだけ相手を見たかで決まるんだよ。一緒にいても外面だけしか見れないなら信頼どころか信用も出来ない……これは相手もまた同じ。だから一緒にいる中でその人の内面を見る。どんな性格なのか、どんな考えを持ってるのか……人の内面って言えるそんな部分が分かれば、信頼も信用も出来る可能性は見えてくるの」
「……じゃあ、リースちゃんはお兄ちゃんの性格とか、考えとかを知って信頼できるかなって思ったって事?」
「結論を言えばね。もちろん、最初は信用はしたけど信頼まではしてなかったよ。前までの恭也は剣士としては強かったけど、魔導師としてはまだまだだったからね……信じる事は出来ても頼りにするってまではいかなかった。でも、少しずつ強くなっていく中で分かっちゃったんだよね……信頼してないのは私だけで、恭也は私を信頼してくれてるって。魔法面で劣るから、その面では信頼してほとんどを任せてくれる……これは今でも変わってない。だから私は決めたの。剣士としての領域は恭也、魔導師としての領域は私……そうやって互いの足りない部分を補い合おうって。そうする事で信頼し合い、ずっと互いを支えていこうってね」
それがリースから恭也への信頼の形。なのはにとって、そんな考え方が出来るのは羨ましかった。
支えていくというのは隣に立つ事が出来ている証拠。例え彼女がデバイスであっても、信頼という形で隣に立っている事には変わりない。
それはなのはが目指している事を彼女が成しているという事だ。だからこそ、彼女にはリースが羨ましくて仕方なかった。
でも、同時にいつかは自分もその位置へという志を強くする。兄と互いに信頼し合い、彼女と同じく自分も彼の隣りに立てるように。
以前より秘めていた志を再確認したためか、なのははリースの言葉が切れると同時に洗濯物を干すとき用の靴を履き、道場へと走っていった。
そんな彼女の後姿を追いかける事も無く、リースは溜息をつきつつ再び本を開く。そして――――
「やっぱり、分かってないなぁ……」
――誰に言うでもなく呟き、膝に頭を乗せて眠るシェリスの寝息を耳にしながら読書へと戻っていった。
三十分を一セットとして行う打ち合い。それが恭也とフェイトが訓練の内容である。
美由希とならこの倍以上に長い物となる場合がほとんどだが、訓練初回であるフェイトにそれを要求するのは酷というものだろう。
だから最初となる今日は様子見という事で三十分という事にし、息切れがほとんど無くなった頃合いを見て時間を増していき、体力を付けさせる。
それが近接の戦術を教え込む以外での訓練の目的。最低でも一時間程度は全力戦闘に耐える体力を付けなければ、近接面に於いて話にならない。
もちろん、合間の時間に五分ほどの休憩時間を設けており、翌日に響かない程度の訓練というようにしている。
だが、休憩を挟んだ後に再開した打ち合いにて十分ほど経過したとき、突然恭也は攻め入る手を止めてしまった。
「? どうかしたんですか、恭也さん?」
「…………」
さすがに十分くらいでは息切れもせず、多少息をつく程度の様子でフェイトは腕を止めた恭也に尋ねた。
しかし彼はその問いには答えず、腕を下ろして小さく溜息をつく。それにフェイトは少しばかり不安感に駆られてしまう。
先ほどまででも何度かああするべきこうするべきと指摘は受け、今度もまた何か悪い部分があったのではないかと。
そしてそれは一度指摘された部分……だから溜息をついたのではないかと。しかし次の瞬間、その不安は杞憂であると知る。
「……そんなところにいないで入ってきたらどうだ、なのは?」
「――っ!?」
向けられた視線も呼ばれた名も自分じゃない。それ故、フェイトも驚きつつ彼が向けた視線を先を見る。
その先にあるのは道場の入口。そしてその右の方から恭也に言葉に応じて出てきたのは、なのは。
フェイトは恭也の斬撃に対処する事で精一杯だった故に気付かなかったのだが、実際に来たのは五分ほど前だと恭也は知り得ている。
御神流は剣術だけでなく、暗器なども用いた純粋な暗殺術。その上で前提的となる気配察知能力などは正直かなり高い物なのだ。
だから気配でなのはが来た事を察し、理由は分からないが用事があるなら入ってくるだろうとその場は放置していた。
しかし一向に入ってくる気配を見せないなのはに見兼ね、打ち合いを中断して声を掛け、現在に至るというわけである。
「それで、一体どうしたんだ? 昼食に呼びに来るにしてもまだ早いだろう?」
「え、えっと、その……お兄ちゃんに、ちょっとお願いがあって」
なのはがお願いをしてくる事自体は珍しい事じゃない。だが、訓練を邪魔してでもというのは珍しい事だった。
前から彼女は賢い所があり、恭也にお願いやらをするときは大抵何もしてないとき。それ以外のときは遠慮してお願いなどしない。
だからなのはの行動にしてはとても珍しく、しかも語る瞳が真剣さを帯びていたためか、恭也もより真剣な声で聞き返した。
すると彼女は真剣さを持ちながらもやや言い難そうにしつつ、だけど俯き気味になっていた視線を彼と合わせ――――
「お兄ちゃんとフェイトちゃんがしてる訓練に、なのはも一緒させて欲しいの」
――はっきりとそんなお願いを言い放った。
それは正直、何となくでも予想できた事だった。彼女の決意を聞いているのならば特に。
だけど驚きは隠せないのも事実。それ故、恭也とフェイトは互いに顔を見合わせるという行為をしてしまう。
しかし我に返るとその見合わせていた顔をなのはへ戻し、恭也は驚きを納めて腕を組みつつ尋ねた。
「確かになのはは砲撃系の魔法を主としているから、近接系への対処もある程度覚えたほうがいいのは分かる。だから参加するのは構わない……だが、その前に理由を聞かせてもらえないか? そうでないと俺としても最終的な判断のしようがない」
「……強くなりたい、の。今よりもっと、お兄ちゃんの隣りに立てるくらい……強く、なりたいの」
「……この前言っていた事が理由、というわけか。しかし、俺はまだ管理局に入る事を決めたわけじゃない……もし仮に訓練を付け、その願いを叶えたとしても、まるで意味を成さなくなる可能性もある。それを分かった上でも、同じ事が言えるか?」
そう尋ね返せば、なのはは静かに頷く。その可能性を考えた上でも、決意は変わらないという答えを返す。
だが恭也としては、それでも参加させる事を悩んでしまう。決意の程はどうあれ、その理由が理由である故に。
恭也が力を求めたのは守りたいものがあったから。フェイトにしても、強くなりたいというのは彼女と同じだが、奥底には恭也と同じものがある。
だから彼女を鍛える事を恭也は最終的に承諾した。しかし、今のなのはにはそれが無い……隣に立ちたい、兄に認められたいという思いしか感じられない。
隣に立てるほどの力を身に付けて何をするか。兄に認められるほどの力を付けて何を成すか。そんな根本的な部分が欠けているのだ。
――そんな状態で力を付けるのはあまりにも、危うい事。
思い無き刃はただの凶器でしかない。今の彼女はつまり、そういうものを手にしようとしてるのに近い。
だが、かといってこれを拒否すれば彼女は反発するだろう。それほど意思が強く、何より昔から妙に頑固なのだから。
反発して、それでも受け入れられないなら独自で訓練なりしようとする。それも無茶で無謀な、自分を顧みない訓練を。
それでは過去の自分の二の舞だ。それ故にしばらく考えた後、参加を許可するという意味合いを込めて小さく頷いた。
それになのはは花が開いたような笑みを浮かべて喜びを露わにするが、その直後に恭也はただし……と前置きをして条件を口にする。
「俺の言い付けを守り、無茶な事は絶対しない事。そして教えるにしても近接戦闘に関するある程度の対処だけである事……この二点は必ず守るように。いいな、なのは?」
「う、うん!」
危ない事はするなと言い含めつつ、教える事も限定された事で納得させる。取り付けた条件の意図はそういうものだ。
そしてこれを了承させた上で訓練しつつ、なのはの意思を少しずつ変える。欠けている部分をしっかり、教え込む。
時間は掛かるが、そうすれば危うさを緩和する事は出来る。これがつまり、恭也がなのはのお願いを受け入れるに至った理由であった。
だが許可の言葉の裏にそういった意図がある事は露知らず、なのはは喜びを隠す事無くフェイトに近寄り、その手を握る。
「改めてこれから宜しくね、フェイトちゃん。一緒に強くなれるよう、頑張ろ!」
「あ、うん……こちらこそ宜しく、なのは」
満面の笑みであるなのはに比べて、フェイトは曖昧な笑み。おそらく、フェイトもなのはの危うさに気づいているのだろう。
だが、自分も恭也に教わっている身の上、彼の決定なら受け入れるしかない。例え、彼が許可した理由が分からなくても。
彼の考えをただ信じるしかない。そのため、自身の不安は口に出さず、曖昧な笑みのままなのはの手を握り返すのだった。
なのはが訓練に加わる事になったその頃、リースはといえば家にいたレンの誘いでお茶をしていた。
こういうときには敏感なのか、用意されている菓子の匂いでシェリスも起き、現在はレンを含めた三人でお茶をしている。
恭也となのは、そしてフェイトの三人も呼びに行こうかという提案はあったのだが、訓練中だからというリースの言葉で三人の分は取っておく事へ。
加えて日曜という事で本来ならいるはずの美由希は那美と出掛け、晶は午前中は空手があるらしく、その三人だけのお茶会という事になったわけである。
「ん〜、美味しい♪ 翠屋のお菓子や晶の作るお菓子もそうだけど、レンの作るお菓子もやっぱり絶品だね」
「あはは、そうゆうてもらえるとウチも嬉しい限りや♪ 一杯作ったからどんどん食べてな♪」
レンが得意とする料理のジャンル上、お菓子の種類は中華系になる。だが、それでも美味しいという事は確かであった。
恭也の事も考えて若干甘さは控えめにしてあるが、控えめでも程良い甘さが齧り付いた瞬間に口一杯に広がる。
市販のお菓子の何倍も美味しいお菓子。それ故、美味しいと口にしたリースはもちろん、シェリスも夢中で食べ続けていた。
「へんおねえふぁんのおはし、ふごくおいひいふぉ(レンお姉ちゃんのお菓子、凄く美味しいの)! ふぇりふ、はんへきはふぉ(シェリス、感激なの)♪」
「あ〜、はいはい。美味しいのは分かったから、口に含みながら喋らない。ついでに口の周りに餡子付けない……何歳児なのよ、全く」
ブツブツ文句を言いながらも甲斐甲斐しく用意された布巾でシェリスの口を拭ってやる辺り、妹に甘いのが分かる。
レンもシェリスと会ったのは今日が初めてだが、それを見ると悪い子だとは思えず、むしろ懐っこくて可愛い子という認識を持つ。
「リースちゃんもしっかりお姉ちゃんしてるんやなぁ……そうやって見ると姉妹なのは分かるけど、双子だとは思えへん」
「まあ、シェリスは精神年齢が実年齢より低いからね。そういった妹を持つと私も苦労を掛けられてそんな風になるわけなのよ」
「でも、嫌な気はせんのやろ? シェリスちゃんを相手にしてるときのリースちゃん、凄く優しい顔してるし」
「そりゃまあ、ねぇ……」
シェリスの良い所を懐っこい性格の他に挙げるなら、相手してる人を不快にさせないというところだ。
善悪の区別が出来なくても純粋で無垢、そこからくる笑顔は相手も笑顔にさせる。それがリースの妹、シェリスという少女だ。
双子故に長い付き合いであるリースも何度か彼女の悪い部分の被害にあった事はある。そのたびにムカついた事もある。
でも、彼女が笑うとよほどの事でない限り許せてしまう。それは双子の姉妹だからというのではなく、シェリスの人徳というものだろう。
「ただねぇ……こんな子だからやっぱり他人に預けるのって不安なんだよね。確実に迷惑かけるだろうしさ」
「あ、あははは……せやけど、フェイトちゃんもそんな素振りは見せてへんかったで? むしろ、仲が良さそうだったやん」
「フェイトは甘すぎるから、そんな感じになっちゃうんだよ。予想でしかないけど、たぶんシェリスが多少悪い事しても怒ってないんじゃないかな……」
フェイトが優しい子だという事は初めて高町家に招かれて、それからたびたび見るようになって最も分かる事。
でも、さすがに悪い事をしたら怒るまではいかなくても窘めるくらいするのではないか。そうレンは思い、口にしようとする。
だけど口にする前にチラッと見たシェリスの様子で言葉が呑み込まれてしまう。注意されても、また餡子を口周りに付けている彼女の様子で。
「んぐ…………うにゅ?」
レンに続けてリースも視線を向け、その二人の視線に気づいたシェリスは小さく首を傾げる。
どうやら自分たちの会話すら耳に入ってはいなかった様子。というか目の前のお菓子以外、頭には無かったのだろう。
そんな様子を見てしまった故、レンもリースが言う所のフェイトの苦労とやらを少し察してしまい、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
対するリースも小さく溜息を付き、再びシェリスの口周りの餡子を拭う。そして再びお菓子を食べ始めたシェリスに呆れを浮かべるのだった。
なのはが加わったからといって訓練内容は変わらない。あくまで防御及び回避の訓練のままだ。
だが、なのはに関してだけ少し変った部分もある。それはフェイトが時々反撃するのと違い、なのはは反撃無しという部分だ。
これは出来ないのではなく、してはいけないという事。なのはの訓練目的の主な部分は近接戦闘に於ける対処の方法だから。
だから如何に防御や回避をしつつ距離を取るか、それを学ばせるため、基本的には反撃禁止で防衛のみに専念させている。
なのは自身もその内容に不満は無い。むしろ、砲撃や射撃が攻撃方法と自分が一番良く知っている故、納得という感じである。
「はぁ……っ……はぁ……っ!」
「…………」
フェイトの時同様に木刀一本なのに加え、多少の手加減もしている。だが、なのはとフェイトでは大きな違いが出てくる。
それは動きと持久力の違い。フェイトは近接及び中距離を主とするため、動きも多少は良く、持久力もその年齢の女の子にしてはある方だ。
対してなのはは距離を置いての戦闘に長ける分、近接面での動きははっきり言って悪い。持久力の面にしても、若干無さ過ぎる感じがある。
そのため休憩時間は同じだが、フェイトは一回の打ち合いが三十分なのに対し、なのはは十分という三分の一の時間まで短くしている。
とはいえやはり息切れはしてしまうし、フェイトと違って防御も回避も切れないという場面がそれなりに多かったりしていた。
「よし、そこまで。五分休憩だ、なのは」
「はぁ、はぁ……う、うん」
師事をしている以上、返事は「うん」ではなく「はい」が適切。だが、そこをとやかく言っても今の彼女には無意味だろう。
聞きわけが無いのではなく、それほど疲労しているのだ。たかが十分といえど、彼女にとってはされど十分という事なのだから。
「だ、大丈夫、なのは……?」
「大丈夫、だよ……っ……ちょっと辛い、けど……最初よりは、全然」
「そ、そう……でも、恭也さんも言ってたけど、無理はしちゃ駄目だよ?」
疲労故に言葉は途切れ途切れだが、最初のほうに比べたら言葉を返せるだけ確かにマシなのかもしれない。
しかしフェイトとしてはやはり心配であるためか、タオルで疲労から座り込んだ彼女の汗を拭ってあげながらも心配そうな視線を彼女へ送っていた。
そんな二人に恭也は近づいていき、だけどフェイトのように心配するような言葉を掛けるのではなく、先のに対する指摘をする。
「最初のときと比べて若干少なくなってきたが、それでもやはり無駄が多いな。何より防御も回避も動きが大きくなりすぎだ……すぐには無理だろうが、なるべく最小限の動きでこなせるようにする事。あとこれはフェイトにも言えるのだが、防御するにしても回避するにしても一点の方向に意識を向けすぎるな。右から刃が迫ってくるからと言って、左から何もこないとは限らないのだからな。他にも細かい部分はあるが、大きく言えばこの二点のみ……だから次はここを意識しつつやってみろ」
訓練時の恭也は基本的に家族だとか妹だとか関係なく厳しい。それはこの家では美由希が一番良く知る事。
だけどなのははそこを知らなかったため、返事は返すも厳しい指摘に若干俯く。場合が場合なら、泣いていたかもしれない。
そしてフェイトとしてもこれには少し厳しすぎるのではないかと思ったのか、抗議するような視線を向けようとする。
だが、それより若干早く恭也はなのはに近づいてしゃがみ込み、俯いた彼女の頭に手を乗せて打って変わった優しい声色で言う。
「だが、訓練を始めてまだ合計一時間程度とはいえ、弱音を吐かないのは大したガッツだ。正直多少なりと弱音を吐くと思っていたんだが……」
「それは……だって、私がお願いした事なんだもん。だから弱音なんて吐いたら、駄目だって思って」
「そう思えて且つ、実際に出来るという事自体が凄い事なんだ。そこの辺り、兄としては少し誇らしく思えるぞ?」
美由希相手ではこんな事は言わない。だからこそ、やはり恭也はなのはに甘いのだと再確認出来てしまう。
そして厳しい指摘はあったもののそんな褒めの言葉も貰ったためか、なのはも俯き気味だった顔を上げて少し嬉しそうな顔をする。
彼女のそんな表情を見て恭也も僅かに笑みを零し、頭に置いた手でそのまま撫でる。髪を梳くように、優しい手付きで。
そんな光景に抗議の目を向けようとしたフェイトも考えを改め、同時に恭也に撫でられているなのはを無意識にではあるが、羨ましそうな目で見る。
だけど自分がそれを羨ましがっているという事に気づいても、やはり遠慮がちな彼女は言えない。友達の兄に対して、撫でてくれなどとは言えない。
しかし、なのはを撫でる中でフェイトのそんな様子に気付いたのか、彼女が言えずとも恭也は木刀を置いて静かにその頭に手を置き、撫でる。
それによってフェイトは少しばかり驚きの瞳で恭也を見上げる。だけどその次には自然と頬を染めつつも、嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。
あとがき
決意が変わらぬのなら、変わる方向へと導こう……というわけだな。
【咲】 でも、訓練は訓練でちゃんとやるのね。
そりゃもちろん。理由はともかく、砲撃魔導師が近接攻撃への対処を知っても損があるわけじゃないからな。
【咲】 むしろそれをちゃんと学んでいったら、なのはもより強くなりそうよね。
確かにな。
【咲】 にしても、今回初めてリリなの未出演のとらハ側からのキャラが出たわね。
話には少し出てたんだけどな。まあ、直接会話などとしてる所が出るのが初めてなのは確かだ。
【咲】 もっとも、まだレンだけではあるけどねぇ……にしても、レンとはやてが同時出演するとほんとどっちがどっちか分からなくなりそうだわ。
どちらも敬語を使うときはですます口調だけど、敬語じゃないときは普通の関西弁……まあ、これだと確かに分かり辛いわな。
でもまあ、そこの辺は地文なども交えて分かり易くなるよう努力はしてみますわい。
【咲】 そ……ま、がんばんなさい。
へいへい。そんなわけで今回、レンの登場と共にシェリスも高町家にいたわけだが。
【咲】 何も変わってないわね。よく遊ぶよく食べるよく寝るよく甘える……いつまで経っても子供のまんまよね。
ま、数日や数週間程度で変わるなら苦労はしないってね。もっとも、この子に関してはきっと変わらないままなんだろうけど。
【咲】 変わらない事がシェリスの良さの一つ、とか言ってたものね。でも、フェイトと一緒に管理局入りした以上、そうもいってられない部分はあるんじゃないの?
まあな。特にフェイトは少し後になるが執務官の試験とかいろいろと大変になるし、シェリスに構ってばかりもいられなくなるわな。
【咲】 遊びながらやって受かるような簡単な試験じゃないものね。
うむ。まあ、シェリスもシェリスである程度の役職にはつくかもしれんが、それも今後にならんと分からん事だわな。
【咲】 ま、いつも通りって事ね。
そゆこと。てなわけでそろそろ次回予告だが、次回は恭也とリースの月村家訪問のお話だな。
月村家サイドでの主な出演者は忍とノエル、サブ出演としてファリンって構成で次回の話は語られる。
訪問と同時に襲いかかる異常な警備システム。それを何とかリースを抱えながら破壊しつつ掻い潜り、二人は月村家の門を潜る。
そこで初めてリースと会った忍はリースのとある言葉が発端で意気投合。そんな様子を見てか、恭也は凄まじいほどの嫌な予感を抱く。
それが杞憂であって欲しいと願うものの、それは叶わず。初回の訪問以降、頻繁に月村家に出掛けては忍と何かをしている。
そして後日、恭也にとって事件解決から二度目の訪問となるその日、初回の訪問で感じた嫌な予感が形となって恭也を襲う。
というのが次回のお話だな。
【咲】 片やマッドサイセンティスト、デバイスマイスターにして科学者な父を持つ子……意気投合も何となく納得ね。
ちなみにだが、とらハサイドでの出演者のほとんどは三章以降出ないのだけど、忍に関しては少し違ったりする。
【咲】 そうなの?
うむ。まあ、何となく想像はつくとは思うがね。
【咲】 ふ〜ん……でも、その割には三章以前では忍って全然出てきてないわよね。
それはまあ、恭也はともかくリースたちって基本的に素性が割れる事を避けてたからねぇ。
【咲】 つまり、その延長線上で恭也も会う比率は比較的低くなってたって事?
そうそう。もっとも、大学が同じだから攫われるまで彼自身は会っていたのだけどな。
【咲】 ふ〜ん。まあ要するに、これから忍の出番ってちょっと増えていくかもってわけね?
そういうこと。マッドサイエンティストであれ、その技術力はかなりのものだしな。
では、今回はこの辺にて!!
【咲】 また次回会いましょうね♪
では〜ノシ
乱入者はなのはだったか。
美姫 「決意を胸に恭也と訓練」
にしても、本当に危うい感じが。
美姫 「まあ、その辺は恭也も色々と考えているみたいだけれどね」
だな。その事にちゃんとなのはが気付けるか、どうか。
リースとシェリスの仲良い姉妹の光景には思わず和んでしまった。
美姫 「本当よね。平和な光景って感じよね」
うんうん。特に大事もなく、普通の日曜日。
けれど、次回予告では思いっきり、嫌な予感が。
美姫 「その災難は恭也にいきそうよね」
案外、良い事もあるかもよ。
美姫 「さてさて、どうなるのかしら」
次回も待ってます。
美姫 「待ってますね〜」