ジェド・アグエイアス及び『蒼き夜』が引き起こした事件からしばらくの間、本局内ではドタバタ騒ぎだった。

事件が起こり始めた時期はおよそ三年ほど前。犯人の一人であるジェドの名前が局内で上がったのはそれから半年後。

だけど犯人が分かってから約二年という時間を掛けてもそれ以上の情報は手に入らず、解決は無理じゃないかと囁き始める局員さえ出始めていた。

しかしそんな解決困難な事件がこの半年という時間で一気に多くの情報が齎され、解決への糸口が見え始めるという事になった。

これによって局中が若干大騒ぎになり、情報を元に現在ジェドに加担している『蒼き夜』に関する情報の検索、及び彼らの捜索を本格的に行い始めた。

 

 

 

――それと同時に上へ逮捕報告された彼に加担していた人物――アイラに関しての事も検討されていた。

 

 

 

裁判に掛けるにしても上へ報告し、指示を仰ぐのは義務。それ故、リンディはこれを事件解決直後に上へ報告した。

上へ報告した際、その者の罪状を確認した後に裁判に掛けるか否を判断。その後、裁判にてその者の処遇を決める。

上層部が罪状を確認した際、もしも裁判に掛ける必要性がないと判断されれば、悪くとも保護観察処分で済むという場合がある。

でも彼女の場合はリンディとクロノが確認しただけでもその程度で済む物とは思えず、高確率で裁判に掛けられると判断していた。

そうなるとどのくらい反論材料を用意したかで裁判の結果は大きく変わる。無罪を勝ち取るのは無理でも、多少刑を軽くする事は出来るかもしれない。

だからリンディもクロノも事後処理に追われながらも反論材料を集め続けた。上からの指示が下る前に少しでも多く集まるようにと。

 

 

 

――だけどそれから数週間という時間が流れ、ようやく下りてきた指示はあまりにも不可思議且つ驚愕に値するものだった。

 

 

 

被疑者アイラ・アルウェッグを保護観察処分に処する。それが下りてきた指示の内容であり、上層部の判断であった。

彼女の罪状は民間人及び管理局員への暴行と誘拐。大きいのはこれで他にもいくつかある事から、裁判で懲役刑に掛けられる可能性が高かった。

だけどその裁判すら上層部は必要無しと言い、保護観察処分程度で済ませると言う。これは正直、可笑しく思うなというほうが無理な話だ。

故に本来はこの程度で済んだ事を喜んでもいいはずのリンディは上へと問い質した。でも、上層部から明確な答えなど返ってはこなかった。

これは上層部で議論した結果であり、覆る事は決してない。また、詳細を知る必要もない……返ってきたのは、たったそれだけの言葉。

当然、納得がいくわけもない。だけどそれ以上は上層部に問う事も出来ず、この指示に関する真相は結局、明かされぬままとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第十三話 管理局の真意、古き時代を語る書物

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイラに対する処遇が上から下ってすぐ、本人にもこの内容を全て伝えた。

彼女なら不可解に思う以上に怒るような気がしたのだが意外にも伝えたとき、彼女は妙に冷静だった。

表情からして怒っていないわけではない。でも、いつも見せるような怒りではなく、それは非常に静かな怒り。

話が終わった直後にそんな顔の彼女は若干俯き、何かを呟くが、その場にいたリンディにもクロノにもそれを聞き取る事は出来なかった。

ともあれ、管理局上層部の意図はどうであれ、保護観察処分という扱いになった彼女は今まで以上に自由が利くようになる。

まだ保護観察官が誰であるかすら通達されていない段階であるため、本局の外へ出る事は出来ないが本局内でならある程度自由に動けるようになった。

 

 

 

 

 

――そんな扱いになってから、およそ一ヶ月半という時間が経過した。

 

 

 

 

 

どう検討されたのか保護観察官はリンディに決まった。身内、もしくは知り合いが保護観察官になるのは本来無い事例。

だからこれは前代未聞だが、上からの通達である時点で以前の同様に明確な答えが返ってくるとは思えず、問い質してはいない。

とはいえ、当然ながら知り合いだからといって彼女も妥協はしない。アイラとちゃんと面接をした上で扱いに関しての検討をした。

そして結果、私情を挟まずしても彼女は反省もした上で更生の兆しも見せていたと判断し、リンディは彼女の行動に今まで以上の自由性を持たせた。

よって本局内でしか動けなかった彼女も外へ出れるようにはなったのだが、そうなっても彼女はリースやシェリスのいる場所へ行くとは言わなかった。

理由を聞けば、もう少し時間を掛けて考えたい事がある。その考えの結論が出ない限り、あの二人と同じ場所で暮らすなど自分は許せない、という理由。

これに関して彼女の考えというのを聞きはしたが、これには口を噤んで答えず。それ故、理由は分からないながらも、リンディはそのまま滞在する事を許可した。

 

 

 

 

 

――そうして本局への拘束という扱いが解かれ、自主的な滞在というものになってから更に一ヶ月。

 

 

 

 

 

一ヶ月という時間を要しても結論は出なかったのか、アイラは未だ滞在中。しかも、前以上に自由気ままな生活を送っていた。

彼女は基本的に宛がわれた部屋に留まってはおらず、寝るとき以外は外出している。もちろん、範囲は本局内の出歩ける場所のみだが。

そしてこの日も当然彼女は部屋に留まらず、別の場所へと出向いていた。向かったその先は、局員が休憩として使う一角。

そこの自販機で飲み物を買い、空いている場所に座ってそれを飲みながら何をするでもなくボーッとするのが最近の日課。

話し相手がいれば彼女としては一番良いのだが、現在この局内にいる者の中で知り合いと言えば三人程度しかいない。

だけどその三人の内、リンディとクロノの二人は少し忙しいのか稀に会って話すくらい。もう一人であるユーノは、現在無限書庫へ監禁に近い状態。

何でも事件後、管理局の司書官としてスカウトを受け、それを承諾して管理局入り。そしてその直後から、無限書庫の整理に追われているとの事。

その間でも指定された書籍の捜索依頼なども受けるから人数がある程度居ても毎日ドタバタ騒ぎ。当然、アイラが出向かない限り会う事はない。

そんなわけで今日も今日とて飲み物を買って休憩スペースの一角でボーッとしていた。結論の未だ出ない悩みについて考えながら。

 

「……アイラちゃん?」

 

「――っ!?」

 

あまりに考えに没頭しつつボーッとし過ぎていたのか、誰かが近づいてきていた事にも気付かなかった。

故に声を掛けられると同時に肩をポンポンと叩かれた途端、ビクッと驚いて瞬間的に声が聞こえたほうへと振り向く。

そしてその途端、驚きが脱力へと変わる。声を掛けてきた人物が、自分の見知った人物――リンディであるというのを確認した事で。

 

「あ、アンタか……たくっ、ビックリさせんなよ。危うく飲みもんをテーブルにぶちまけるところだっただろ……」

 

「ご、ごめんなさい。まさかそんなに驚かれるとは思わなくて……でも、珍しいわね。私が近づいてた事にも気付かないなんて」

 

「ちょっと考え事をしてたからな……そういうアンタだって、こんな所に来るのは珍しいんじゃないか?」

 

「そうね……あまり来ないと言えば、そうかもしれないわ。今日ここに来たのもちょっとだけ暇が出来たから、というだけだし」

 

処遇が決まってから今まで毎日ここにある程度の時間アイラはいたのだが、顔見知りとここで遭遇する事は全く無かった。

だから基本的に来ないのだろうと判断していた故に先ほど過剰に驚いたのだ。ただ、ここで会う事が別段悪いわけでもない。

むしろ話し相手が出来て嬉しいくらい。そのため、アイラもリンディへ空いていた隣の席へ座るよう勧め、彼女も頷いて返した。

そして出来た暇の時間はそれなりにあるのだろうか、アイラが飲み物を買った自販機で同じく飲み物を買い、戻って椅子へと腰掛けた。

それから飲み物を口へと運び、一口だけ飲んだ後に小さく息をつき、彼女の方へと僅かに顔を向けて口を開いた。

 

「そういえば、前に言ってた考えというのの結論はもう出たの、アイラちゃん?」

 

「んにゃ、まだ出てない。というか結論なんて最初から一つしか無いんだけど、アタシ自身それを選択するのにまだ迷いがあるからなぁ……」

 

「そう……まあ、滞在に期間が定められてるわけでもないから、そんなに急がなくてもいいからね? 貴方はもう自由なんだから、自分が本当にしたいようにしていいんだから」

 

「自由、ねぇ……前までのアタシも別に不自由ってわけじゃなかったけどな」

 

実際、本局内では行動制限があまり無かったのだから、結構彼女はしたいようにしていた。

それ故のその発言にリンディはクスクスと苦笑を浮かべ、そういえばそうだったわねと同意の言葉を口にした。

 

「初めて再会した時はずいぶん変わったと思ってたけど、芯の部分は全然変わってないものね。あの頃の事に関わった人は皆、私も含めて変わっちゃったのに」

 

「そうかぁ? アタシからすれば、アンタもグレアムも全然変わってなく見えるけどなぁ……それこそ、アンタのいう芯の部分ってのも含めてさ」

 

「そんな事無いわよ。アイラちゃんは昔の事を糧として前に進んでいたけど、私やグレアムさんはずっと後悔ばかり……だから、ちょっとだけ貴方が羨ましくも思ったわ」

 

エティーナが死したあの事件を振り切るのは簡単な事じゃない。リンディやグレアム、そして生前はクライドもずっと後悔していた。

あの日、あのとき、全く別の行動を取っていたのなら、彼女は死なずに済んだ。ジェドも二人の娘も、今のような状況に陥る事は無かった。

アイラもまた後悔していたのは知っている。だからジェドの研究を可笑しいとは思いながらも、見て見ぬ振りをして協力していたのだ。

でも、リースが犠牲になった後とはいえ、彼女は自らの過ちに気付いた。そして過去を乗り越え、後悔を糧としてジェドを止めようとしていた。

ずっと後悔するばかりだった自分たちとは違う。だから、リンディとしてはアイラが羨ましく、少しだけ眩しい存在とも感じていた。

初めて聞くそんな彼女の考えを聞いたアイラは照れるように頬を掻き、昔から変わらないそんな仕草を見て彼女も微笑を浮かべる。

 

「結局ジェドさんを止める事は出来なかったけど、私たちの後悔を和らげてくれたのは変わらずにいてくれたアイラちゃんのお陰……本当に、感謝してるわ」

 

「べ、別に礼を言われるような事じゃねえよ。アタシはアタシでどんな意図があれ、自分の娘に手を出したアイツが許せなかった……ただそれだけだよ」

 

照れが極まったのか、僅かに頬を赤くして顔を背ける彼女にリンディは浮かべていた微笑を苦笑へと返る。

男勝りな口調、若干乱暴な性格。だけど反して彼女は優しく、非常に恥ずかしがり屋……これは昔からの彼女らしさ。

少しだけ昔に戻ったような気さえ起こさせる。だから苦笑を浮かべる彼女にアイラは一層頬を赤くしつつ、話題を転換を試みる。

 

「と、ところでさ……リースとシェリスは、向こうでも上手くやってんのかな?」

 

「え? あ、えっと、私もほとんどあちらの家に帰ってないから何とも言えないんだけど、一度だけ戻ったときは元気だったわね。聞く限り、リースちゃんもあちらの方を上手くやってるみたい」

 

「へ〜……リースはともかく、シェリスは姉にベッタリな奴だから、離れて暮らすのが寂しくなって元気無くしてると思ったんだけどなぁ」

 

「私もちょっとだけそう思ってたけど、見た感じは大丈夫そうだったわよ? フェイトさんともアルフさんとも、前よりもずいぶん仲良くなってたし」

 

「ふ〜ん、あのシェリスを手懐けたってわけか。懐き易いってだけであまり深くは懐かない奴なんだけど、中々やるじゃんか」

 

リースがそうであるようにアイラもまた、シェリスの性格を把握している。懐き易くとも、リースに対するほど深く懐く事は少ないという事も。

だからフェイトにしてもアルフにしても、リースと離れさせてシェリスと暮らすには苦労すると思っていたが、意外にもそうはならなかったらしい。

それは二人の人徳なのか、それとも彼女が懐くに値する何かがあったのか。理由は分からないが、認識を改めるには十分な事であった。

 

「ただ、別の面で苦労もしてるみたいね……シェリスちゃん、結構腕白で遠慮がないみたいだから」

 

「ずいぶん甘やかされて育ってるからなぁ、アイツ。多少強く言える奴ならいいけど、フェイトじゃあ難しいかもな」

 

「そうねぇ……子供の頃のエティーナに苦労させられた私からすれば、性格までソックリのシェリスちゃんの扱いはフェイトさんの性格上、苦労もするわよね。そこのところ、アルフさんもずいぶんフォローしてるらしいんだけど」

 

片手を頬に当てて小さく溜息をつき、リンディはそう口にする。アイラも同意出来ること故、反論の言葉は無い。

少し前にフェイトと同じくしてシェリスを養子にしたという話は聞いた。だが親という立場になった今、躾というものも必要になる。

なまじ甘やかされて育ったのだから、特にそれが必要となる。でも、躾に関する事をフェイトに任せるのは少し難しい。

そう思えるほどフェイトは優しすぎるから、シェリスが悪い事をしても怒れないという可能性が非常に高いのだ。

アルフがフォローとばかりにシェリスが悪い事をした際に怒ってはいるらしいが、フォローにもさすがに限界といものがあるだろう。

それに躾は親の義務に近い物でもあるため、本来はリンディがしなくてはならない。だけど、彼女も彼女でシェリスには強く出れない所がある。

リースに対してもそうだが、あの子たちは親友だった人の子供な上、親友に似過ぎているから昔を思い出して叱るにも躊躇われる。

要するに理由は違えどリンディもフェイトも彼女を甘やかしてしまう。それ故、これから先の苦労を考え、吐かれた溜息は若干疲れたようなもの。

だけどまあ、親友の子供であると同時に今はもう自分の子供でもある。だから、こういった苦労もするのも悪くは無いと感じるのも事実。

それ故、溜息の後には意図せずともリンディの口元には笑みが浮かんでおり、それを横目で見たアイラもまた苦笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

あれからおよそ三十分の後、そろそろ仕事に戻るとリンディが席を立ったのを切っ掛けとして談笑はお開きとなった。

そして彼女が去るのと共にアイラも席を立ち、飲み物の器をゴミ箱に捨てて無限書庫を目指し、その場から歩き出した。

無限書庫へ赴くのはユーノに会うため。理由はもちろん暇潰しというのもあるが、一番は依頼したある事に関しての現状報告を聞くため。

整理や捜索依頼で忙しく、無限書庫から出る事が出来ない彼に代わって彼女が赴くのは一週間に一回ぐらいの頻度。

今日が前に訪れてからちょうど一週間後となる日であるため、他に何もやる事がないからと暇潰しも兼ねて彼に会いに行こうというわけだ。

 

「……ん?」

 

無限書庫へと目指して廊下を歩く最中、対面の方向から足音を響かせて歩いてくる小さな少年の姿が一つ。

遠目から見てもそれが誰かというのがすぐに分かったためか、アイラは歩調を緩めず近づき、遠慮も無く声を掛けた。

 

「よっ、クロノ。相変わらず疲れたような顔してるな」

 

「……別にしたくてしてるわけじゃないですよ。と、そんな事より聞きたい事があるんですが……艦長をどこかで見かけませんでしたか?」

 

「リンディ? アイツなら、さっきまでアタシとお茶してたけど?」

 

それを聞いた途端、クロノは深く溜息をついた。どうもその様子からして、ずいぶん長くリンディを探していたらしい。

彼女は別に職務怠慢というわけではないのだが、稀にこういう事がある。そのため、苦労するのはクロノというのが大半。

とはいえ、いるはずの場所にいないのなら呼び出せばいいと思えるが、そこの辺に思い至らない辺りが彼の抜けている所かもしれない。

もちろん彼女もそこを指摘する事はせず、クロノの様子に若干声を上げて笑うだけ。ある意味、意地の悪い性格と言えよう。

そんなわけでとりあえずアイラからお茶をしていた場所というのがどこかを聞き、結構急いでいるのかクロノは礼もそこそこにそこへ向かおうとする。

だが、そんな彼を彼女は呼び止め、溜息をつきつつ何ですかという尋ねるような視線を振り返りざまに向けてきた彼に対してそれを尋ねた。

 

「あの事件以後、結構躍起でアンタらはアイツらの捜索を続けてるみたいだけど、結局その消息ってのは掴めたのか?」

 

「……いえ、残念ながら全く掴めてはいません。本局の局員だけじゃなく、ミッドチルダの地上本部からも多くの局員を派遣して大々的に捜索をしてはいるんですけど……」

 

『蒼き夜』の面子が保持していた戦艦はあのとき、正体不明の艦によって撃沈され、彼らが小型艇にて脱出したのは確認している。

にも関わらず、彼らの追跡は途中で途絶え、それ以後は発見する事が出来ず。反対に『蒼き夜』の艦を撃沈したあの艦もまた然り。

今のクロノの話によれば本局の局員だけでなく地上本部の局員も派遣して捜索はしているのだが、三か月経っても消息は掴めぬまま。

同じくして情報もまた、事件時に齎された物以外には見つかってはいない。折角進展があったというのに正直、もう手詰まりという状態。

ということで今でもリンディやクロノも忙しさに追われているというわけだ。もちろん、忙しいのはこの局内にいるほとんどの局員に言える事なのだが。

それ故、彼も答えるだけ答えると本当に急いでいるらしく、もう一度だけ頭を軽く下げてアイラが歩いてきた方面へと僅かに早足で去っていった。

大変だねぇと彼のその去っていく後姿を見送りつつも彼女は呟き、視線を前に戻すと彼が去った方向とは逆の方面へと歩みを再開した。

 

 

 

 

 

短い時間で知り合いのほとんどと会うという珍しい事もありつつ、彼女は目的地である無限書庫へと到着した。

円筒状に上へ長く伸びる無数の書籍が納められた本棚。その書庫の縦横に走る通路と思われる場所にも何人か局員がいる。

だが、本来内部は無重力状態に近いものであるためか、通路にいる局員よりもフワフワと浮いている局員のほうが多い。

そしてその後者のほうに属する者の中にはユーノの姿もあり、見る限り他の局員を指揮しつつ自身もという形で仕事に勤しんでいた。

見て分かる通り、この局員たち全てが無限書庫の整理を任された一つのチーム。その陣頭に立つのが最近管理局入りしたユーノという事になる。

スクライアは遺跡、古代史探索など過去の歴史の調査を元来本業とする一族。だからこそ、その一族の一人であるユーノは一番この仕事に相応しいのだろう。

それ故に彼が陣頭に立って初めて本格的な無限書庫の整理が始まったわけだが、次々と増える書庫を整理するのは彼でも困難極まる。

だから業務時間中はほとんど無限書庫に監禁状態。稀に残業を通り越して泊まり込むという事もあるらしいというのだから、若干哀れとも言える。

 

「おーーい! ユーノや〜い!!」

 

周りの者たちが忙しなく働いている最中、大声でアイラは彼を呼ぶ。もちろん、そんな大声を出さなくても彼には聞こえる。

だからこれは単純に無意識でそうしてしまうだけ。しかし無意識だとしても、他の局員がいる中でこれは彼としても堪ったものじゃない。

だけど一週間に一度は必ずある故、もう他の者に関しても慣れたもの。むしろ、何か生暖かい目で見る者さえいたりする。

そんな中で当然彼女の大声に気付いたユーノは顔を若干赤くしつつ近づき、いつものように大声で呼ぶのは止めてと彼女に言う。

しかしそれに対して彼女は御座なりに頷くだけ。これもまた慣れたものであるためか、それ以上は何も言う気力も出ず、ユーノは今日の要件を尋ねた。

 

「聞かなくても要件なんて分かんだろ? ほら、例の奴だよ、例の」

 

「ああ、はいはい、あの件ですね。ずいぶん探して昨日やっと一冊見つけましたよ……ちょっと待っててください」

 

そうや否やとある方向へ手を向ければ、一冊の書籍が引き寄せられ、彼の手に納まった。

取り寄せられたその書籍はずいぶんと古い冊子の物。この無限書庫ではあまり見ない、傷んだ部分が見受けられる書籍。

だけど何より驚いたのはその書籍の題名――――

 

 

 

――『古の文明都市アルハザード崩壊の歴史』という、書籍の表紙に大きく書かれた言葉。

 

 

 

アルハザードとは実在するのかしないのか未だ立証されていない、大半がお伽噺と認識している都市の名前。

誰かしらの考察によって書かれた物としか思えないそんな題の書籍が、アイラの提示した条件でヒットした本だと彼は言う。

そもそも彼女の提示した条件とは『レメゲトン』、『古の都』、『鍵』という三つのキーワード。これに該当する物を探してくれという依頼だった。

だけど後者の二つはともかく、『レメゲトン』は実在するロストロギア。古という言葉はありしも、お伽噺か考察でしかないそれが役に立つとは思えない。

故に差し出されたそれを彼女は半信半疑で受け取り、パラパラとページを捲って適当に目を通し始める。

 

「何々……『未来、現在、過去、そのいずれに於いても魔術及び科学がどの種族にとっても欠かせぬ物。其の時代を生きる我らは双方を深く追求する事で更なる発展を望み、極地を目指す事で世界全ての繁栄を齎そうとした。神として君臨しようというわけではない……我らは我らのために求め、それが世界を生きる全ての者たちにとって幸福を礎となると信じ、安寧を招くべく研究を続けた』……おいおい、こりゃ考察でさえねえじゃんか。誰かの妄想としか思えねえ……」

 

「まあ、確かにその辺だけを見ればそう思うのも無理ないんですが……僕が問題視したのは、その本の最後の方の一文なんですよ」

 

「問題視、ねぇ……はぁ、どれどれ」

 

古い書籍だけあって記載されている言葉はミッド語以外の多言語。本来だったら翻訳しないと他人には読めるはずが無い。

だが彼女はその言語を見た事があった。どこで見たかは昔の事だから思い出せないが、確実に見た事はあると断言できる。

加えてそのとき、その言語で書かれた何かを読むために勉強したので一応読める。それ故、これを読む際もユーノにお願いする必要はないのだ。

ユーノ自身は何で読めるのかがちょっと気になっている様子ではあったが、とりあえず今は聞かずに問題となるのはどのページかを彼女へ告げる。

それに従ってアイラは半信半疑ながらも再びパラパラとページを捲り始め、最後の辺りになる指定されたページで手を止め、それを再び読み始める。

そして読み進める中、半信半疑だった彼女の表情が驚愕に変わる。そのページに記された内容とは、以下の通り……。

 

 

 

――研究に研究を重ね、長年に渡って思考錯誤を繰り返した我らは遂に極地へと到達した。

――全ての者に安寧を齎し、恐れを抱かぬ安らかな幸福を与えるのは『永遠』。『永遠』こそ、魔術と科学の集大成。

――其の結論を我らはようやく形と成す事に成功した。これでもう、世界を生きる者たちは恐れを抱く事は無くなる。

――しかし、『永遠』を求めた我らはその報いを受ける。神の領域を侵す大罪を犯した我らは、滅びという名の代償を支払う。

――これは運命であり、罰。故に我らはそれを受け入れる。過ぎた文明は必ず滅びるのが運命である故、我らはそれに抗わない。

――だが、『永遠』を求めた我らの知識はいずれ古となりし我らの都と共に扉の奥へ封じ、鍵を掛けて後世へ残す。これは我らの唯一にして最後の抗い。

――後の未来を生きる者たちへ再び訪れるであろう滅びの運命。其れに抗う意思があるのであれば、鍵を手にして門を開け。

――されど忘れてはならない。過ぎた力は滅びを招く事を……幾度に渡って退けようとも、滅びの朱き悪魔が存在する限りは安寧は訪れぬ事を。

 

 

 

アイラが提示したキーワードの内、二つが用いられて記載されている文章。その内容は理解出来ない物も多い。

だけど理解出来る事もあり、その部分だけでも不穏な単語が多くある。あまり、良い予感がする内容だとはお世辞にも言えなかった。

そして本当にその文章の書かれるページが最後だったのか、捲ってみれば次には文章はなく、書かれているのは著者の名前。

『アラキナ・C・アルクイン』という著者名のみ。あまり聞かない名前である事から、おそらくはそこまで有名な著者でもないのだろう。

故に早々にアイラは本を閉じ、ユーノへと返して額に手をやり、僅かに溜息をついた。

 

「確かにアタシが提示したキーワードはこの中にはある。でも、これを重要な情報として認識するって事はつまり……」

 

「アルハザードの存在を肯定してしまうという事、ですね。ですからたぶん、これを情報として提出しても信憑性無しと判断されるのがオチかもしれません」

 

「とはいえ、ただの妄想本とは判断しかねるしなぁ……」

 

これを信じるのは半ばお伽噺とされていたアルハザードの肯定を意味する。でも、無視するにはあまりにも文章に真実味がある。

ユーノの言うとおり、これを提出した所で意味は無いだろう。結局、アルハザードなどというものは存在したかどうかも怪しまれる存在なのだから。

だけど文章の内容から無視する事も出来ぬ故、アイラはとりあえず引き続き捜索の依頼を出し、その本も一応取っておいてくれと頼んだ。

依頼と言っても管理局の人間でもない彼女のそれはお願いでしかない。でも、彼としてもこの件は気になる故、無下に断る事は無い。

前も告げた条件として仕事の合間でなると提示するだけで前向きな姿勢を見せる。それにアイラももちろんと頷き、続けて礼を返した。

そしてそれから少しの間だけ彼と軽く別の話題で話をした後、仕事も忙しいからとアイラはユーノに別れを告げ、無限書庫を後にした。

 

「アルハザード、か……何か、話がドンドンでっかくなってきてる気がするなぁ」

 

アイラがユーノに頼んで調べてもらった理由は、単純にジェドを引き込んでアドルファたちが何をしようとしているかを知るため。

『レメゲトン』は古の都の扉を開く鍵……そう口にした彼女の言葉が真実なら、『レメゲトン』を鍵として開いた扉にある古の都とはアルハザードの事になる。

だけどアルハザードが実在していたと仮定しても、アレはすでに崩壊している。そんなものが、今更あると言われても信じられるはずもない。

となればアドルファが言っていたアレも自分を誤魔化すための嘘だったのか。あの書籍の存在を知っていたから、あんな嘘をついたのか。

本人がいない今、確認のしようもない。だけどあの書籍を見たためにいろんな意味で疑問は膨らみ、彼女の中に渦巻き続けていた。

 

「はぁ……これだけの材料で考えても仕方ないか。時間もあるし、気晴らしも兼ねて身体でも動かそ……」

 

一人そう呟いて次の行き先をトレーニングルームへと定め、アイラはその方面へと向けて歩みを進める。

頭の中がごちゃごちゃになってるときは身体を動かすのが一番。昔も今も、彼女の頭の中ではそういった認識がある。

それ故、相手がいないために自主トレのような形になるのだが、構わずアイラはそこへと向かっていくのだった。

 

 


あとがき

 

 

可笑しな事にあの程度で罪が許されたアイラ。その裏方には当然、何かしらの意図はある。

【咲】 何となく分かる気がするけどねぇ。アイラって、半ばあの事件の関係者にも近いってのを考えると。

まあねぇ。でも、それだけが理由なのかって事は分からずなんだけどな。

【咲】 はぁ……これだからこういった組織は嫌なのよねぇ。

確かにな。ともあれ、保護観察程度で済んだアイラは当然、皆を追って海鳴に行く事も出来たんだが……。

【咲】 それを拒否したのよね、考えがあるからって。一体それって何なわけ?

それはまだ秘密。少なくとも三章中には分かるから、それまで待っててくれ。

【咲】 はぁ……はいはい。にしても、ユーノってやっぱり無限書庫に缶詰状態になってるのね。

あそこは全く手付かずな状態だったし、何より能力もあり、期待されてる分だけね……。

【咲】 まあ、ある意味当然の結果でもあるわよね。で、今回、お伽噺とされてるあの単語が出たわね。

アルハザードな。ともあれ、アレが本当に古の都とイコールで結び付くのか、そこの辺の確証は取れず。

【咲】 まあ、アルハザード自体、存在が立証されてないものね。確証以前に信じられないわよね。

まあな。ただ、あの書籍の内容が全く無関係に値するのかと聞かれれば、分からないとしか答えようがないんだけどね。

【咲】 結局、判断材料がまだ少なすぎるのよね。

そういう事だな。とまあそんなわけで今回はアイラを主とした本局内でのお話をお届けいたしました。

【咲】 次回はどんなお話になるわけ?

次回はだな……今まで出番が無かった二人、美由希と赤星が高町家へ遊びにきたシェリスとアスコナに振り回される。

正直、言ってしまえばたったそれだけのお話だな。

【咲】 美由希は分かるけど、何で赤星が高町家に来てるのよ?

恭也と一本しようかなと思って来たんだよ。だけど来たはいいけど恭也がおらず、その騒動に巻き込まれる羽目になるというわけだ。

【咲】 携帯なりで連絡取ってからくればいいのにね。

高校時代のくせみたいなもんだよ。あのときも、連絡無しでたまに来たりしてたろ?

【咲】 まあねぇ……でも、あの二人に振り回されるって正直最悪な状況よね。

確かにねぇ……とまあ、そんなわけで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




うーん、上層部はひょっとしたら何か掴んでいるのかもな。
美姫 「アイラの処分が気になる所よね」
だな。とは言え、この事で恩に着せたという風にするのは無理っぽいだろうし。
美姫 「だとすると、アイラの身柄を拘束させないためとかかしら」
アルハザートという言葉が出てきたり、何やら怪しげな感じになってきたな。
美姫 「どうなるのかしらね」
次回はまた海鳴に戻るみたいだけれど。
美姫 「気になる次回は……」
この後すぐ!



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