月村宅へ向かうリースに強引に手を引かれ、出掛けていった恭也。今日も今日とて翠屋で仕事な桃子。
フェイトやはやて、アリサやすずかと遊びに出掛けたなのは。サッカーをしに出向いた晶と買い物に出かけたレン。
朝から昼を若干過ぎた辺りまでてこれほどの者たちが高町家からいなくなり、留守番しているのは美由希のみ。
珍しくこの休日に出掛ける用事がなかった彼女は誰もいない静かな状況を満喫するかのように朝から部屋で読書に没頭していた。
そして予め用意されていた昼食を食べ、午後も午前中と同じように部屋で読書を行う……予定だったのだが。
「はぐはぐはぐ――!」
「そ、そんなに慌てて食べなくても、別に取ったりしないから……」
「…………」
「えっと、アスコナちゃんは……遠慮しないでもっと食べていいから、ね?」
昼過ぎ頃に来訪してきた二人――シェリスとアスコナによって予定は砕かれ、面倒を見る羽目となった。
元々二人(というかシェリス)はリースを訪ねてやってきたのだが、リースが出掛けていないと分かるや否や帰ってくるまで待つと言い出した。
すぐには帰ってこないよと告げても意見を変えぬ故、駄目だと追い返す理由がないのもあって美由希は半ば快くそれを了承した。
そして適当にリビングで寛いでていいからと部屋に戻ったのだが、それから僅か数分後……一階から凄まじい騒音が響いてきた。
一体何事かと二階から下りてみれば、あろう事かリビングで駆けずり回っている二人の姿あり。しかも、リビングはあの数分でかなり散らかり放題。
それを見た結果、美由希はこの二人を放置してはいけないと判断。それ故、監視も兼ねて片付けたリビングのソファーで本を読む事にした。
だが、そんな美由希がいる状況でも二人は再度好き放題に駆け回る。というか、基本的にアスコナをシェリスが追い掛け回している。
こんな中で静かに本を読むなど出来るわけもなく、仕方なしに美由希は本を閉じて少しでも静かに遊んで貰うべく、自身が相手をする事にした。
だけどその後が更に大変な状況になった。美由希とは初対面なアスコナは基本的に怯えてあまり近寄らないが、シェリスは遠慮なく美由希“で”遊ぶ。
馬になって乗っかってくれば手綱とばかりに三つ編みの髪を引っ張ってきたり、隙を突いて眼鏡を奪い、壊れるとか関係無く振り回そうとしたり。
はっきり言って逃げ出したいくらいの状況。だがここの逃げればまたリビングが荒らされ、被害がそこだけに留まらず他にまで及ぶ可能性がある。
そして何より、どんな事であれ逃げた事を知られれば兄に何をされるか分かったものじゃない。故に美由希は必死に耐え、彼女たちの相手をし続けた。
そうして三時のオヤツの時間を迎え、自分のオヤツにしようと思っていた豆大福を出した事で一時的に大人しくなり、現在に至る。
「ふぐ――っ!?」
「もう、だから慌てないように言ったのに……はい、お茶だよ。ちょっと熱いから、ゆっくり飲んでね?」
「ん、んぐんぐ――――ぶっ!?」
「ひゃあっ!?」
急いで食べるから喉を詰まらせ、呆れながらも若干冷ましたお茶をゆっくり飲んでと渡せば反して一気に飲む。
冷ましたといっても当然まだ熱い。それをそんな勢いで飲むものだから、元々猫舌の彼女には熱過ぎて口から噴き出した。
詰まっていた大福は飲み込めたらしいので良かったが、まだ口の中に若干残っていた欠片が噴出したお茶と共に飛んでくる。
対面にいた美由希はこれの直撃を被り、悲鳴のような声を上げる。そしてあうぅと口の中の若干の火傷に顔を顰めるシェリスに対し、美由希もまた顔を顰める。
美由希の悲鳴にアスコナはビクッと僅かに怯えるも、自分に関係無いと分かるとちびちびと一個の豆大福を食べる事を再開した。
人見知りだが自分が対象で無い限りはこうやって何事も無かったかのように振る舞える辺り、意外と彼女も大物かもしれない。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第三章】第十四話 休日の災難、騒ぎと混沌を招く二人組
シェリスの負った口内の火傷には軽く火傷用の薬の塗り、大福の欠片とお茶がぶちまけられたテーブルは綺麗に掃除した。
その間でもアスコナは地味に豆大福を食べ続けていたためか、美由希の分まで食べてしまった事は当然叱るに叱れず。
そんなこんなで三時のオヤツの時間は終わりを告げ、またも美由希にとって悪夢に近い時間が訪れる事になった。
「駄目駄目、シェリスちゃん! ああ、だからって包丁も危ないから構っちゃ駄目ーー!!」
「ひうっ――!」
「あ、違う違う。アスコナちゃんの事を怒ってるわけじゃないから、ね? って、ああもう! だから包丁を振り回しちゃ駄目だってば!!」
美由希で遊ぶのはもう飽きたのか、行動範囲を制限されていた範囲から広げて台所でしたい放題するシェリス。
まな板を見つけて地面に叩きつけようとしたり、続けて見つけた包丁で二刀流をして恭也の真似事をしようとしたり。
家でも前にしようとした事があるがアルフに止められ、挙句にはいつもよりキツイお仕置きを受けたので家でする事は無くなった。
だが今、ここにはアルフの姿は無い。それ故、怒られる事もお仕置きされる事もないからと前には出来なかった事をするのだ。
しかし当然美由希がそれを放っておくわけもなく何度も止めるが、その際にどうしてもなってしまう大声に反応するのはアスコナ。
泣きそうな顔で怯えられるものだからそのたびにフォローを入れ、だけど目を離した矢先にシェリスはまた腕白さを発揮する。
正直、本当に泣きたい状況だが挫けてはいられない。自分しかいない今、高町家の平穏を守れるのは自分しかいないのだから。
「え、ええ!? ちょ、ちょっとシェリスちゃん!? どこに行く――って、そっちは恭ちゃんの――!」
「にゃーーー♪」
何とか包丁を奪取して元の場所へと戻したはいいが、その途端に彼女へ更に行動範囲を拡大して別の場所へ移動。
どこに行く気かと思った直後、方向からして行き先が到底出来た。それは、恭也の部屋……これは正直、あまり宜しくない。
恭也の部屋を荒らされるのも当然そうだが、彼の部屋には包丁と同じくらい危ない代物がそれなりに置いてある。
普通の子なら他人の部屋に入ってしまっても置いてある物を構ったりしないが、彼女に限ってそれは無いと先ほどまでの事で判断出来る。
だからすぐに止めようとしたがすでに遅く、彼女は台所を出て恭也の部屋へと向かって行ってしまった。
僅かに行動が遅れながらも荒らされる前に止めようと美由希も駆け出し、後を追って彼の部屋へ駆け付けたのだが――――
「にゃ、にゃーーー!!」
――駆け付けたときにはもう、一番物騒と言える代物を見つけ出し、振り回していた。
普段は小刀や飛針だけで携帯しない小太刀。その中でも一番大事にしている父の形見である『八景』。
駆け付けた瞬間に目に付いた彼女の振り回している物はまさにそれ。考えうる中で一番最悪に近い状況。
しかも遠慮無しに振り回すものだから壁やら畳やらに僅かに傷ができ、机にあったものは地面にぶちまけられていた。
これだけでもかなり不味いのに、このまま放っておけばもっと不味い。それ故、美由希は即座に動き、シェリスの背後に回って両腕を掴む。
これにはシェリスも少しばかり驚きの表情を浮かべ、背後の美由希を見上げる。それに対して美由希はすぐに彼女の手から八景を取り上げた。
そしてそれを鞘に戻し、さすがに今度ばかりは笑って済ませる事は無く、ちょっと怒ってますというような顔を作って彼女を窘めた。
善悪判断が出来ないので本人に罪の意識は無いが、怒られているとは分かっているのだろう……シェリスもこれには素直に謝った。
故に美由希も素直に謝ったからとそれ以上怒る事はなく、もうしないようにと言い聞かせた後、散らかった部屋を片付け始める。
それから片付けが進むこと二十分後、ようやく片付けが終わろうとしていた矢先――――
――来客を告げるチャイムの音が、二人の耳に聞こえてきた。
今日は誰かが来るという予定もなかったはずなので、来客はおそらく宅配やらセールスやらの可能性がある。
だが、約束もせずに来るというのはシェリスとアスコナの例もあるため、無視するわけにもいかない。
それ故、美由希は残りの片付けの指示をシェリスに丁寧に教えた後、少し駆け足気味で玄関へと出向いた。
「はいはい、どちらさま――って、赤星さん?」
「やあ、美由希ちゃん、久しぶりだね」
「あ、はい、お久しぶりです。今日は、恭ちゃんに?」
「ああ、うん。最近はめっきりここに来る事も無かったから、久々に一本やろうかなって思って来たんだけど」
靴の数を見て恭也がいないという事が分かったのだろう。約束も付けずに来た事もあって少し気まずそうな様子。
美由希も恭也目当てで来たのなら、いない現状では用が無くなってしまったと考える。とはいえ、このまま帰らせるのも失礼な気がする。
そのため、とりあえず折角だから御茶でもどうかと言って上がる事を促し、赤星もその言葉に甘えて靴を脱ぎ、家へと上がった。
「そういえば、玄関にあった靴ってなのはちゃんのかな? 前は見なかった靴だったけど」
「いえ、あれはリース……三ヶ月くらい前にここに住むようになった子なんですけど、その子の妹とお友達のですね」
「ああ、なるほどね……あれ? でも、玄関にあったのって二足だけだった気がするけど……」
「えっと、リースに会いに来たのはいいんですけど、あの子は恭ちゃんと出掛けてて……それを伝えたらその、帰ってくるまで待つって」
リビングへ向かう最中で赤星は玄関にあった靴に疑問を抱いて尋ね、美由希はそれを簡単に説明する。
語る口調がずいぶんと疲れたようなものであるためか、何となく理由を察して赤星はちょっとだけ苦笑を浮かべる。
そして軽く会話をしつつ二人はリビングへと赴いた。だが、戻ってきたそこは先ほどまでに比べて妙に静か。
というかここだけでなく、別の場所からも物音は聞こえてこない。先ほどまでの傾向なら、またシェリスが騒いでても可笑しくは無いのに。
しかし物音が一切しないどころか、ここにいたはずのアスコナさえいない。一見してかなり大人しく、非行動派のあの子さえもだ。
一体どこへ行ったというのか……そう考えつつ赤星にも手伝って貰って軽くリビングから台所まで探していた最中――――
――庭の方面から、今度は何か陶器のような物の割れる音が聞こえてきた。
一度ではない……二度三度とそれは立て続けに聞こえ、方向からして激しく嫌な予感がする。
それは赤星も同じなのか、二人で顔を見合わせた途端、すぐさま音のした方向へと共に駆け出した。
そしてそこで目にしたのは、本来庭に静かに佇んでいた恭也の大事な盆栽の変わり果てた姿。
同時に目に付くのは倒れている盆栽棚の前でオロオロとしているアスコナと滅茶苦茶になった盆栽を弄ってるシェリスの姿。
驚愕を通り越して顔色を真っ青にしてしまう美由希と赤星。それは激しく、本当に激しく不味い状況という他なかったのだから。
「美由希ちゃん……俺、ちょっと用事を思い出したから、やっぱりお暇を――」
「ま、待って、待ってください! 見捨てるんですか!? こんな最悪且つ絶望的な状況の中に私一人置き去りにするんですか!?」
「いや、まあ、うん……俺も自分の命が可愛いんだよ」
言ってる事はかなり酷いが、ある意味それもしょうがない。あの盆栽は恭也にとって子供のようなものなのだから。
それを一つ破壊するだけでも不味いのに、全部破壊してしまったとあっては最悪中の最悪。彼女の言うとおり、絶望的としか言いようが無い。
確実に恭也は怒る。鬼の如く怒り狂うに違いない。それ故、いくら赤星でも彼の怒りに触れたくはなく、逃げようという魂胆なのだ。
だけどこれを美由希が止めないわけもなく、かなり必死で……それこそ縋りつく勢いで赤星に置いて行かないでくれと悲願する。
それによって、というわけでもないが、元々半分は冗談だったため赤星も本気で帰る事はせず、美由希もそれで僅かに落ち着きを取り戻す。
だがそれで状況が変わるわけでもなく、若干まだ顔を青褪めさせながら二人はどうすべきかと考える。彼の怒りを少しでも和らげるにはどうすべきかを。
「にゃ! にゃ! にゃ!」
「だ、駄目だよシェリスちゃん……そんな事したら、直せなくなっちゃうよぉ」
盆栽の根元を持って土が自分やアスコナに被るのも関係無く振り回すシェリス。アスコナはそれを止めようとしていた。
だが、彼女にシェリスが止められるわけもなく、彼女のそれは勢いを増すばかり。それを見て美由希も赤星も一つの結論に至る。
彼の怒りを和らげるどうの以前にまず、どういった経緯でこうなったのかを聞く必要がある。そんな当たり前と言えば当たり前の結論に。
それ故、シェリスとアスコナに話を聞くべく、その初めとばかりにまずシェリスの奇行を止めるため、二人は動き出した。
暴れるシェリスを止め、怯えられながらもアスコナを何とか落ち着かせた後、リビングにて事情聴取。
それによれば何でも、アレを行ったのはシェリスではなく、アスコナらしい。ああなった理由は単純、扱けてしまったから。
もっと詳しい状況を説明すれば、リビングに置いてけぼりにされたアスコナは適当に出歩き、縁側へ到達した。
そこで庭の方面にある盆栽に目が行き、好奇心から縁側の石段に置かれていたサンダルを履き、盆栽の置かれる棚へと近づいた。
だが、付近まで寄って足を止めようとした途端、地面に蹴躓いて盆栽の棚に激突。咄嗟に手をついたから怪我はなかったが、代わりに彼女と共に棚が倒れた。
結果、棚に置かれていた全ての盆栽は地面に激突して砕け、その音をいち早く聞き付けたシェリスがオロオロするアスコナを尻目に散らばった盆栽で遊んだ。
これがあの状況が出来上がるまでの詳細。明らかに故意によるものではなく、予期せぬ事故によって招かれた事だと判明する事になった。
「……とはいえ、全部壊しちゃったのはさすがに不味いね。事情を話してちゃんと謝れば高町もこの子たちを怒る事はしないだろうけど……」
「逆に私たちが責任を問われちゃいそうですよね……何でちゃんと見てなかったのかって」
「確かに、ね……話によると高町の部屋でシェリスちゃんは、小太刀を振り回して傷をつけちゃったんだよね? となるとそれも含めて、俺たち……ていうか美由希ちゃんの方がただじゃ済まない気がするなぁ」
「そうですよねぇ……ああ、どうしよぉ。このままだと久しぶりに恭ちゃんの扱きを味わう羽目に……」
以前、誤って盆栽を一つ美由希が破壊してしまったとき、その当日の夜の鍛錬でいつもの十倍近く扱かれた。
だけど今回は盆栽全て。如何に別の人物が破壊したとはいえ、面倒を見切れなかった責任が必ず美由希に来る。
しかも彼の自室で小太刀を振り回され、刀傷をあっちこっちに付けられている。これはもう、間違いなくあのときの比ではないほどの扱きに合うだろう。
反対に赤星の場合は盆栽が破壊される前に来ていたとはいえ、それもほんの数分前。当然、部屋の刀傷に関しても対処など出来るわけもない。
よって彼は高確率で責任など問われないだろう。だが、だからといって美由希を見捨てるという考えは無く、一緒にどうすべきかを考える。
「とりあえず……あのままにしておくってわけにはいきませんから、片付けておかないと駄目ですよね」
「だね。で、盆栽についてはまあそれだけでいいとして……問題は高町の部屋に付いた刀傷のほうだよなぁ」
「壁だけなら多少誤魔化しようもあるんですけど、畳はさすがに目立ちますよね……」
「まあ、ね……」
壁ならそれと似た色のテープを早急に買ってきて張れば誤魔化せる。まあ、それも一時凌ぎにしかならないが。
だが畳に関してはテープを張る事も別の何かで隠す事も難しい。とはいえ、何も対処しなければ確実にバレて扱かれる。
それ故に頭を捻らせて考えに考えた末、接着剤で何とかしようという事になり、悪いとは思いつつもお金を渡して赤星に買ってきてもらう事に。
彼が買い出しに駆け出ていった後は美由希は一人で破壊された盆栽の片付け。放置すると何をしでかすか分からない故、シェリスをおんぶした状態で。
そして美由希が片付けを始めるのに対してシェリスとは違い、罪悪感というものが存在するのか、僅かに怯えながらもアスコナも手伝う。
そうして彼が必要な物を買って帰ってくるまでの間、シェリスに三つ編みを引っ張られながらも美由希はアスコナと協力して盆栽を片付け続けた。
赤星が帰ってきたのは出掛けてから三十分後。探す手間を考えると非常に速いと言える速度である。
本人も相当急いだのか若干息を切らせている辺り、美由希としては本当に感謝であった。そして彼女もまた、自分の仕事を終えていた。
とりあえず割れた器は全て袋に詰め、無事だった盆栽は捨てていいものかも分からないので立て直した棚の横に並べて置いた。
その場凌ぎにしてはまあ、上出来なほうだろうと彼女自身思っている。赤星もまたそれを実際に見て、良いんじゃないかと判断。
それから続けて赤星に買ってきてもらったテープで壁の切り傷を隠し、畳の傷には藁をなぞるようにして接着剤を塗り、形を整える。
所要時間は慎重に慎重を重ね、二人掛かりでおよそ二十分程度。後は接着剤が乾くのを待ち、恭也が帰ってきたら事情説明をして全力で謝るのみ。
つまりそれは今出来る事はもう無いという事であるため、ちょっと落ち着かないながらもリビングでお茶を飲む事にした。
「にゃーー♪」
「あうぅぅ!」
そんな中、同じリビングにて別の意味で落ち着いてない二名。その人物とは当然、シェリスとアスコナの二人である。
何をしているのかと言えば、簡単に説明するとシェリスがアスコナの背中に馬乗りになり、その長い銀髪を弄り回しているのだ。
ただ何がしたいのかまでは理解出来ず、傍から見ればシェリスがアスコナを苛めてるように見える。というか事実、アスコナは嫌がっている。
故に見るに見ていられなかった美由希が近づいてシェリスを彼女の上から持ち上げ、赤星が倒れているアスコナを起こす。
起こした瞬間、アスコナは即座に離れてソファーの後ろに隠れてしまうが、彼女が過剰な人見知りだというのは先ほどまででよく分かっている。
そのため彼は気を悪くした風も無く美由希が床に下ろしたシェリスの前に行き、頭を撫でながら苛めちゃ駄目だぞと言い聞かせる。
しかし彼女はそれに頬を膨らませて苛めてないと言い、じゃあ何をしていたのかと聞けば、彼女は正直にそれに答えた。
「美由希お姉ちゃんの髪が可愛かったから、シェリスもしたいなって思ったの。でも自分のじゃ出来なかったから、コナにしてあげようと思ってしてあげてたの」
「私の髪? ああ、三つ編みの事ね……これはちゃんとやり方があるから、見ただけじゃさすがに無理だよ」
「にゃ……じゃあ、どうやるのか教えて?」
上目使いでお願いしてくる姿は同性ながら何かくるものがあり、美由希は若干戸惑いながらも笑顔で頷いた。
とりあえず、まずは実演とばかりに自身の髪を解き、分かり易いように教えながらゆっくりと編み直していく。
「こうして、ここをこうして……はい、出来上がり。どう? 分かった?」
「にゃぁ……えっと、こうして、ここを……」
「ああ、違う違う。そこはこうして、こう……で、そこは……うん、そうそう。結構上手いじゃない、シェリスちゃん♪」
「〜〜♪」
褒めると途端に嬉しそうな顔を浮かべるシェリス。美由希もそれ対して同じように笑みで返す。
するとそんな二人の醸し出す雰囲気に惹かれたのか、ソファーの後ろに隠れていたアスコナが恐る恐ると近づいてきた。
そして少し距離を置いた辺りで座り込み、遠目から見た限りで自身の髪を編んでみようと慣れない手付きで頑張っていた。
だけどやはり遠くから見ただけで簡単に出来るものではなく、途中で詰まってしまう。それに美由希は教えようかと思うが、少し躊躇われた。
彼女は人見知りだから、自分が近づくと怖がるのではないかと。それ故に近づけず、少し考えた結果、シェリスに教えてあげてとお願いする。
これにシェリスは何も聞かずコクンと笑顔で頷き、彼女へと近づいて美由希が自身にしたように三つ編みの仕方を舌っ足らずな口調で教え始めた。
「……なんか、さっきあれだけの騒ぎがあったのにずいぶんと平和になったね」
蔑にされつつある赤星がお茶をズズッと飲みつつ呆れ混じりに呟き、それを耳にした美由希は僅かに苦笑を浮かべる。
正直騒がしいのは嫌いではないが、やはり平和なのが一番良い。少なくとも、今の状況は呆れがありしも平和過ぎて和んでしまう。
そんな仲の良い二人の楽しげ且つ穏やかな光景を見ながらそう思いつつ、美由希と赤星は静かにお茶を啜るのだった。
「たっだいま〜!」
上機嫌なのか、いつもより明るさのある聞き慣れた声が玄関より響いてきたのはあれから一時間後。
声の通り、最初に帰ってきたのはリース。玄関口から歩んでくる足音の数を聞き分ける辺り、恭也も一緒だろう。
それは要するに断罪の時間が訪れたという事。それ故、美由希は居住まいを正して正座になり、玄関方面へ身体を向ける。
対して赤星はその少し後ろの辺りで成り行きを見守る体勢、つまりは傍観モード。まあ、確かに彼は一連の被害にあまり関係が無いので可笑しい事は無い。
ちなみに一番関係のある人物の内の一人であるシェリスは声が聞こえたと同時に玄関方面へ駆けて行き、アスコナに至ってはこの一時間で眠りについてしまった。
そうしてシェリスが駆けて行ってからすぐに玄関からリビングまでの廊下の辺りからリースの悲鳴とシェリスの鳴き声、そしてドタッと何かが倒れる音が響いてくる。
と同時にリビングへ恭也が顔を出し、当然最初に目に付いたなぜか正座をしてる美由希となぜか家にいる赤星に首を傾げつつ近づいてきた。
「……一体なぜ正座なぞしとるんだ、お前は? それに赤星も、こんな時間に何で――――」
「ごめんなさい!!」
「――――は?」
言葉を言い切るより前にいきなり謝られ、思わず間の抜けた声を出してしまった彼は訳が分からないといった顔をする。
だけど美由希は頭を下げた状態から顔を上げず、微妙に怯えているから聞くに聞けない。それ故、視線で赤星へと事情説明を求めた。
それに小さく頷いて事の次第を語り出す赤星。それをただ黙って聞き続ける恭也。未だ顔を上げず、話が進むにつれて怯えが増す美由希。
事の成り行きを最初から最後まで語り終えたとき、額を右手で押さえながらついた小さな溜息で美由希はビクッと震え上がる。
「……要するにシェリスとアスコナの面倒を見切れず、結果として部屋に刀傷が多数付けられ、庭にあった盆栽は一つ残らず破壊されてしまった……という事か、美由希?」
「は、はい……その通りでございます、お兄様」
確認の言葉になぜか敬語で返す辺り、相当怯えているのだろう。実際、返事は返しても未だ顔は上げてない。
故意でなくともシェリスのような子に刀を振わさせ、部屋に刀傷を付けた事。アスコナを放置した結果、彼の大事な盆栽を全て破壊してしまった事。
今顔を上げれば彼は自分を鬼のような形相で見ているか、もしくは血の気が引いてしまうほどの冷たい無表情で見ているか、そのどちらかが目に映るだろう。
故に彼女は顔を上げる事が出来ず、ただ覚悟だけは決めてお叱りの言葉を待つ。だが、次に彼の口から放たれた言葉は彼女の予想を大きく外した。
「はぁ……まあ、しっかり謝ったのだから、今回ばかりは大目に見てやる。そもそも二人の面倒を見切れなかった事は少しアレだが、全面的にお前のせいというわけではないのだしな」
「そうですよね、やっぱりそのくらいの罰には――――え?」
「それに部屋の件に関しては八景をあんな場所に置いた俺にも落ち度はある。盆栽に関してはまあ、全部という点で多少腹が立つには立つが、話によれば事故という事だし仕方ないと思うしかあるまい」
「え、えっと……それってつまり、許してくれるって事?」
「さっきからそう言っているだろうが……それとも何か? 二人の責任分もお前が罰を受けると?」
「いや、それは絶対勘弁だけど……でも、前に私が盆栽を割っちゃったときはあんなに怒ったじゃない」
「それはお前が割った事を謝るどころか、我が身可愛さに隠蔽などしようとしたからだろうが、この愚妹が」
「う……」
「確かに部屋を傷つけられた事も、盆栽を全部割られた事も腹は立つ……が、俺とて鬼ではないのだから、ちゃんと今みたく謝ればそんなに怒ったりはせん。なのにあのときのお前ときたら――――」
「うぅ……」
結局墓穴を掘って前の事を蒸し返され、説教を受ける羽目となる。この辺りが学習しないなどと言われる所以なのだろう。
彼の説教が美由希へ行われる最中、赤星はまた蚊帳の外にされたために大人しくお茶を飲み、成り行きをただ見守るだけ。
シェリスを引き摺ってようやくリビングに顔を出したリースに至ってはそもそも状況が飲み込めず、ポカンとした様子で首を傾げるしかなかった。
そしてそんな若干カオスな空間が出来上がってからおよそ十分後、やっと解放された美由希は力尽きたかのようにリビングの床に倒れ伏していた。
「ふぅ……それで? さっきの話によると赤星は俺に用事があって来たとの事だが、用事というのはやはりアレか?」
「ああ、最近は全く無かったから久々にどうかって思ってな。もっとも、さすがにこんな時間まで居座る気は無かったんだけど……」
「三人の起こした騒動に巻き込まれて仕方なく、か……それは済まなかったな。そのお詫び、というわけではないが、少しだけ打ち合っていくか?」
それに赤星は頷いて立ち上がり、二人は道場のある中庭方面へと歩いて行き、リースはシェリスと共に美由希をツンツンしながら見送る。
赤星という人物に会った事が今まで無い彼女にとってちょっと興味みたいなものはあったが、自分が行けばシェリスが必ず付いてくる。
そうなると高確率でシェリスは邪魔をする。それ故、興味はありしも遠慮する事にしてしばらくの間、美由希をツンツンするという無駄な行為を楽しむ事にした。
打ち合いを終えて赤星が帰る頃にはほとんどの者が帰宅しており、また今日起きた惨劇(恭也にとっての)も知らされる羽目となった。
盆栽の件はともかく、シェリスのような小さな子に危ない物を振り回させたという事で家長たる桃子からも美由希へ説教が為され、より凹む羽目へ。
そしてその後日、シェリスの保護者とも言えるフェイトとアルフ、アスコナの保護者であるはやてとリィンフォースへもこの事が知れたのか、総出で謝りにきた。
ただ只管平謝りをしていた彼女たちと違い、一応付いてきたシェリスとアスコナは完全に我関せず。それどころか、いつもの調子でじゃれ合っていた。
シェリスは元々だが、最近はアスコナにも彼女の影響が出始めている。これはそれがよく窺える光景でもある故、その意味でははやてやリィンフォースが望んだ通り。
しかし今にして思えば本当にこれで良かったのだろうかと悩んでしまう……そんな微妙な気分に二人はならざるを得なかったそうな。
あとがき
シェリスも性質が悪いが、彼女と比べても大差無いほどの事を無意識で仕出かすアスコナもまた性質が悪い。
【咲】 というか扱けて盆栽破壊って……それこそ美由希がしそうなものなんだけどね。
まあね。だが、少なくとも今回に関しては美由希はほぼ無罪……でも結局、説教は彼女へ。
【咲】 哀れという他ないわね。まあ、一人で留守番してるときにあの二人が訪ねてきたという時点で運命が決まったようなものだけど。
確かにねぇ……赤星に関しても、こんなときに来てしまったのが災難としか言えんわな。
【咲】 後処理だけで自分は関与していないのが不幸中の幸いね。もし多少でも関与してたら、美由希と一緒に説教だったでしょうに。
ま、そういった意味では運が良かったというべきだろうな。ドタバタに巻き込まれたという点では変わらんのだけどね。
【咲】 そんなの、この海鳴にいる限りドタバタに巻き込まれないっていうのは無いと思うけど?
それは言い過ぎ……でも無いか、うん。ともあれ、今回はこの二人を交えた四人の休日というのをお届けしたわけだが。
【咲】 絶対的にシェリスとアスコナの二人が関わると穏やかなはずの休日もハチャメチャなものになるわね。
だな。シェリスはともかく、アスコナは基本的に彼女の暴走を止めようとするスタンスなんだけど、結局流されちゃうんだよね。
【咲】 それでもシェリスと一緒にいる事が多い辺り、あの子自身も嫌がってないって事なのかしら?
そういう事になるだろうね。悪戯云々はともかくとしても、今の時点でアスコナにとっての唯一の友達だから、シェリスは。
【咲】 まあ、友達を簡単に作れるような性格してるシェリスと違って、簡単に作れないアスコナには一人の友達が凄く大事よね。
うむ。もっとも、近い内に家族とシェリス以外でもう一人、アスコナに友達と呼べる人が出来るわけなんだけどね。
【咲】 ? 誰よ、それ?
それはそのときまでの秘密だけど、まあ一応ヒントを挙げるとするなら……友達というよりは、お姉さんというのが近いかもしれんという事。
【咲】 あ〜、何となく分かったかも……。
ま、答えはそのときまで頭の中に隠しておいてくれ。
【咲】 はいはい。ところで思ったけど、リースって結構な頻度で月村邸に行ってるのよね?
そうだね。少なくとも一週間に三、四日は行ってるかな。
【咲】 本当に結構な頻度ねぇ……ま、そこはいいんだけど。それよりも疑問なのは、そんなに何度も行って何してるのかって事なわけよ。
何をしてるのか、ねぇ……そんな事、言わんでも分かるんじゃないか?
【咲】 ……まあ、何となく察しは付くけどさ、私が聞きたいのは具体的な部分なのよ。
ん〜……ま、別に秘密にする事でもないから言うが、基本的には二人で考えて設計した物を二人で作ったりしてるんだよ。
もっとも、マイスターの免許を持たない者はデバイスはおろか、魔法関係の代物を作ってはいけないから、この世界の科学水準に合わせた物のみだけどね。
【咲】 ふ〜ん…………で、何かしら完成したらいつも恭也を実験台にしてる、と?
そういう事になるな。まあ、ここの辺りも含めて今後、忍の出番というのは多少増えてくるから、期待しててくれ。
【咲】 ん。それじゃ、そろそろ次回の予告のほうに行っちゃいましょうか。
うむ。次回はだな……八神家の面々による日常のお話。といっても休日じゃないから、はやて以外の面々によるお話だけどね。
【咲】 という事はリィンフォース、アスコナ、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの六人による日常話ってわけね?
うん。もっとも、彼女らの日常は大体アスコナの子守で終わる場合がほとんどだから、その奮闘模様を描いたお話になるけどな。
【咲】 リィンフォースとシャマルはともかく、残りの三人は子守とか苦手そうよね……何ていうか、性格的に。
まあ、ね……とにかく次回はそんなお話って事で、どうぞご期待くださいませ。
【咲】 それじゃ、今回はこの辺でね♪
また次回会いましょう!!
【咲】 じゃあね〜、バイバ〜イ♪
美由希、可哀相に。
美姫 「とは言え、一番の被害者はやっぱり恭也になるでしょうね」
だろうな。帰宅するなり、盆栽は全滅、部屋は傷付き。
流石にシェリスたちに軽く説教するかと思ったけれど。
美姫 「その分も美由希にいってしまったわね」
それにしても、本当に元気なお子様だな。
美姫 「本当よね。大人しいはずのアスコナの方も、それはそれで何かと苦労がありそうな感じだし」
それが次回かな。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。