何がどうしてこんな事になってしまったのか、その場にいた誰にも理解など出来なかった。

始める前は単純に模擬戦と称した力比べ。仲間と合わせた力が相手にどこまで通じるかを確かめる。

そしてチーム戦に於いての自分に足りない物を確認し合い、今後の課題として意識下の中へ入れる。

ただそれだけを考えて模擬戦を始めたはずなのに、開始から少しの時間が経過したとき、事態が一変してしまった。

 

絶対零度の力を以て顕現せよ、氷鬼の轟槍

 

宙を舞う一人の少女が生み出す氷の槍。一つ一つは大した大きさではないが、その数は百にも上る。

そんなものを一瞬で顕現させた事は驚きに値する。だが、だからといって硬直していれば確実にやられる。

故に放たれた瞬間、皆はそれぞれ対応する。なのはとクロノは中距離魔法、フェイトとシグナムは魔力刃と蛇腹剣で破壊を試みる。

残る面々は基本的に防御を試みる。如何に五人で破壊しようとしていても、数で分があるため完全には遮れないのだから。

 

「チェーンバインド!」

 

皆が対応している最中、どうにか氷槍の包囲を抜け、アルフが鎖状の拘束魔法を放ち、対象を拘束する。

発動が遅い上に伸長が心許ない魔法故、近くによる必要がある危険な賭けだったが、幸いな事に成功させる事が出来た。

一度拘束してしまえば簡単に解ける魔法ではない。バインドブレイクをしようにも、それなりに時間を有するのは必至。

事実、拘束された少女は身動きが出来ず、すぐに解く様子もない。だけど、そんな状況なのに彼女は一切焦りという感情を浮かべていなかった。

大体の者は拘束された場合、必死に解こうと焦る事が多い。なのに彼女は焦りどころか、拘束そのものに対して意にも介していない様子だった。

かといって諦めているようにも見えない。いつもの笑顔が霞むほど無表情であるが故、何を考えているのか一切読めない。

それにかなりの怖気が走りはするものの瞬時に振り払い、氷槍の脅威を退け終えた直後に準備した砲撃魔法をなのは、フェイト、クロノの三人は放つ。

 

《Divine Buster》

 

《Plasma Smasher》

 

《Blaze Cannon》

 

非殺傷で放つが、それなりの威力を持つ直射型砲撃魔法が三つ。正直、たった一人の人間にするような事じゃない。

しかし、遠慮が出来ないほど相手は強い。それ故、止める方法が戦闘不能にする事だけという時点でこうする以外に無いと言える。

だからこそ彼女に対してこうする事に躊躇はするも、止めなければという思いから三人は一斉に砲撃を放ち、それは吸い込まれるように彼女へと直撃した。

バインドによる拘束を解かずして避けられるものではない。加えて三重の砲撃は障壁で容易に防げもしない。ある意味、予想通りの光景。

ある程度の至近距離から拘束魔法を行使したアルフもすでに離脱していたため、後は煙の向こうにいる相手の安否のみ。

全てが予想通りなら、あれだけでも十分に戦闘不能へ追い込めたはず。となればそこ辺に関する問題よりも、彼女の安否の方が重要だった。

 

 

 

――だけど煙が晴れた瞬間、皆はまたも驚きべき光景を目にする。

 

 

 

仮に戦闘不能になっていなかったとしても、あれだけの砲撃を受けたら多大なダメージは負うのが必至であろう。

でも、煙が晴れた先にいた彼女は全くの無傷。非殺傷だから傷が無いのは分かるが、それにしたって平然とし過ぎていた。

砲撃の直撃前まで掛かっていたバインドも消え、バリアジャケットにも背中に生える六枚の翼にも砲撃に対する影響が無いように思えるほど綺麗な状態。

一体あの瞬間に何をしたというのか、何をすればそこまで無事な状態で立っていられるのか。全く以て誰にも理解不能だった。

 

「現状の戦闘体系(スタイル)は不適切と判断。身体能力の向上を速度重視へ変更の後、“氷界鬼”から“虚無”へ知識移行(シフトチェンジ)する」

 

そんな彼女らに何か思う事も無く、彼女は機械質な声色で淡々と述べる。だが、その言葉も彼女らには意味不明な物。

節々の単語には分かる物もあるにはあるが、総合してみれば分からない。一体彼女の身に何が起こっているのか、さっぱり理解出来ない。

そのため呆然と眺めるしか無かった彼女らにやはり何かを言う事もなく、僅かな硬直を見せた後――――

 

 

 

 

 

――彼女……“八神はやて”は一度は閉じた瞳を開き、変わらぬ無表情のまま動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第十七話 過去より来るは記憶の魔導師 中編1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女があんな風になってしまう前兆を見せたのは、模擬戦開始から十分程度経ったとき。

そのときは当初の予定通り、前衛に回ってきたフェイトとシェリスの二人をヴィータとザフィーラが作戦通り応戦していた。

ただ思慮不足のせいか、補助に回ると思われていたアルフが同じく前衛に出張ってくるという事態は予想していなかった。

そのせいか二人を抑えるはずだった片割れであるザフィーラがアルフによって抑えられ、ヴィータ一人では二人を抑え切れなくなった。

二人の抑え役を完全に回せ切ってアクセルシューターの包囲とユーノの防御を掻い潜り、なのはを落とそうとしていたシグナムもこれには加勢に回らざるを得ない。

 

《Stinger Ray》

 

「――っ!」

 

だが、駆ける足をクロノが放ってきた複数の光弾によって遮られ、咄嗟に回避運動を取らされてしまう。

そこへなのはが操作する十数個の光弾が再び迫り、続けざまの回避運動で駆け付ける事すら出来なくさせられる。

そしてその間、手の空いたユーノが何やら呪文らしき物を唱えている。おそらく、拘束魔法か何かの準備なのだろう。

これはあまりにも連携が取れ過ぎている状況。そこから察する事が出来るのは、シグナムが攻め入ってくるという事態を読まれていたという事実。

シグナムの脅威性を考えて三人での応戦。ザフィーラのほうも以前アルフとほぼ互角近くという事が分かっている故、抑える事は難しくない。

あとはヴィータとはやてとシャマルの三人に関してだが、後者二人は広域魔法準備と補助で手一杯。それ故、前者たるヴィータしかフェイトとシェリスを相手する者がいない。

 

《Plasma Lancer》

 

「ちっ――アイゼン!」

 

《Schwalbefliegen》

 

だが、近接戦闘のみでなら勝つ見込みもあっただろうが、中距離に持ち込まれると中距離魔法の数が少ないヴィータは分が悪い。

現に今も、発射を許してしまった雷槍に対して瞬時顕現した四つの鉄球にて応戦するのが精一杯。しかも、それでも捌き切れない。

相殺し切れなかった雷槍は高速で迫り、ヴィータへと飛来。この瞬間、彼女は回避という行動を取らざるを得なくなる。

 

「ターン!」

 

しかし、フェイトの放った雷槍はたったその一言で停止すると同時に軌道を変え、再びヴィータのいる方面へと飛来する。

つまりは生半可な回避運動ではこれを避ける事は出来ない。とはいえ再び鉄球で相殺するにしても、先と違って顕現する時間が全く無い。

そうなるとまたも取れる行動は一つ。回避と同時にフェイトがターンという単語を口にするより早く、彼女へ攻め入るしか無い。

幸いにも雷槍にはターンという言葉から軌道変更、再発射までの間で二秒弱のラグが存在する。それだけあれば、接近するのは難しくない。

それ故、ヴィータは再び迫ってきた雷槍を大きく避け、頭に描いた通り彼女がキーとなる言葉を口にする前に回避した勢いのまま鉄槌を振り上げつつ駆ける。

だけどこの方法を取る際、唯一の誤算が彼女にはあった。それは――――

 

 

 

《そうはいかないの!》

 

――シェリスという存在がある事を失念していたという事。

 

 

 

ユニゾンデバイスである彼女はユニゾン時、ユニゾン対象の身体能力向上の他にもデバイス全般に言える特徴がある。

それは彼女の任意でも魔法を行使出来るというもの。しかも、彼女の扱う魔法は正直なところ性質の悪い物が多い。

その一つが響いてきた言葉と同時に行使された鏡の盾。近接付与と高威力砲撃以外の射撃魔法を反射する対魔の盾。

これによって反射された雷槍には本来存在するはずだったラグは皆無。一瞬にして方向を変えてヴィータの背中を狙い、迫り来る。

 

「くっ――!」

 

咄嗟に方向転換する事で辛うじて回避に成功するも、続けざまに雷槍の進路上へ盾を展開。再び屈曲してヴィータへと迫る。

一度目と違って回避態勢を取っていた故に二度目、三度目のそれを避けるのは難しくなかった。だが、避けた所で際限が無い。

何度でも何度でも雷槍の進路上に鏡の盾を顕現し、屈曲を繰り返す。たかだか数本程度とはいえ、回避に専念させられては堪ったものではない。

ならばどうすればいいというのか……そこを回避しながらヴィータは考えるが、その答えが導かれる前にフェイトの方が動いた。

 

《Sonic Move》

 

鏡の盾に反射させられた時点で雷槍の制御はシェリスに譲渡される。そのため、フェイト自身は苦労も無く魔法を行使出来る。

そこの辺りは実際にこの驚異を体験したなのはぐらいにしか分からない事実。だから、対峙するのが初めてのヴィータが知るわけも無い。

故にまさか雷槍を維持している状況下で別の魔法を行使し、攻めてくるとは思わなかったのか、彼女の顔には驚愕の二文字が浮かぶ。

 

《Zamber Slash》

 

そんな彼女へ高速移動魔法を行使した事によりフェイトは至近まで一瞬で近づき、両手で持った巨大な魔力刃を顕現するデバイスにて一閃。

ハーケンと違って現在のモードであるザンバーは威力は高くも小回りが効かず、斬撃の種類が限られてくるため避けられる可能性は高い。

だが、さすがに不意を突いた状況下でそこまで至近から放たれる一閃の回避は困難。事実、ヴィータにはこれを回避する術は無かった。

だからか一閃の進路上へ障壁を瞬時顕現するが、時間が無かった故に形成は不完全。もっとも、完全に張れたとしても意味は成さない。

フェイトの放ったその斬撃にはバリア貫通能力が備わっている。故に生半可な盾では防げないし、不完全なものなら尚更防げるわけも無い。

それを現実として示すように魔力刃が直撃した瞬間、障壁は粉々に破壊される。そして勢いは弱まる事も無く、刃はヴィータへと直撃した。

 

「がっ――!」

 

非殺傷のお陰か両断される事は無いが、襲った衝撃は凄まじいものがあり、その威力のまま彼女の身体は横へ吹き飛ぶ。

そして吹き飛ぶ彼女に追い討ちを掛けるかの如く、鏡の盾が反射した雷槍が迫り、僅かな間を置いて全て直撃する。

直後に雷槍は爆砕し、撒き上がった煙の中から一直線にヴィータが地面へと落ち、気絶したのだろうか倒れ伏したままとなった。

 

「……今のはちょっとやりすぎだよ、シェリス」

 

《にゃ?》

 

やろうと思えば追い討ちを掛けずに雷槍を消す事は出来た。なのにシェリスはそれをせず、全てをヴィータに叩き込んだ。

魔力刃の一撃を諸に受けただけでもかなりのダメージだというのに、そんな追い討ちまで掛けられたらさすがの彼女でも気絶するだろう。

これをさすがにやり過ぎだと取ったフェイトは静かにそう告げるが、やはりというかシェリスは何が悪いのかまるで分かってないような返答。

最早これはシェリスの特徴と言っても良い。善悪の区別、良い事と悪い事の違いが判断出来ず、悪い事でも分からず平気でやってしまう。

リースも言っていたが、これはいい加減直さなければならない部分。だから、怒る事が苦手のフェイトも心を鬼にしてこの部分だけは常々言ってきていた。

しかし、すぐに直るようなものなら実姉であるリースが苦労するわけもない。それ故、今のでも分かるように未だ彼女のそれは直っていない。

そのため、シェリスの今の返事には溜息をつく他なく、なるべく早く直させようと心に決めつつ、気を取り直して敵将たるはやてのほうへと向いた。

 

 

 

僅かに時間を遡り、シグナムのほうへと場面を映してみれば、なのはとユーノ、クロノの三人によって見事なまでに足止めを食らっていた。

放たれる寸前で拘束魔法の完成を妨害出来たまではいい。だが、その際に出来てしまった隙を二人に付かれる羽目となった。

なのはの光弾によって取り囲まれ、クロノの直射型砲撃魔法を逃げ無しで放たれ、ギリギリで防御魔法を展開出来たが防ぎ切れない。

加えて十数個の光弾も一斉に取り囲んだ状態から飛び掛かり、纏う防御魔法は崩壊。非殺傷とはいえ、それなりのダメージを負ってしまう。

しかしそれでもまだ動ける辺り、さすがは守護騎士の将と言ったところ。若干キレは悪くなったが、それでも十分過ぎる動きで動き出す。

 

「レヴァンティン、カートリッジロード!」

 

《Schlangeform!》

 

デバイスたる剣を振りし切ると同時に弾丸を装填して蛇腹へと変形させ、凄まじい勢いで振い始める。

まさに荒れ狂う龍とでも言わんばかりにそれは正直嫌な予感しかしない。それ故、なのはとクロノは即時射撃魔法を形成して放つ。

だが、放った全ての魔力弾は彼女へ届く事すら無く、蛇腹にて妨害される。そして魔力弾を破壊した直後、蛇腹は再び動きを見せた。

 

「シュランゲバイゼン!」

 

柄を振われ、彼女の声を同時に蛇腹はうねるように動き、全長を伸ばしつつ一直線になのはへと向かう。

しかし名の通り蛇のような動きではあるが、動きは直線的。集中して見れば避けられない事はない攻撃。

これまでフェイトと共に恭也から回避と防御の訓練を受けている今の彼女なら、これを避ける事は難しくも不可能ではない。

とはいえ、蛇腹の迫る速度を考えるとただ逃げるだけでは避け切れない可能性があるため、なのはは保険のために一つの魔法を行使する。

 

《Flash Move》

 

それはずいぶん前、フェイトの高速移動魔法に対抗する術として編み出した彼女独自の高速移動魔法。

近接系の魔法を持たない故、編み出した当時以降はあまり使う事が無かったが、恭也との訓練にて使う意味を覚えた。

相手と距離を取る時、今のように回避運動をする時。この二点にて使う意味合いを見出してからは、この魔法を交えて訓練をしている。

フェイトの魔法ほど瞬間速度は速くないが、この魔法の利点を挙げるなら、魔力を送り込む事で普通より速い速度をそれなりの時間、保たせる事が可能という点。

そんな利点があるからこそ、避けた後にどう動いてくるか分からない目の前の攻撃に対しては保険として最適であるため、彼女はこの場面でそれを行使したのだ。

そしてそれが功を奏したのか、蛇腹が到達する寸前に軌道から退避する事ができ、彼女の居た場所を蛇腹の切っ先は通過する。

 

「あまいっ!」

 

「――っ!?」

 

だが、シグナムの怒声のような声と同時に蛇腹は動きを変え、退避した彼女を狙って先とは違う軌道で振われる。

予想外の動きに驚きつつも移動しながら振り向き、光弾を放って刃を弾こうとするが、放つより刃の速度のほうが断然速い。

かといって避けるにしても高速移動魔法を行使した自分より刃のほうが速度は上。それ故、彼女にはそれを退ける手が無かった。

 

 

 

――しかし、それはあくまで戦っているのが彼女一人ならばの話。

 

 

 

なのはを守るのはユーノの役目。その役目を忠実に実行するかの如く、彼はなのはを球体状の障壁で覆う。

魔力付与も何も無い刃が障壁を貫ける道理は無く、刃は彼女に当たる事無く弾かれる。そしてシグナムが次の行動に出るより早く、もう一人の彼が動いた。

 

「貫け、氷魔の杭!」

 

Ice Piles》

 

彼――クロノの保持するもう片方のデバイスたるディランダル。闇の書を永久封印するためという目的で製作された、氷結の杖。

目的が目的だけあり、内蔵する魔法は強力な物が多い。特に闇の書の闇と対峙したとき使用した『エターナルコフィン』はその上位に当たる程強力。

とはいえ、強力であるが故に効果範囲も広く、今の状況下では使うに使えない。それ故、シグナムに対して彼が使用したのは極力威力の弱い魔法。

だが威力が弱い分だけ一度に放てる数と到達速度は非常に優秀な氷針を飛ばす魔法。さすがの彼女でも簡単に避けられる攻撃ではない。

 

「っ――」

 

数にしても速度にしても、今の体勢では避けられないと瞬時に彼女も悟ったのだろう。すぐさま伸ばしていた蛇腹を防御体勢に振い始める。

しかし、防御体勢を瞬時に取ったお陰で一本も残さず破壊出来たまでは良かったが、咄嗟の行動で彼女はそちらに意識を向け過ぎてしまった。

 

「レイジングハート、カートリッジロード!」

 

連続して二発の弾丸が装填される音でハッとそちらへ意識を戻したときには遅く、なのははすでに砲撃の発射態勢に入っていた。

挙句、それと同時にフェイトと交戦していたヴィータが敗北し、続けてはやてへと駆け出していく彼女の姿を目撃してしまう。

はやては広域魔導師であるがため、近接及び中距離魔導師たるフェイトとは戦いの相性が悪い。シャマルがバックアップしても、正直分が悪いだろう。

でも、そちらを視認してしまったからといって駆け付ける暇が彼女には無い。今、この場で背を向ければなのはの砲撃の餌食になるだけだ。

 

「くっ――レヴァンティン、カートリッジロード!」

 

となれば、すぐにでも三人を退けて駆け付けるしか方法は無い。それ故、彼女もまた本日二度目となる弾丸装填を行った。

それと同時に一旦蛇腹を剣の状態へと戻し、顕現した鞘へと納めて上段へ構える。それは彼女の最も信頼する一つの技の構え。

彼女の砲撃に対抗出来るかどうかは知れないが、何もしないよりはマシ。だからこそ、彼女はその構えを取り、一気に鞘から剣を引き抜いて振るった。

 

「飛竜一閃――っ!!」

 

「ディバインバスター、エクステンション!!」

 

炎に包まれた蛇腹が一直線になのはへと迫り、反対に弾丸二つも消費した高密度の砲撃がシグナムへと放たれる。

そのちょうど中間に位置する地点にて二つはぶつかり、凄まじい衝撃波を生む。だが、それに怯んでいる暇も無く、魔力弾がシグナムの側面から放たれてくる。

咄嗟に避ける事で何とか回避は出来たが、誘導性があるのかしつこく彼女を追い掛ける。と同時になのはも同じく誘導性を持った魔力弾を発射。

蛇腹を通常の剣へと戻して回避に徹しつつ反撃のチャンスを窺うが、隙は簡単には生まれない。加えて主の危機がある以上、悠長にもしていられない。

しかし結局のところ、少なくともクロノかなのはのどちらかを撃退しなければ駆け付ける事もままならず、シグナムはそう急に打てる打開策を考えながら宙を駆け続けた。

 

 

 

広域魔導師とはいえ、はやてとて迫ってくる者に対しての迎撃手段は少なからず持ち合わせている。

それは近場で待機しているシャマルにしても同様。とはいえ相手がフェイトとシェリスのコンビとなれば、明らかに分が悪くなるのは必至。

基本は一定の場所にてあまり動かずが作戦の内でもあったが、それを崩された彼女らは撃退ではなく防御の姿勢を取る事で時間を稼ぐ。

だが、如何にシャマルの補助魔法と援護を受けながら防御に徹しても、彼女のスピードについていくのは至難の技に等しかった。

 

「くっ――これ、正直ヤバいんとちゃう?」

 

《言い難いですが、正直なところかなり宜しくない状況ですね。相手が実質一人とはいえ、主とテスタロッサでは相性が悪すぎますから》

 

こうして話す事すら本当なら難しい状況。後方で指揮するタイプのはやてと前衛で斬り込むタイプのフェイトでは当然とも言える。

シャマルの補助で身体能力はある程度向上、彼女自身が持つ数少ない攻撃魔法による援護。この二点があっても、かなり劣勢。

とはいえ、他の援護は正直期待できない。ヴィータは倒され、シグナムとザフィーラは別の者から足止めを受けているのだから。

そうなるとやはり、はやて(リィンフォース+アスコナ)とシャマルで何とかするしかないのだが……。

 

彼方より来たれヤドリギの――っ!」

 

持ち得る魔法の大半に詠唱が必要なため、使用しようとしても即座に斬り込まれて詠唱は完全に中断させられる。

もちろん、シャマルも彼女の詠唱を完了させようと努力はしている。だが攻撃魔法を放っても、その速度故に捕捉する事が出来ない。

結果、今も詠唱をしていた彼女はそれを読み切る前にフェイトに斬り込まれ、中断して障壁魔法にて守りに徹するしかなかった。

 

「くっ……ちょいとキツ過ぎるわ、フェイトちゃん。もうちょい手加減してえや」

 

「それは無理だよ。はやての魔法はどれも発動させたら厄介だもの……シェリスの魔法で守ってもらっても防げるか分からないくらい、ね!」

 

「――っ!?」

 

一時的に均衡を保ってはいたものの、言葉の終わりと同時に込められた力で呆気なく障壁が破壊されてしまった。

そしてそこに驚く間もなく、衝撃がはやての身体そのものを吹き飛ばす。だが、攻めはそこで終わらず、フェイトは追撃を掛けようとする。

降参するか、戦闘不能の状態になるまでは油断なんて出来ないから。しかし、その寸前でフェイトの身体を魔力のリングは束縛する。

それを使用したのは、シャマル。障壁破壊から追撃へ移るまでに間があったからこそ、使う事が出来た追撃妨害のためのバインド。

だが、シャマルはバインドを使う事で拘束に成功した彼女を攻撃するよりも、主であるはやての元へ向かい、先のによるダメージを治癒する事を優先した。

 

「つぅ……さすがフェイトちゃん。障壁を破壊した際の余波だけやのに、凄い威力やわ」

 

「そう、ですね。でも、拘束に成功した今なら……」

 

「うちが魔法を詠唱する事も可能、っちゅう事やね。ほんなら、あれを破られん内に――」

 

バインドを破壊する事は可能。物によっては、それこそ一瞬で破壊されてしまうという事もあり得る。

でも、シャマルが掛けたバインドは援護を行いつつも若干の時間を掛けて練った少しばかり強度の高い代物。

破壊するための術式解析も容易ではない。そのため治癒を終えた今でも解析は終わっておらず、未だ彼女を魔力のリングが拘束している。

つまり、今ならばバインドを破壊されるまでの間に魔法詠唱が可能という事。それ故にはやては治癒を終えるとすぐ立ち上がり、魔法陣を展開した。

 

 

 

――だがその途端、彼女は展開した魔法陣に若干の違和感を抱いた。

 

 

 

何がどう可笑しいのか、という明確な答えは出てこない。だけど直感的に展開した魔法陣はいつもと何かが違った。

そしてその直感からくる違和感は次の瞬間、明確な物となった。違和感を抱いた途端に頭の奥から浮かぶ上がる、一つの術式によって。

 

《なんや、これ。こんな術式の魔法、ウチは知らんのやけど……リィンフォースは、これ知っとるん?》

 

《……いえ、私もこのような魔法は存じ上げません。誰かから蒐集した際に記憶した魔法ならば、私も知っているはずなのですが……》

 

《そうなんか……じゃあアスコナは――って、リィンフォースが知らんのにアスコナが知るわけないわな》

 

アスコナは夜天の書の修復を行った際に生まれた存在。それ故、彼女もまたリィンフォースと同じく夜天の書の管制人格。

リィンフォースの知らない事をアスコナが知っているという事実は以前お目に掛かったが、今回のはまた問題となる事が違う。

それに知るわけないと口にされて彼女が言葉を返してくる事はなかった。だから、無言を肯定と取って知らないのだとはやては結論付けた。

 

《ま、知らないものであれ使わんのは勿体ないわな。折角ここまで組み上がったんやから》

 

術式はもうほとんど組み上がった状態。後はキーとなる言葉をはやてが口にすれば、魔法は完成する。

故にその魔法が知らぬものであれ、使わないのは損だと考えた彼女は魔法を具現化させる一言を迷い無く口にした。

 

空を穿つは光神の轟槍。我に仇なし、我が道を阻む者へ刃の断罪を下せ

 

 

 

 

 

――その一言を口にした途端、はやての周囲に百にも及ぶ光の球体が出現した。

 

 

 

 

 

顕現した瞬間、さすがに味方を巻き込む可能性が頭を過ぎり、杖を持たぬもう片手でシャマルに下がるよう伝える。

それに彼女はいつでもはやてを守れるような体勢を取りつつ指示に従って後退。直後、はやては光球の全てを放った。

彼女がそれを放つのと同じタイミングでフェイトを拘束していたバインドはようやく解除される。だが、発射と同時に槍状へ変わったそれはあまりにも数が多い。

見た所、直線的な射撃魔法であるようだから横に避ければ回避は出来るだろうが、その手段を取るには確実に素の移動速度では間に合わない。

故に彼女はバインド解除とほぼ同時に高速移動魔法を行使。幾多もの魔力の槍の軌道から大きく横へと駆けて回避運動を行った。

 

「甘いで、フェイトちゃん!」

 

「――っ!?」

 

回避したかに思われた直後、響いてきたはやての言葉と共に予測しなかった光景が彼女の視界に映る。

直線的なものだろうと思われた魔力の槍、その全てがフェイトがいた地点から少し過ぎた辺りで止まり、その形状を刃状へ変えるという光景。

そしてまるでブーメランのように高速で回転し始め、再び彼女へと襲い掛かるという光景。それは彼女が驚くには十分過ぎるものだった。

 

(術者の意思で形状を変える事が出来る魔法。それをあんな数……ちょっと無茶し過ぎだよ、はやて)

 

本人の意思で軌道をコントロールする系統の魔法は中々に制御が難しい。だが、この魔法は軌道ではなく形状をコントロールする。

軌道ではなく形状である分だけ制御はある程度楽になる。とはいえ、楽であっても百にも及ぶ数を制御するのは非常に難しい事に変わりは無い。

形状によって飛び方が変わるため、上手い使い方をする事に加えて多くの数を制御出来ればかなり有効な手だろうが、多い分だけ負担は大きい。

その証拠に飛来してくる刃を辛うじて避けながらはやてに視線を送れば、若干の無理があったのか僅かに肩で息をする彼女の姿が見受けられた。

 

「ま、まだや……まだこないなもんじゃ、終わらへんで」

 

だが、いくらこれを維持しつつ襲い掛からせても決定打にはならないと彼女も分かっているのだろう。負担を押し退け、再び魔法陣を展開し始めた。

その術式もまた、今現在維持している魔法と同じで本人さえも知らない術式。ただ頭の中に浮かんでくる、リィンフォースさえも知らない術式。

でも、先と同じではやてはそれを使う事を躊躇わず、術式と共に浮かんでくる魔法発動のための詠唱の言霊を口する。

 

天より舞い降りし氷魔の結晶。逃れえぬ堅――っ!?」

 

 

 

 

 

――だが、それを口にし始めた直後に彼女の脳内へ術式以外の何かが浮かび上がった。

 

 

 

 

 

浮かぶ上がったそれは、一つの映像。何人かの男女を前にして誰かが何かを口にしている映像。

若干ぼやけている感じである故、相対している相手の顔や容姿は不明瞭。六人の男女という事しかこれでは分からない。

だけどなぜか、はやてにはその六人に見覚えがあるような気がした。昔じゃない、極最近の記憶の中にあるような気がした。

でも、あくまでそんな気がするだけで頭には浮かんでこない。だから、はやてはもっとちゃんと聞こえるよう耳を澄まし、ちゃんと見えるよう目を凝らした。

しかしそれでも彼らの声も聞こえる事は無く、姿もそれ以上鮮明にはならない。それどころか、元々ぼやけていた映像が更に不明瞭になっていく。

それは映像が脳内から消えかかっているからではない。消えかかっているのは、映像を見ている側の彼女の意識の方。

まるで強制的に意識を遮断されるかのように、意識が保てなくなってきている。それに気づき、気をしっかり持つ事で意識を保とうとした。

だけど気付いたときにはすでに遅く――――

 

 

 

 

 

――程なくして、彼女の意識は闇の中へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

はやての様子が可笑しくなった事にフェイトが気付いたのは、展開された魔法陣が何も生み出さず消え失せたとき。

同時に彼女が操作していた百にも及ぶ光の刃も全て消えた。これは術者が、魔法維持を放棄した際に起こる現象に他ならない。

あのまま光の刃で足止めしつつ展開していた魔法陣から魔法を繰り出せば、確実にフェイトには止める手立てはなかった。

つまりそれらを消したという事は、好機をミスミス逃したという事。多少の無理をしてまで戦っていた彼女が、自らそんな事をするようには思えない。

かといって無理が祟って意識が途絶えたとも考え難い。確かに疲労はある感じに見えたが、気絶するほど極端なものではなかったから。

 

「……はやて?」

 

「…………」

 

原因が分からず、本人の真意を探ろうとも言葉は返ってこず、身動きすらも一切無いまま俯き気味で立っているだけ。

そんな彼女の様子を可笑しく思ったのは近くにいたシャマルも同じらしく、彼女に呼び掛けつつ窺うようにゆっくりと歩み寄ろうとする。

だが、彼女の足が一歩目を踏み出した直後――――

 

 

 

――二人の目先にいた彼女の様子が、一変した。

 

 

 

俯いていた顔を突如として上げ、杖の後ろ先端部にて地面を軽く叩き、複雑な術式の魔法陣を展開し始める。

あまりに突然な行動であるに加え、魔法陣が展開した際に巻き起こった魔力の暴風が凄まじく、近場のシャマルは思わず後ろへ後ずさってしまう。

比較的距離を置いた位置にいるフェイトでさえ、目元を庇うように腕を上げる。だけど視線は辛うじて彼女の姿を捉えたまま。

その視線の先にいる彼女の瞳は焦点が定まっておらず、今までにないほど無表情。正直、先ほどまで以上に可笑しい様子だった。

だからフェイトは今度は大声で彼女に呼び掛けるために口を開こうとするが、それより早く彼女――はやてのほうが静かに口を開いた。

 

「『夜天の魔道書』の現主、八神はやての意識に異常を確認。非常事態と判断し、これより防衛プログラムの起動を開始する」

 

はやての声か、リィンフォースの声か、ダブっている故に判別が出来ない。だが、宜しくない事態だという事はフェイトにもシャマルにも分かった。

彼女から放たれた一言、防衛プログラムの起動という言葉によって。戦闘を行っていた他の面々も、この異常を読み取ったのか戦闘を中断する。

そして誰もの視線が彼女へと集中する中、はやての身体は魔法によってかゆっくりと宙へ浮かび上がり、動きを止めると再び言葉を発する。

 

「……80……90……起動完了。自軍である守護騎士を除いた敵勢力の分析開始…………完了。魔導書の中枢記憶より、“氷界鬼”が適切と判断。戦闘体系(スタイル)を固定し次第、敵勢力の鎮圧を開始する」

 

「――っ!」

 

防衛プログラムと聞いた時点で嫌な予感はしていたが、そこまで聞いては黙って成り行きを見守るわけにもいかない。

もし今のはやてが本当に防衛プログラムによって乗っ取られているのだとしたら、闇の書事件の惨劇がここで再現される羽目となる。

間違ってもそんな事をさせてはならない。だから我に返るのが誰より早かったフェイトが即動き、動き出す前に戦闘不能にしようとする。

身体ははやてのもの故に下手に無茶な攻撃は出来ないが、過剰なまでの強い攻撃を用いなくても沈黙させる事は可能。

それ故、迷う事無く彼女は戦斧を振り上げ、急速接近。だが、硬直から動くまでに掛かった約十秒という時間は、相手にとってあまりにも十分過ぎる時間だった。

 

「固定完了。『天を射抜く氷槍(アイスクレイドル)』の術式展開及び目標捕捉(ターゲットロック)……完了、迎撃開始」

 

杖の先端を前に向ける動作、そして術式が展開するのと氷の槍が顕現する光景。その全てがフェイトが接近する前に行われる。

そして言葉が放たれると共に数十の氷槍は一気に放たれる。その飛来速度はあまりにも速く、発動までの動作の速さも手伝って回避が間に合わない。

とはいえ、その氷槍は明らかに直線的な魔法である事が明白。そしてそれは仮に避けられたとしても、氷槍は自分の後ろにいる人たちに向かってしまうという事。

だから避けるという選択が取れず、防御のために正面へ障壁魔法を瞬時に展開。だが、直後に直撃した氷槍は予想外にも、対象たる障壁を凍てつかせる。

一つが当たるごとに障壁を凍てつかせ、術者から障壁へ送られる魔力供給を確実に断つ。そして、突然の事で対処が出来なかったフェイトの目の前で――――

 

 

 

 

 

――完全に凍てついた障壁は、次の一撃で脆くも砕け散った。

 

 


あとがき

 

 

個々でも強い守護騎士組は一対一なら簡単に負ける事もないんだろうが、相手の策に嵌ったな。

【咲】 シグナムは三人掛かりで足止めされて、ヴィータは相性が悪くフェイトに敗北。オマケにザフィーラもアルフの足止めを食らい……。

結果、ほぼ無防備に近いはやてとシャマルの二人はヴィータ撃退後のフェイトに狙われ、完全に防戦一方になったというわけだ。

【咲】 でも、それが原因かどうかは知らないけど、最悪な物が起動しちゃったわね。ていうか、あれって闇の書事件のときに破壊されたんじゃ?

破壊されたのは闇の書だったときのだろ? 修復を施されて夜天の書に戻ったんだから、防衛プログラムが復活しても不思議じゃないよ。

【咲】 まあ、それは確かにそうだけどね。でも、何で今回それが起動したの? やっぱりさっきも言ったようにはやてがピンチだったから?

それが原因なら頻繁にプログラムが起動されて迷惑だろ。もっと別の理由だよ、これは。

【咲】 別の理由、ねぇ……それってはやてが一瞬だけ見た映像と関係があるの?

全く関係がないとは言えんかな。まあ、具体的な理由は後編で明かされるから、それまでお待ちになってくれ。

【咲】 はいはい。にしても、防衛プログラムが口にしてる単語にすっごく聞き覚えのある言葉が混じってるわね。

まあね。だが、ぶっちゃけ言っておくけど彼女らは闇の書の魔力蒐集を受けた事はないからね?

【咲】 ? じゃあ何であの人たちが使ってた魔法が使えるのよ? 確か、夜天の書は蒐集を行わないと魔法を記憶できないはずよね?

その通りだね。ここが少し複雑な事情が絡んでくるわけなんだけど、それは後々って事で。

【咲】 そういう風に言われるとすっごく気になるんだけど?

そう言われても、今詳しい事は言えんし。でも、敢えて一つだけ言うなら……。

【咲】 言うなら?

以前までの話をちゃんと読んでいたら、少なからず見えてくる部分があるって事だけだな。

【咲】 つまり、どうしても知りたいなら前までの話を読み返してみてくれって事?

そういう事になる。でもまあ、読み返しても確信的な答えは出ないと思うから、結局は明かされるまで待つしかないだろうけどね。

【咲】 ふ〜ん……ま、読み返しても読み返さなくても結果は同じだろうって事ね。

ま、概ねそういう事になるな。と、この辺りで次回予告に移ろうかと思うが、一つ問題が……。

【咲】 何よ?

予告するほどの事が無い……ていうか、一番重要な部分はすでに言っちゃったしさ。

【咲】 ……つまり、次回予告は今回の続きとしか言いようが無いって事ね。

申し訳ないが、そういう事になる。

【咲】 ……はぁ〜。

そこまであからさまな溜息をつかれるとさすがに傷つくな……。

【咲】 まあ、いいわ。前中後形式の話になるとこうなるのはいつもの事だから、気にするだけ無駄だし。

うむ、その通りだな。

【咲】 威張るな!!

ぶばっ!?

【咲】 全くコイツは、少し甘くするとつけあがるんだから……。

す、すみませんです、はい……。

【咲】 はぁ……それじゃ、今回はこの辺でね♪

切り替え早いなぁ……また次回会いましょう!!

【咲】 じゃあね、バイバ〜イ♪




はやてが見た可笑しな映像。そして、あの魔法。
美姫 「ぼんやりと何かが見えてきそうよね」
その辺りは今後をお楽しみに、って所だな。
美姫 「そうよね。にしても、急に現れちゃったわね防衛プログラム」
正常化した状態のものだから、はやてに悪影響はないと思うけれど。
美姫 「だとしても、敵と認識された方がたまらないわね」
確かに。なのはたちは無事にはやてを元に戻せるのか。
美姫 「気になる次回は……」
この後すぐ!



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