ほんの数秒前までいた所とはまるで異なる場所。無機質な壁など無く、見渡す限り木しか見当たらない森の中。

それは意識が途切れる前に見た映像と酷似した風景。そして何より、彼女の視界の先にあるものはその可能性を増長させる。

誰かと向かい合うように立つ、五人の男女。先ほどの映像はぼやけていたから、それと同じ光景なのかどうかの確信は持てない。

だけど可能性は極めて高かった。だが、はやてにとっては同じかどうかよりも、はっきり見えるようになった五人の男女の姿に釘付けだった。

なぜなら、その者たちははやての記憶にもある人物だったから。闇の書事件のとき、実質リィンフォースを救ってくれた人たち――――

 

 

 

――『蒼き夜』と呼ばれる組織の人たちに他ならなかったから。

 

 

 

そしてもう一つ驚くべき事が目の前の光景にはある。それはここに立って初めて分かった、彼らと向かい合う相手。

目立った装飾も無い黒の服を身に纏う、五人の男女。そちらもまた、身に纏う物は違えど酷く見覚えのある者たち。

いや、見覚えがあるなんてレベルじゃない。その五人は現在自分の傍にいてくれる、自分が家族と思える一番近しい関係の者たち。

 

 

 

――夜天の書の管制人格たるリィンフォースと、守護騎士の皆なのだから。

 

 

 

一人少ないし、皆の表情がいつもより冷たく感じるようなものではあるが、顔を見る限りは十中八九間違い無い。

この状況だけ見れば、雪が降っているという事も加えて闇の書事件直後のときと酷似している。だが、異なる部分もいくつかあった。

中でも一番目立つのは、彼女らの服装と自分がその場にいないという事。あのとき、彼女たちはあんな真っ黒な衣服など着てはいなかった。

そして何より、確かにはやてはリィンフォースに抱きかかえられる形でその場にいたはずなのに、目の前の光景を見る限りでは自分の姿が無い。

これはつまり、似ているだけであのときとは全く違うのだという証拠に他ならない。だけど、だとしたらこの光景は一体いつの物をだというのだろうか。

自分が主になる前の事だというのは何となく分かる。だけど『蒼き夜』側の面々を見る限り、相当昔の事だというのも考え辛かった。

となれば自分が主になるよりも前だけど極めて最近の事という事。でも、厳密にはいつ頃の事なのかという答えは正直、考えても分かるものじゃ無かった。

 

『同じなんスよ、ウチらと貴方達は。在り方も、その存在すらも……』

 

分からない答えをずっと考え続けてきた矢先、そんな言葉が聞こえてきた。それを口にしたのは声からして、『蒼き夜』のアドルファ・ブランデス。

ぼやけた映像として見る事しか出来なかった先ほどまでと違い、この状況下では声もしっかりと聞こえるのだという事がこれで分かった。

だけど、それが判明したからといって口にした言葉の真意までは分からない。加えてどういった話の流れから、そこに行きついたのかも。

だが、どうせ考えても分からないだろうと結論付けて彼女は考えるのを止め、周りを軽く見渡してから視線を戻すと同時に小さな溜息をついた。

 

(ほんと何なんやろ、これ……こんなん見せられて何か意味があるとも思えんのやけどなぁ)

 

先ほどまでで分かった事だが、自分の姿は彼女たちには見えてない。いや、正確には認識出来ないのだという事が分かる。

おそらくはこの空間全体が何かしらの作用で映し出した映像のようなもの。要するにただ彼女の目の前で過去にあったであろう出来事を映し出しているだけ。

だけどそんなものを見せられて一体どうしろというのか。どんな意味があるというのか……そこの辺りが全く以て分からなかった。

しかし、自力でこれを終える手段などいくら考えても思いつく事は無く、結局はこのときが終わりを迎えるまでそれを見続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第十八話 過去より来るは記憶の魔導師 中編2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

氷槍によって凍らされ、破壊された事でフェイトは残る氷槍の脅威に晒されるも、寸前の所で回避に成功した。

それは何を隠そう、シェリスのお陰。ただ回避するだけでは後ろに流れる故、その手段を取れなかった彼女へ救いの手を出してくれた。

その手段というのが彼女の得意魔法、パンドラボックス。捕縛能力に加えて転移機能を兼ね備えた若干クセのある魔法。

普通に避けるだけなら後ろへと氷槍が流れてしまうが、これの転移機能を用いて回避する事で氷槍の進路上に対象を残したままに出来る。

外側の攻撃に脆いという事でパンドラを進路上一列に数個並べる事で後ろへ流れてしまう事が無いよう、十分な数の破壊対象として用意した。

これによって最初にフェイトの障壁を凍てつかせ、砕いた氷槍を除く全てが対象破壊と同時に消滅。結果、その全てが流れる事なく無に還った。

だが、氷槍での攻撃は彼女にとって所詮小手調べに過ぎないのか、全てを砕かれたときにはもう次なる魔法を練り終え、発動させてきた。

今度の魔法はフェイトだけではなく、他の者たちまで狙う広範囲の氷結魔法。しかも、その魔法はなぜか彼女にとって味方であるはずの守護騎士まで狙う。

それ故か、事態が飲み込めないながらもフェイト以外の全員も動くしか無くなり、防げないという事は承知したために全力で回避を試みた。

その中で唯一、気絶しているために動けないヴィータははやてから距離を置くという意味合いも兼ねてシャマルが回収しようと全力でそこまで走る。

しかし、彼女の足が到達する前に氷結魔法の脅威が気絶している彼女にまで及ぼうとするのが目の前に見えた。正直、距離も考えて明らかに間に合うものではない。

だけど障壁で彼女を守ろうとしても、障壁魔法を無力化する効果がこの氷結魔法にはある。そのため、万事休すかと目の前の光景に対してシャマルは思った。

 

 

 

――だが、その考えが次の瞬間には覆される事となった。

 

 

 

実質シャマルよりも彼女に近い位置にいるフェイトが、自分が主として狙われているにも関わらず急降下してヴィータを回収した。

その際、ヴィータを狙っていた魔法はシェリスが使用したパンドラで避け、結果として全くの無傷でヴィータを回収しつつそこに立つ事が出来た。

とはいえ、彼女を抱えたままでははやてを止める事が出来ない故、少し遅れて魔法を避けつつ近寄って来たシャマルへと彼女を手渡す。

そしてシャマルにはヴィータを守る事に専念して欲しいと願い立て、それに彼女が頷くとフェイトは二人を比較的安全な場所へパンドラで転移させた。

その後に状況を把握出来ていない面々へと向けて軽い事情説明をした後、おそらく彼女を行動不能にする以外解決策はないと告げる。

なのはたちもそうだが、暴走状態に近いとはいえ主に手を出すのは守護騎士の面々にとって気が進まない。だが、止めなければ確実に双方にとって危うい状況になる。

故に止むを得ずと彼女の言葉に了解の言葉を返し、すぐさまその方向で動き出す。そしてフェイト自身も、はやての方へと向き直って戦斧を構える。

 

「いくよ、シェリス、バルディッシュ」

 

《《にゃ、了解なの!(Yes, sir)》》

 

二人の返事を聞くや否や、フェイトははやてへと向けて魔力刃を顕現しつつ飛び立った。

はやてに対して刃を向けるのは彼女とて気が進まない。だが、迷ってなどいれば自分の身も、人格支配されている彼女の身も危うくなる。

双方にとって最良の方向で事態を収拾するには彼女を行動不能にするしかない。それ故、後ろめたさは奥へ押し込んで彼女へと接近すべく空を駆ける。

 

天より舞い降りし白銀の結晶。氷結の使徒たる汝の力を以て魂をも凍てつかせる死の刃となれ

 

しかし攻撃可能な間合いまで駆け寄るより早く、はやては魔法陣を展開。短い詠唱の後に自分を台風の目として竜巻状の風を発生させる。

これによって不要に近づく事が出来ず、中途で足を止めたフェイトはならば中距離系の魔法でと考える。そしてそれは他の面々にとっても、同じ考え。

だが、その手の魔法を持つ者が瞬時に発動態勢に入ろうとしたとき、ふと違和感を抱く。はやての発生させている魔法に対しての、強い違和感を。

でもその違和感の正体がいまいち掴めない。なぜなら改めてその魔法を見てみても、自身を守るための防御系魔法にしか見えないから。

 

「――っ、拙い!」

 

そんな中、一人だけそんな言葉を口にする者がいた。それは防衛役としてなのはの傍にいた、ユーノ。

彼は短く、だけど本当に焦っているような声でその言葉を口にすると同時に魔法陣を展開。その場にいる全員を球体型の障壁で各自覆う。

その障壁は防御力に優れ、多い人数を広い範囲の魔法から守る。だが、使用中は何も出来ず、本当に守るだけと言える防御魔法。

変な違和感があるとはいえ、はやては自身の周囲を風で覆っているだけ。なのにそこまで徹底した防御体勢を取る必要性があるのか。

誰しも障壁が自身の身を覆った瞬間にそう思った。しかし、その考えは次の瞬間、頭の中から取り払われる事となった。

 

 

 

――突如として吹き荒れる、大粒の雪が混じった強風を目の当たりにした事によって。

 

 

 

一言で言えば、それは吹雪という他ない。だが、ただの吹雪ではないというのは明白な事であった。

当たり前として自然の吹雪がこんな密閉された空間で起きるはずもないし、何より魔力を帯びている吹雪など普通は存在しない。

十中八九、これははやてが使用した魔法。しかも、後続まで行き届いている辺り、広域系の魔法だという事は火を見るより明らか。

つまり、この事実が表す所はユーノの判断が間違っていなかったという事。彼はおそらく、誰も気づけなかった違和感にただ一人気付いたのだ。

そしてそこから起こるであろう事を予測して行動に移した。もしも彼がこの防御魔法を使ってくれなければ、自分たちはこの魔法の直撃を受けていただろう。

故に正直、彼には感謝の言葉も無い。とはいえ、先ほどまでのはやてが使っていた魔法の性質を考えれば、この防御も長続きはしないと確信出来てしまう。

如何に障壁を維持しようとも、如何に破られまいと魔力を送り続けようとも、障壁へ注がれる魔力供給を断たれてしまえば長く保つわけもない。

加えて彼女が使用してくる氷結系の魔法は障壁を凍らせる事で強度を大幅に減少させる効果もある。その証拠に今も、障壁は徐々に凍てつき始めていた。

だけどその事実に気付いたからといってどうにか出来るものではない。如何に対処しようとも、この吹雪は大概の防御魔法を無力化してしまうのだから。

要するに一時凌ぎは出来ても万事休すな状況に変わりは無く、自身を守る障壁は凍てついていく光景を眺めるしか出来ないまま、皆の表情は一様に険しくなる。

 

「っ――シェリス。確か、シェリスは防御系魔法全般が得意だったよね?」

 

《にゃ、得意って言うよりはそれ以外の魔法はあんまり持ってないの。それがどうかしたの、フェイトお姉ちゃん?》

 

「もしかしたらだけど、この状況で皆を守り抜けるような防御魔法なんてあったりしない?」

 

《うにゅ……リフレクトシールドの応用でどうにか出来なくも無いと思うけど、アレはちょっと魔力消費が激しいよ? カートリッジを使ってくれるなら問題ないんだけど》

 

「使うから、早めにお願い。たぶん、この調子だとあと数十秒くらいしか保たないから」

 

カートリッジの使用は術者の意思。それ故、融合しているとは言ってもシェリスの意思では使用する事は出来ない。

だからこそ使うのならフェイトの言葉が必要。そのため、フェイトはシェリスからその言葉が返ってきた直後、弾丸を消費するための言葉を告げた。

それと同時に排出される弾丸、途端に湧き上がる膨大な魔力。それを確認するや否やシェリスは術式を組み、魔法陣を展開する。

そのすぐ後に鏡面状の障壁をユーノが使用した球体型の魔法と同じ形状で発動。一瞬にして今にも破壊されそうな障壁を上から包み込んだ。

 

 

 

――直後、障壁へぶつかる大粒の雪は鏡面の壁によって反射される。

 

 

 

いや、厳密にはぶつかってなどいない。ぶつかる寸前の場所で力が働き、当たる事無く全てが反射されているのだ。

これはいつも形状でのときでも同じ。実際はぶつかって反射されているのではなく、障壁の数ミリ手前で反射させられている。

簡単に言ってしまえば、障壁の側面を反射効果を持った幕が覆っているようなもの。それ故、実質的には直撃しているわけではないという事。

反対にこの吹雪は直接触れた物を凍らせる力を持つ魔法。よって反射効果のある幕を張りつかせる障壁は凍らせる事が出来ない。

 

「…………」

 

一向に凍てつく事が無いという事実によってそこに気付いたのか、はやては早々に吹雪を打ち切った。

同時に吹雪の前まで使用していたときより若干大きめの氷槍を十数個ほど顕現。直後に全員へと向けて放った。

 

《にゃ!?》

 

これに驚きの声を挙げるのは障壁を張った本人たるシェリス。驚きの理由は、自身の張った障壁の弱点をあの一瞬で見抜かれた事。

確かに反射の力を持つリフレクトシールドは一見万能な魔法にも見える。だが、この魔法にも見抜かれたら簡単に破られてしまうような弱点がある。

それは、形を確立させた攻撃に対しての防御耐性が無い事。先ほどのような吹雪や、正確な形を成していない魔力の塊などにはかなり効果的。

だけど反して形を成している攻撃……デバイスでの直接物理攻撃や、魔力で出来ているとはいえ今しがたはやての手で放たれたような氷の塊は防げない。

若干まだ形を留めているユーノの障壁が内側にあるとしても、耐えられて一発か二発。一人頭都合五発はあるそれを防ぎ切る事は不可能。

故にシェリスは瞬時に障壁を解除し、ユーノもその意味を理解して同様の行動へ出ると皆は一斉に氷槍の射線上から退避した。

 

 

 

――だが、彼女が回避運動を取る彼らをただ見ているだけなど、するわけもなかった。

 

 

 

術式が簡易な魔法……要するにそこまで構築難度の高い魔法ではないのか、瞬時に彼女は氷槍を複製する。

そして先の氷槍を避けた彼女らに向けて放ち、再び生成。その間の時間はおよそ三秒から四秒……反撃する暇などほとんど無い。

氷槍の射線を見極めれば辛うじて避けられるが、所詮は避けるしか出来なず、危機は脱しても防戦一方になるしかなかった。

 

 

 

 

 

所変わってモニタ室では、訓練室にて広がる光景があまりにも驚きな者故に混乱の一言に尽きていた。

ただ相互のチームワークを図るための模擬戦。それがまさか、こんな事になるなんて思いもしなかったのだから。

 

「っ……データベースとの照合が完了しました。やっぱり、艦長のおっしゃった通りの結果です」

 

「そう……でも、どうして今になって。アレはあのとき、完全に消滅させたはずなのに」

 

「……おそらく、修正プログラムを組み込んだ際にアレも組み込まれたんだと思います。照合の際も少しだけ、前のと違う部分が見受けられましたから」

 

はやてがあの状態になってからすぐにリンディはエイミィに数ヶ月前の闇の書事件にて戦闘した防衛プログラムとの照合を指示した。

訓練室での音声はモニタ室であるここでも拾える故、彼女が放った言葉もちゃんと聞いた。でも、正直なところ信じられなかったのだ。

あのとき、アルカンシェルの一撃によって防衛プログラムは確かに破壊した。それがまさか、呪縛から解き放たれた夜天の書に未だ存在するなど。

そんな事、信じたくは無かった。しかし、エイミィの告げた照合結果はリンディの望みを打ち破る物……それ故、落胆の深さは計り知れない。

とはいえ、何も手を打たないわけにはいかない。故にリンディは続けて彼女が口にした前との相違点というから、何か解決策は考えられないかと尋ねた。

するとエイミィは再びモニタ前の端末を操作し始め、モニタの横に何かしらのデータが映し出される画面を表示した後、自身の考えた解決策を交えつつそれを告げる。

 

「以前のものはアルカンシェルを用いなければならなかったほどの再生能力を持っていましたが、今回のものは人の身体に憑依したままでの起動ですのでおそらく再生能力という点では以前よりも格段に低いものと思います。ですから、寄り代となるはやてちゃんの事を顧みないというのであれば、鎮圧はある程度楽になると思いますけど……」

 

「それはさすがに無理でしょうねぇ。あの面子なら確かにそれが出来るだろうけど、はやてを犠牲にしてまでなんて考えるような人たちじゃないし」

 

「リースちゃんの言う通りね。私個人としても、出来るならその手は使いたくはないわ」

 

「ですよね。となると、もう一つの相違点から考えられる解決策しかありません。ただ、こっちは正直なところ若干賭けに等しいものになりますけど……」

 

そう言いつつ僅かに不安げな視線を向けてくるエイミィ。それにリンディは、先を促すように小さく頷いた。

他の面々、恭也、リース、アイラ、レティの四人も同様に視線を彼女へ集中させる。打てる手がそれしかないなら、可能性が低くとも賭けるしかないのだから。

その一同の視線を受け、エイミィもまた小さく頷いて返すと再び端末を操作。先ほど映し出した画面を消して別のデータが表示される画面を二つ展開した。

 

「右のほうが以前の一件でのデータ、そして左のが今現在のデータです。これを見て分かると思いますけど、今回の暴走は規模を考えると全てに於いて以前よりも減退しています。これはおそらく夜天の書の主であるはやてちゃん、もしくは管制人格であるリィンフォースさんかアスコナちゃんの誰かが無意識化でストッパーの役割を果たしているからではないかと考えられます」

 

「それはつまりその三人のうちの誰かが、あるいは三人ともが防衛プログラムが無差別破壊を行わないように行動を抑制しているって事かしら?」

 

「はい。ですが、以前と比べて完全に修復された夜天の書の防衛プログラムは破損していた以前よりも完全な状態で組み込まれています。ですから、主であるはやてちゃんや管制人格であるリィンフォースさんとアスコナちゃんの力を以てしても抑え込む事が出来ないどころか、意識さえも半ば呑まれてしまっている……おそらくこの状態が長く続いてしまったら、最悪――」

 

「三人の意識が完全に融け合い呑まれて、防衛プログラムがはやての身体を乗っ取った状態のまま二度と融合を解除する事が出来なくなる……」

 

リースが口にした最悪の結論は過去、管理局でも起こった事がある事例。一般的に融合事故と呼ばれるそれだ。

ユニゾンデバイスの管制人格が融合対象の意識を内部で完全に消し去り、そのまま身体を乗っ取って己が意志のまま行動する。

大概の場合、その行動というのは破壊活動。だからこそ、世間的には公表されていないが融合事故を起こしたデバイスとデバイサーは常に処分されてきた。

そしてそんな事が続いてしまったから、ユニゾンデバイスの製作自体が管理局の法で禁止され、世に現存する残ったユニゾンデバイスも管理局が管理・保管してきた。

当時闇の書と呼ばれていたそれはその中でも特に危険視された。転生機能によって紛失した際、第一級捜索指定物として認定されたくらいなのだから。

その危険視されてきた闇の書が夜天の書に戻り、主も正式に決まったとはいえ、危険には変わりない。現に今、それが暴走という現実を招いている。

もしもこれを止める事が出来なければ、最悪の手を打たなくてはならなくなる。だから打てる手があるなら早急に……それ故、皆は視線でエイミィに話の先を促した。

 

「……防衛プログラムが完全にはやてちゃんたちの意識を呑み込む前に、防衛プログラムの戦意を削ぐ。つまりは今のはやてちゃんを行動不能状態にする事で防衛プログラムを彼女たちで抑え込めるようにする……現状では、それしか手がありません」

 

「それってつまりは、今のはやてに行動不能に陥るほどのダメージをなのはたちが与えればいいって事?」

 

「うん。でも、はやてちゃんたちの精神力がどこまで強いかで多少上下はするけど、たぶん保って三十分が限界。人格支配から現状までですでに六分は立ってるから、最悪でも残り二十四分以内にこれを実行できなかったら……」

 

「諦めてはやての命を奪い、夜天の書を封印するしかなくなるって事か。たくっ、なんでこうも厄介事ばかり舞い込むんだかな」

 

頭を抱えたくなるのはアイラだけでなく、全員同じ。だが、それで何が解決するわけでもない。

それ故、時間もない事もあってすぐに訓練室内部へ放送。現在戦闘を行っているなのはたちへと現在の状況と先ほどの解決策を説明した。

本当ならこの場にいる者たちも現場で手伝う事が出来れば一番最良だが、現状であの中に入るには一度訓練室内の結界を解く必要がある。

そんな事をすれば、確実に只事では済まなくなる。だから自分たちは何も出来ず、ただ伝えられた解決策に頷き返してきた皆が彼女を救ってくれると信じて祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

以前、夜天の書が闇の書だったとき、彼女――はやてはリィンフォースと共に防衛プログラムを僅かとはいえ抑制は出来た。

つまり、防衛プログラムそのものを夜天の書から切り離す事は出来ずとも、止めること自体は本来主としての権限で出来るはずなのだ。

なのにいくら念じても、言葉にしても、権限が発揮される事が無い。ただ外で何が起こっているのかも分からぬまま、過去と思しき映像を見せられるだけ。

 

「――主はやて!」

 

何も出来ない状況の中、突然聞こえてきたのは聞き慣れた声。それが聞こえてきた方へ顔を向ければ、目に映ったのは予想通りの人物。

夜天の書の管制人格、その一人であるリィンフォース。今まで見ていた光景と違い、ちゃんとはやての存在を認識して駆け寄ってくる彼女。

はやての事を認識できる彼女がここにいるという事は、要するにはやてと同じでこの不可思議な空間に彼女も迷い込んだのだという証。

でも、自分しかいなかった所に彼女が現れたのはある意味の救い。加えて迷い込んだのだとしても、もしかしたら彼女なら、この光景が何なのかを知っているかもしれない。

それ故、彼女が駆け寄ってくるのに対してはやても近づき、合流した途端に彼女が何かを言い掛けるのを遮り、はやてはその疑問を口にした。

しかし、いきなり問い掛けられた事で少し戸惑いを見せつつも、問い掛けに対して彼女が口にした答えははやての期待したものではなかった。

 

「申し訳ありません、主。私にも、こんな事があったという覚えは……」

 

「そっかぁ……そうなるとこれは、やっぱり過去の記憶とかやないんかなぁ」

 

「……いえ、一概にそうだとは言い切れないかもしれません。私が覚えていないだけでこれは過去、実際にあった事だという可能性もありますから」

 

リィンフォースとて過去の事を全て覚えているわけじゃない。いや、むしろもっと正確に言えば、はやてが主になる以前の事はほとんど覚えてはいないのだ。

覚えていても前の主がどんな人だったか、どんな性格の人物だったのか程度。それ以外の事はほとんど、記憶の中から抜け落ちたかのように無い。

それは彼女だけでなく、守護騎士たちも同様。だから、闇の書を完成させる事が何を意味するのかも覚えておらず、数ヶ月前のような事件を引き起こした。

闇の書が夜天の書へと戻った今でも、それは変わらない。だから、可能性はあると言ってもこの場で事実か偽りかを答える事は結局出来ないのが現状であった。

 

「もし、アスコナがここにいるのなら……この事が真実かどうかを判断できるかもしれないのですが」

 

「? リィンフォースが覚えてないんやから、あの子も同じで知らないんとちゃう?」

 

「普通に考えれば、そうなります。ですが、どういうわけかアスコナは私と違い、過去の記憶をある程度は持っている……主も覚えていませんか? 以前、知っているはずの無い『蒼き夜』の情報をあの子が口にした事を」

 

そこまで言われた所でようやく、彼女も理解出来た。なぜアスコナがこの光景が真実かどうかを判断できる可能性を持つかが。

アスコナは誰も知らない『蒼き夜』の情報を持っている。若干の口下手と人見知りで消極的な性格のせいで上手く聞けはしなかったが、それは間違いない。

そしてだからこそ、目の前の光景があったときの事も覚えているかもしれない。確実ではないが、可能性は十分すぎるほどある。

だが今、この場にいるのははやてとリィンフォースの二人のみ。可能性はあっても、当の本人がこの場にはいない状況。

故に結局のところ、現状で答えを出す事は不可能であるため、考えを変えてリィンフォースと合流したから脱出できるかもとまたいろいろと試してみる。

しかし、どんな手段を試してみても何かが起こる気配はやはり無く、最終的には二人とも小さく溜息をつき、目先の光景へと再び視線を戻した。

するとその直後、今まで口を開かなかった『蒼き夜』と対する集団の先頭に立つ人物――過去のリィンフォースと思われる人物が、初めて口を開いた。

 

『在り方や存在が同じと、お前は言ったな。だとすれば、お前たちもまた魔道書の守護騎士だという事か?』

 

『それは半分正解、半分間違いっスね。確かにウチらは立場的には守護騎士っス……でも、何かしらの魔道書のかと聞かれれば答えは否。魔道書でも、魔道書の主でも無い……ウチラが真に護るものは、ウチらを作った『マザー』と同胞たる『蒼き夜』の民っス』

 

『……ならば存在はともかく、在り方が同じという事にはならないのではないか? 護りたい者を護るお前たちに対して、我らは――』

 

『ああ、在り方が同じっていうのはそういう意味じゃないっスよ。説明不足でしたから、そう勘違いしてしまうのも無理ないでしょうッスけど』

 

『? なら、お前たちと我らの在り方の、一体何が同じだと言うのだ?』

 

問い返す彼女は至って普通の表情だが、その後ろに控えてる者たち――過去の守護騎士であろう者たちの表情はそれと全く異なる。

シグナムとシャマル、ザフィーラの三人は不審に思う目付きを向け、ヴィータに至っては不審に思う事を飛び越え、警戒心全開で睨んでいた。

ヴィータの様子は現在と差して変わりなく見えるが、残る三人は現在と比べるとやはり、冷たさのようなものが表情から窺えてしまう。

そんな目先のと現実との違いが窺える光景を目にする中、響いてきたのは小さな笑い声。クスクスと、苦笑するような些細な笑い声。

その笑い声を上げているのは、問われた本人たるアドルファ。だが、一体何が可笑しいのかという理由までは二人とも理解できなかった。

だけどそんな理由以前に笑われた事が不快だったのか、対する側の面々の目付きが更に鋭くなり、それに彼女は失礼と一応の謝罪を口にする。

そこから更に僅かな間を置き、問われた問いに対する答えを口にする。そしてその答えが、彼女と対する面々だけでなく――――

 

 

 

 

 

『人として認識されたい、人として生きたい……そう、心の底から思っているところっスよ』

 

――はやてとリィンフォースの二人さえも、唖然とさせた。

 

 


あとがき

 

 

【咲】 はやてとリィンフォースが見てる光景って、実際のところはどうなの?

過去のだよ。過去、彼女らが『蒼き夜』の面々と会った時ね。

【咲】 じゃあ、アスコナの記憶ってもしかしてここから来てたりするの?

さあ、どうだろうね……。

【咲】 はぁ……まあ、いいわ。それで、最後にアドルファが言った言葉だけど、あれってどういう意味?

そのまんまの意味だよ。リィンフォースや守護騎士たちは自分たちを大切にしてくれる主を求めていた。

でも、それ以外で心の底から願っていたのが、普通の人として生きたいという事だったんだよ。

【咲】 ふ〜ん……まあ、死ぬ事無く、主を好きになっても最後には死に別れる事を繰り返すしかないんじゃ、そう願いたくもなるわよね。

そういう事。

【咲】 でも、この思っている事が同じって事は、つまりアドルファたちも人として生きたいって思ってるって事よね?

そうだけど、それがどうかしたか?

【咲】 いや、それって要するに彼女たちもまた……って思ってもいいのかなって。

というか、そうとしか思いようが無いと思うけどね。まあ、そこの辺の具体的なところは後編辺りで出てくるだろうけど。

【咲】 そう……となると、彼女たちの事がまた一つ分かったという事になるわね。

だな。

【咲】 にしても、今回で中編2って事になるわけだけど、この話ってどこまで続くのよ。

う〜む……当初の予定だと次で後編のはずだったんだけど、この調子だと後編は次の次くらいになるかも。

【咲】 一本の話にしては多いわよね。

確かにな。ともあれ、次回もまた今回の話の続き……中編3って事になるんでよろしくお願いします。

【咲】 それじゃあ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!

【咲】 じゃあね〜、バイバ〜イ♪




防衛プログラムとの戦いも続く中、はやてとリインフォースは何やら重要そうなものを見ているな。
美姫 「この光景がどのぐらい過去なのかは兎も角、結構驚く事が告げられているわよね」
だよな。このまま、他にも色々と情報が出てくるのか。
美姫 「かなり楽しみよね」
うん。まあ、表で戦っているなのはたちはそんな事を知らないから、早く何とかしようとするだろうけれど。
美姫 「だとしても、そう簡単にいきそうもないけれどね」
ああ、一体どうなるんだろうか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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