リースの一日というのは大概、読書ばかり。元から家にある本にしろ、自分で買った本にしろ、常に何かを読んでいる。

そのせいか基本的に彼女は外へ出る事が無く、出たとしても月村家へ出向くか、本を買いに(もしくは立ち読みに)いくかの二通り。

家にいたとしても読書ばかりだからほとんど動かない。典型的なインドア派、普通の人間なら運動不足が心配になってしまう傾向。

だが、そんな彼女は今日、家にいるというのに珍しく読書をせず、代わりとでもいうかのように自室となる場所の片付けをしていた。

ただ、これは彼女が進んでしようと思った事じゃない。恭也に散らかし過ぎだと説教され、しぶしぶしているだけだ。

 

「はぁ……」

 

そもそも彼女の寝起きする部屋が彼女だけのものなら、片付けをするときももう少し先になったかもしれない。

しかしながら残念な事に現在の部屋は彼女が寝起きする場所と決まるよりも以前から、なのはの部屋と定められている部屋。

つまり、彼女の部屋であってそうではないという事。だから、普通なら少しは遠慮というものを知るべきというのが常識。

けれどリースはその部屋に住む事になった当初からまるで遠慮が無く、それどころか占領しそうな勢いさえ見せている。

さすがに完全に占領されるとなのはとしてもかなり困るため、一緒の部屋で寝起きする上での約束事をいくつか設けた。

その約束事の一つに『部屋を私物で散らかさない、整理整頓はしっかりする事!』というのがあるのだが、守っているかは言わなくても分かるだろう。

 

「……溜息なんかつく暇があるなら、その分手を動かそうよ。じゃないといつまで経っても終わらないよ?」

 

「うぅ……なのはの言葉がいつになく厳しい」

 

「厳しくもなるよ……リースちゃんがお片付けをしないせいでなのはまで怒られて、その上にお片付けの手伝いまでさせられてるんだから」

 

ちなみに現在リースの片付けを手伝っているなのはだが、本当なら休日となる今日はフェイト、シェリス、はやて、アリサ、すずかの五人と出掛ける予定だったのだ。

特に前三人はまず部署が違うために休日が合わない事が多く、今日みたいな全員が全く用事の無い日など稀。それ故、彼女としてはかなり楽しみだった。

けれどリースのせいで恭也に怒られたばかりか、リースの判断で半ば強制的に手伝わされる羽目となり、その楽しみはキャンセルせざるを得なくなった。

楽しみにしていた皆でのお出掛けをキャンセルする。それは五人への申し訳なさを抱かせると共に怒りのような感情が出ても不思議じゃない。

もっとも、予定をキャンセルさせられた怒りのせいで言葉が厳しくなろうとも、ちゃんと手伝っている辺りはやはり優しいという事なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第二十三話 なのはとリースのお片付け大騒動

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なのは&リースの部屋に散らかっている物の大半は多種多様の書籍。そして時折落ちている中身の無いお菓子の包み。

足の踏み場もないくらいというわけではないが、その散らかり様は酷いの一言に尽きるのだが、ここで一つだけ疑問が上がる。

それはリースのだけでなく、なのはの部屋でもあるというのになぜ、これほどの散らかり様になるまで彼女が放置したのかだ。

しかしながら、これも理由は非常に単純。基本的に相手の言う事を信じてしまう彼女の性格が災いしてしまっただけの話だ。

注意するたびに今度片付ける、今度片付けると口にするリースを信じてしまったための災難。信じやすい性格もある意味、考え物である。

ともあれ、そんなこんなで今の状況になってしまったわけだが、片付け作業に入った現在に於いても、問題は多く発生してしまっていた。

 

「はぁ……疲れた。そろそろ休憩しようよ、なのは」

 

「……さっきの休憩からまだ三十分しか経ってないよ?」

 

「疲れが溜まると作業効率も落ちるから、休憩は三十分に一回くらいの頻度がちょうどいいんだよ」

 

「ちょうど良くないよ……大体、それで今日中に終わらなかったらまたお兄ちゃんに怒られるんだよ? いいの?」

 

「う……」

 

その問題の一つというのが、リースの面倒臭がりな面が働いてしまうせいで作業が捗らない事。

疲れたと言ってすぐ休憩しようとするわ、作業を始めたら始めたで注意してもダラダラノロノロとした動きばかり。

折角予定をキャンセルして手伝っているというのに、これでは手伝い甲斐もない上に何時終わるのかさえも分からない。

そんな状況を打開する一言というのが、先ほどなのはが告げた言葉。今日中に終わらなかったら、また恭也に怒られるという一言。

リースは理論家な面があるためか口八丁。そのためか誰が相手でも大概は言葉巧みに逃れるのだが、唯一の例外となるのが彼とその母である桃子だ。

恭也の場合はリースが論点をズラして逃げようとしても引っ掛からず、桃子の場合は怒るというより諭すような感じだから逃げる気そのものを削いでくる。

とまあ結局のところ、どちらにしても遠慮したい事であるのには変わりなく、なのはの言葉にそれ以上の反論をする事が出来なかった。

結果、まだブツブツと文句を言ってはいたが、もう駄々を捏ねるという事も無く作業の方へと戻っていった。

 

「もう…………って、あれ?」

 

リースが作業へ戻ったのを溜息をつきながら見届けつつ、なのはも近場の書籍を数冊取って棚に収納しようとする。

だが、その際に一つの違和感が発生した。その違和感は本棚のなのはが書籍を収納しようとした場所から。

ただ違和感の正体が掴めずに首を傾げてしまう。普通に見れば、抜けた個所も無く可笑しい部分など一切ないのだから。

でも、気のせいだと片付けてしまうにはあまりにも抱いた違和感は強い。そのため、本を持った手を下して棚を眺めながらしばし考え込む。

 

 

 

「……あ……あーーーー!!」

 

――そして考え込む事、およそ一分。違和感の正体はようやく分かり、途端に悲鳴にも近い声量で声を上げた。

 

 

 

その声が上がると同時にドサドサと本が落ちる音が響き、リースもビクッと身体を震わせながら作業を中断してそちらを向いた。

するとその視線の先――本棚の前には一冊の本を手に持ち、凝視しながらプルプルと肩を震わせているなのはの姿があった。

背中越しに見ても何かショックを受けている様に見え、一体何なんだとリースはトコトコと歩み寄り、後ろから彼女の持つ本を覗き見た。

 

「っ……」

 

その瞬間、時間が止まったかのような錯覚に陥ってしまう。そしてその錯覚が解けたかと思えば、冷や汗がダラダラと流れ出す。

そうなる原因は後ろから覗き見た際に目に映った、なのはの持つ書籍。何かしらの液体が掛けられたかのような、黒い大きな染みのある本。

何を隠そう、それは少し前の留守番の時に注意されたにも関わらず、ご飯を食べながら本を読んでいたとき、またも飲み物をぶちまけてしまった本。

それよりも前にやってしまったときは恭也にバレて怒られたが、二度目はバレなかった。だから、バレないように乾かして元の場所へと戻したのだ。

幸いにして背表紙には目立った染みは無く、一度読んだ物をそう何度も読まないだろうと高を括っていたのだが今日、ものの見事にバレた。

 

(やっば……)

 

あのときはその日に謝罪もしたし弁償もしたから、なのはも怒らなかった。でも、今回は謝罪も弁償も一切してはいない。

それどころか、打ち明ける事も無く隠そうとなどした。しかも自分のせいで今日のなのはは機嫌が悪い……正直、最悪の状況だと言ってもいいだろう。

そんな状況に直面した場合、取るべき手段は一つ。気付かれないようにこの場から逃げ去り、ほとぼりが冷めるまで身を隠す。

根本的には全く解決するわけではないが、怒られたくはないし言葉で逃げられる状況でも無い。だからこそ、リースはそれを即実行しようと背を向け、ソロリと歩き出した。

 

「……リースちゃん」

 

「――っ!?」

 

数歩ほど歩き出した段階で掛けられた、怖気が走るほど低い声。それに恐る恐る振り返ってみれば、未だ肩を震わせている彼女の姿。

心なしか、黒い気のようなものが立ち上っているようにも見える。その様子からして予想通り、事実を知った彼女の怒りは半端じゃない。

けれど振り返った状態のまま、まるで蛇に睨まれた蛙の如くリースは動けずにゴクンッと生唾を飲み込み、流れる冷や汗も加速してしまう。

そんな彼女へとなのはは肩の震えを収めたかと思えば、ゆっくりと……ゆらりと擬音が付きそうなほど妖しい動きで振り向き、小さく口を開いて静かに告げた。

 

「ちょっと……お話、聞かせてもらえるかな?」

 

そう言って一歩、また一歩と近づいてくるのに対してようやく金縛りが解けたリースは弾かれたように脱兎の如く逃げ出した。

そしてリースが逃げ出したのとほぼ同時になのはも歩みを駆け足へと変え、逃げ去った彼女を追い掛け始めるのだった。

 

 

 

 

 

およそ十五分にも渡る家内追い掛けっこの結果、最終的に魔法使用まで為されて捕縛されたリースは説教を受けた。

年上であるはずなのに年下の子に説教される。それは正直なところ屈辱以外の何物でもないが、はっきり言って自業自得である。

加えて一時間にも及ぶ説教を正座で聞かされただけでなく、後日駄目にしてしまった本を弁償してもらうという約束までさせられた。

もちろん自分の本を買うお金が減るという理由から反発はしたが、弁償しなかったら恭也にもこの事を報告すると脅しを掛けてきた。

普段はこんな事を言う子ではないのだが、それほど予定をキャンセルさせられた事や本の事で相当頭に血が上っているのだろう。

ともあれ、説教&約束の取り付けが為された事で少しばかりなのはの怒りも収まり、時間を無駄にしてしまった分だけ急いで片付けを。

というわけにもいかず、時間的にもうすぐ午後の一時になる頃であったがため、片付けは一旦中断して少し遅い昼食を取る事にした。

 

「んぐ……大体さぁ、恭也にしてもなのはにしてもちょっと厳し過ぎるんだよ。たかがあの程度の散らかり様なんて普通な方じゃない」

 

「……じゃあ、リースちゃんにとっての汚い部屋ってどんなものなのかな?」

 

「ん〜……足の踏み場もないほどゴミの詰まった袋が乱雑してる上に異臭とか腐臭が漂ってて、尚且つ黒光りの某Gが至るところに生息してる部屋、かなぁ」

 

「…………」

 

口にされた部屋を想像したためか、それとも某Gが大量発生している所を想像したためか。

どちらかは分からないが、それを聞いた瞬間のなのはは顔色が一気に悪くなり、右手で口元を押さえたりなどしていた。

反対にリースは今の話でそうなる理由が全く分かってない様子で食事を続けている。正直、女としていろいろと終わっているような感じさえする。

ただ、なのははそこを気にする余裕も無く、お茶の入ったコップを手にとって一気に飲み干す。そして一息つき、ようやく気を持ち直すのに成功した。

 

「そ、そんなのはもう、部屋とは言えないんじゃないかなってなのはは思います……」

 

「ま、確かにそうかもね。某Gこそいなくてもアイツ――お父さんの部屋は基本的にそんなだったけど、アレは部屋と言うより大きなゴミ箱って感じだったし」

 

「そうなんだ……だとしたら、清潔感に関するリースちゃんの感性って遺伝って事になるのかな?」

 

「かもねぇ〜」

 

親が作り上げるゴミ箱のような部屋を小さい頃から見ながら大きくなったから、多少散らかったり汚れたりしても問題視しない。

この感性を遺伝というのなら、確かにそうなのだろう。もっとも、彼女の性格というものもあるから絶対的にそれだけというわけではないのだろうが。

ともかく、どちらにしても根底に根付いた感性を正すのはかなり困難。本人に正す気が無い事をプラスすれば、実質不可能だと言える。

しかし、これから先を過ごしていく上でこんな調子では駄目なのも事実。となれば、何とかして不可能を可能へと変え、ある程度の清潔感を身に付けさせるしかない。

恭也もきっと同じ考えを持ってどうにかしようとするだろうが、自分とて同じ部屋で寝泊まりする間柄なのだから、この問題は彼だけの問題ではない。

だからこそ、視線は彼女から逸らすが頭の中ではどうやって清潔感を身に付けさせるかを考えつつ、止めていた食事の手を再び動かし始める。

 

 

 

――だがその直後、玄関先から来客を告げる呼び鈴が耳へと聞こえてきた。

 

 

 

気を持ち直してようやく食事へと戻った矢先だったため、タイミング悪いなぁとか内心で思ったりする。

とはいえ、居留守を使うわけにもいかず、再び箸を置いて席を立ち、若干駆け足気味で玄関へと向かっていった。

そして玄関へと辿り着くと扉の前へと歩み寄り、昼時のこんな時間に一体誰だとか思いながら扉を開いてみれば――――

 

 

 

――そこには今日、本来なら一緒にお出掛けしていたはずの人たちの姿があった。

 

 

 

なのはが出てきた途端に声を掛けてくる面々。だが、反対に出迎えた側のなのはは返事を返せずにいた。

お出掛けの件に関しては自分はリースの手伝いで部屋の片付けをしないといけないから行けなくなったと電話で確かに伝えた。

ちょっと渋っていたけれど、伝言を受けた相手であるアリサも皆に伝えておくと確かに言っていたはずだった。

だというのになぜか、目の前にはお出掛けのメンバーが勢揃い。はやての姿だけは見えないが、それ以外の全員がその場にいた。

故に驚き以前に意味が分からず、扉に手を掛けたまま呆然としてしまう。けれどフェイトが声を掛けてきた事で何とか我に返り、だけど未だ混乱した様子で口を開いた。

 

「え、えっと……何で皆、ここにいるのかな? 確か私、お出掛けは行けなくなったってアリサちゃんに伝えておいたはずなんだけど……」

 

「うん、確かにそれはアリサから聞いたよ。でも、やっぱりなのはだけ抜かしてお出掛けを楽しむのも悪い気がして……」

 

「だ・か・ら、皆で相談した結果、お出掛けはまた今度休みが合った日にするって事にして、今日は皆でなのはの言ってた家の片付けってのを手伝おうって事になったわけよ」

 

それは眩しいくらいの友愛だとしか言えない一言。だからか、なのはとしてはちょっとばかり感動していたりする。

けれど反面、折角の皆の休日を自分の都合で潰すというのもかなり気が引け、そんなに気を使わなくていいよと言ってみる。

だが、それで諦めるような玉ならそもそもこんな言葉は口にしない。何より、そっちこそ気にしないで頼ればいいと押し切ってくる始末。

特にアリサなどは強引と言っても良いくらい押しが強い。それ故か、なのはも諦めて皆が主張してくる事を受け入れる事にした。

とはいえ、今はまだ昼食の途中。そのため、とりあえずはソレが終わるまで待ってくれるように話をした後、皆を家の中へ招き入れた。

その途中で聞いた話に寄れば、どうやらはやても本当なら一緒に来る予定にはなっていたらしいのだが、家の事情で来れなくなったとの事。

というかぶっちゃけ今回もアスコナ関係の問題らしく、はやてだけでなく八神家の面子は全員外出出来ずな状況になってしまっているらしいのだ。

電話で直接コレを聞いたアリサもさすがに気の毒過ぎて渋る事も出来ず、結果としてはやてを除いた面子で高町家へ赴き、現在に至る。

そんななのはとしても苦笑いしか出来ないような事を聞きつつ、皆が待機する場所として自身が現在食事をしている場所でもある居間へと通した……のだが。

 

「……あれ?」

 

「? どうかしたの、なのは?」

 

「あ、うん。さっきまでここでリースちゃんとご飯を食べてたんだけど、居なくなってるから……」

 

「……片付けが嫌で逃げたんじゃないの?」

 

「それは……たぶん無いと思う。そんな事したらお兄ちゃんに凄く怒られちゃうし」

 

食事の乗っていた皿がちゃんと空になっている事から、可能性としては自主的に片付けの方へ戻ったというのも考えられる。

しかしながら、ぶっちゃけリースはそこまで殊勝な子じゃない。故に可能性としてはあるが、かなり確率の低い可能性と言わざるを得ない。

だとすれば一体どこへ行ったというのだろうか……と考えつつ自身の食事がある場所へ戻った途端――――

 

 

 

「――あーーーー!!」

 

――なのはは本日二度目ともなる悲鳴のような声を上げた。

 

 

 

何事だと皆が駆け寄ってきてみれば、悲鳴を上げた彼女の視線の先にあったのは空になった皿と茶碗。

これの一体どこに大声を上げるような事があるというのかと最初こそ皆は思ったが、すぐにその理由が分かる事となる。

彼女はそもそも、自分はまだ昼食の途中だから待ってくれと言ってきたのだ。それはつまり、料理がまだ皿に残っていたというわけで。

だから残っていた料理が影も形も無くなっているという今の状態は明らかに可笑しく、考えられる原因としては誰かに食べられたという事しか浮かばない。

そして最終的な結論として誰が食べたのかと言えば、十中八九この場から居なくなっている人物というのが一番濃厚な線であった。

 

「リ、リースちゃ〜〜〜〜ん!!」

 

彼女としても同じ結論に達したのか、皆からすれば珍しいと言えるくらいの怒り具合でリースを探しに居間から出ていってしまう。

そして残された一同はと言えば、とりあえずなのはが落ち着くまで待とうかという事で満場一致し、各々ソファーやら炬燵の前やらに座る。

ただその途端に約一名――シェリスのみは何処にも座る事無く、周りをキョロキョロと見渡したかと思えば突然、ソファーの後ろへ向かっていく。

 

「……シェリス?」

 

一体どうしたのかと思ったフェイトが声を掛けてみるが、何時もなら元気な返事を返してくるのにも関わらず返事は返ってこない。

それどころかソファーの後ろでしゃがんでから後、立ち上がる気配が無い。故に不審に思ったフェイトは立ち上がり、同じくソファーの後ろへと回ってみた。

するとそこでなぜか身体を丸めているシェリスを発見すると同時に、もう一つばかり丸まっている物体を彼女は発見するに至った。

 

「……何してるの、リース?」

 

「見ればわかるでしょ……隠れてんのよ。ていうか、飢えた鬼に見つかるから話しかけないでよね」

 

「えっと……」

 

もう何て言っていいのか分からず、呆然としてしまうフェイト。その様子に残る二人も気になって覗いてくる。

けれどその二人の反応もまたフェイトと似たようなもの。アリサに至っては馬鹿じゃないのかと言わんばかりの顔を浮かべていた。

しかしながら現在丸くなっているリースにはそんなモノが見えるわけもなく、ただ見つかるまいとジッとしているだけだった。

 

 

 

「――リースちゃ〜ん♪」

 

――そんな怖いぐらい明るい声がすぐ近くから聞こえてくるまでは。

 

 

 

リースはおろか、シェリスを除いた全員がビクッと驚いてしまう。それほどまでに突然の出現……接近などまるで感知出来なかった。

加えて怒りを通り越して顔に浮かんでいるのは怖いくらいの笑顔。正直、声を掛ける事すら全力で拒みたいくらいの怖い笑顔であった。

恐る恐るといった様子で振り向き、その笑顔を目の当たりにしたリースはと言えば、誰よりも怯えた様子で腰を抜かしたかのように後ずさっていく。

対するなのははと言えば、笑顔のままゆっくりゆっくりと近づき、そして遂に彼女の至近まで近づくとその襟首を掴み、ズルズルとどこかへ引き摺っていく。

 

「ちょ――は、話せばわかる! 話せばわかるーー!!」

 

そんな悲鳴を残し、とうとうなのはとリースの姿は見えなくなった。それに今度は一様に唖然としてしまう一同。

けれどいなくなった直後に聞こえてきたリースの言葉にならない悲鳴により、再びビクッと震え上がった皆は心を一つにして思う。

絶対になのはを怒らせてはいけないと……多少お怒りに触れるような事があっても、本気と書いてマジでの怒りを抱かせてはいけないと。

そんな中、ただ一人だけ……シェリスだけはなぜか、未だに丸くなったまま。しかも、よくよく聞いてみれば小さな寝息が聞こえてくる。

こんな騒ぎがあったというのにそんな不可思議な状態で寝入る辺り、もしかしたら彼女は大物なのかもしれないと皆は溜息と共に思うのだった。

 

 

 

 

 

そんなこんなで昼食を終えたのと境にフェイトたち四人を巻き込み、苦戦中のお片付けは再開される事になった。

ちなみに一名――リースのみは何をされたのかは知らないが現在グッタリしているため、部屋の隅で戦力外通告中。

加えて元々片付けをする気など皆無なシェリスもまた戦力外通告であるため、現在はリースの上に乗ってたれパ○ダ状態で再びお昼寝。

そんなわけでとりあえずはその二人を除いた四人での片付け作業なのだが、人数が増えたというのに作業は難航の一途を辿っていた。

 

「えっと……ねえ、なのは。この本はどこに仕舞えばいいの?」

 

「あ、ソレはそこにお願い。それとついでにこの本も一緒にお願い出来る?」

 

「うん、分かった」

 

「なのは〜。この紐で縛ってある本の束なんだけど、いらないなら私が貰ってもいいかな〜?」

 

「え? んっと、もう捨てるものみたいだから良いとは思うけど、一応念のためにリースちゃんに聞いてみてくれるかな」

 

「ん、りょうか〜い」

 

何をどうしたらそこまでボロボロになるのかは知らないが、ボロボロになってしまった故に捨てるという決断を下された本の束。

しかしながらまだ全然読めると判断したアリサはコレを貰ってもいいかと訊ねれば、なのはの返答はリースに聞けというもの。

それ故に紐で縛られた本の束を持ち、部屋の隅で姉妹共々たれパ○ダ状態の二人へと近づき、しゃがみ込んでアリサは訊ねてみた。

 

「って訳なんだけど、どうせ捨てるんなら私が貰ってもいいわよね?」

 

「…………」

 

「返事が無い、ただの屍のようね……ま、いっか。捨てるって事は不要になったって事なんだから、貰っちゃっても別に悪くはないわよね」

 

返答が返ってこない故に独自で貰ってもいいと判断し、持ち返り様として入口付近へと置くとアリサは再び作業へと戻る。

そうして作業を続ける事、早一時間。二人でしていたときよりも格段に作業は進み、最初とは見違えるほどに部屋は綺麗になってきた。

このペースでいけば後一時間くらいで完全に片付く……そんな目処が経ち、一層やる気を出して片付けに励む一同。

しかし、ようやく片付け終了の目処が経ってやる気が更に増したそんなとき、今まで眠っていた故に大人しかった人物が一名、目を覚ましてしまった。

 

「うにゅ…………にゃ?」

 

その人物というのは言わずもがな、リースの上で寝そべっていたシェリス。普段は昼寝に入るとこの時間には起きないのになぜか起きてしまった。

ただこの時点では皆も彼女が起きたという事には気付いたが、別に問題視はしなかった。むしろ、片付けが忙しくてそんな余裕がなかったのだ。

だから目覚めた彼女に構う事も無く片付けに没頭していたのだが、彼女が突如取り始めた行動によって皆は片付けを中断せざるを得なくなった。

 

「にゃーー♪」

 

「え――ちょ、シェリス!?」

 

何を思ったのか目覚めた彼女はいきなり駆け出して本棚に近付き、止める手を見事に掻い潜って本棚を登り出す。

差して高さがあるわけでもない本棚だが、それでも落ちたら危ない。それ故、上まで上り詰めた彼女へ降りてくるよう説得を試みた。

けれどなぜか彼女は頑なに降りようとせず、それどころか足だけを宙にだけ出してブラブラとさせるという、より危険な行動に出始めた。

前々から奇怪な行動が目立つ子ではあるが、これは正直洒落にならない。しかし、説得しても降りてくる気配は一切無い。

故に皆も作業を再開する事が出来ず、どうするかと困り果ててしまうのだが、そんな中で更に事態は悪い方向へと進展する羽目となった。

 

「にゃ? にゃにゃにゃ!?」

 

宙に投げ出した足をブラブラさせていたという行為のせいか、本棚のバランスが一気に崩れ始める。

それに当の本人が驚いて更に動くものだから、完全にバランスが崩れた本棚はそのまま前へと倒れ始めてしまった。

本棚の前にいた皆は慌ててそこから立ち退いたため、とりあえず大きな音を立てて倒れた本棚の下敷きにならずには済んだ。

ちなみにそんな惨状を招いた本人はといえば倒れる寸前に上手くジャンプしたのか、同じく怪我の一つもなく地面に降り立っていた。

そこには皆も安心したようにホッとする。けれど、その反面で折角片付けた部屋がまた酷い事になったという事態に頭が痛くなる。

 

「……片付け、しよっか」

 

「「「……うん」」」

 

最早現実逃避したい気分ではあったが当然ながらそういうわけにもいかず、溜息と共に皆は片付けへと戻っていく。

ただ折角ついた目処がシェリスという悪戯猫によって滅茶苦茶にされ、折角湧いてきていたやる気はガタ落ち状態になっていた。

対してソレを招いた本人はと言えば、こんな事態を引き起こした罪悪感などまるで無い様子で再びリースの上へと逆戻り。

さすがのコレにはガタ落ちしたやる気の分だけ苛立ちが浮かんでしまう。フェイトや比較的温厚なすずかでさえも、溜息しか出ない。

けれど今は当の本人を窘めるよりも、目処がまた付かなくなった片付けを続けるほうが先決であるため、とりあえずは何も言う事無く黙々と作業を続けるのだった。

 

 

 

 

 

三時間……それがシェリスの起こした大惨事の後から片付けをして、ようやくの終わりを迎えるまでに掛かった時間だ。

最初に目処が経ったときの時間が大体二時過ぎ。それから三時間も経過したという事で今では日が沈みつつある夕刻。

シェリスのお陰で終了の時間がそうなってしまったため、本当に片付けをするのみで帰宅時間を迎えてしまったためか、アリサとすずかは先に帰宅。

同じくフェイトもお邪魔しようかと思ったのだが、こちらはようやく復活したリースからシェリスが離れたがらず、未だ滞在中。

それから更に一時間という時間が経った現在、いつもより遅く大学から帰宅してきた恭也により、本当に片付いているかのチェックが行われた。

 

「……ふむ……」

 

「「「…………」」」

 

彼が部屋を見て回る中、入口付近にてかなり緊張した様子で立つのは片付けを行った三人。

残る一人であるシェリスはと言えば、いつもいつも不思議に思うのだが、何故か恭也の肩までよじ登って肩車の体勢。

ただコレはもう恭也がいるときだと恒例になりつつあるため、不思議に思っても誰も口に出したりする事はなかった。

そうしてシェリスを肩車したまま部屋を見て回る事、数分。入口にいる三人の元まで戻ってくるや否や、小さな微笑と共に彼はチェックの結果を告げた。

 

「文句なしの合格だ。さすがにアレだけの散らかり様だと今日一日では難しいかとも思ったんだが……」

 

「えっと……それはなのはも思ってたんだけど、途中からフェイトちゃんとアリサちゃん、それにすずかちゃんが手伝ってくれて……」

 

おずおずとなのはがそう言えば、恭也は納得したように頷いた後、二人の作業を手伝わせてしまったフェイトへ感謝と謝罪の言葉を口にする。

それにフェイトは照れからか頬を若干赤く染めつつ、全く気にしてないというかの如く首をブンブンとそれなりの勢いで横に振る。

そんな彼女の様子に恭也が少しばかり苦笑を浮かべつつ、落ち着かせようと軽く叩くような感じでポンポンと彼女の頭を撫でてみる。

けれどそれで落ち着くどころか、途端に頬の赤みが急増して最早茹でダコのような顔色となり、恥ずかしげな様子で俯いてしまった。

落ち着かせようと思ってした事が招いたこの様子に恭也は若干疑問に思うも、深くは考える事もなく彼女の頭から手を退ける。

ついでに顔も逸らしてしまったため、途端に浮かんだ少し残念そうな顔に気付く事も無く口を開こうとするが、その前に頭上からクイクイッと髪の毛を引っ張られる。

 

「――ん? どうかしたのか、シェリス?」

 

「にゃ、シェリスはお腹が空いたの。だから何か食べる物が欲しいの」

 

「ふむ……食べ物、か。とりあえず菓子くらいなら出せるが……」

 

「ていうかさ、シェリス。もう少ししたら夕飯の時間なんだから、それまで我慢できない?」

 

「我慢できないの!」

 

簡単に予想出来た答えだが、ここまで自信満々に言われると一番シェリスについて知るリースとしても、呆れしか浮かばなかった。

そしてその返答を聞いた恭也も呆れこそしないが、苦笑を浮かべつつ一応食べさせていいかと確認するようにフェイトへ再び視線を向ける。

すると彼女はまだ若干頬に赤みを残しつつも首を縦に振る。それはつまり、シェリスの望むようにしてあげて欲しいという意味。

その暗黙の返事に恭也は食べさせるという方面で結論付け、なら居間へ行くかと口にした後、シェリスを肩車したまま部屋を出る。

これにはしゃぎ出すシェリスの声に残る三人も少しばかりの苦笑を浮かべつつ、彼らへ続くように部屋を出て居間へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

それから一時間の後、そろそろ帰って夕飯の支度をしないといけないという理由からフェイトとシェリスは帰宅しようとした。

けれど運が良いのか悪いのか、ちょうど帰宅してきた桃子によって夕飯ならココで食べていけばいいと半ば強引に引き止められる。

しかもリースともう少し一緒にいられるという事が付け加えられるせいか、この強引な誘いにシェリスが諸手を上げて大賛成。

結果、断るに断り切れず、逆にアルフを呼び寄せるという形を取り、高町家の住人全員が帰宅して一時間後、皆で食卓を囲んで夕飯。

その際、いつもならそこまで会話をするわけでもないなのはとリースが半ば喧嘩に近い様子でオカズの取り合いをするという珍しい光景が見られたり。

リースはともかく、喧嘩などは率先して仲裁に入る側のなのはがこんな様子だったため、恭也を含む高町家の面々+アルフは不思議そうに首を傾げるしかない。

反対に当事者であるフェイトも(シェリスはご飯に夢中で我関せず)大体の事情を知ってはいるが、止めたりする事はなく僅か苦笑を浮かべるだけであった。

 

 


あとがき

 

 

リースはジェドの性格を受け継いでるから、基本は片付けとかしないタイプなんだね。

【咲】 いや、それにしたって半日以上も掛かるほど荒らすっていうのもどうなのよ。

いやまあ、そこの辺は親子共々、清潔感に関する部分が可笑しいって事なんだろうさ。

同じ部屋で寝起きしてるなのはも、リースの言動を全部信じてしまったが故に巻き込まれた辺り、とんだトバッチリだよな。

【咲】 確かにねぇ……まあでも、昼辺りから助っ人が来たから何とかなったみたいだけどね。

若干一名、状況を最悪の方向へ導いた子がいたけどな。

【咲】 あの子に関してはまあ……もうあんな性格だからという事で割り切るしかないわよね。

まあねぇ。

【咲】 にしても、今回の事でなのはとリースの距離感が縮まったような感じがするわよね。

今まではお世辞にも仲良しとは言い難い感じだったからな。

【咲】 なのははともかくとしても、リースは積極的に仲良くしようと思う子じゃないものね。

それもあるだろうが、反対になのはもリースには軽い嫉妬をしてるからね。そのせいで今以上に仲良くなろうとする気持ちがなかったんだよ。

【咲】 そんなのでも今まで同じ部屋、同じベッドで寝起きしてたって事が不思議でならないわよね。

それはまあ、部屋もベッドも一つしかなかったからな。仲が異常に悪いわけでもなかったけど、その辺は仕方なくって感じだったんだろうさ。

【咲】 ふ〜ん……まあ、何にしても今回の一件で距離が縮まったのは確かよね。

まあな。

【咲】 ちなみにだけどさ……これって後々のストーリーに何か影響を齎したりするのかしら?

さあ、それはどうだろうね。

【咲】 ……要するに今は秘密って言いたいわけね。

そういう事。まあ、全く意味が無いというわけじゃないから、後々の展開を楽しみにしててくれ。

【咲】 はいはい……で、次回はどんなお話になるわけ?

ふむ……次回はだな、視点が代わって『蒼き夜』の側でのお話だ。

ここで話される事はカルラに関しての真実。そして『蒼夜の守護騎士』たちが知らぬ、驚愕の事実。

その二つが『マザー』の口から語られるというお話だ。ちなみにだが、カルラのあの後の様子も見られるな。

【咲】 カルラに関しての真実って……要するに代償を齎すあの力に関しての事かしら?

まあね。ちなみにだが、その部分には『蒼夜の守護騎士』たちが知らない事実が大きく関係してる。

そして何より、何でそんな重要な部分を彼女たちが知らないのかという点に関してもね。

【咲】 そう言われると次回って結構、物語を展開する上で重要なお話って事になるわよね。

そういう事だね。ま、詳しい事はまた次回にて……では、今回はこの辺で!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




いや、もう今回はなのはは災難としか言い様がないかな。
美姫 「完全に巻き込まれた感じよね」
まあ、同じ部屋という事もあるからこそ、ある意味仕方ないかもしれないがな。
美姫 「昼食は取られるは、休日の予定はキャンセルだわ」
まあ、それでもリースとは仲良くなった感じはするかも。
美姫 「次回はいよいよ謎の幾つかが判明するのね」
いやー、とっても気になります。
美姫 「次回も待っていますね〜」
ではでは。



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