幾年の時を重ねても、過去に抱いた想いを忘れる事など出来るものではない。

それが深ければ深いほど……だが、忘れられないからといって思い起こす事もしてはならない。

思い起こせば、きっと堪えられなくなってしまう。避けられぬ現実を前にして、気が狂いそうになってしまう。

それほどまでにあの頃は幸せで満ちていた。何もかもを失った過去の事を覆い隠し、沈みかけていた心を癒してくれた。

だからこそ、決して忘れる事は出来ない。だからこそ、決して思い起こす事もしたくない……。

 

 

 

――なのに時が経てば経つほど……全てが鮮明に蘇る。

 

 

 

初めて対面したときから、『あの時』を迎えた日までの事が……辛い事も楽しい事も、全てはっきりと蘇ってくる。

いくら思い出さないようにしても、意味が無い。全ての記憶がまるで洪水にように溢れ、色鮮やかな光景として再生される。

それはその頃の温かさを感じる反面、現実を再確認させられている様で辛い。だから、軋む心が止めてくれと叫び続ける。

けれど再生された光景はエンドレスの如く、何度も映し出される。現実から目を逸らす事など許さないとでも言うかのように。

 

 

 

――私自身が犯してしまった罪を、再確認させるかのように。

 

 

 

もう忘れたい、思い出したくない。でも、再生される光景の中、皆の中心に立つ『彼』の姿が罪の意識を呼び戻す。

誰よりも生真面目だった『彼』、誰よりも融通が利かなかった『彼』。誰よりも仲間を想っていた『彼』、誰よりも……優しかった『彼』。

皆から慕われ、私自身もずいぶんと助けられていた。あの中でもっとも、過去の傷を癒してくれていた存在だったと言ってもいい。

でも、『彼』はもういない。例え誰が祈ったとしても、願ったとしても……戻ってくる事は二度とないだろう。

 

 

 

――私が、殺してしまったのだから。

 

 

 

もちろん、理由はあった。でも、それは所詮言い訳に過ぎない。自分の罪を正当化するための方便に過ぎない。

結果として私は『彼』を殺してしまったのだ。そして彼が存在していたという事実すら、私は消し去ってしまったのだ。

それこそが決して忘れてはいけない過去の罪。いつまで保つか分からない私の命が尽きるまで背負い続けるべき業。

そしてこの業を背負ってしまったからこそ、私は皆と以前のように……幸せだと感じていたあの頃のように接する事が出来なくなった。

私自身の印象が悪いモノになったとしても、決して昔のようには戻れない。どれほど皆の事を愛していたとしても、大切だと思う事はしたくない。

 

 

 

 

 

――思えばきっと、失った時の辛さに耐えられなくなってしまうから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第二十四話 虚無に纏わる真実、失われた蒼夜の騎士

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分たちは間違えてなどいなかったはずだ。一人の仲間を助けようした事も、昔のように戻ろうと努力した事も。

何もかもが間違ってなかったなどと言うつもりはない。けれどその想いだけは決して間違いではないと断言できていた。

けれど今、カルラがあんな事になってしまった今、彼女――アドルファには本当に間違いではなかったかどうかが分からなくなった。

カルラを救いたいという想いも、幸福を感じる事が出来ていた昔を取り戻そうとする想いも……何もかもが、正しくも誤りとも思えてしまう。

けど、そんな考えを表に出す事はない。特にカルラの前では決して出さない……目は見えなくなっても、そういう部分は鋭いから。

 

《それでね、アル。リースってば、止める私を差し置いてパスワードを適当に入れて、挙句には警報ブザーを鳴らしちゃったんだよ? あのときはさすがに私も、冷や汗が出るほど焦っちゃった……》

 

「あはは……良くも悪くも、シェリスちゃんの姉って事っスね。でも、そんな強引で奇怪な事をする子でも、嫌いではないんスよね?」

 

《う、うん……恭也さんもそうだけど、私の事を知った上で自然な態度を取ってくれたのって皆以外だとあの人たちが初めてだったから。だから、絶対に嫌いになんてなれないよ》

 

初めて視力を失ったと彼女自身が自覚したとき、彼女の取り乱し様はアドルファでも手が付けられなかったほど。

誰だろうと関係なく拒絶を示して、自分の空に閉じ籠ってしまう。それが数ヶ月前のカルラの様子だったと言っていいだろう。

でも、それから一日も欠かさずここを訪れて、拒絶されても無視されても何度も話し掛けた事が功を奏し、今では精神が回復しつつある。

まだ部屋から出るほどの勇気がないため、引き篭もりの状況が続いてはいるが、アドルファとしてはカルラが以前のように笑ってくれるだけで満足だった。

 

《でも……あの人たちも、これからは私たちの敵になっちゃうんだね。出来ればもう、戦いたくないけど……》

 

「ん〜……それはウチとて同じっスけど、そうなれば仕方のない事だと割り切るしかないっス。でもまあ希望はまだあるっスから、そう考えるのは早計な事なんスけどね」

 

《希望? けど恭也さんもリースも、私たちの仲間にはならないって……》

 

「それはお二人共、ウチらの事を深く知ってないからっスよ。ちゃんと事情を話せば、優しいあの人たちならこちら側に付いてくれるっスよ、きっと」

 

決して確実とは言えない事でも、今のカルラには不安を抱かせたくないからこそ、アドルファは笑みと共にそう告げた。

するとカルラもまた小さな笑みを浮かべて返す。そこからは彼女の言う事を信じるという暗黙の想いが伝わってきた。

故にかアドルファは笑みを僅かに深めつつ、ベッドの上で上半身だけ起こした状態の彼女の頭へゆっくりと手を伸ばした。

 

 

 

――けれど伸ばした手がカルラの頭に触れた瞬間、彼女はビクッと震えると同時にその手を振り払った。

 

 

 

振り払った途端、ハッと我に返った彼女はすぐに謝罪をしてくる。アドルファも少し呆然としてはいたが、謝罪に対して気にしてないと笑う。

実際、驚きこそしたが本当に彼女は気になどしていなかった。なぜなら、あの一瞬だけ忘れていたものの、こうなる事は分かっていたのだ。

視力を失った最初の頃から、カルラは以前よりも臆病になっていた。多少の音でもすぐに怯え、触れてくるモノは全て振り払うといったように。

今でこそ、親身に話し掛け続けた事が幸いして仲間たちにだけは以前のように話してくれる。でも、それ以外にまだ何も変わってはいない。

多少でも音を立てれば怯えるし、仲間であろうとも触れてくれば振り払う。それはもうほぼ無意識の行動であるため、彼女自身にもどうしようもない。

だからこそ、アドルファに限らず他の誰にしてもカルラのこの行動に怒ったりはしない。でも、それでも彼女はその性格故に気にしてしまう。

今も、気にしてないと言ったにも関わらず、沈み込んだ様子。だからか、そんな空気を変えようとアドルファは出来るだけ明るく、別の話題を口にしようとした。

 

 

 

――だが、まるで彼女が口を開く事を遮るかのように部屋の扉が開く音が響いた。

 

 

 

途端、またもカルラはビクッと震えるのだが、扉を開いて入ってきた人物はそれを全く気にした様子も無く。

ただカルラの近場へとゆっくりと歩み寄り、アドルファの横へと並ぶと長い髪を優雅に払い、その口を開いた。

 

「相変わらず、辛気臭い顔をしてますわね……そんな顔ばかりしているとただでさえ少ない福が跡形も無く消え去ってしまいますわよ、カルラ?」

 

《その声は……ラーレ?》

 

そう問えば、彼女――ラーレは声にして肯定する。するとカルラは少しばかり安心したように息を吐き出した。

このように誰かが入ってくるたびに驚くものだから、基本はなるべく驚かせぬように注意を払うのが今の暗黙の了解。

しかしながら、それを護っているのは現状、アドルファとギーゼルベルトのみ。ラーレとヒルデに関してははっきり言ってお構いがない。

ラーレは今のようにカルラが驚く事など関係無しでズカズカと入ってくるし、ヒルデなどはそれに加えてカルラに飛び付く始末。

何度言っても聞かないものだから、アドルファもホトホト困ってはいるのだが、被害を被っているカルラ自身が良いと言うものだから現状維持の状態であった。

 

「にしても……毎度思うのですけれど、アルはカルラを甘やかしすぎですわ。こうして毎日毎日通い詰めているのは良いとしても、カルラの言い分ばかり聞いて自分の主張は一切無し。そんな事では何時まで経っても、この子は外に出ない引き篭もりのままですわよ?」

 

「それは……確かにその通りだと思うっスけど。でも、ソレは何も今ここで言う事じゃ――」

 

「個人的に会って言うたびにのらりくらりとはぐらかすくせに、よくそんな事が言えますわね」

 

「う……」

 

そう言われると彼女としては言い返す事が出来ない。実際、ラーレが言ってくる事を全て聞き流していたのは事実なのだから。

でも、それでも本人を目の前にして言う事ではないと尚も思う。そんな事を言えば、彼女は確実に自分が原因で皆を困らせていると思ってしまうから。

事実として今、ソレを聞いたカルラの表情には陰りが差し始めている。だから、これを打開するために何とかして反論を返そうと彼女は思考を巡らせる。

けれどその思考が答えを導き出すよりも早く、ラーレは彼女を見て諦めたかのように溜息をつき、近場の椅子を引き寄せて静かに腰掛けた。

 

「まあ、いいですわ……腹立たしくはありますけど、貴方の過保護癖は今に始まった事ではないですものね。ただ、これだけは理解しておきなさい……時間を掛ければ掛けるほど、私たちに残された時間も少なくなっていくのだと言う事を」

 

「……言われなくても分かってるっスよ、そんな事は」

 

「なら、いいのですけど。ところでカルラ……聞くのが遅れましたけれど、身体の調子はいかがかしら?」

 

《え――あ、うん。今のところは目が見えなくなった以外、特に可笑しな所はないよ》

 

「そう……けれど、だからといって安心してはいけませんわよ? そうでなくとも、貴方があの力を使う事で巻き起こる事は未知数な部分が多いんですから」

 

そんな彼女の身を心配するような言葉を告げる辺り、自覚はしていないが彼女もやはりカルラには甘いのかもしれない。

彼女の態度を横で見ているアドルファが暗にそんな事を思っているとは露とも知らず、ラーレは笑みを浮かべつつ話し掛け続けている。

反対にカルラもまた、浮かべていた表情の陰りを消して笑顔。その様子からしてラーレの言葉の端々から感じるモノを理解しているのだろう。

だからこそ、アドルファと話していたときのような僅かに明るい顔。故にか、それをアドルファは口を挟む事無く、黙って見守る事にした。

先も言った通り、今の彼女の喜びはカルラが完全に元通りになる事。そして何より、彼女が明るく笑顔を浮かべてくれる事なのだから。

 

 

 

 

 

『蒼き夜』という組織の人数はトップに立つ『マザー』を含め、全員で七人という極小規模。

にも関わらず、彼女らが本拠地としている場所はあまりにも巨大。それこそ、何万という人数が居ても可笑しくないくらい。

そして建物の建ち方にしてもその種類にしても、組織の基地というよりは戦いとは関係ない者が住まうような都市。

組織の面子の一人であるアドルファの言葉によれば、元々は組織と呼ばれるような大層なモノではなかったとの事。

それはつまり、先ほど言ったような非戦闘員が多く住まう都市というのが元の形であるのではないだろうか。

 

「…………」

 

それが彼――ジェドの大まかな推測。『マザー』に依頼された作業を行う中、暇潰しに考えてみた推論。

だが、片手間で考えた事とはいえ知り得た全ての要素を元に導き出した結論であるから、限りなく正解に近いと彼自身は思っていた。

しかしながら、この考えが完全に正解かどうかを確かめる事が今は出来ない。というより、聞いてもおそらくはちゃんと答えてくれない。

『蒼夜の守護騎士』たちの誰にしても、彼が座する場所の反対側にあるコンソールの上に座り、現在進行形で睡眠を取っている『マザー』にしても。

話したくない事は決して話さない。曖昧にはぐらかすか、キッパリと話したくないと言うか……どちらにしても、昔の事を誰も話そうとはしない。

 

(まあ、過去をあまり思い返したくないというのは私とて同じなんだがな……)

 

思い返す過去がどんなものだったとしても、過去を振り返る事で現実を直視出来なくなるという事は多々ある。

彼もまた、そんな状況に立たされている者の一人。だからエティーナの事もアイラの事も、自身の子供たちの事さえも頭には浮かべないようにしている。

多少思い返す事はあれど、深く頭に思い返してしまえば必ず後悔がくるから。だから何かに没頭する事で過去の事を全部、頭の片隅へ追いやっていた。

ただ、何となくアドルファたちは自分と同じ傾向の者だと個人的には思っていたりするが、反対に後方から聞こえる寝息の主はそういう風に見えなかった。

 

「す〜……す〜……」

 

「…………」

 

その容姿のせいか少しばかり寝顔も冷たそうな印象を窺わせるが、よくよく見てみれば口元へ僅かな笑みが窺える。

若干疑問が浮かぶが、そこからは良い夢でも見ているのだろうと思える。でなければ、寝顔に笑みが浮かぶ事もないだろう。

そしてだからこそ、過去を悔むような性格の持ち主ではなく、過去は過去と簡単に割り切れるような性格ではないかという考えも出てくる。

まあ何にしても、人に作業を任せっきりにして自分は堂々と寝るなんて行為、見ていて気分が良いものではないというのが最終的に頭へ浮かんだ事。

様々な推論を立てたりしてなるべく考えないようにはしていたが、結局そこへ行き着いてしまった故に彼は小さく溜息をつきつつ、その不快感の元を絶つ事にした。

 

「……おい」

 

「――んあ? お、おお、いかんな……あまりに退屈過ぎてうっかり寝てしもうたわ」

 

「……そんなに退屈なら、少しは手伝ったらどうなんだ?」

 

「嫌じゃ」

 

手伝えと言えば、嫌だとはっきり断言する始末。挙句このまま何も言わずだとおそらく、彼女は再び眠りについてしまうだろう。

基本的に自己中心的で面倒臭がり、誰に対しても遠慮の二文字が無い女性。それがここ数ヵ月、彼女と付き合ってみて判明した彼女の人柄だ。

しかし、初めて会った時の彼女とアドルファのアレを見た限り、少し暴力的な所があると思っていたのだが、ソレだけは数ヶ月の間で訂正するに至った。

彼女が暴力的なるのは『蒼夜の守護騎士』の面子(特にアドルファ)にのみ。それ以外に対しては基本、ほとんど暴力というものは振るわないのだ。

もっともジェドはともかくとして、ここに避難させられた研究員は彼女とほとんど会ったり話したりしないというのが理由の一つにあるのかもしれない。

しかしながら、ここにきてほとんど彼女と共に居るジェドにも暴力的な事はほぼ無い。という事は先ほどの推論が信憑性を帯びてくるというものだろう。

 

「はぁ……にしても今更な事だが、一体何のためにこんな君たちにとって役に立つとは到底思えないプログラムを組ませるんだ?」

 

「役に立たないモノじゃからこそいいんじゃよ。むしろ、役に立つモノを組まれても逆に意味が無いわ」

 

「何だそれは……全く以て意味が分からん」

 

「……ふむ。まあ、もうそろそろ話してもええかの……黙っておってもいずれは分かる事じゃし」

 

腕を組んでしばし考え込んだ後、そう口にすると彼女は腰掛けていたコンソールから軽く飛んで降り、ジェドの隣へと移動する。

そして肩が触れ合いそうなくらい身を寄せたかと思えば、右手のみを前へ伸ばしてコンソールをカタカタと操作し始める。

それから間もなくしてモニタに表示されたのは六つに区分分けされ、各々の区分が複雑なプログラムでギッシリ埋め尽くされたデータ。

一体これが何なのかとは問うまでも無い。数が六つでプログラムの構成を見るだけでソレが、『蒼夜の守護騎士』を形作るプログラムだと分かるのだから。

けれどコレを見た上で一つだけ、どうしても分からない事がある。それ故、ジェドは『マザー』のほうを見ぬまま、閉ざしていた口を開いた。

 

「こうして見ると中々どうして見事なものだとは思うが……なぜ、所々にプログラムの抜けている個所がある? 意図してにしてもそうでないにしても、コレでは――」

 

「守護騎士プログラムそのものに支障をきたす恐れがある、かの? もちろん妾とて分かっておるよ……だがの、こうでもしなければ今頃、あ奴らは壊れてしまっておった。じゃから、この処置は仕方のない事じゃったのじゃよ」

 

ジェドから身を話しつつ語る事はやはり明確さに欠けていたため、聞く側である彼としては上手く理解出来なかった。

だが、この説明だけで彼女自身も分かるだろうとは思っていなかったのか、再びコンソールへ腰掛けつつ語りを続けた。

 

「昔……それこそ人間にとって大昔と言えるようなとき、妾たちに死を覚悟させる事態が起きた。事態を詳しく語っても無意味な事じゃから今は省くが、そのときは数十万人という多くの犠牲を出しつつも妾たちのみはその危機を回避した。じゃから今もこうして生きておるというわけなんじゃが……それでも、何の影響もなかったわけではないのじゃよ」

 

「その出てしまった影響というのを消去するためにプログラムを一部分だけ消した、と? だが、下手にそんな事をすれば肉体や人格の形成に不備が出てくるものじゃないのか?」

 

「そこの辺りは大丈夫じゃよ。プログラムを良く見れば分かる事じゃが、妾が削除したのは記憶に纏わる部分のみ……あ奴らに齎された影響というのは精神的な部分が強かった故、とりあえずソコを消して多少書き換えるだけでほぼ問題はなかった……ただ一人を除いての」

 

ただ一人というのは聞くまでも無い。現状でも『蒼夜の守護騎士』で問題視されている、カルラの事である。

話に寄れば、彼女が声を失ったのも視力を失ったのも持ち得る力が原因との事。だから、その力を使わせないように彼女たちは注意しているらしい。

しかしジェドから言わせれば、ソレは正直不可思議でならない。使うたびに影響が出る力など、普通に考えれば組んだりしないだろうから。

組むにしてもそのような問題が出ないようにするはず。それ故、『マザー』からそこを聞いた時は正直なところ、理解に苦しむしかなかった。

けど、語りを一旦止めた彼女が再びコンソールを操作し、拡大化させたカルラを形成するプログラムへ目を通す事により、以前抱いたその疑問は解ける事となる。

 

「……何なんだ、このプログラム構成は。所々の不備なんてものじゃない……ほぼ全てに於いてプログラム構成に矛盾が出てきてしまってるじゃないか。よくまあ、これで今まで存在出来たものだな……」

 

「妾とて思う事は同じじゃよ。じゃが、あの当時はこうでもしなければ、あ奴は――カルラは死んでおったんじゃ」

 

「そうだとしても……もう少しマシな組み方もあったんじゃないのか?」

 

「……無理じゃよ。あ奴らが作られた時代ならともかく、妾ではどう足掻いてもこの守護騎士プログラムを修正する事なぞ不可能なんじゃからな」

 

守護騎士プログラムというのは現代の人間で元から組む事は不可能。それはつまり、壊れたプログラムを完全修正するのも同じ。

ならばどうして闇の書事件のとき、夜天の魔道書のプログラムを組む事が出来たのかというのが一つの疑問として普通は挙がる。

だが、以前に様々な事を彼女に尋ねたとき、その部分の答えとなる事を聞いているジェドとしては別段、その疑問が浮かぶ事はない。

ただそれでも思う事は、修正する事が不可能と言うのならば、目の前のモニタに展開されているプログラムはどうやって組んだのかという事。

彼女とて馬鹿ではない……直せないモノを直そうとして壊すなんて真似をするとは思えない。だが、現実として目の前のプログラムには修正されたらしき痕跡がある。

だからこそ、そこがどうしても分からなかったジェドはそこを問おうとするが、それよりも先に『マザー』のほうが口を開き、答えとなる部分を告げた。

 

「そもそも、コレは妾が修正したというわけではない。むしろ、プログラムを修正したという言い方すら適切ではないのじゃよ」

 

「? しかし、このプログラムには修正跡が明確に残っているんだぞ? これで修正をしてないというのは――」

 

「別に修正してないとは言っておらんよ。応急処置のようなものじゃが、ちゃんと修正はした……ただ、その方法が普通と違うんじゃよ」

 

修正はしてないと言ったり、したと言ったり。更には普通と違う方法と言われ、最早ジェドにも全く以て意味が分からなくなってきていた。

けれど彼女はそんな彼の様子を気にする事も無く、ここに来て初めて見るような僅かな悲哀の表情を浮かべ、静かに語り続けた。

 

「元々このプログラムを組んだ者でなければ修正する事は不可能……というのも、この守護騎士プログラムというのは『蒼き夜』にとっての重要なプログラムに属する故、一部分の所には外部から書き換えが行えぬようプロテクトが掛けられておるんじゃ。そしてそのプロテクトを解除する方法を知るのは、このプログラムを実際に組んだ奴のみ……幸いにも記憶に関する部分にプロテクトは掛けられておらなんだが、身体や力に関係する部分には掛けられておる。じゃから、妾には以前の一件で構成プログラムの多くを破壊されたカルラを直してやる事が出来んかった……じゃが、だからといって諦めて死を迎えるのを黙って見ている事なぞ出来るわけも無い。それ故に当時の妾は考え続け、そして悩みに悩んだ末に導き出した答えと言うのが……『融合修復』というものだったんじゃ」

 

「融合、修復……?」

 

「そうじゃ。名前からして何となく分かるとは思うが、それは壊れたプログラムにプログラム構成が似通った別のプログラムを合わせて補う事によって修正するという方法。完全に直す事は不可能でも、これならば高確率で危機を脱する事が出来る。尚且つ、この方法は書き換えという方法とは異なる故、プロテクトに引っ掛かるという可能性も非常に薄いというわけじゃ」

 

「……だが、その方法で存在出来なくなるほど多大に壊れたプログラムを直すとなれば、用いるもう片方のプログラムを自ずと存在できなくなるはずだろう? にも関わらず俺が見た限り、彼女たちは全員がちゃんと揃っている辺り、結局その方法を実際に実行はしなかったのか?」

 

その問いに対して彼女は首を横に振る。それはつまり、今言った方法を実際に実行したのだという事。

だが、だとすれば『蒼夜の守護騎士』は一人、欠けてなくてはならない。似通ったプログラムなど、彼女らぐらいしかないのだから。

けれど彼女ら六人は誰一人、欠いてはいない。死に掛けたというカルラも、他の誰にしても、今でもしっかり存在している。

それは普通に考えれば、実行はされていないという事。でも、反して彼女はその方法は実際に実行されたのだと言う。

明らかな現実と回答の矛盾。それは彼女自身も承知している故か、彼が暗に浮かべる疑問に対し――――

 

 

 

「『蒼夜の守護騎士』は現状、全員揃ってなどおらんよ……アレは元々六人ではなく、七人だったのじゃからな」

 

――驚愕の事実を乗せ、静かにそう告げた。

 

 

 

実行はされたのだと証明すると同時に告げられた事実は、彼にとって驚愕に値するものであった。

彼女らは仲間を非常に大事にする傾向がある。それこそ、誰が欠けても精神的ショックは計り知れないというくらい。

あまりにも仲間意識が強いのだ。だから、そんな彼女らがいくら『マザー』が考えた方法とはいえ、了承するとはとても思えない。

でも、現実としてこの方法は実行された。尚且つ、彼女たちと『マザー』の間にその時の事を引き摺っているような空気はない。

これは一体どういう事なのだろうか……そう頭でしばし考えた後、先ほどまでの会話を思い返す事で彼は一つの結論へ辿り着き、それを口にした。

 

「消したのか……その、七人目が存在したという記憶を」

 

「……その通りじゃ」

 

静かに彼女はジェドの言葉を認めた後、その七人目に関しての事とカルラを苦しめている原因についてを語った。

まるでその者が自身の考えだした方法のせいで消えてしまった事を今でも後悔しているかのような、悲哀の表情を浮かべたまま。

 

「そ奴の名は『エリオット・マスグレイヴ』と言うての……『虚無』という二つ名を冠する者であり、尚且つ『蒼夜の守護騎士』を束ねる将だった男じゃ。プログラムが合成され、記憶が改変された今でこそ、『虚無』の名はカルラが、将という立場はアドルファがそれぞれ引き継いではおるがの」

 

「……という事はもしかして、あの力というのはそいつから引き継がれたモノだと?」

 

「そういう事になのかの……元々カルラは前線に立つようなタイプではなく、後衛や支援に特化したタイプ。反対にエリオットは速度を重視した特攻型の前衛タイプ。その二つが合わさるという事は非常に万能な戦闘者を生むという事にもなるじゃろうが、カルラは身体能力そのものも後衛や支援に特化してしまっておる。じゃから、そこへエリオットのようなタイプを合わせてしまえば、自ずと上手く適合せずに不備が出てきてしまう……それが、今のあ奴を苦しめておる原因の全てじゃ」

 

要するにソレは、水と油を混ぜ合わせるという事に似ている。決して混ざり合わず、互いが互いの存在を主張する状況。

元が後衛と支援に特化しているのなら、そちらで不備は出ない。けれど逆にエリオットという者の力を使おうとすれば、不具合が出る。

多少使う程度ならいいのだろうが、極端に使い過ぎれば毒。どんなモノなのかは知らないが、エリオットが持っていたであろう力というモノを使えば特に。

エリオットを用いてカルラを修復しても、彼が存在したという記憶を消しても、その力がある限りは決して彼女の精神にも肉体にも安息は訪れない。

にも関わらず、『マザー』は皆の記憶を消してまでこの方法を用いた。解決策ではなく、所詮は応急的な処置であると分かっていたというのに。

そこが不思議でならず、語り終えた彼女へ彼がその部分を問えば――――

 

 

 

 

 

「あ奴が――エリオット自身が、望んでしまった事だからじゃよ。『蒼夜の守護騎士』の中で誰よりも優しい心を持ち、誰よりも仲間を大切に想っておったが故にの」

 

――悲哀の表情の中にやはり悲しげな笑みを浮かべながら、静かにそう答えた。

 

 


あとがき

 

 

前話のあとがきで言ったアドルファたちでさえも知らない事実というのは、七人目の騎士の存在だったわけだ。

【咲】 ついでにその人物こそが、カルラを苦しめている力の根底だってわけね。

うむ。もっとも、あの力をその騎士――エリオットが持っていたときは話の通り、あんな代償は発生しなかった。

【咲】 それがなぜカルラには発生してしまうのかは、その力が彼女に適合しなかったからって事よね。

そうだな。けれど未だプログラムが不安定だから、不測の事態が起きるとカルラ自身でも力が表に出る事を抑えられないのだよ。

【咲】 命を落としてまで救った子が未だそんな苦痛に見舞われてるなんて、報われないわよねぇ。

だな。ともあれ、すでにいなくなった存在であるが故に本編に登場する事はまずないキャラだがね。

【咲】 過去回想とかで登場したりしないの?

あるかもしれんが……現在の予定としては本編ではなく外伝で登場する予定になってるかな。

【咲】 ふ〜ん……真に『虚無』の名を冠する者にして『蒼夜の守護騎士』の将だった人。何か興味が出てくるわよね、どんな奴か。

まあ、それは外伝で出てくるまで楽しみにしててくれ。

【咲】 はいはい。それにしても、カルラのその後が見られるって話だったけど、本当に一部だけだったわね。

基本的にカルラは現状、一切部屋から出ないからな。けど、あれ以降の彼女の様子は何となく分かっただろ?

【咲】 まあねぇ……多少回復はしてるし、目が見えないのも慣れ始めてるみたいだけど。でも、悪い部分も出てるみたいねぇ。

そうだな。けどまあ、それも後々何とかしていくんだろうさ……これ以降でその部分が語られるかはまだ未定だけどな。

【咲】 ふぅん。それじゃあ、そろそろ次回予告の方に行ってみましょうか。

ういうい。次回はだな……リースと忍の企みに恭也が付き合わされるという話だな。

どういう企みかを言ってしまうと楽しみが無くなるので内緒だが、一つだけ言えば正直あまり嬉しく思える企みではないな。

【咲】 それってさ、また実験紛いの事に付き合わされるみたいな感じって事?

いや、次回のはそれとは全く関係ない。むしろ、アレと比べたら非常に平和的な企みだ。

【咲】 へぇ……。

もっとも当然ながらそれだけでは終わらず、共謀したリースさえも聞かされてない真の企みが忍の中であったりするがな。

【咲】 そう言われるとソレが何なのか非常に気になるんだけど?

あはは。まあ、全部ひっくるめて次回をお楽しみにって事で今は勘弁してくれ。

【咲】 あ〜、はいはい。それじゃ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 バイバ〜イ♪




いや、驚きですよ。
美姫 「本当よね。もう一人居たはずで、しかも」
それでカルラが生存できているとは。
美姫 「これでカルラに関する事は分かったわね」
だとしても、解決策はない、と。しかも、今のカルラの状態は。
美姫 「よね。無事に戻った恭也たちと違い、アドルファたちの方は全くの無傷とはいかなかったわね」
彼女たちがどうなっていくのか、楽しみな所。
美姫 「で、次回は海鳴にまた戻って」
また何か騒動が起きるんだろうか。
美姫 「次回も待ってますね」
待ってます。



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