全てではなくも、大方の事が理解出来た。『蒼き夜』の事もアドルファたちの事も、彼女たちが為そうとしている事も。

それは手に入れた全ての情報を元に導き出された仮説。しかしながら、限りなく真実に近いと確信が持てる仮説。

けれど、この仮説が招いたのは決意ではなく迷い。用意された二つの選択肢の内、どちらを選ぶべきかという迷い。

選ぶ時間が多く用意してあるわけではない。だが、時間が迫ってきているという事を理解していても、彼――恭也は選ぶ事が出来ずにいた。

団体模擬戦が行われた日から、今現在に至るまで。でも、選ぶ事が出来ないからと言って彼自身が何もしていないというわけではない。

時空管理局の本局で再会したアイラから多くの情報を齎されて以降、今に至るまで必死に答えを出そうと何度も彼女と連絡を取り合っているのだ。

非常時の場合にとあちら側にも通じるようにしてもらった携帯を用い、悩みについての相談を含めて様々な事を連絡し合うため、それなりの頻度で話している。

とはいえ、もう連絡を取り合うようになってから一ヶ月以上が経っているのだが、未だ全ての於いて進展が無い状態というのが続いていた。

 

『てなわけでさ……一応ユーノには情報捜索を継続しては貰ってるんだけど、今のところ何の進展も無いってわけ。つうか、今にして考えるとアレだけの情報が手に入っただけでも奇跡に近いかもしれないよな』

 

「確かにな……そうなるとやはり、今現状で持っている情報から答えを出すしかないと考えておくほうがいいのか」

 

『今後も収穫がないとは限らないけど、気持ち的にはそう考えておく方がいいかもな』

 

情報が多ければ答えが簡単に出るというわけではないが、答えがどうしても出ない今の状況を打開出来る可能性はある。

でも、アイラもユーノも頑張ってはいるが、結局のところ今日も進展は無し。そして未だ、悩みは悩みのままで彼の頭に留まり続ける。

けれど電話相手であるアイラは悩み始めたときから、それを咎める事はない。むしろ、急かすという事さえ彼女はしなかった。

それは何も事を重要視していないからではない。彼に提示された二つの選択肢の内、どちらを選ぶにしても辛い道だと彼女は知っているからだ。

そしてだからこそ、悩むのも当然だと理解している。故に彼女自身、選ぶ立場を彼に委ねている以上、急かす権利も咎める権利も無いと考えている。

だから彼女は今まで連絡を取り合ってきた中でその手の言葉は一切口にせず、むしろ彼を励ますような言葉を口にしたりしていた。

 

『――っと、もうこんな時間か……んじゃ、アタシはそろそろ寝るから』

 

「分かった……おやすみだ、アイラ」

 

『おう、おやすみ〜』

 

返事と同時に電話は切れ、恭也は携帯の画面で今の時間を確認した後、パタンと閉じて枕元へと置いた。

そして自身もそろそろ寝ようと思い、布団へと横になって掛け布団を掛けて瞼を閉じるのだが、眠気は一向に来ない。

日課である夜の鍛錬が終わってからの電話であるため、少しばかり時間は経っているが、別段疲れがないわけじゃない。

だというのにいつもなら来るはずの眠気が来ないのは、きっと今日に限って彼女たちの事が頭から離れないからだろう。

 

「助けたいとは、思うんだがな……」

 

あまりに彼女たちの事が頭から離れない故か、意識してか無意識かそんな言葉を彼は呟く。

それは紛れも無く、彼が本心から思っている事。多くの事を知って上でも考えてしまう、願望にも近い事。

けれどその願望を叶えようとすれば、多くのものが犠牲になる。償い切れないほどの罪を背負う事になってしまう。

ならばもう一つの選択肢を取ればいいかと聞かれれば、そういうわけでもない。つまりはどちらを選ぶにしても、大きなリスクが付き纏うのだ。

だからこそ、未だ彼は決め兼ねている。提示された選択肢の内、どちらを選ぶのかを……それは眠れずにいる、今でさえも。

だけど結局、いくら考えてもどちらかを決める事は出来ず、この後眠れずにいたおよそ一時間半という時間、彼はただずっと悩み続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第二十五話 些細な悪戯、齎されるは運命の兆し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在大学生である恭也は午前中に入れてる講義が多い事から基本、朝から家を出る。

もちろん午前中の二限目から講義を入れてる場合もあるため、十時過ぎくらいに出る事もたまにあるわけなのだが。

しかしながら一週間の内のほとんどは一限目から入れてる故、他の学生組や桃子よりも出るのは遅いが、大体は朝からいない。

けれど今日……日曜日というわけでも休日というわけでもない今日、大学で何かがあるらしく休みになり、彼は完全な暇状態。

いつもなら暇が出来たらする盆栽の手入れも今日はすでに終わり、かといって翠屋へ手伝いに行こうか連絡を入れてみれば必要無しと言われ。

結果的に暇は暇のままで午前十時現在、彼は他に何をするでもなくまるで枯れた老人の如く縁側で熱いお茶を啜るなどという事をしていた。

 

「……ふぅ……」

 

お茶を一口飲み、小さく息をつきながら庭をボーっと見るだけ。果てしなく無駄な時間の使い方だが、暇なのだから仕方ない。

尚且ついつもなら一人で留守番してる事が多いリースでさえも、今日はいない。忍も休みだと知ってから即座に月村家へ行ってしまったのだ。

それはつまり、話し相手がいないという事であるためか余計に暇という事。とはいえ、それが決して苦というわけでもなかった。

苦というわけではないのだが、無駄な時間という事には変わりない。それ故、折角なのだからと彼は悩んでいる件についてを頭に浮かべ始める。

 

「……はぁ」

 

すると浮かべた途端、今度は溜息などをついてしまう。いつもの事ではあるが、いくら考えても答えというのが出てこないから。

選択肢は二つしかなく、問い掛けも単純な事ではある。けれど、ソレは単純であるが故に究極の選択と言ってもいい。

表面上は無表情で無愛想と映るが、本質は優しい。そんな彼にこのような選択を強いるのは正直、酷というものなのだろう。

でも、その状況を招いてしまったのは他でもない彼自身。その他の要因が多く積み重なったのもあるが、彼自身が招いたという事実も大きい。

それを彼も理解しているからこそ、自分自身で答えを出そうとする。悩みを相談する事はしても、決して答えを代わりに出してもらおうとはせず。

 

「…………」

 

けれど、そんな責任感はあっても結局は答えなど出ない。むしろ、悩みという面ばかりが彼の中で大きく膨らんでいってしまう。

そしてそれは次第に関わった人たち――『蒼き夜』の彼女たちの事を鮮明に思い出させる。何より、彼女たちが自分へ言った言葉を思い出させる。

些細な言葉から、重要な一言まで。全てではないけれど、良く覚えているものだなと自分で思ってしまうくらい多くの言葉を思い出してしまう。

中でも特に鮮明に思い出してしまうのは、やはり組織へ誘う言葉。ラーレとカルラの二人が告げてきた、勧誘を意味する言葉。

 

「…………」

 

今でも、勧誘の意図は正しく理解出来ない。多くの事を知り得た今でも、自分まで必要とするかのようなあの言葉の意図が。

ただ一つだけ分かる事があるとすれば、それはあの言葉は彼女たちの本心からの言葉だったという事だけである。

そうでなければ、あんな言葉をあんな真っ直ぐな目では言わない。本当に自分たち側へ付いて欲しいと思わなければ、言えない。

人を見る目は自分でも多少なりあると自負している。だからこそ、勧誘をしてきたときの彼女たちの様子がそう確信させてしまうのだ。

 

「君たちは……なぜ、俺を必要とする?」

 

自然と頭に浮かんだ彼女たちへ問うような言葉が口から漏れてしまう。でも、当然ながらその問いに対する答えは返ってこない。

頭に浮かぶ光景など所詮、過去が生み出した幻想に過ぎないのだから。それ故、彼は呟いた後に自然と溜息をついてしまう。

 

 

 

――その溜息と同時に突然、ポケットに入れている携帯より着信音が流れ始めた。

 

 

 

静寂の中での突然な着信だが、彼は特に慌てた様子も無く誰からだと思いながら携帯を取り出して開き、画面を見てみる。

するとそこに表示されていた名前は、月村。もちろん、妹であるすずかは彼の番号を知らないから、自ずとこれは姉の忍という事になる。

あの一件が終わりを見せて大学へ復帰して以降、彼女は妙に呼び出しや約束をするようになった。電話などは下手をすれば、一日に一回はくる。

ただ彼も以前のでずいぶん心配を掛けたからなと考えて特に不思議に思う事も無く、今にしても何の不信感も持たず通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。

 

『やっほ〜! 恭也の愛しい愛しい内縁の妻、忍ちゃんですよ〜♪』

 

「……相変わらずだな、お前は。それで、今日は一体何の用なんだ?」

 

『えっとね〜、今日って大学が休みだから暇でしょう? だからさ、折角だから一緒に外へお出掛けでもしないかな〜ってね♪』

 

「それは別に構わんが……確か、リースがそっちにいるはずだと思うんだが?」

 

『うん、いるね。だからさっきのは私と恭也とリースちゃんの三人でって意味なんだけど……あれ? もしかして恭也は私と二人っきりのほうが良かったのかな〜?』

 

「はぁ……」

 

からかう様な感じで聞いてくる言葉に溜息で返しつつ、話題を元へと戻すように彼は何時頃にどこで待ち合わせをするのかを尋ねる。

それに忍は自身が放った言葉に大した反応も示してくれなかったからか、若干の不満感を醸し出しながらも尋ねられた事に答えた。

そしてお出掛けの詳細を話し終えると二、三言だけ話した後に彼女は電話を切り、恭也も電源ボタンを押してから携帯をパタンと閉じ、ポケットへ仕舞った。

と同時に残っていたお茶を飲み干し、出掛ける準備をするために立ち上がって縁側から自室の方へと向けて歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

準備を終えてからおよそ三十分後、家を出た恭也が向かった先は待ち合わせ場所として指定された臨海公園。

臨海公園と月村家は結構離れているであろうになぜそこを指定してきたかと言えば、単純に商店街のほうへ行く予定だかららしい。

というか、ぶっちゃけ行き先はゲーセンだろうと恭也は踏んでいる。なぜなら、彼女とのお出掛けの大半はゲーセンであるからだ。

恭也としてはゲームはしないが別にゲーセンという場所を嫌っているわけではない。だが、それでも毎回だと呆れの一つも浮かぶというもの。

けれど実際にゲーセン以外で他に行く場所はないのかと問うた事もあったが、他へ行ってもする事が無いという一言で一刀両断。

それ故、今一度言うが彼はゲーセンが嫌いというわけでもないのだから、それ以上は変に反発する事もなく今では彼女のしたいようにさせていたりする。

ともあれ、そんなわけで今日も大方ゲーセンに行く気なんだろうなと半ば確信に近い感じで考えつつ歩き続け、ようやくして彼の足は臨海公園へと差し掛かった。

そしておおよそ公園の中央付近へ足を進めれば、その近くのベンチにて自身を呼び出した二人を発見し、彼はそちらへと近寄るが。

 

「おっそ〜い! 遅すぎだよ! 女の子をこんなに待たせるなんて、恭也は男としてなってないよ!!」

 

「いや、そんな事を言われてもな……一応、まだ予定していた時間まで三十分ほどあるはずなんだが」

 

近寄った矢先にリースから遅いと文句を言われ、時計を確認しつつそう言い返せば彼女は河豚の様に頬を膨らませて文句を言い並べてくる。

曰く、男の子は女の子よりも早く来て待ってるのがデートに於ける鉄則。最低でも一時間前に来ておくというのが当たり前等々……。

恭也はそもそもデートだなどと思って来てはいないが、それ以前に何でデートというものをリースはほとんど知らないはず。

それに何より、並べ立ててきている知識も若干歪んだ部分が見受けられる辺り、誰かしらが吹き込んだという可能性が非常に高い。

そしてソレを彼女に吹き込む人物などかなり限られてくる……これらを踏まえて考えた結果、出てきた結論から恭也はリースの隣にいる人物へ視線を向ける。

すると向けられた視線に対して向けられた側である忍はサッと視線を逸らしてしまう辺り、浮かんだ結論は間違ってはいなかったと確信する。

とはいえ、ここで彼女を責めても解決にはならない。今現在必要なのは、吹き込まれた若干歪んだ知識によって御立腹のリースをどう宥めるかだ。

けれどコレは彼女との関わりが深くない者なら難しい事なのだろうが、恭也からすれば大して難しくはなく、すぐさま宥めるための策を実行に移した。

 

「若干訂正したい部分は見受けられるが……まあ、遅れた事に関しては済まなかった。そのお詫びと言っては難だが、確か少し前に欲しい本があると言ってきた事があっただろう? それを買ってやるという事で、機嫌を直してくれないか?」

 

「っ……も、物でご機嫌を取ろうとするのは良くない事だと思うけど……ま、まあ恭也がそこまで言うなら、それで許してあげなくもないかな」

 

策というのは単純で、リースに本を買って与えるというだけ。無類の読書好きな彼女は機嫌を損ねると大概コレで直るのだ。

尚且つ恭也が口にした通り、極最近の話としてリースはどうしても欲しい本があるから買ってと恭也に頼んだという事実がある。

であるなら、これをダシにして許しを請えば高確率で機嫌は直る。物で釣るような感じだからあまり褒められた手ではないが、手段を選んでなどいられない。

実際、それを口にした矢先にリースの表情は一転。口では偉そうな事を言いつつも、表情は嬉しさからか緩んだ感じが見受けられる。

それはつまり、機嫌を取る事に成功した証。そのためか続けてリースの言葉にお礼を言いつつ頭を撫でてやれば、完全に彼女の機嫌は戻った。

それどころか善は急げとばかりにデパートのある方へ歩き出す。商店街ではなくデパートを目指す辺り、目的の本はそこにあったのだろうと察せる。

まあ、何にしても恭也と忍からすれば彼女のそんな様子は年相応に見え、苦笑を浮かべながらもリースを追うように二人は並んで歩き始める。

 

「……ところで、忍。一応聞いておくんだが……今日はどこへ行くつもりなんだ?」

 

「そりゃもちろんゲーセン――――って言いたいところだけど、ちょっと入用な物があるから今日はデパートの方に行こうかなって思ってるのよね」

 

「ほう、それは意外だな。忍の事だから、そういった買い出しはノエルかファリンに任せてるものだと思ってたんだが」

 

「ん〜、まあそれは否定できないわね。実際、大概の買い物はあの二人に任せっきりなわけだし」

 

「ふむ……なら、何で今日は自ら買い出しに行こうなんて思ったんだ?」

 

そう問えば彼女は途端に視線を泳がせつつ、何となくかなと返してくる。だが、様子からして何となくという風には決して見えない。

というか、明らかに何か企んでいるようにしか恭也には見えなかった。それ故に何度か問い質すのだが、珍しく彼女は頑なに何となくと言い張る。

大体の場合はある程度問い質すと観念して答えるにも関わらず、そんな様子。そのため、反対に恭也のほうが問い質すのを諦めてしまう。

それと同時にこれ以上問われまいとリースの隣へ走り寄っていってしまった忍を見つつ、嫌な予感を感じながらも恭也もまた歩調を速め、二人と並ぶべく近寄っていった。

 

 

 

 

 

しばしの時間を掛けてようやくデパートへと辿り着いた三人が最初に赴いたのはリースの目的地である書店。

最初に行ってやらないと彼女が喚くのは目に見えているため、当初の目的より先に済ませてしまう方がいいのだ。

とはいえ、彼女が望んでいた本を買うだけだから大して時間も掛かるはずも無く、書店に着いてから約十分程度で用事は終わる。

そしてその後に向かうのは忍とリースにとって当初の目的たる場所。けれどそこがどこなのかは到着するまで恭也にも分からない。

だからか、僅かに嫌な予感を感じつつも恭也は二人が進む方へと付いていき、そうして歩き始めてから大して掛からずして先頭の二人が足を止める。

対して一歩ほど後ろを付き従うように歩いていた恭也も足を止め、その場所が何を売っている場所なのかを確認すると同時に首を傾げる。

 

「洋服売り場……? もしかして忍が言っていた入用な物というのは、服の事だったのか?」

 

「そゆこと♪ もっとも、あくまで私自身が服を買いに来たというのは理由の半分なんだけどね」

 

「ふむ……なら、もう半分の理由というのは何なんだ?」

 

「それはね〜……」

 

焦らすようにそこで一旦言葉を切り、忍は見降ろすようにして隣にいるリースと目を合わせる。

それと同時に二人は悪戯を企む子供の様に笑い合い、またも二人同時に恭也へと視線を向け――――

 

 

 

「「恭也の服を選ぶため、だよ♪」」

 

――彼としては全く予想だにしなかった言葉を二人して口にした。

 

 

 

一瞬唖然としてしまうも、すぐに我へ返った彼は珍しく動揺した様子で口にしたソレの理由を尋ねる。

そもそもにして彼は別に着る物に困ってはいない。仮に困っていたとしても、自分で買いに行くお金ぐらい持っている。

要するに誰かに買ってもらう必要などないのだ。忍はともかく、恭也と行動する事が比較的多いリースもそれは良く知っている事。

にも関わらず、二人して恭也の服を選ぶというのが理由の半分だと言う。正直、その理由が分からなくとも不思議ではないだろう。

故に彼が問うた言葉に対して二人は笑みを浮かべたまま答える。それに寄れば、この計画が立てられたのは半月ほど前からとの事。

何でも本人としては何が面白いのかは不明であるが、この二人はよく月村家にて恭也についてという話題で談笑をする事がある。

そして半月ほど前、ふと忍が言った「恭也は黒い服ばかりしか着ないよね〜」という言葉で話が妙に盛り上がり、恭也にはどんな服が似合うだろうかという話に発展した。

けれど何が似合うにしても、買ってきた所で彼は着てくれないと二人は考えた。だからこそ、今の様な半ば強制的に近い状況へと持ち込む計画が立てられたらしい。

そんな今に至るまでの経緯を聞いた後、恭也は深い溜息を一つ。そして僅かに間を置いてから、多大な呆れが含んだ感じ口を開いた。

 

「人の意思を半ば無視して勝手な計画を立て、あまつさえ実行に移したという部分に関してはまあ、百歩譲って良いとしよう。だがな、二人とも……こういった事は普通、男性が女性に対してする事だと思わないか?」

 

「まあ、確かにそれが普通ではあるわよね。でも、それが逆になっても可笑しくはないんじゃない?」

 

「だよね〜。大体こんな計画を私たちが立てたのも、元を正せば恭也がいっつも黒い服ばっかり着てるのが悪いんじゃん。家の皆に散々言われてるのにも関わらずさ」

 

「む……いや、しかしだな――」

 

「しかしもかかしもないの!! 折角カッコイイ部類に入る顔立ちしてるんだから、服装とかも少しは気を使わなきゃ駄目なの!!」

 

無理矢理連れてこられたという事もあり、当然ながら気乗りがしないため拒否しようとするが二人はそれを許さない。

忍が彼の右手を、リースが彼の左手を逃がすまいとガッチリ掴み、強引に引っ張って洋服売り場の中へと入っていった。

そして男性の洋服がある場所まで引っ張ってくるとそこでようやく手を離し、二人してどれがいいかと相談し合いながら物色を開始する。

こうなると注意は完全にそちらへ向くから、今なら逃げる事も容易い。とはいえ、逆にここまで来てしまうと逃げる事が非常に憚られるのも事実。

大体にして半分以上恭也で遊ぶという意思が二人から見受けられはするが、多少なりと恭也の事を考えてというのもあるだろう。

それ故、観念したかのように彼は逃げる事はせず、楽しげな顔で服を物色し続ける二人をただ黙って見続ける事にした。

 

 

 

――それからおよそ三十分後、あちらこちらを見回って衣服を選び終えた二人は次とばかりに数着の衣服を手に持った状態で彼を試着室へと連行する。

 

 

 

そこで最初の試着と言わんばかりに持ってきていた衣服を上下一着だけ押し付け、押すようにして恭也を試着室の中へ。

服を選ぶと言っていた手前、こうなるだろうなとは半ば予想していたと同時に選ぶ様子からして一時間は掛かるだろうなとも思っていた。

故に予想より早い試着に若干呆然とした様子で試着室の中へ押し込まれたわけだが、何にしてもこうなったら黙って試着する以外に選択肢などない。

だから彼は自身の着ていた服を脱ぎ、渡された衣服へと着替えていく。そしておよそ二分後、着替え終えた彼は試着室のカーテンを開いて二人へその姿を晒した。

 

「……ん〜……これは何ていうか、似合わないの一言しか浮かばないわね」

 

「ていうか、恭也の見た目とか人柄とかとマッチしなさ過ぎて正直ダサいよ。似合わないとかカッコ悪いとか通り越してさ」

 

「うんうん。やっぱり恭也にはこういった派手な服より、少し落ち着いた柄の服のほうが似合うって事よね」

 

はっきり言って散々な言い草だが、正直現在彼が着ている服――短パンにアロハシャツという格好はそう告げても可笑しくないほど彼に似合わない。

というより、これが似合う人間などかなり限られてくる。そう考えれば、こんな服を選び、挙句には無理矢理着せた二人にそう言える権利はないだろう。

実際、こんな服を着せられた彼自身も二人の言葉に青筋を浮かべている。それでも怒らずに我慢してる辺り、さすがと言うべきなのかもしれない。

ともあれ、そういうわけで最初の試着では全く駄目という結論に至った二人は早々に次なる衣服を渡し、再び試着室のカーテンを閉めた。

そしてそれからまたも二、三分という時間が経過した後、閉められたカーテンが再度開き、新たな衣服を試着した彼の姿が二人の目に飛び込む。

 

「……うん、駄目だね。確かに少し落ち着いた柄が似合うとは言ったけど、これはさすがに地味過ぎ」

 

「むしろ、地味過ぎて存在感そのものが薄れちゃう気がするわよね。これならまだいつもの真っ黒助のほうが全然マシかな」

 

「あっちも確かに地味だけど、上下が完全に真っ黒な分だけ逆に存在感ってのが強く出るもんねぇ」

 

「お前らなぁ……」

 

次に着せられた衣服は白いシャツにジーパン、その上から灰色のジャケットという組み合わせ。色合い的に一転してかなり地味。

そのためか、二人の感想にも地味だの存在感がないだのという言葉がちらほら。正直、ならばこんな組み合わせを選ばなければいいとも思う。

しかしながら、そんな事など一切頭に無く無遠慮に感想を告げてくる。それ故、一着目では何とか我慢した恭也もいい加減文句の一つも言いたくなった。

けれど二人はあくまでマイペースに次の衣服を渡してカーテンを閉める事で彼の文句を遮り、封じられた文句の代わりに深い溜息を彼はついた。

そして若干疲れた様子で現在着ている衣服を脱ぎ、元のハンガーに掛けると渡された方を手に取って早々に着替え、再び二人の前へとその姿を晒す。

 

 

 

――すると三度目にしてようやくと言うべきか、貶すような感想を述べていた今までとは異なる表情が二人の顔に灯った。

 

 

 

今度は感想も何も口にする事はなく上から下までじっくり観察するように眺め、その後は若干満足げな息をつく。

実際のところ、着ている服は先ほどの物と形状的に大差はない。大差はないが、色の組み合わせが先とずいぶん違う。

やはり彼は黒が似合うようだから、ジャケットを黒めの物に変え、尚且つその下に着る物を地味でも派手でも無い色へ。

これで何かしらのアクセサリでも付ければより良く見るかもしれないが、現在いるのは洋服売り場なのでそれは無理な話。

だけどそれが無くても十分に似合っていると言える感じであったためか、忍などは満足するどころか若干頬を赤くなどしていた。

 

「色の組み合わせを変えただけなんだけど、それでもずいぶん変わるもんだねぇ……正直、さっきとはえらい違いだよ」

 

「そ、そう、だね……うん。凄く似合ってるよ、恭也」

 

リースは言外に、忍は真っ正直に似合っていると告げられ、忍の様子を若干不思議に思いながらも恭也は礼を口にする。

そうして似合う服というものが見つかったから、彼はようやく試着地獄から解放……されるかと思いきや、まだまだと言うように再び衣服を差し出してくる。

どうやら、一着ほど見付かった所で解放する気はないらしい。それ故か、差し出された服を受け取りつつ彼は本日何度目かの溜息をついた。

そしてその溜息と同時にまたもカーテンが彼女らの手で閉められ、まだ四度目でしかなくも僅かに疲れた様子を見せつつ、彼は着替えへと移っていった。

 

 

 

 

 

恭也のファッションショーが終わったのはそれから一時間半後。その後に行われた忍とリースのファッションショーに使った時間もまた一時間半程度。

その中で最終的に購入すると決定した物は恭也のが二着、リースのが一着、忍のが三着という合計六着というそれなりな額になる数。

それを全て自分が払うつもりだったのかレジへと持っていこうとした忍を恭也は止め、さすがに自分とリースの分は払うと言いはしたのだが。

忍はその申し出を断り、たまにはプレゼントくらいさせてとやんわりとした笑みを浮かべながら言ってくるのだから、恭也も意見を押し通す事が出来ず。

結果として選んだ全ての衣服の代金は忍が払う事となり、その代りというように恭也は少し遅くなった昼食を自分が奢るという形で譲歩する事になった。

その後はほんの二時間ほどデパート内のゲームコーナーで遊び、午後四時を回った辺りでデパートを後にし、忍は恭也とリースの二人と別れて自宅へ帰宅した。

 

「たっだいま〜!」

 

「お帰りなさいませ、忍お嬢様。恭也様とリース様のお二人とお出掛けとの事でしたが、それにしてはずいぶんとお早いお帰りでしたね」

 

「ん、まあね〜。すずかとファリンは?」

 

「すずか様は一時間ほど前に学校から帰宅なされてすぐ、なのは様の所へ遊びに行くとお出掛けになられました。ファリンは二時間ほど前に夕食の買い物へ出かけたっきり戻ってきておりません」

 

「戻ってきてないって……まさか、迷子になってるとか?」

 

「いえ……おそらくですが、大方忘れていった財布を落としたものと勘違いして探し回っているのではないかと思います」

 

「……連絡、してあげないの?」

 

「もしもの場合にと渡しておいた携帯も部屋のテーブルの上に置き忘れていましたので、連絡の取りようも……」

 

帰ってきたときに普段なら昼頃にファリンがしているはずの玄関先の掃除をノエルがしているのを見たとき、僅かだがそんな予感はしていた。

ただそれが実際に彼女の口から呆れ交じりに語られると忍としては呆れを通り越して笑うしかなく、ノエルもまた呆れた顔のままで深い溜息をついていた。

ともあれ、連絡の取りようも無い消息不明のメイドの事は考えても仕方ない。自分で気付くか諦めるかして帰ってこない限り。

そんなわけで彼女の事はとりあえず頭の隅に追いやりつつ、ノエル以外がいないという事にちょうどいいと呟きながら彼女を引き連れ、自室へと赴く。

他にもすべき事があるのに半ば強引に連れてこられた事にノエルは疑問符を浮かべつつも、実際に問う事は無く忍の行動を黙って見守った。

すると彼女は部屋に入ったと同時にベッドの下から小さな箱を取り出し、その蓋を開けて小さな機械を取り出すとノエルに近場へ来るよう手招きをした。

それに首を傾げながら近づいてきたノエルへ忍は手元の機械から延びるイヤホンの片方をノエルへ渡し、彼女はそれを耳に付けると同時に機械を弄り始める。

 

『――かしだな……他の人ならいざ知らず、さすがにこういった服は俺には似合わんだろ』

 

『そんなことないってば。もう……いい加減恭也は自分の事を少しは知るべきなんだと思うよ、私は』

 

『むぅ……』

 

直後、イヤホンから聞こえてきた二つの声にノエルは驚きの表情を浮かべる。基本は無表情な彼女にしては珍しいくらい、分かり易い驚きを。

けれど彼女がそんな顔をしてしまっても仕方のない事。なぜなら、イヤホンから聞こえて来た声はどちらも、非常に聞き覚えのある事だったのだから。

 

「忍お嬢様……これは一体、どういう事なのでしょうか? なぜ、恭也様とリース様のお声が……」

 

「ん? ああ、簡単な話だよ。単純に恭也のある持ち物に盗聴器を仕掛けたからってだけ♪」

 

「ある持ち物、ですか?」

 

「うん♪ さすがの忍ちゃんもあんなに上手くいくとは思わなかったけどね〜」

 

そう全く悪びれた様子も無く言う忍が実際何に盗聴器を仕掛けたのかと言えば、それは今日購入した恭也の衣服。

普通に彼の服へ仕掛けるのは結構困難な上、その日に洗濯されてしまえば無意味になる。だからこそ、そのチョイス。

その日に買った服なら少なくともその日に洗濯される事は無いし、恭也の性格を考えれば明日明後日にソレを着るという可能性も薄いのだ。

そしてそれ故、恭也が払うと言ったときも拒否したというわけである。それを了承した場合、彼が会計に持っていく流れになる可能性が高かったから。

とはいえ、何にしても忍が口にした事は彼女をご主人様と定めるノエルでさえも呆れさせるに至る事実という事に変わりは無かった。

 

「これは……俗に言う、ストーカーというものと同じなのでは?」

 

「違う違う。ストーカーっていうのは相手に迷惑や危害を与えるけど、私がしてるこれは恭也に対して迷惑にもなってないし危害も与えてないもの」

 

「……それは現状気付かれてないからというだけで、気付かれたら結局同じかと思いますが」

 

「もう、ノエルは文句ばっかり……そんなに嫌なら、聞くの止める?」

 

「……いえ」

 

散々忍の言う事に言い返していたにも関わらず、ならば聞くのを止めるかと問えば反して答えはノー。

何だかんだ言いつつも彼女とて気になるのだろう。忍だけでなく、ノエルにとっても恭也という人は特別と言ってもいい存在なのだから。

そんな彼女の気持ちを忍も知り得ている故か、その返答には笑みで返しつつ、それ以降は二人して黙りこくる。

そしてただイヤホン越しに聞こえてくる声――恭也とリースの談笑に近い会話に耳を傾け、静かに聞き続けるのだった。

 

 


あとがき

 

 

愛って怖いね〜。

【咲】 ……その一言で済ませていい事ではないと思うわ。

あははは……まあ、そこは忍だからって事で。

【咲】 はぁ。ま、とりあえずそこはいいとして……これが本筋の話とどう繋がってくるのよ? あんまり関係ないように見えるけど。

ん〜……まあ、盗聴器を仕掛けたってことだけを見ればね。ただ問題なのは、彼がソレが仕掛けられたモノを何処に置くかだ。

【咲】 普通に考えたら自分の部屋よね。

だよね。その上で今回の話で出たが、恭也は自分の部屋で何をしてる?

【咲】 ……ああ、なるほどね。つまり、忍が恭也の事情を知ってしまう可能性が大きく出てしまったってわけ。

そういう事だ。ついでにもしも知ってしまった場合、彼女がどういった行動を起こすかもある程度想像は付くだろ?

【咲】 まあ、ある程度はね。ていうかさ、恭也の着せ替えってのも盗聴器を仕掛けるためのカモフラージュみたいなものなの?

んにゃ、アレは純粋に遊んでただけ。というかあのときは彼女自身、盗聴器の事を忘れてたり。

【咲】 それはそれでどうなのよ……。

まあ、それほど恭也“で”遊ぶのは面白かったって事だよ。

【咲】 “と”ではなく“で”って辺りが若干悪質よね。

かもな。ともあれ、今回の話で忍が恭也の事情を知る可能性が出てしまったわけだが。

【咲】 もしも知った場合、忍が何かしらの行動を起こしたら恭也はどうするのかしらね。

ま、そこの辺も含めて今後をお楽しみにって感じだな。

【咲】 ……実際のところは考えてないだけだったりして。

そ、そんなわけないじゃないか。全く何を言うんだか、ははは……。

【咲】 …………。

えっと、いや、本当に考えてないわけじゃないですよ? ホントですよ!?

【咲】 はぁ……まあ、いいわ。それで次回はどんなお話になるわけ?

ふむ、次回はフェイトとシェリスサイドのお話だな。

【咲】 と言う事は『シェリスとの仲を深めよう』の第三段って事?

んにゃ、次回はそれではないな。仲を深める要素になる部分はないから。

【咲】 じゃあどんなお話なわけよ?

ん〜……まあ、一言で言えばフェイトが執務官のお勉強をしますって感じのお話。

ただあくまで執務官の勉強内容とか俺も詳しくないから、雰囲気だけになるが。

【咲】 アンタって基本的にそうじゃない。

う……否定できない。ま、まあともあれ、そんな中でフェイトはある事を疑問に思い、ある事実を知る事になる。

それが次回のお話の概要だ。

【咲】 具体的な部分は次回を待てって事ね。

そゆこと。それでは、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




いやいや、忍恐ろしい事を。
美姫 「盗聴と聞いて、まず真っ先に恭也たちの事情が漏れるかどうかだったわね」
ああ。しかも、どうも漏れそうな感じがビンビンと漂ってますな。
美姫 「流石の恭也もプレゼントに盗聴器を仕込まれているとは思わないわね」
普通は思わないから。それにしても、この行為が今後にどんな影響を与えるのか。
美姫 「とっても気になる部分よね」
ああ。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る


inserted by FC2 system