以前も言った事ではあるが、時空管理局へ正式に入局したなのはたちは多忙に近い毎日を送っている。

休日がないわけではないが、ほとんど毎日と言ってもいいくらい放課後から管理局での仕事や訓練があったり。

それが無い日でも、平日となれば基本的に学校があり、帰宅しても宿題があったりするので中々に大変。

友人と遊べる日など一週間に一度あるかないかだ。正直守護騎士たちはともかく、小学五年生のなのはたちにはハードという他ない。

ただそのハードな日常を送っている三人の中で一人――フェイトのみはよりハードな日々を現在進行形で突き進んでいた。

 

「…………」

 

学校が休みとなる日曜日の朝から、自室の机と向き合ってお勉強。けれどそれは学校の宿題などではない。

そんなものよりも遥かに難しい、時空管理局執務官という役職になるための勉強。それが今、彼女が勉強している内容である。

とはいえ、この役職に付くための試験というのは半年に一度行われるのだが、現在勉強しているからといって今年受けるわけではない。

というより、受けた所で落ちる事ぐらい彼女も分かっている。筆記にしろ実技にしろ、合格率が15%以下と言われるほどの難関なのだから。

それ故、あくまで現在彼女が勉強をしているのは何年後かはまだ未定ではあるのだが、いつか受けるであろう試験の日のため。

しかしながら午後の三時からはお仕事があるという事になってはいるが、それでもそのときまでは自由であるはずの時間。

中々遊べない友人たちと遊んだり、自宅でのんびりしたり出来る時間。なのになぜ、フェイトはそんな貴重な時間を使って勉強をしているのか。

その理由というのは正直単純であり、傍目から見れば哀れにも見えてくる理由。ある意味で不幸と言ってもいいかもしれない、理由。

 

「にゃーーー♪」

 

「待てやこの馬鹿猫娘がぁぁぁ!!」

 

部屋の外から聞こえてくる二つの声。それこそが正しく折角の休みを返上してまで彼女が勉強する理由を作った原因。

それが誰かと言えばもうご存知の通り、同じくハラオウン家の住人であるシェリスとアルフ。この家では恒例のお騒がせコンビである。

基本的に甘えたがりのシェリスがフェイトの勉強の邪魔をし、それを止めようとしたアルフに噛みついて追い駆けっこへ発展する。

そのせいでほぼ毎日、家の中は荒れる。そしてそれを片付けるのは基本的にフェイト(一応アルフも手伝うが)であるため、結果的に勉強時間は完全に潰される。

そんな日々が続くものだから、フェイトは仕方なく平日の勉強をシェリスが寝てからという形に時間調整をして構ってあげるようにしている。

尚且つ、今のように休日も基本的には勉強に費やすようにしている。もちろん例外な日も存在するが、大体の場合はそういう感じというわけだ。

ただまあ、結局のところ八神家へ遊びにでも行っていない限りはシェリスも家にいるわけで、どの道家内が騒がしいというのに変わりが無いというのが現状である。

 

「……今度、耳栓でも買ってこようかな……」

 

あまりの煩さにそんな事を一人呟くが、その独り言でさえも部屋の外の廊下を駆け回る音で掻き消される。

けれどここで静かにしてと文句を言いに行けば、必ずシェリスの構って攻撃が始まり、結果として勉強時間は潰されてしまう。

それ故、煩さを何とか我慢して集中集中と呟きつつ勉強を続ける……のだが――――

 

 

 

 

 

――次の瞬間、その我慢は無意味だと言わんばかりに部屋の扉が大きな音を立てて勢いよく開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第二十六話 受け継がれるは確かな繋がり証

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり開かれた扉にフェイトはビクッと驚き、何事だと扉のある方面へと顔を向けた。

それと同時に聞こえたシェリスの呻き声。そして視界に入ってきたのは、入口付近でアルフに取り押さえられている彼女の姿。

この光景を見るだけで大体の事情が察せてしまう。大方、また何か悪さをしたシェリスが逃げ場を失ってここに逃げ込んだのだろう。

そして逃げ込んだと同時にアルフに取り押さえられ、現在に至る。そんな簡単に察せてしまった経緯故か、フェイトは小さく溜息を一つ。

 

「はぁ、はぁ……や〜っと捕まえたぁ。覚悟しなよ、この馬鹿猫……今日という今日は梅干しやお尻ペンペン程度じゃ済まさないからな!」

 

「うにゅ……」

 

そんなフェイトの様子に気付いていないのか、もしくは余裕が無い故にここがフェイトの部屋だと未だ気付いていないのか。

どちらにしろ、アルフはフェイトに目も向ける事無く取り押さえたシェリスへ怒り心頭にそう告げ、彼女の身体を小脇に抱える。

そしてそのまま立ち上がり、そこでようやく気付いたのだろうか。フェイトのほうへと振り向き、目が合ったと同時に謝ってきた。

けれどフェイトとしてはかなり呆れはしているものの、これはいつもの事。それ故か、勉強を邪魔された事に関しては怒るという事はなかった。

しかしながら、それはいいとしても別の事では注意しなくてはならず、今一度溜息をつきつつペンを置き、身体ごと彼女の方へ向いて口を開いた。

 

「シェリスにもアルフにも、前から言ってる事だけど……あんまり騒ぎ過ぎちゃ駄目だよ? 私に迷惑を掛ける程度ならまだいいけど、度が過ぎると近所迷惑になっちゃうんだから」

 

「う……ご、ごめん。今度からは本当に気を付け――痛っ!!」

 

実際に言われていた事である故か再び謝罪を口にしようとするが、その言葉は現在彼女が抱えている者――シェリスによって遮られる。

何をしてきたのかと言えば、単純明快。お仕置きが嫌で脱走を図るも拘束が解けないものだから、自身を抱える彼女の手へ噛みついたのだ。

ここに住み始めた当初からの事なのだが、どうにもシェリスは自分が危機に瀕している状況下だと相手に物理的に噛みつく癖がある。

フェイトはされた事が無いが、毎回噛まれているアルフの反応を見る限り、相当痛い様子。というか実際、歯形が残るぐらいだから確実に痛いだろう。

そんな噛みつき攻撃を噛ました本人はと言えば、痛みで拘束が緩んだのを良い事に逃走。即座に椅子に座るフェイトの後ろへと隠れてしまった。

反対にアルフは痛みで顰めていた顔を途端に怒りに満ちた顔へ変え、捕まえるために動こうとするも、動く前にフェイトに静止の声を掛けられる。

他でもないフェイトの言葉だからか、それに渋々ながらも頷きつつ飛び掛かる事を止めた彼女を確認した後、フェイトはシェリスの方を向き、口を開いた。

 

「ねえ、シェリス。今日は一体どんな事をしてアルフを怒らせちゃったのかは知らないけど……悪い事をしたら、ちゃんと謝らないと駄目だよ?」

 

「ぶぅ……シェリス、悪い事してないもん」

 

「そっか。じゃあ、たぶんシェリスにとっては悪気があってやった事じゃなかったんだね。でもね……シェリスにとってはそうだったとしても、相手にとってはそう見えないときもある。良い事だと思ってした事でも、相手は嫌な思いをさせられたって誤解して怒っちゃうときもあるの」

 

「フェイトお姉ちゃんも?」

 

「そう、だね……うん、少なからず私もそういうときはあるかな。でも、それは結局誤解によっての事でしかないから、ちゃんと説明してもらえれば被害を受けた人だって分かってくれる。けど説明も何もしないままシェリスみたいに逃げちゃったりしたら、相手は悪気があってしたんだって更に誤解しちゃう。だからね、シェリス……今度からは逃げたり噛みついたりするんじゃなくて、自分はこういう事をしたかったんだって説明してあげて? そうすれば、アルフだって今みたいに怒ったりしないと思うから……ね?」

 

本当に理解したのかどうかは分からないけど、頭を撫でながら優しくそう諭せば彼女は小さく頷いて返してくる。

それ故、フェイトも良い子良い子ともう少しばかり撫でてあげれば、気持ち良さそうな顔でその温もりに身を委ねていた。

その最中でフェイトは彼女の頭を撫でつけながらもアルフのほうへ視線だけを向け、今回は大目に見てあげてと目で告げる。

状況的にこれ以上怒りを抱く事も出来なくなったというのもあり、アルフも仕方ないなぁと言うように溜息を付きつつもそれに頷いた。

その直後にゆっくりとシェリスのほうへと歩み出し、至近まで近寄ると至福の表情をしている彼女を再び担ぎ上げる。

 

「――にゃ!?」

 

「ほいほい、気持ち良さそうなところ悪いけどフェイトも今は勉強中だからな。アタシらがいても邪魔になるだけだから、リビングに戻るよ」

 

いきなりフェイトと引き離された事に驚きの表情を浮かべるも、彼女がそう言った直後に暴れ出す。

言うまでも無く、それはフェイトの傍に居たいからという意思の表れなのだが、それが分かるからと言って了承出来るわけでもない。

今言った通りで彼女は勉強の真っ最中なのだから、一番邪魔する率の高いシェリスを置いておくというわけにもいかないのだ。

だから今度は噛まれても離すまいとガッチリ担ぎ、無理矢理にでも連れて行こうとするのだが、またもそれをフェイトが声を掛けて止める。

 

「私に気を使ったりしなくてもいいから……シェリスのしたいようにさせてあげて、アルフ」

 

「へ? い、いや、でもさ……」

 

「大丈夫だよ。シェリスだってちゃんと言えば分かる子だから……ね?」

 

「……はぁ。ほんと……フェイトはシェリスに甘過ぎだよ、全く」

 

先ほどのように窘める事はするが、基本的には甘やかす。だから、シェリスは全く遠慮を覚える事が無い。

けれどその甘さもフェイトの良い所と言えばそう。それ故か、文句のような一言とは裏腹にアルフは苦笑を浮かべ、シェリスを下ろした。

すると途端にシェリスはアルフから離れ、フェイトの至近まで再び走り寄るとまるで猫のように彼女の腕へと擦り寄った。

それにフェイトも微笑を浮かべながら反対側の手でまた彼女の頭を撫で、そんな二人へアルフは苦笑を浮かべたまま背を向け、部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

アルフが部屋を出てから経過した時間にしておよそ一時間。何かしら迷惑を掛けるかと思いきや、シェリスは至って大人しかった。

以前服を買いに行ったときに姉のリースから買ってもらった猫のぬいぐるみを抱き、部屋のベッドの上でゴロゴロとしているだけ。

この家に来た初日からフェイトと同じベッドで寝るんだと強請り、それ以来ずっと一緒の部屋で寝ているからシェリスの私物も所々にある。

ぬいぐるみに関してもその一つなわけなのだが、それ以外でも一人で暇潰しが出来そうな物は当然ながら存在している。

けれど彼女はそれらに一切手を付けず、ぬいぐるみを抱いてゴロゴロ。しかしまあ、どちらにしろ大人しくしているなら、それに越した事は無い。

 

 

 

――そのはずなのだが……。

 

 

 

馬鹿に大人しいせいか、逆にフェイトのほうが落ち着かず。たびたび勉強の手を止め、チラチラと様子を窺ったりしていた。

それはフェイトにとってシェリスは構って構ってと甘えてくるのが常という認識がある故。だから、こう大人しいとどうにも落ち着かない。

しかしながら、今日は勉強をするからあまり構ってあげられないと朝方言った手前、自分から声を掛けるというのも憚られる。

だが、気にせず勉強に集中と自分に言い聞かせても、大人しくしているシェリスが後ろにいるというだけで集中は途切れてしまう。

 

「……はぁ……」

 

そのせいでか小さく溜息などつき、ペンを一旦机へと置く。そして大して疲れてもいないが、何となく伸びなどをしてみた。

するとそれが切っ掛けでか、フェイトの集中を乱していた張本人がその動きに反応し、ぬいぐるみを置いて近寄ってくる。

そしてフェイトの横へ来ると彼女の顔を覗き込むように視線を合わせ、ようやく終わったのかと問う様な期待の目を向けてきた。

この視線によってシェリスがなぜ大人しくしていたかというのがようやく、フェイトにも理解出来てしまう事となった。

おそらく下手に構って貰おうとするより、少し我慢して大人しくしていればその分早く終わり、そこから一杯遊んでもらえると思っていたのだろう。

ほとんどの場合で考えなしに行動する彼女にしてはこれは珍しいという他ないが、そんな珍しい行動が逆に勉強の妨げになってしまった。

それ故に期待の目を向けられてもソレに応える事が出来ず、申し訳なさそうな顔でちょっと休憩してるだけと告げるしかなかった。

その答えにシェリスは期待の目から一転して不満顔となり、頬を膨らませる。けれどそれでも勉強を止める事は出来ず、結局は撫でてあげるしか出来る事はなかった。

だが、撫でられてもやはり若干不満顔だった彼女が徐に机へと目を向けた途端、その表情をまたも一転させ、机の上へ手を伸ばして一冊の書物を手に取った。

 

「? その本がどうかしたの、シェリス?」

 

「にゃ……コレ、どこかで見た事がある気がするの」

 

「――え?」

 

シェリスが手にした薄くもないが際立って分厚くもない書物。それは執務官になるための教材としてリンディから渡された物である。

中に書かれている内容は主に管理局が定めた法に関しての事。そのため中身は非常に小難しい本ある事から、確実にシェリスが嫌う部類の本。

そんな本を手に取り、どうしたのかと尋ねてみればそんな言葉を返してくるものだから、聞いた直後はフェイトも驚く他なかった。

聞いた話ではリースとシェリスの父――ジェドはデバイスを作ったり、新たなシステムを開発したりする職であるデバイスマイスター。

ともあれば、これがそれに関係する書物なら彼女の発言も分からない事は無い。でも、現在彼女が手にしているのは法に関しての本。

デバイスマイスターという職と関係があるとは到底思えない。だからこそ、こんな本を彼女らの父が持っていたという可能性はフェイトの中で極めて低い。

 

(でも……それなら、一体どこでコレを?)

 

管理局が定めた法に関しての本だから、この世界にはまず出版していない。当然ながら、シェリスとこの世界以外の世界の書店へ行った覚えも無い。

だとすれば、シェリスは一体どこでその本を見たと言うのか……勉強をしなければならないという事もすっかり忘れ、その事だけが頭をぐるぐると回り続ける。

だけど答えは全く出ず、シェリスにどこで見たのか直接聞いてみようかと考えるが、それを口にする前に聞いても意味がないという事に気付き、口を閉ざす。

そうしてまたも無言で考え込む中、当の本人は問題の書物をパラパラと捲り始めていた。が、その直後に顔を顰め、開いて数秒でパタンと閉じてしまう。

 

「……全然面白くないの、コレ」

 

「え――あ、うん、そうかもね。ソレは漫画や小説みたいに読む人を楽しませようとして作られた本じゃないから」

 

「うにゅ……」

 

本人にとって面白くない部類の本を少し読んだだけでなぜか落ち込むシェリスにフェイトは少しばかり困ったように頬を掻く。

だがそこで少し前、なのはから半ば押し付けられるような形で漫画を借りた事を思い出し、その事をシェリスへと伝えてみた。

すると途端にシェリスの表情は落胆から笑みへと変わり、フェイトが教えた本棚へとトコトコと駆けていき、指定された段を探し始める。

そしてソレっぽいものを見つけると数冊ほど手に取ってベッドへと戻り、再び寝転がって持ってきた漫画を読み始めた。

その様子を僅かな苦笑を浮かべつつ見ていたフェイトは再び大人しくなったシェリスに背を向け、ペンを手に取って勉強を再開しようとする。

けれどその途端、先ほどの疑問が頭を過ってしまい、どうしても気になるという気持ちのせいか一旦頭の奥へ押し込もうにも出来ず。

そうして結局、シェリスがこの部屋に留まった時間からフェイトの勉強の手は止まったまま、お昼を迎える羽目となるのだった。

 

 

 

 

 

毎度の如く騒がしい中で昼食を食べた後、フェイトは再び勉強へと戻ったがやはり、疑問が渦巻いて手が付かなかった。

そうして机と向き合う事、およそ三十分。とうとう我慢の限界に達してしまったのか、机の上に置いてあった携帯を手に取る。

そして立ち上りつつ扉のほうへ向かえば、午前中から続けて部屋に滞在中のシェリスが付いてこようとするのですぐ戻るからと押し留め。

不満顔をしながらも分かったと頷いたシェリスに見送られるようにして部屋を出た彼女はそのまま、リビングの方へと赴いた。

 

「…………」

 

リビングのほうではお昼を食べ終えたアルフが若干だらしない格好でソファーに寝そべり、お昼寝の真っ最中。

鼾こそ掻いてはいないが、フェイトとしては彼女がそんな恰好で寝ているというだけで少しばかり恥ずかしい気持ちに駆られる。

けれど寝顔が気持ち良さそうだというのも事実であるため、なるべく起こさぬように忍び足でベランダのほうへと近づいた。

そしてガラス張りの引き戸を静かに開き、ベランダへと出ると声が中へ届かぬよう戸を閉め、そこでようやく携帯を開いてアドレス帳を画面に出す。

そのアドレス帳を見つつ少し悩み、およそ一、二分ほど悩んだ末に『なのはの家』という名前のアドレスを開き、通話ボタンを押して耳へと当てた。

それから呼び出し音を聞きながら待つ事、およそ三十秒後。呼び出し音が途切れた次の瞬間、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『はいは〜い。高町ですが、どちら様ですか〜?』

 

「えっと、フェイトですけ――」

 

『なのはにご用事なら家に居ますので携帯に直接お掛けくださ〜い……では〜』

 

用件どころか名乗りも最後まで言わせてもらえる事無く、勝手になのはに用事だと決め付けて電話を切られる。

その相手が誰かと言えば、声と態度からしてリース。というか、あの家でこんな対応をする人は彼女以外に考えられない。

とはいえ、面と向かってでも言動に容赦ない彼女が、まさか電話ででもこんな態度で応対するとはさすがのフェイトでも思わなかった。

ついでに言えば、家に居るから取り次ぐではなく、家に居るから携帯に掛けろというその言動もはっきり言って意味不明。

それ故か電話が切れてからしばし呆然としてしまうのだが、数秒で我へ返ると今一度、同じ番号へと電話を掛けた。

 

『もしも〜し、高町でございま〜す』

 

「あ――」

 

今度は一言目が放たれようとした瞬間にガチャッと電話が切れる。最初の対応より、更に性質が悪くなってきていた。

故にここでもフェイトは呆然としてしまうが、再び我へ返るともう一度電話を掛ける。だが、今度はまた更に性質が悪く、繋がる気配すらない。

そのため、フェイトは仕方なく家へ直接電話する事を諦め、なのはの携帯のアドレスを出して電話を掛けた。

 

『はい、もしもし?』

 

「あ、なのは? フェイトだけど……今、なのはは家にいるんだよね?」

 

『いるけど……どうして知ってるの?』

 

「えっと、ちょっとリースに聞きたい事があって家に直接電話したんだけど……なのはへの用事だって勘違いされちゃって」

 

『あ、あはは、そうなんだぁ。じゃあ、さっきまで鳴ってた電話もフェイトちゃんからだったんだね』

 

「うん……それで、手間だとは思うんだけど」

 

『リースちゃんに代わって欲しい、だよね? 分かった、ちょっと待っててね』

 

保留ボタンというものが無いため、待っててという言葉の後になのはがリースの名を呼びつつ廊下を走るのが音で分かる。

けれどその後に叫び声のようなものが聞こえたかと思えば、続けてなのはの怒鳴る声と共に先ほどまで以上に盛大な足音が電話越しに聞こえる。

これにフェイトはこの間の片付けでの騒動の事――喧嘩は多いが、それでも仲良くなる切っ掛けだったあの騒動を思い返して僅かに苦笑。

そして彼女にとって微笑ましいと思えてしまう騒ぎ声がおよそ二分ほど聞こえたかと思えば、ようやく目的の人が電話へと出てくるに至った。

 

『う〜い……御指名を受けましたリースちゃんですけど〜、一体全体何用でしょうか〜?』

 

「え、あ、んっと……ちょっとシェリスの事で聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

 

『はぁ……やっぱり用件はソレですか。で? 今度はどんなやんちゃを仕出かしたの、あの子は?』

 

「あ、ううん、今日のはそういった事じゃなくって……その……」

 

どう言ったらいいのか僅かに悩み、言い淀んでいると途端に早く言いなさいよと容赦なく彼女は急かしてくる。

それにフェイトは若干慌てたような様子を見せつつ下手に簡略化する事を止め、事の次第の一部始終を全て話した。

と言っても、内容的にはそこまで長いというわけでもないため、全てを話すのに費やした時間は二、三分程度と短いもの。

もっとも、それでもリースは説明が長いと文句を言ってくる辺り、本当に何かに付けて文句の多い子であると言えよう。

けれど文句は言いつつも問われた内容に関してはしっかりと考えてくれていたのか、文句から続けるにようにして返答を返してきた。

 

『ん〜……最初に言っとくとその本をリンディに上げたのってさ、私だったりするんだよね』

 

「リースが……?」

 

『うん。この前の一件のときに私がお父さんの部屋から火事場泥棒して大量の本を頂いたんだけど、その中に他のとまるで関連性も無いその本が紛れ込んでてね〜。何でこんな本を持ってたんだろって私も考えたけど、結局答えが出なかったから考えるのを諦めてリンディに上げたの。フェイトが執務官を目指してるって聞いてたから、ちょうどいいかなって思ってね』

 

「そう、なんだ……じゃあ、その話を聞き限りだとシェリスがこの本を見たのはあの場所でって事になるのかな?」

 

『だろうね〜。ついでにこれは私の仮説なんだけど、その本があそこに置いてあった理由ってさ……たぶん、私たちのお母さんが少なからず関係してると思うんだよねぇ』

 

「――え?」

 

『まあ、あくまで仮説だから確実ってわけじゃないし、何よりどう関係してるかまでは私も検討が付かないんだけどね。ただあの本を渡した時の反応からしてリンディは少なくとも何か知ってると思うから、どうしても知りたいなら聞いてみたらいいよ。それじゃ、ばいば〜い』

 

話すだけ話したらまたリースは一方的に電話を切る。だが、今度はフェイトも掛け直す事はしなかった。

それよりもリースが最後の方で口にした言葉が新たな疑問となって渦巻いてしまい、それに頭を悩ますので精一杯だったのだ。

けれどいくら考えても、やはり一人では答えは出ない。というより、手持ちの情報ではあまりに少な過ぎるのだから、答えが出る方が可笑しい。

それ故、フェイトはリースが最後に助言した通り、今日の仕事の際にリンディにも会えるだろうから直接聞く事にして考えるのを止めた。

だけどそれでも、疑問はやはり渦を巻き続けるためか、結局それから仕事の時間までの間も勉強に集中するという事は出来なかった。

 

 

 

 

 

そんなわけで全く勉強が進まぬまま迎えたお仕事の時間。と言っても現状、フェイトがやれる事というのは少ない。

というよりも執務官になるために努力をする事が今の彼女にとっての最重要事項であり、その努力を重ねる事が彼女の仕事なのだ。

よほど急を要する事態でも起こらない限り、それが一番重視される。だから実際、現状では職場へ出勤する意味というのが全くない。

けれど、意味は無くとも出勤はしなくてはならないのが事実。それに彼女としても、出勤する事が現状全く意味の無い物とは感じていない。

先も言った通り、執務官試験というのは筆記だけでなく実技もある。だから、心おきなく実技訓練が出来るというだけで出勤する意味は出てくる。

そのため、基本的に出勤日は訓練室で自主的に一人で訓練をしているのだが、今日は若干時間が空いているのかクロノが付き合ってくれる事に。

執務官という役職についている彼は様々な事への対応や対処を求められるため、アースラスタッフの中ではかなり忙しい方。

そんな彼が訓練に付き合ってくれるというのだから、フェイトとしても嬉しい。だから、本当ならすぐにでも訓練室へ行って訓練を始めたいとは思った。

だが、急く気持ちはありしも今の彼女にはその前にリンディへ聞かなければならない事がある。ほぼ一日中悩んでいたシェリスの発言に関しての事を。

もしも本当に二人の母親であるエティーナが関係しているのなら、一番彼女と交流があったはずのリンディは何かを知っているはずと今ではフェイトも思う。

それ故、フェイトはクロノにリンディに用事があるから少し待って欲しいという旨を告げ、それに彼が了承したのを確認した後、リンディのいる部屋へ赴いた。

全ての事件の事後処理も終わり、クロノと共に彼女が本局から帰ってきたのは数日前の事。ただまだ少しやる事があるらしく、家の方にはまだ帰ってきていない。

ともあれ、家には帰ってきていないがクロノがここに居る時点でリンディもいるという事に繋がり、すぐに部屋へと赴けば予想通り、彼女はそこにいた。

そして彼女に聞きたい事があると告げれば、突然の訪問から唐突な要求にも関わらず、彼女はにこやかに頷いて時間を割き、話を聞いてくれる事に。

そうして向かい合った彼女へ、フェイトは今日ずっと抱いていた疑問をポツリポツリといった感じではあるが、丁寧な口調で一つ一つ告げていった。

 

「――という事なんですけど……リンディ提督?」

 

話し始める事、僅か数分。全てを話し終えていざ疑問となるべき部分を問おうかとしたとき、彼女は驚きの光景を目にした。

先ほどまではいつも通りの笑顔だった彼女が、話し終えた途端に涙を流し始めたのだ。静かなものではあるが、確かな涙を。

彼女の浮かべる表情は今まで様々なものを見てきた。けれど、こんな風に涙を流したというのはフェイトも出会って一度も見た事がない。

だから、思わずなぜ泣くのかと呆然とした口調で彼女は問う。するとその声で我に返ったかのようにリンディは目元を拭いつつ、静かに口を開いた。

 

「ごめんなさい……あんな本をどうしてジェドさんが持っていたのか、だったわね? そこに関しては私としても推測の答えになるのだけど、たぶんアレがエティーナの形見の一つだったからだと思うわ」

 

「形見、ですか? でも、前に聞いた話の通りだとエティーナさんはデバイサーの方、だったんですよね? なのに何で、あの本を?」

 

「それは……」

 

言い淀むような沈黙。けれどそれは彼女も知らないからではなく、事実を語る事を躊躇っているからの沈黙。

そして躊躇う理由も、犯罪に関わっているからというものではない。単純にリンディにとって昔を思い出させる事だからだ。

話でしか知らないが、リンディにとって大切だった人たちがいた昔というのは一番幸福な時だったのだと分かる。

だからこそ、それが失われた今は思い出すのが辛く、話す事を躊躇う。それ故、フェイトもこれ以上は聞かないほうがいいかもと考え始める。

そのため自分から始めた話ではあるが、ここで話を打ち切ろうとした。けれどそれより早くリンディは躊躇いを払い、静かに言葉の続きを語る。

 

「私が、彼女に渡したからよ。リースちゃんや、シェリスちゃんが生まれるよりも……ずっと、以前に」

 

「リンディ提督が……?」

 

「ええ。あのとき、私はまだエティーナの管理局入りを諦めていなくて、ずっと勧誘し続けてたんだけど……その中で執務官に関しての話が挙がった事があったの。そのときはあの子、珍しく真面目に話を聞いてくれたからこれはチャンスかなって畳みかけるように執務官って役職の魅力とかを話して勧誘したのよ」

 

「それで……エティーナさんは、リンディ提督のお誘いに頷いてくれたんですか?」

 

「ううん……結局、あの子は首を縦に振ってくれなかったわ。でも、私自身はあの子の様子的に好感触だって思っちゃってたから、その後日に執務官になるために必要な知識が書かれてる本をたくさんあの子に上げたの。フェイトさんに渡したあの本は、その中の一冊よ」

 

その本たちもエティーナの死後、ジェドの研究所にあった物がほとんど処分された過程で失われたはずだった。

けれどその中の一冊をジェドは形見として持ち、リースがそれを持ち返り、再びリンディの手に戻ってきた。

それだけでもある種の運命を感じ、そのときも凄く悲しくなった。だけど、泣く事までは何とか我慢できたのだ。

だが、この話を思い起こさざるを得ない状況を他でもない彼女のもう一人の娘に再び作らされ、我慢が決壊してしまったのだ。

でも、そこから流された涙はもう今は無く、少しの悲しみの感情を入り混ぜながらも先の様な笑顔へ戻り、優しい声色で告げる。

 

「つまりあの本はね、フェイトさん。私とあの子との間に繋がりがあった事を示す、唯一の物なのよ」

 

あの頃を過ごした皆との思い出の品としては、皆で撮った一枚の写真がある。だが、エティーナ個人との繋がりを示す物は無かった。

だけど偶然か必然か、それは彼女の娘によって齎された。だからこそ、それはリンディにとって大事な代物だと言える。

だからか、借りるような形とはいえ、フェイトはそんな物を自分みたいな部外者が持っていていいのかと彼女へ戸惑い気味に問う。

その問いに彼女は笑みを崩さぬまま、優しく返した。そんな物だからこそ、シェリスと共にある事を決めたフェイトへ渡すのが自分にとっての必然なのだと。

実際に使う人は違えど、それが一番自分にとって正しい選択なのだと。そう告げられ、フェイトはやはり戸惑い気味ではあったが、それでも頷いた。

そしてそれで全ての疑問が解消されたためかフェイトが小さくお辞儀をして部屋から退室した後、リンディは再び机へと向き直りつつ静かに呟く。

 

「血の繋がりって凄いわよね……リースちゃんもシェリスちゃんも、本当に貴方にソックリ」

 

シェリスは過去のエティーナを投影する。リースは性格のほとんどが似てなくも、人の感情を読み取る事が長けている。

リース曰くシェリスもそうらしいとリンディも聞いてはいるが、リンディとしてはあの一瞬の表情の変化を読み取ったリースの方が長けているように思える。

だからこそ、リースも確かにエティーナの娘なのだと分かる。エティーナも、他人の感情の変化を怖いくらい的確に読み取っていたから。

それが正の感情なら良いが、負の感情なら彼女は必ず笑おうと言ってくる。何より、笑顔を見る事が大好きな人であったからこそ。

だからリンディはエティーナと付き合う内に自然と笑う事が多くなった。そして、きっとそれは彼女が自分の中で生き続ける限り続くのだろう。

 

 

 

 

 

――昔も今も、これからも……。

 

 


あとがき

 

 

何か色々とやってて忘れがだったが、一応フェイトも勉強くらいしてるのですよ。

【咲】 逆にしてなかったら落ちても当たり前としか言えないけどね。

まあな。で、今回はその事が今まで語られなかったリンディとエティーナの昔を僅かに暴いたわけだ。

【咲】 暴いたというのは聞こえが悪い気がするけど……まあ、要するにそういう事よね。

ま、以前と違って負い目も軽くなってるから、リンディも前ほど落ち込むって事もなかったけどな。

【咲】 むしろ、良い傾向になってきてるって感じもあるわよね。

だな。リースとシェリスの二人の存在がそういう方向へ導いているって事なんだろうが。

【咲】 というか、話を見る限りだと本当に二人は母親に似てるのね。

リースに関しては容姿以外がジェド似だけどな。けどまあ、反対にシェリスに至っては完全に母親そっくりだ。

【咲】 あれがデバイスになってなくてそのまま成長してたら、本当に生き写し状態になってたのかもね。

かもしれんな。

【咲】 にしてもさ……リースの電話での対応、凄いものがあったわね。

勝手に用件を決め付けて切り、それ以降は話も聞かず問答無用だからね。

ただこれは彼女の性格と言うより、彼女が早とちりしたってのが原因なんだよね。

【咲】 早とちりって?

話にも出てたが、フェイトの用件がシェリスの事に関してだって思ってしまったんだよ。

彼女はシェリスが問題を起こすたびに自分へ対処を聞いてくるのを良しとは思ってないからね。

だから、勝手になのはへの用事だと決め付けて自分は何も話そうとはしなかったってわけ。

【咲】 でも、結局最後にはまともな対応してたわよね。

なのはに怒られたからね。だから仕方無くって感じに。

【咲】 ふ〜ん、なるほどねぇ。

と、そんな補足的な事を話したところで次回予告の方へ行ってみようか。

【咲】 はいはい、次回はどんなお話になるわけ?

次回は八神家側のお話……要するにアスコナが目立つお話ってわけだな。

今まで臆病+人見知り故か一人はおろか、シェリス以外の人間と外に出ようと思わなかった彼女。

だが、その日に限ってはある目的のため自分から外に出ると決意し、とある人物と共に家から外出のだが……。

ってのが、次回のお話だな。

【咲】 案の定、何かしらの問題が起こるわけね。

問題と言っていいのかは分からんが、何も起こらないって事は無いな。

【咲】 ……ある意味、シェリスと同じくらい要注意人物なのかもしれないわよね、アスコナって。

だな。では、そんなわけで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




フェイトの勉強とリンディの昔話。
美姫 「ちょっとしんみりしつつも、昔を懐かしめるようになったのは良い事よね」
だな。こんな感じで、少しずつ昔の話が出てきたりするかもな。
美姫 「今回はシェリスも大人しくしている場面なんかもあったわね」
こちらも成長しているという事なのだろう。
次回はアスコナが外に出るみたいだし。
美姫 「こちらはどうなるかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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