八神家の末っ子であるアスコナはもうご存知の通り、非常に人見知りが強い子である。

そのため、シェリスがいなければ知らない人ばかりの外へ出掛ける事もなく、家の中でずっと一人で遊んでいる事が多い。

だが、だからと言ってアスコナと他の皆の仲が悪いというわけではない。それはアスコナが家の中で見せる態度を見るだけでも十分に分かる。

ただ仲が悪くはないのだが、それでも八神家の中ではアスコナと接する事が多い人物の順位というのが存在しているのも事実。

その順位の一番と二番に該当するのは言わずもがな、リィンフォースとはやて。当然と言えばそうだが、この二人は非常に彼女と接する事が多い。

反対に一番接する事が少ないのがヴィータで、その一つ上がシグナムだ。この二人はどうも、アスコナに若干苦手意識を持っているらしい。

そのせいか、どちらにしても今のままではいけないと思ってはいるが、どう接していいのかがイマイチ分からないために現状を維持してしまっているというわけだ。

しかしながら、ここまでの事は別段可笑しな事は無い。どちらにしても、彼女たちの性格や立ち位置を考えればある意味当然にも思えるのだから。

 

 

 

――けれどこの順位の中で一箇所、なぜだろうと首を傾げてしまう事がある。

 

 

 

それはリィンフォースとはやてに次ぐ順位に位置する者。これを大概の人は、シャマルだと考えてしまう。

料理の方面ではちょっとアレだが、それを抜かせば彼女はアスコナが好みそうな性格。事実、この二人はそこそこ接する事が多い。

けれど実際のところ、二人に次ぐ順位にいるのはシャマルではない。彼女よりアスコナと接する事が多い者がいるのだ。

もうここまできたら分かると思うが、シャマルを押し退けて二人に次ぐ順位に君臨している人物と言うのはズバリ――――

 

 

 

――『盾の守護獣』にして八神家の飼い犬である、ザフィーラだ。

 

 

 

以前も言った事だが、彼は積極的に話し掛けるタイプではない。尚且つ、基本的に騒動には我関せずを決め込む事が多い。

だから同じく積極的とは言い難いアスコナとは相性がイマイチのはずなのだが、可笑しな事にアスコナはザフィーラを好いている傾向が見られる。

はやてがおらず、リィンフォースが手の離せない用事をしているとき、他の騎士たちだっているのに彼女はなぜか、ザフィーラの所へ行くのだ。

だけど特別何かをするわけでもなく、基本的に彼の背を枕にして寝そべるだけのときが多い。そこで何か会話が為される事も正直に言えば少ない。

だというのにはやてやリィンフォースが相手を出来ないとき、アスコナはいつも彼の元に寄る。他の誰でもなく、一番話題が広がりそうにない彼の元へ。

 

「みゅ……」

 

《…………》

 

それははやてが学校でおらず、リィンフォースも食器洗いの手伝いで彼女の相手が出来ない今の状況でも変わらず。

朝食後は基本的に眠気が残っている事から、いつものようにザフィーラの背中を枕にして横になり、静かに眠っている。

反対に枕にされているザフィーラも煩わしいとは思っていないのか、彼女にさせたいようにさせるがままで自身も眠っていた。

この光景を一部の者が見れば、自然とアスコナに好かれた彼が羨ましいとも思える。けれどそれ以上に、誰もにとってコレは微笑ましくも映る光景であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第二十七話 少女の小さな冒険心、供に連れるは哀れな愛犬

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスコナが起きたのはそれから二時間半後の十一時前後。枕となっていたザフィーラが起きたのとほぼ同時。

けれどそのときは食器洗いこそ終わってはいたが、他の家事の手伝いでリィンフォースの手は未だ空いておらず。

それ故に甘えたい気持ちはあるが、ちゃんと我慢も出来る彼女は構ってとせがむ事無く、今もザフィーラと一緒。

だが今度は彼を枕にして寝るという事は無く、寝そべる彼の背中にポフッと乗っかるという少し奇妙な行動に出ていた。

でも、この行動もまた最近では良くある行動であるのか、ザフィーラは一度だけ欠伸をした後に彼女の望むとおりの行動へ出る。

 

 

 

――といっても、その行動というのはそこまで大層な事ではない。

 

 

 

というのもそれは単純に彼女を背中に乗せたまま立ち上がり、トコトコとその辺を歩き回るというだけの行動なのだ。

何がそこまで楽しいのかは分からないが、どうもザフィーラの背中に乗って歩き回るというのが彼女の中で娯楽の部類に入るらしい。

これをやり始めたのは少し前、ザフィーラの大きさからして乗ったり出来るかもと判断し、実際に乗って歩き回ったのが始まり。

それ以降、これが彼女の中で娯楽という部類に認定されてからはほぼ毎日、飽きもせずに彼女は彼の背中に乗っかって歩き回らせる。

けれどザフィーラとしても室内とはいえ、散歩以外で動き回るのも運動になるからと拒否する事は無く、今もこうして彼女の望むままというわけだ。

 

「みゅ、ザッフィー。次はあっちに行きたい」

 

《……承知した》

 

ただ唯一不満があるとすれば、この呼び方。他の誰も普通に呼ぶのになぜか、アスコナだけはザッフィーと呼ぶ。

その名前からして犬に付けられそうな愛称であるため、犬ではなく狼と常々言っている彼としてはあまり嬉しくない呼び方。

だけどその呼び方は止めてくれと言えば、彼女は可笑しな事に泣き出す。実際、一度だけそういったときは本当に泣かれた。

そのせいで暗黙のルールを破ったと判断され、はやてから説教されてしまった上に親馬鹿なリィンフォースによって引き摺り散歩の刑に処された。

だから、そのときから今に至るまでもう実際に口にする事は無くなったが、やはり不満には思うので呼ばれた際は声に僅かなりと出てしまう。

しかし声でのみの不満ならアスコナも気にしない(というか気付かない)のか、泣き出す事もなく行きたい方向を指示し続ける。

 

「……ああなるともう、完全に犬だよな」

 

「そうだな……ただアスコナの相手をしているからというのがある分、守護騎士として恥ずべきとは言えないのだが」

 

その光景を見つつそんな事を呟くのはアスコナと接する事が少ない者であるヴィータとシグナム。

常々ザフィーラは犬化してきているのではないかと考えてはいたが、言動からすればこの光景でその考えは更に強まったらしい。

そんな意味合いの呟きはちょうど通りかかったためかザフィーラのほうにも聞こえてはいたが、彼は恨めしそうに見るだけで口には出さず。

そのままアスコナの指示に従って歩き続け、遂にはリビングから出て玄関付近へとその足を運ぶ事になった。

 

《……戻るか?》

 

玄関付近は正面の扉以外、進む道が無い。つまり、取れる選択肢は前へ進むか戻るかの二択しかないという事になるのだ。

となればシェリスがいないと外へ出ようともしない彼女の性格上、迫られた選択肢の中では戻るという方を彼女は高確率で取る。

けれど答えは決まっているとはいえ、一応意思確認はしておこうかと思い、彼は短くそう問いかけたわけなのだが――――

 

 

 

「……ううん。そのまま進んで、ザッフィー」

 

――その問い掛けに彼女はあろう事か、そんな予想だにしなかった答えを返してきた。

 

 

 

だからか思わず背中に乗る彼女へ僅かに顔を向け、驚きを隠さぬままに本気かと問う様な目を向けてしまう。

だが、その視線のみの問いに対してもアスコナの答えは変わる事無く、まるで何かを決意するかのような顔で頷いた。

正直たかが外に出るだけの話だから本来大層な事でもないのだから、このやり取りは見る者が見れば呆れてしまうかもしれない。

でも、アスコナがシェリス抜きで外へ出ると言った事は八神家の住人にとってのみ、呆れどころか衝撃さえ走りかねない事。

だから、信じられないという気持ちからザフィーラは三度目ともなる問い掛けを彼女へ飛ばすのだが、やはり返ってくる答えは変わらず。

それ故か、遂にはザフィーラもその現実を受け入れ、彼自身も何か決意のようなものを抱きつつ、ゆっくりと玄関の扉へと近づいた。

そして一度降りて靴を履き、再び乗っかったアスコナの手によってゆっくりと開かれた扉を潜り、雲一つない青空の下へと第一歩を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

八神家を出て外を歩き始めてから少しして、ザフィーラはアスコナの指示通りに歩きながら外へ出ようと考えた理由を問うた。

そもそもにして決意などと大層なものを抱きはしたが、実際のところは外へ出たとしても近辺を軽く回るだけだと彼は思っていたのだ。

しかしその予想は外れ、近辺どころかどこまで行く気かと思ってしまうくらい、ただひたすら彼女は前進を指示し続ける。

それ故、彼としてはさすがに問わないわけにはいかなかったわけなのだが、それに返された返答もまた若干の驚きを誘った。

曰く、はやてが通う学校に行きたかったから。そう思った理由は前に行った時は大半寝ていた故、今度はちゃんと見てみたいかららしい。

ならばリィンフォースに頼んで連れていってもらえばとこれを聞く限り思ってしまうが、それが出来ない事をザフィーラも知っている。

以前、彼女がシェリスと共に駄々を捏ねて連れていってもらった日、はやてと共に帰宅したアスコナは学校へは来ちゃダメと優しくだが窘められた。

それをザフィーラも近くで見ていたため、今の彼女の言い分も理解できる。まあ、要するに小さな反抗心と好奇心が入り混じった行動という事だ。

 

《しかし……連れていくのは別に構わんのだが、さすがに中へ入る事までは出来ないと思うぞ?》

 

「そうなの?」

 

《常識で考えれば、な》

 

「みゅ……じゃあどうすれば入れるの、ザッフィー?」

 

《そうだな……中に居る者に何か用事がある場合なら、おそらく入れるとは思うが》

 

「用事……この前のママとシェリスちゃんの二人と一緒に行ったときみたいな?」

 

《まあ、そんな感じだな》

 

アスコナにしても以前行ったときの事を覚えているため、どう行けばはやての通う学校――聖小へ辿り着くのかを知っている。

反対にザフィーラも散歩のコースとして稀に近くを寄ったりする故、知っているには知っている。だが話の通り、到着したとしても中へは入れない。

というのも学校というのは部外者の立ち入りを基本的に認めていないのだ。もちろん例外もあるが、大体の場合はそうなっている。

だから、今しがたザフィーラが言ったような内部の生徒に用事があるという場合でもない限り、高確率で門前払いを受ける羽目となる。

かといって適当に用事を考えるのも正直難しい。何かを渡すためとかならまだいいが、言伝系の用事の場合は中へ入れない場合があるのだ。

とはいえ、前者のものにしようとしても二人は何も持ってきていない。突発的な外出であるため、当然と言えば当然の話ではあるのだが。

そんなわけで聖小へ向けて歩き続けるのはいいが、中へ入るための口実が全く浮かばず、若干困った状況になっていた。

 

 

 

――そんなとき、進み続ける先のほうの十字路にて、一人の少女の姿が横切るのを二人は目にした。

 

 

 

遠目からでもよく分かるほど綺麗なセミロングの蒼髪が特徴であり、見た目からしてアスコナと同じくらいの少女。

彼女は布で包まれた縦長な箱のような物を持ち、すぐに二人が向かっている聖小があるであろう方向へと消えていった。

それ故か、何も口実が浮かばないのもあってザフィーラはアスコナに自身に捕まるよう指示しつつ、すぐにその少女の後を追った。

そして駆け出してから一分と経たずして再び少女の姿を捕捉し、そこから変わらぬ歩幅で駆け寄りつつ少女の名を呼んだ。

 

《――リース殿!!》

 

「ふえ?」

 

呼ばれた少女――リースは頭に響いてきた声に反応するかのように間の抜けた声を上げつつ、足音のする方へ顔だけ向ける。

その直後にザフィーラとその上に乗るアスコナを視認すると足を止め、今度は身体ごと振り向いて首を傾げた。

 

「えっと……ザフィーラに、アスコナだっけ?」

 

《あ、ああ。その、会って早々付かぬ事を聞くのだが……もしかしてリース殿はこれから、主の通う学校とやらへ行こうとしていたりしないだろうか?》

 

「……何で知ってるのか聞きたいところではあるけど……まあ、その通りではあるね」

 

《なら……急な頼みで申し訳ないが、出来れば同行させてはもらえないだろうか? もちろん無理にとは言わないが……》

 

「同行、ねぇ……勝手にすればいいんじゃない? それで私に不都合があるわけでもないし」

 

返答的にかなり投げやりな感じだが、了承したとも取れる言葉であったためかザフィーラは感謝の言葉を返した。

けれど彼女はそれに返す事無く、再び元の方向へと向き直って歩き始める。その様子は何というか、若干の冷たさを感じさせた。

ただ、彼女がこういう態度を取る所を以前も見た事があるため、これが彼女のデフォなのだろうと彼も不思議には思わず。

すぐに歩き出した彼女の後を追うように追い掛け、その隣に付くとそれ以降は大した会話も無く、前を向いたまま無言で歩き続けた。

しかし理由はイマイチ不明ではあるが、そんな無言空間の中でただ一人――アスコナだけはなぜかチラチラとリースのほうへ視線を向けていた。

だが、それは様子からして何か聞きたい事があるようにも見えるが、彼女の起こす行動はやはりそこまで。実際に声を掛けてくる事はなかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……何?」

 

「っ――!?」

 

アスコナと違って別にリース自身には彼女に聞きたい事は無い。だから、彼女は自分から話し掛けようとは思っていなかった。

親切な人なら相手の心情を察して質問を促したりするのだろうが、面倒臭がりな面がある彼女の頭にそんな選択肢は浮かんでこないのだ。

だから例え聞きたい事が彼女にあるのだとしても、それを自分から切り出さない限りはそのまま無言を貫こうと彼女は思っていた。

しかしながら、そんな風に思ってはいても長く続けば苛々してくるのも事実。実際、リースもこの状態に入ってから約五分で苛々し始めていた。

そして約十分が経った今、いい加減その視線に彼女の堪えかね、自身の方が折れて短く用件を尋ねつつ顔を向けてみたのだが。

その途端にアスコナはビクッと怯え、今の状態では身を隠す事が出来ない故か上半身を前に倒し、隠すように顔をザフィーラの背中へと埋めてしまう。

 

「……はぁ……」

 

直接会った事は少ないが、人見知りだとはリースもよく聞いている。それ故、アスコナのこの怯えようは分からないでもない。

けれど呆れたかのような溜息こそは気はするも、他の誰かならいざ知らずリースはここで仕方ないかと諦めるような玉ではない。

妹には極度に甘く、慣れた人にはふざけたりもするが、慣れてない他人に向ける言動や態度は容赦がないというのが彼女の性格。

その性格にか故、諦めるどころか彼女は一度足を止め、それに合わせて歩みを止めたザフィーラのほうへとゆっくりと近づく。

そしてそれにどうしたのかと問うように顔を向けてくるザフィーラを素で無視しつつ、至近まで寄ると彼女はアスコナの肩を片手で掴む。

これにアスコナはまたもビクッと怯えを走らせるが、それにもやはり気にした様子も無く、そのまま彼女の上体を無理矢理起こして自分の方へと向かせた。

 

「言いたい事があるなら、さっさと言いなさいよ。何かを聞かれたぐらいで怒るわけじゃないんだからさ」

 

「っ……」

 

無理矢理自分の方へ向かせたアスコナと面を向かってそう言うが、やはり彼女は怯えた様子を見せるだけで口を開かない。

それどころか顔を逸らそうとしたり、それを妨害された挙句にはまたザフィーラの背中に顔を埋めようとする始末。

だが、その行動もまた彼女がさせるわけもなく妨害され、そのせいか遂には泣き出す一歩手前の表情を浮かべ始める。

こうなると成り行きを傍観していたザフィーラもさすがに拙いと思ったのか、彼女が泣き出す前にリースを止めるための言葉を発しようとする。

しかし、その言葉が発せられるよりも早く、アスコナの様子に再び小さな溜息をつくと共にリースは纏う空気を若干和らげ、僅かに微笑を浮かべた。

 

「そこまで怯えなくてもいいよ。私の性格上、言葉遣いは少しキツイ感じになっちゃうけど……別に怒ってるわけじゃないし、何を聞かれても本当に怒ったりしないから、ね?」

 

彼女自身が口にした通り、リースの口調は僅かに冷たさを感じさせるときがあり、人によってはソレで彼女の性格を判断してしまう。

けれど実際、彼女は冷たい性格ではない。確かにそう判断してしまうのも仕方のない事かもしれないが、根底は優しいのだ。

だが妹がアレな分、幼い頃から姉である自分がしっかりしないといけないという意識が植え付けられていたから、表面上は冷たくなってしまうというわけだ。

そんな部分がアスコナを怯えさせる要因だと彼女は思ったのか、彼女の頭を撫でながら出来る限り穏やかな口調で先と似たような言葉を口にする。

するとその言葉が口にされてから少しの間こそアスコナの様子は変わらなかったが、撫でられていく内に目に見えた怯えが少しずつ収まってくる。

それからまだ若干の怯えは残しつつも、自分からリースのほうへ顔を向け、自分に向けて微笑んでいるリースに僅かに目をパチクリとさせた。

そしてその直後に首を傾げ始めたかと思えば、驚く事に今まで身内+シェリス以外には怯えを見せるだけだった彼女が、自分のほうから口を開いた。

 

「……リース、ちゃんが……シェリスちゃんの、お姉ちゃん?」

 

「ん――まあ、そういう事になるね」

 

「みゅ……全然、似てないんだね」

 

「そう? これでも見た目はソックリだって言われてるんだけど」

 

「えっと、見た目とかじゃなくて……性格とか、話し方とか」

 

「ああ、そこね……ま、確かにその部分に関しては皆から正反対って言われるし、私自身も似てないって思うくらいだからねぇ」

 

アスコナはリースがシェリスの姉だとは知っていた。実際に言葉を交わしたのはコレが初めてだが、会った事は何度かあるのだから当たり前と言えばそうだろう。

加えてシェリスと付き合いがある分、リースの話を彼女から聞く事もある。だから、そこからの想像でリースの人柄というのがアスコナの中で形成されていた。

だが、それは先の事で崩されてしまった。その上で改めてリースとシェリスは姉妹なのに似てないと思ったのか、真っ正直にソレを彼女へと口にする。

ここでもしもリースが今までのような態度を見せていたなら、アスコナはまた怯えてしまっただろう。けれど彼女は、何を問われても笑みを崩す事は無かった。

だからアスコナも怯えの念を膨らませる事は無く、次第に彼女自身も小さな笑みを浮かべ始め、たどたどしい口調ではあるが言葉の交わし合いを続けた。

それはほとんどシェリスの事をアスコナが語り、それに対してリースが色々と返すだけの事だったが、たったそれだけでも言葉が途切れる事はなかった。

その光景に他の誰が優しくしても身内とシェリス以外ではまともな会話すらしない彼女を知るザフィーラは、その変わり様には正直驚く他なかった。

けれど何となくだが、相手がリースならばと納得してしまう面もある。なぜなら、彼女はアスコナの初めての友達となったシェリスの実姉なのだから。

それが例え、見た目以外はまるで違っていたのだとしても。だから信じられないと思ってしまう反面で、彼としても今のコレには納得が出来てしまうのだろう。

そしてそれ故か、ザフィーラもつい先ほどまで抱いていた心配はもう抱く事もなく、二人の間で為される会話を黙って聞きながら、静かに聖小までの道程を歩き続けた。

 

 

 

 

 

二人の間で為され続けていた会話が一旦の途絶えを見せたのはその数十分後、三人が聖小の前へと辿り着いたとき。

アスコナは一度来た事があるし、ザフィーラとて散歩で何度か通り掛かった事があるのだから、別に目新しくも思わない目先の校舎。

対してリースだけは見た事も来る事も初めてなのだが、こちらも特に建物への興味は無いのかマジマジと見たりはせず。

それどころかさっさと届け物を渡してしまおうという思いからか、到着してすぐにリースは手持ちの物をブラブラ揺らしながら門を潜ろうとする。

それをザフィーラもアスコナを乗せたまま慌てて追い掛けようとしたが、そんな彼に気付いたリースは足を止めて振り向き、呆れ顔で言ってきた。

 

「あのさ……確かに付いてくるのは構わないとは言ったけど、さすがにアンタが中まで来るのは常識的に拙いんじゃないかな?」

 

《む――そうなの、か?》

 

「そうだよ。まあ百歩譲っても校舎の前まではいいかもしれないけど、校舎の中まではどう考えてもNGだね」

 

「みゅ……コナも、駄目なの?」

 

「ん? ああ、アスコナは別にいいと思うよ? あくまでザフィーラが駄目だっていうのは見た目が動物だからってだけだからさ」

 

不安そうに聞いてきたアスコナに笑みを浮かべながらそう返せば、ホッとしたように息をついた。

そんな彼女からリースは表情を先ほどまでのに戻しつつ、そういうわけだからと告げれば、仕方ないなとザフィーラも納得した。

 

《ならば俺はここで待っているとしよう……くれぐれもアスコナの事を宜しく頼むぞ、リース殿》

 

「はいはい……ってか別に大層な事でもないんだから、そんな神妙に言う様な事じゃないでしょうに」

 

《俺にとっては大層な事なんだ。もし万が一、主の元へ付くまでにアスコナに何かがあったとなれば……俺は、明日を迎える事が出来なくなるかもしれんのだからな》

 

「……何て言うか……色々と苦労してるんだね、アンタもさ」

 

実際、もしもアスコナに何かがあったのだとすれば、確実と言ってもいいほどリィンフォースから何かしらの折檻がなされるだろう。

そうでなくてもアスコナの意思であるとはいえ、これは無断の外出。主であるはやてや仲間たちも止めてくれるだろうが、それで止まる彼女じゃない。

アスコナの事になると最近では異常を通り越してると言いたくなるぐらい、暴走行為が目立つようになってきた彼女なのだから。

それを直に見たわけではないが、哀愁を漂わせて言うものだから何となくリースも察してしまい、思わずそんな言葉を送ってしまった。

その言葉で彼の纏う哀愁は更に濃いモノになるが、これ以上はリースも何かを言ってやる事は出来ず、そのまま放置する事が彼女な中で決定。

反対にアスコナもザフィーラを慰めるようにポンポンと頭を数回軽めに叩くだけで上から降り、彼へ背を向けてリースの方へと走り寄った。

そして彼女が近くまで寄ったのを確認したリースは同じくザフィーラへ背を向け、今度は振り向く事もなく校舎を目指して歩を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

「……何で、こんな事になってるのかしらね」

 

「「あ、あはは……」」

 

お昼時――正に昼食を取っている真っ只中、アリサは今の状況に対して現実逃避するような言葉を呟く。

呟きが聞こえたフェイトとすずかとしては、乾いた笑いで返すしかない。事実として彼女らも、今の状況は困惑の一言しか浮かばないのだ。

 

「だ〜か〜ら〜! いい加減、そうやって私のおかずを取るのは止めてってば!! そもそも自分のがあるのに何で私のを取ろうとするの!?」

 

「そんなの、目の前になのはのがあるからに決まってるでしょ!!」

 

「理由になってないよ!! も〜……今度同じ事したら、さすがの私でも仕返ししちゃうからね!」

 

「はっ……家ではいっつも仕返しって言葉が可愛く思えるくらいの事してくるくせに何を今更」

 

その状況というのはコレを聞けば分かると思うが、教室内にも関わらずなのはとリースが大々的に喧嘩をしているというモノである。

ただ念のために言っておくが、この二人は決して仲が悪いというわけではない。むしろ、以前の片付け騒動を切っ掛けに良くなったぐらい。

それよりも以前などは会話などはすれど、仲が良いとは言い難かった間柄。家族や友人と言うよりは、ただの知り合いという感じだった。

だから今のように喧嘩が出来るというのは仲が良くなった証拠だろう。しかしながら、それも時と場所を考えて欲しいというもの。

こんなところでここまで大々的な喧嘩をすれば、自ずと注目を集める。実際、周囲の全ての視線がそこに集まっている。

二人は全く気付いていない様子だが、一緒に注目の対象となっている者からすれば、正直溜まったモノではないと言った感じだろう。

 

「は〜……何ちゅうか、二人ともずいぶんと仲が良うなっとるなぁ。前まではそうでもなかったんに、この短い間で一体何があったんやろ……あ、これも食べてええよ、アスコナ」

 

「……でも、それまで貰っちゃうとはやてちゃんの食べる分が」

 

「ウチはそこまで食べる方やあらへんから大丈夫。だからアスコナも遠慮せんで一杯食べてや♪」

 

「みゅ……はやてちゃんがそう言うなら」

 

喧嘩真っ最中な二人の対面では、はやてとアスコナのちょっとほのぼのとしそうな昼食風景を繰り広げる。

つまり、フェイトとアリサとすずかの三人はその間に挟まれる形となっているから尚の事、勘弁してくれと言いたい状況なわけだ。

とはいえ、なのはとリースを止めようとすればとばっちりを受けそうな気がするし、はやてとアスコナは別に悪い事をしてるわけでもないから注意出来ない。

結果として今の状況を甘んじて受け入れるしかなく、アリサと同様にフェイトとすずかも、昼食を取りながら現実逃避をするという奇妙な状況へ。

そもそもにして、なぜこんな状況になったのかと普通なら疑問に思うだろう。だが、この状況を形成した要因は考えるまでもないほど簡単な事。

 

 

 

――ただ単純に、なのはが弁当を忘れたからという事だけが一番の原因なのだ。

 

 

 

はやての転入初日も彼女が弁当を忘れた事から、実質的にその日の授業がほとんど潰されるという酷い状況になった。

だが、今回はそれを招いた原因であるシェリスがいない。アスコナが来た事は驚きだったが、弁当を届けに来たのはリースと彼女の二人だけだった。

そのためか以前のような事にはならないと高を括り、昼時になると分かっていたらしいリースが持ってきた弁当を食べてから帰ると言っても普通に受け入れた。

アスコナの分が無かったが、それははやてが自分の分を半分食べさせるからという事で落ち着き、何事もなく穏やかに昼食を終えられると思っていたのだ。

けれど蓋を開けてみれば、こんな状況。発端は見て分かる通り、リースがなのはの目を盗んでおかずを取り、それに気付いたなのはが注意したという事。

最初こそ今は学校だからと理性を働かせ、なのはもその程度で済ませていた。だがリースは全く懲りず、隙を見ておかずを盗むを繰り返す。

それによっていい加減なのはの堪忍袋の緒が切れ、盛大な口喧嘩が勃発。反対にそれを見つつも、はやてとアスコナはほのぼのと昼食を取り続ける。

そうして今の状況が出来上がった……今にして考えてみればいくらでも止めようがあったと分かる辺り、正直後悔しか浮かんでこないだろう。

 

「大体にしておかずの一つや二つで煩過ぎるんだよ、なのはは! 他にも一杯あるんだから、少しくらい大目に見なさいよね!」

 

「一度でも大目に見たらリースちゃんは図々しく何個も――それこそ私の分のおかずが無くなるまで取っていくじゃない!」

 

「いくら私でもそこまで取らないよ!! 取ってもせいぜい三分の二程度で済ますもん!」

 

「それでも十分取り過ぎだよ!!」

 

そんな後悔の念を現実逃避から復帰しつつ抱いた三人が右を見れば、やはり未だなのはとリースは喧嘩中。

内容からしてどちらに非があるかと言われれば確実にリースなのだから、彼女が自分の非を認めればここまで大々的にはならない。

つまりここまで大々的な喧嘩になっている事から、リースと言う少女は自身の非を認めるような子ではないという事が窺える。

もっとも、それが分かったからといって止めようがないのでやはり放置。そしてそこから三人そろって左の方を見てみれば……。

 

「あ――アスコナ、ちょっとストップや。口元にご飯粒がついとる」

 

「みゅ?」

 

「ああ、そこやなくてもっと右のほう……ん、少しジッとしててや。ウチが代わりに取ったるから」

 

そう言いつつ手を伸ばし、アスコナの口元についているご飯粒を取る。そして取ったソレをそのまま自身の口へ。

はっきり言ってこれが男と女なら恋人同士にも見えるだろうが、残念な事にこの二人はどちらも女の子に他ならない。

だから単純に極めて仲の良い姉妹という感じに見えるわけなのだが、どちらにしてもこの一部分だけ穏やかな空気全開なのは変わらない。

 

「「「……はぁ……」」」

 

右を見れば周りに取って迷惑極まりない口喧嘩、左を見ればほのぼの穏やかな食事風景。

その間に挟まれる三人からすれば、この状況はカオスとしか言いようがない。しかも収め様が無いという性質の悪いカオスだ。

故にか、三人とも溜息をつくだけで対処しようという気は起こさず、完全に諦めきった表情で昼食を再開するのみ。

そうして結局誰も止める者がいないせいか、この状況はお昼を終えたリースが教室を後にするまで終わりを迎える事はなく。

尚且つ、アスコナに至っては今回も駄々を捏ねて学校に残ると言い出してしまい、はやてを含む五人全員が先生に頭を下げてお願いする羽目となる。

ついでに言えばソレによって校門前で待つザフィーラは下校時間を迎えるまで放置状態……正直、どちらにしても哀れとしか言いようがないだろう。

 

 

 

 

 

 

――ちなみにその頃、八神家では……。

 

 

 

 

 

 

「アスコナァァァァ!! どこだ! どこにいるんだぁぁぁ!!」

 

「ああもう、少しは落ち着きなさいってば! 大体靴が無いんだから、家の中で叫んでも――」

 

「靴がないだと!! ならば外に出たという事か――くそっ、こうしてはおられん!!」

 

「しまっ――シグナム、ヴィータちゃん! 今すぐリィンフォースを取り押さえて!!」

 

「「おう(分かった)!」」

 

親馬鹿子煩悩に成り果ててしまったが故、アスコナが行方不明という状況にリィンフォースは絶賛ご乱心中。

こんな状態で外に出したら周りの迷惑関係無しでアスコナ捜索をし兼ねない。それ故、シャマルは家の中にいるだろうと言い続けていた。

けれど最初の方は何とか落ち着きを取り戻して探し回っていたが、探せど探せど見付からないという事から徐々にご乱心具合が復活。

更には近所迷惑甚だしい怒声で叫びながら探しだすものだから、思わずシャマルはそれを止めるためとはいえ、本当の事を言ってしまった。

結果、歩く災害に成りかねない彼女が外へ出ようとしたため、結託してリィンフォースが玄関へ向かう前に拘束するに至った。

 

「うおおおぉぉぉぉ!! は〜な〜せえええぇぇぇぇ!!!」

 

「ちょ、こらっ、そんな暴れんなっつうの!! うおっ――!?」

 

「っ――許せ、リィンフォース!」

 

「ぐっ――……きゅう」

 

暴れるリィンフォースを完全に抑える事が出来ず、仕方なしとばかりにシグナムは謝罪と共に手刀を首筋へ落とした。

それによってリィンフォースは呻きを漏らすと共に気を失い、途端に喧噪が一気に冷めて家内を静寂が包み込む。

そんな中でシグナムとヴィータは溜息をつきつつリィンフォースをリビングのソファーの上へと運んだ。

そして彼女の身を横たえさせた後、その横の方へとシャマルも含めて並んで腰掛け、一斉に深い溜息をついた。

 

「あのときはまさかこんな風になるとは思わなかったが……何というか、私たちでも変わろうと思えば変われるものだな」

 

「アタシは間違ってもこんな風にはなりたくねえけどな。はぁ……それにしてもほんとどこに行ったんだよ、アイツ」

 

「さあ……ザフィーラもいなくなってる辺り、少なくともあの子一人で出たわけじゃないっていうのは分かるんだけど」

 

「つうか、アイツも何で止めねえんだよ……止めてたらこんな事になってねえのにさ」

 

「……尤もだな」

 

八神家の者ならば、アスコナが勝手にいなくなった場合のリィンフォースの取り乱し様は知っているはず。

知っているからこそ、まず彼女に告げぬままアスコナを連れ出そうとはしない。彼女が取り乱すと非常に厄介である故に。

そもそもにしてアスコナ自身がシェリスと一緒でもない限りは外に出ようとしないから、大丈夫だと高を括っていた面が多少なりとある。

けれど今日、彼女はザフィーラと一緒に外へ出た。しかも出る際に騒いだ形跡ない辺り、本人から望んで外へ出たらしい。

もちろん、それを誰も責める事はしない。本人が泣くからとか関係なく、それをしたのは本人が多少なりと成長した証でもあるのだから。

しかしながら……それをリィンフォースに言わなかったという事は宜しくない。言っていれば、三人がここまで苦労する事もなかった。

そしてその矛先はアスコナ以上にザフィーラへと向いてしまう。リィンフォースの子煩悩ぶりを知っているにも関わらず、外出を告げなかったのだから。

故にその後、ほとんどの責任を負わされた彼がはやてとアスコナを連れて帰ったとき、折檻を受けたのは言うまでもない。

しかもソレには迷惑を被ったシグナムとヴィータも加わり、見兼ねたはやてとシャマルが止めるまでの間、哀れなほどフルボッコにされるのであった。

 

 


あとがき

 

 

今回はザフィーラが哀れっていうお話だな。

【咲】 いや、違うでしょ。あくまで今回のお話はアスコナがメインなんだからさ。

ん〜……確かにそうなんだけどさ。自分で言うのも難だけど、メインっていうほどメインにもなってなく感じるんだよね。

【咲】 そりゃアンタの腕が無いからでしょ。

そう言われると否定出来んが……まあ、ともかく今回はこんなお話だ。

【咲】 なんか、中盤辺りでリースとアスコナが若干仲良くなってるわよね。

まあな。尤も、多少面と向かって話せるようになっただけでシェリスに対してほどではないが。

【咲】 確かにね。にしてもどうしてアスコナはあそこまで簡単にリースと話すようになったわけ?

ん、あれは単純にシェリスの姉っていうのが上手く働いたんだよ。

確かにアスコナ本人も理解してる通り、リースは見た目だけで他は全くシェリスと似ていない。

でも、性格とか喋り方とかで全く似てなくても、芯の部分はやっぱり似てるんだよ。

【咲】 芯の部分、ねぇ……それって何なわけ?

いろんな部分があるけど……まあ、今回アスコナが垣間見たのは優しさって部分だな。

【咲】 リースはともかく、シェリスって優しいかしら?

優しいよ、あの子は。ただあの性格だから彼女自身自覚はまるで無いし、他から見ても目立たないだけでね。

【咲】 ふ〜ん……そのお陰でリースに限り、あんなに早く懐いたと?

懐いた、というわけではないが……まあ、多少会話できるようになったのは確かだな。

【咲】 なるほどねぇ。ま、これを切っ掛けとして今後少しずつ仲良くなっていくんでしょうね。

そうなるだろうな。さて、こんなところで次回予告の方へ行ってみようか。

【咲】 次回はどんなお話になるわけ?

ん、次回は三章に於ける最後の『蒼き夜』サイドだ。尤も、それ故に何話か続くわけだが。

【咲】 『蒼き夜』サイドって事は、やっぱり『マザー』とかカルラとかが大きく関係してくる話?

んにゃ、全く関係してこないとは言わんが、全体としてみればそれとはまた別だな。

【咲】 そうなの?

ああ。何を隠そう、次回以降の『蒼き夜』サイドはほとんどが戦闘モノになる予定だからな。

【咲】 戦闘モノ……ねぇ。 その相手ってもしかして、あの二章の終盤で出てきた連中?

さあ、どうだろうな……その辺は次回以降を見てもらえれば分かるから、今のところは秘密と言う事で。

【咲】 はぁ、はいはい。それじゃあ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 それじゃあね、バイバ〜イ♪




いや、もうザフィーラが可哀相です。
美姫 「アンタのような境遇ね」
いや、お前が言うか、それ。
美姫 「しかし、アスコナが自分から外に出ようとしたのは進歩だと思うわ」
うんうん。その行動のお蔭か、リースともほんの少しとは言え会話したしな。
美姫 「少しずつ成長しているわね」
リンフォースは成長というか、かなり性格が変わったな。
美姫 「ヴィータの台詞がちょっと可笑しかったわね」
まあ、これもまた良い事だよ、きっと。
美姫 「次回は蒼き夜サイドになるみたいだけれど」
次回も楽しみに待っています。



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