「あはは、あははははは――――っ!!」

 

甲高い笑い声が響いたのは艦船のブリッジ。その操舵席に当たる場所の僅か後ろから。

笑いを上げながら声の主である少女が向ける視線の先には、大きく開かれた艦船の外を映し出す映像。

けれどそこには何も映ってはいない。あくまで外が映し出されているだけであり、他には何も存在はしない。

だが、彼女ほど声を大きくして笑ってはいないものの、同じくブリッジに居る女性と青年の二人も大なり小なり笑みを浮かべていた。

 

「見つけた見つけた、よ〜やく見〜つけたぁ!! 最古にして最大級の『古代遺産(アーティファクト)』、私たちが最優先で破壊すべき対象!!」

 

「たくっ、相変わらずうるせえ奴だなぁ……まあ、興奮しちまうってのは分からないでもないけどよ」

 

「……冷静そうな言動を口走るのはいいが、貴様も貴様でニヤケ過ぎだ。非常に気持ち悪い故、即刻止める事をお勧めする」

 

「っ――んだとテメエっ!!」

 

少女の位置から見て更に後ろ辺りにいた青年は女性の言った事に憤慨した様子で叫ぶも、彼女は全く以て無視。

むしろ、何食わぬ顔でコンソールを操作し続ける姿から、青年に対して悪い事を言ったと自覚すらしていない様子であった。

悪口を言われて尚そんな態度を取られれば普通、怒りは余計に増長する。短気な者ならば、掴み掛るという行動にでたりもするだろう。

だが、性格的に後者の行動を取る事が多い青年も場所が場所故か、僅かばかりの理性を働かせて掴み掛るのをグッと堪える。

対して女性はやはり青年へ一切意識を向ける事は無く、作業を続行するだけ。少女もまた、先ほどまでとまるで変わらぬ様子のまま。

けれどそんな光景がおよそ十分ほど続いた後、女性はコンソールを操作していた手を止めつつ、先の一言以来閉ざしていた口を開いた。

 

「内部の転送システム、及び中枢管理プログラムへのハッキング完了……すぐに突入するか?」

 

「しない、まだしないわ……それじゃあ何も面白くないもの。折角久しぶりにもなる宴なんだから、もう少し凝った事をして盛り上げなきゃ!」

 

「凝った事、か……また例のモノでも送り付けるか?」

 

「それも面白そうだけれど、それよりももっともっと派手な事がいいわ。例えば、そうね――――」

 

内容を語る彼女のその様子は、まるで遊びの内容でも語るような感じ。実際、彼女はこれから起こす事全てをお遊戯としか考えていない。

如何にその内容が極めて悪質な事であっても、結局はお遊戯でしかない。自分が楽しむだめだけの、お遊びでしかないのだ。

それは内容を聞く女性や青年にとっても同じであるのか、各々笑みを浮かべながら少女の言葉に賛同するような様子を見せる。

そして賛同するや否や少女の語った内容を実行へと移すべく、女性は止めていた手を再び動かし、コンソールを操作し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第二十八話 悠久を護るは蒼、古を滅するは紅 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『蒼き夜』の拠点を訪れてから早いもので半年近くという時間が流れ、多くの者がここでの生活に馴染み始めていた。

この場を拠点としている『蒼き夜』の者たちは別としても、訪れた当時こそジェドを含む大勢の招かれた者たちは環境の変化に困惑。

今までいた場所よりも高度な技術で作られた都市。その奥へ奥へと進んだ先で隠れるように存在する、小さな研究施設。

しかも外見が非常に寂れている事から、研究施設というよりは隔離施設。けれど実際に中へ入ってみれば、それは見た目だけだと分かった。

外見からは想像付かぬほど研究に於いても生活に於いても充実した設備。一体何階まであるのか聞きたくなってくるくらい地下まで存在する広い空間。

後に聞いた事だが、そこはこの拠点となる都市の中で『蒼き夜』の面々が隠れ住むためにと作られた場所。所謂、秘密基地のようなモノらしい。

ともあれ、そんな場所に招かれた者たちは最初こそ別の意味で戸惑うしかなかったが、今ではそんな様子など一切感じさせないほど馴染んでいた。

そして半年前に久方ぶりの里帰りを果たした『蒼き夜』の面々に関しても同じであるのか、各々結構好き勝手な行動を起こしたりしていた。

 

 

 

――ただそれはあくまで視力を失ったカルラを除いての話。

 

 

 

口が利けないというのは別に問題は無い。不自由には変わりないが、相手と話す手段はそれなりにあるのだから。

けれどこれが視力に関してとなると全くの別。見えない目を補う手段は口と違い、一日二日で身に付けられるモノではないのだ。

魔導師が持つ魔力探査や熱源探査などの探査魔法を用いれば容易かもしれないが、彼女らとて持ち得る魔力に限界がある。

故に常時使ってなどいられない……だからこそ最低でも手段をあと一つは持っていないといけないが、上記で挙げた通り簡単ではない。

だから、他の面々が好き勝手な行動を起こしている最中、アドルファの付き添いの元で彼女のみはソコの訓練を行っていた。

 

《…………》

 

「…………」

 

《…………あうっ!?》

 

「――っと……大丈夫っスか、カルラ?」

 

《あ、うん……軽くぶつかっただけだから、とりあえずは大丈夫》

 

現在彼女がしている訓練というのは、杖を使った盲目者の歩行訓練。概要は単純で、杖で障害物があるかないかを見ながら進む訓練だ。

現状は施設内である故に壁に手を付きながら。加えて施設内だから大した障害物がないので適当な箱を道へ置く事で代用している。

何度か障害物にぶつかったりはしたが、長く続けていたお陰である程度避けれるようにはなった。だが、その安心感からか壁にぶつかってしまった。

それによって後ろへよろめいてしまったのをアドルファが抱き止めて大丈夫かと聞くも、言葉を返しつつすぐに身を離してしまう。

ただこれは視力を失った当初から見られた傾向である故に仕方のない事。むしろ、怯えた感じを見せなくなっただけマシになったほうだろう。

故にか内心では僅かに寂しさのようなものを抱きつつも表面には出さず。彼女には見えないと知りつつも、浮かべた笑顔すら崩す事はなかった。

 

「ん〜……壁にぶつかりこそしたものの、障害物はある程度分かるようになってきたっスねぇ。この調子だと後二、三ヶ月くらいで施設内は一人で歩き回れるようになるっスかね」

 

《そう、かな……?》

 

「ええ。もっともウチらのすべき事を考えると外を歩く事が多いっスから、施設内を歩けるだけじゃ駄目なんっスけどね。後少なからず誰かと戦う機会もあるでしょうから、今の状態でも戦えるようにしないといけないっスね」

 

《……うん》

 

「ま、何にしても一応まだ時間はあるっスから、地道にやっていきましょう。焦ってやっても大して身になるとは思えないっスからね♪」

 

少し前にラーレから説教を受けて以降、アドルファはカルラに対してちょっとだけ厳しい事も言うようにはなった。

そもそも、視力が無くなってから引き篭もりだった彼女を訓練に誘い出したのも他でもない彼女自身なのだ。

まだ甘い所はあるだろうが、それはそれでアドルファの味。だから、少し前にコレを見たラーレも口を挟む事は無かった。

 

「それじゃあ、今度は回れ右をして反対方向へ――――」

 

「アル〜〜〜!! カルちゃ〜〜〜ん!!」

 

行ったり来たりの反復訓練ではありしも律義に次の指示を出そうとするが、二人の対面より響く大声でソレは遮られる。

加えてやかましいほどの足音で近付いてくる声の主の姿が同じく対面より。それを確認した途端、アドルファは疲れたような溜息。

反対にカルラは誰かが分かってはいるも、この声の主がいつもする行動からかくっ付きこそしないが、アドルファの後ろへ隠れてしまう。

それでもまるで関係無く駆け寄ってきた声の主たる女性はある程度まで近づいた途端、地面を蹴ってダイブするように二人へ飛び付こうとする。

 

「――ふぎゅ!?」

 

けれどそれは瞬時に右手の平を前に出し、飛び付いてきた女性の顔を抑える事で阻止。直後、女性は奇妙な声を上げる。

ただ飛び付いたと言っても足は地面に付いているため倒れる事は無く、奇妙な声の後には間を置くように離れて恨めしげな表情を向けてきた。

 

「う〜……久しぶりなんですから、スキンシップくらいさせてくれてもいいじゃないですかぁ」

 

「久しぶりって言うほど久しぶりでもないじゃないっスか……というか何度も言ってるっスけど、変に誤解をされるんでそういう奇妙な行動を取るのはいい加減止めるっスよ、ヒルデ」

 

「え〜、別にいいじゃないですか〜。他の人に迷惑が掛かってるわけでもないですし、強ち誤解ってわけでもないんですから♪」

 

《……そうなの?》

 

彼女――ヒルデの言葉にカルラは何を想像したのか若干頬を染め、真偽を問うようにアドルファへと顔を向けてくる。

それに彼女は慌てて否定の言葉を返す事で誤解を解きつつジロッと睨むような視線でヒルデを見る。

だが、ヒルデは自分が怒られるような事を言ったという自覚がないのか、笑みを崩す事も無く不思議そうに首を傾げる始末。

故にか数秒ほど睨んではいたが、それも無駄と悟った途端に疲れたような表情へと変わり、小さく溜息をついた。

 

「はぁ…………それで? ウチか、もしくはカルラに何か用事でも?」

 

「? 別に用事なんてないですよ? 声を掛けたのも単純にランニングの途中でお二人を見つけたからってだけですし」

 

「何でこんな場所でランニングなんかしてるんっスか、アンタは……」

 

「暇だったからですけど?」

 

行動に一貫性がなく、偶に理解不能な事を仕出かす。これが子供ならまだ微笑ましいが、彼女の見た目はアドルファと同年代くらい。

つまりは大人な見た目とは裏腹に中身は子供という事なのだが、その行動に毎回巻き込まれる立場からすれば堪ったものではないだろう。

それでも彼女に対して文句を言う人はそれなりにいるが、本気で煙たがっている人がいない辺りは彼女の人徳なのかもしれない。

 

「まあともかくここで会ったのも何かの縁ですから、一緒に廊下をランニングしましょう!」

 

「丁重にお断りするっス」

 

《私も……出来れば遠慮したい、かな》

 

「ぶ〜、お二人とも付き合いが悪いですねぇ……そんなんじゃ友達無くしますよ?」

 

「無くすも何も、そもそもにして仲間はいても友達と呼べる人なんていないっスから無くし様がないでしょうに」

 

「あ、それもそうですね♪ カルちゃんはともかく、アルは人から好かれるタイプじゃないですもんね♪」

 

「……作る機会がないって言いたいんスけどね、ウチは。というか、もしかしなくても喧嘩売ってます?」

 

そう言いつつ再び睨んでも彼女はやはり笑顔で受け流す。だからこそ、彼女の相手は非常に疲れると言う他ないのだ。

けれど反対にこの会話を聞いてクスクスと笑っているカルラを見るとムキになる気も失せてしまうというもの。

それ故か、アドルファ自身も苦笑いではあるが笑みを浮かべ、結果として廊下のど真ん中で三人揃って笑い合うという光景が出来上がった。

 

 

 

――だがその光景は次の瞬間、突如として起こった異変によって豹変する事となった。

 

 

 

廊下を照らす天井の明かりが突然消え、停電でも起こったかのような真っ暗な空間が出来上がる。

別段、トラブルメーカーのヒルデが何かをした様子は無い。むしろ視界が閉ざされている故に雰囲気ではだが、彼女も驚いている様子。

かといって他の誰かが悪戯でこんな事をするとは思えない。だとすれば、偶発的に起こったという可能性が考えとして浮上する。

ただ視力がある二人からすればそんな考えも出るが、視力が無いカルラからしたら周りが暗くなった事すら分からない。

だから具体的に何があったのかは分からず、アドルファとヒルデの纏う空気の変化で何かが起こったと読み取る事は出来る程度。

それ故、一人不安そうな様子を顔に浮かべるも、それを同じく空気から察したアドルファはとりあえず起こった事態の説明を彼女にした。

その後で安心させるような言葉を掛け、カルラを安心させる。反対にヒルデは最初こそ驚いてはいたが、今はなぜか暗くなった状況ではしゃいでいる。

本当にただの停電かも分からない状況なのにその様子なものだから、カルラを宥める反面でアドルファは本日何度目かの溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

停電という現象が起きるおよそ三十分前の訓練室(『マザー』曰くは実験室)にて、ギーゼルベルトとラーレは模擬戦を行っていた。

ただ模擬戦とは言うが、実際のところは死合という言葉が似合うほどの激闘。どちらも手加減というものが一切感じられない。

下手に割り込もうとでもしたら巻き込まれて一巻の終わり。見ただけでそう思ってしまうほど、その戦い様は凄まじいの一言だった。

しかもこの激闘をおよそ数時間前からぶっ続けで行っているのだから、驚きを通り越して呆れてしまうというものである。

ともあれそんな激闘も更に十分ほど経ったとき、どちらの言葉がラーレの言葉を切っ掛けとしてようやくの終わりを迎える事になる。

そして二人は模擬戦を終えるや否や、各々得物を収めつつ宙から地面へと降り立ち、疲れなど微塵も感じてない様子ながらも互いに溜息をついた。

 

「全く……確かに手加減をしないでと言ったのは私ですけれど、何も本気になる事はないでしょう? お陰でさすがの私でも終始冷や冷やものでしたわ」

 

「む……それは、済まなかったな。手加減をするなと言うものだから、てっきり本気でやってくれと言ってるのだとばかり」

 

手加減をしない=本気で戦えという図式は強ち間違いとも言えないが、ラーレの中ではその図式は成り立たないらしい。

とはいえ、言い返す事も出来るのに言い返さず謝る辺りは彼も彼女の性格を熟知しているのだと非常に分かるところである。

何しろ、ラーレは高飛車な上に捻くれな部分があるため、正論で言い返しても確実に屁理屈で更に返してくるので性質が悪いのだ。

しかも気に食わないと相手を挑発する言葉を平然と口にするためか、変に逆らうと怒りを抱いてしまうだけの非常に面倒臭い少女。

だから反論を返さずに自分から引くのは彼女に対する正しい対応である故、ブツブツと言いながらもそれ以上は彼女も追及しなくなった。

 

「……それにしても、今更だがどうして急に模擬戦に付き合ってくれと? 俺の記憶が正しければ、お前は自分からそんな事を頼んでくる奴ではなかったはずだが」

 

「っ――べ、別に大した理由はありませんわ。単純に暇だったからというだけですから」

 

待機モードへと切り替えたデバイスを仕舞いつつ、ふと疑問に思った事を聞いた途端に彼女は少しだけ慌てた様子を見せた。

言葉も最初の方が若干ドモっていたという点も含めると少なくとも、今言った事が本当の理由ではないと言う事は誰でも分かる。

となれば本当の理由というものがあるという事になるが、これを問うても様子からして彼女は絶対に答えてはくれないだろう。

それ故にギーゼルベルトがしばし顎に手を当てて考える最中、ラーレは彼の中で答えが出てくる前にそそくさと退散しようとする。

けれどその行動は一足遅く、ものの数秒程度で答えが出したギーゼルベルトは逃げようとする彼女の背に向けてその答えを放った。

 

「なるほど…………カルラのため、か」

 

「――っ! な、何を馬鹿な事を……この私が、何であんな臆病な小動物娘のために模擬戦なんか――」

 

「今更隠す事もないだろう。カルラは気付いていないだろうが、アドルファと同じでお前もあの娘を特別視しているという事は全員が知っている事なのだからな」

 

「なっ――」

 

真っ赤とまではいかないが、僅かに頬を朱に染めて言い返そうとするラーレへ彼は追い打ちの言葉を放つ。

すると珍しく言い返す言葉が浮かばないのか頬を染めたまま俯くという、普段の彼女を知る者からすれば非常に貴重とも言える様子を晒す。

けれど俯いたまま数回深呼吸をしたかと思えば、頬は未だ赤くしままではありしも顔を上げ、睨むような目を向ける共に口を開いた。

 

「……仮にそうだとしたら、何なんだと言うんですの? 私もアルと同じで、甘過ぎるとでも?」

 

「別にそんな事を言うつもりはないが……ただ、疑問には思う事はあるな」

 

「疑問……?」

 

「ああ。アドルファと同様にお前もあの娘の事を少なからず大切だと想っているようだが……にも関わらず、お前はあの娘の前ではそれらしい態度を全く取らんだろう? そこだけが、俺としてはどうにも解せなくてな」

 

ラーレはアドルファと同じでカルラに甘い。これはカルラ本人の前以外での彼女を見る限りでは明白な事。

だというのに彼女はカルラを前にしたときも他の面々に向けるのと同じような態度や言動ばかりで優しさの欠片も窺わせない。

そのせいか、カルラもまさかラーレがそんなに想ってくれているとは知らない。むしろ、それが当然とさえ思っているかもしれない。

でも、実際は当然などではなく偽り。大切だと想っているにも関わらず、敢えてカルラの前ではそれを感じさせないようにしているだけ。

その意図が彼にしても他の面々にしても解せない。だからこそあの態度が偽りだと半ば認めさせた今、その部分に関して問うたというわけだが。

問われた彼女はその理由を答える事が恥ずかしいのかすぐに答える事は無く、ギーゼルベルトから視線を逸らすように再び俯いた。

けれどその状態のまま数秒ほどの静寂が流れたとき、ラーレは俯いたままの状態ではあったが、囁くような声ながら――――

 

 

 

「優しい態度なんて接するなんて……そんな恥ずかしい事、出来るわけがないですわ」

 

――優しく出来ない理由、恥ずかしげに告げた。

 

 

 

その理由となる言葉を告げられた瞬間こそ、ギーゼルベルトはキョトンとした様子で呆然としてしまう。

まさか、あのラーレからそんな言葉が口にされるとは思わなかったから。また捻くれた理由が飛んでくると思っていたから。

だが、だからといってこの理由が納得できないわけじゃない。むしろ下手な理由を並べられるよりも納得が出来てしまう。

なぜなら彼女、ちょうど今現在ギーゼルベルトの前で見せている様子で分かる通り、照れ屋は一面を内に持っているのだ。

その照れ屋な部分が優しく接するという面に恥ずかしさを覚えさせ、カルラの前ではその部分が出せずに普段通りでしかいられない。

もちろん、この照れ屋な部分というのに関してはカルラも知っている。知っているが、まさかいつもの態度の原因がそことは思わない。

それ故、大切に想っていても未だ優しく接する事は出来ず、カルラも気付く事がないままで現在に至っているというわけなのだろう。

 

「相変わらずと言うべきか……本当にお前は――」

 

「不器用な奴、でしょう? でも、こればかりは仕方ないとしか言いようがありませんわ……そういう性分なんですもの」

 

「はぁ……」

 

そういうのは本人の気持ち次第で直し様はある。けれど言動からして彼女はそれを諦めてしまっているのが分かる。

もしもこれが仲間内で問題になる事なら、彼も正すという方向へ持っていくために説得なり何なりするのだろう。

けれどこの問題はあくまでラーレとカルラの間だけでのものであり、解決してもしなくても何かしらの問題へ発展する可能性は低い。

だからといってどうにかしてやりたいという気持ちがないわけでもないが、今挙げた理由を並べられて拒否されるのがオチ。

それ故、溜息をつくだけでそれ以上は彼も何かを言う事は無くなり、再びの静寂の中でラーレは顔の赤みを収めぬまま、今度こそ訓練室を後にしようとする。

 

 

 

――だが、彼女の足が扉の前へと到達した直後に訓練室の照明が全て落ち、辺りが完全に真っ暗な状態へとなってしまう。

 

 

 

その突然の現象に二人は驚きの顔を浮かべ、暗闇で距離も開いている故に見え難いながらも互いに顔を見合わせる。

だが現象の原因に対する大方の予想は付くのか、顔を見合わせた後はまたか……と言いたそうな顔で互いに溜息をついた。

 

「どうやら、また何かやらかしたようだな……」

 

「そのようですわね。今度は何をしてこんな事になったのかは知りませんけど、本当にいい迷惑ですわ」

 

距離が若干開いているも他に物音一つしない静寂である故、声を響かせて二人は短くそんな事を言い合う。

その言葉の対象となっているのはもう説明しなくても分かると思うが、『蒼き夜』の中で一番トラブルを起こす頻度が高いヒルデだ。

彼女はついこの前もとある騒動を起こして施設内のほぼ全員に迷惑を掛け、お怒りになった『マザー』によってお仕置きされた。

けれどアドルファならともかく、ヒルデブルクという女性は『マザー』のお仕置きが怖くて何も出来なくなるような玉じゃない。

むしろ、余計にトラブルを起こす頻度が上がるだけ。そんな彼女の性格等を知るからこそ、この現象も彼女が原因かと二人は思っていた。

暗闇を齎すこの現象が起こってからおよそ十数分後、またも突然となる警報音が響きわたるまでは……。 

 

 

 

 

 

再び所変わって地下七階のフロアにある一室にて。彼――ジェドもまた誰もと同じく停電騒動に動揺を示していた。

ただその動揺は停電によって全てのコンピュータが使えなくなった事にではなく、もっと根本的な部分に対しての動揺。

なぜ停電など起こったのか、ソレが分からない故の動揺。というのも実際、ココで停電など本来なら起こるはずが無いのだ。

都市を支えているのは電気などではなく、魔力。地下十階に存在すると言う魔力生成機関を用い、それを全ての動力としている。

メイン動力機関から、どこにでもあるような家電まで。ソレは言い換えれば、その魔力生成機関が都市の心臓と言ってもいいだろう。

そんな非常に大事且つ重要な機関であるため、点検は決して怠っていない。更には『マザー』曰く、絶対に問題など起こらないと言い切るほど入念に。

だというのに今、全ての動力が落ちるという事態が起きている。幸いサブの動力機関で最低限の機能は保っているが、大問題には違いない。

尚且つ、そんな根本的な部分が分からないから対処のしようが無い。それ故、ジェドとしては動揺する以外為す術が無いというわけであった。

 

「………………」

 

反対に問題など起こらないと自信があるようだった『マザー』はなぜか動揺の一つも浮かべず、冷静な対処を行っていた。

自身の周りに十数にも上る複数のモニタを展開し、それらに映し出される多種多様なあらゆる情報を漏らす事無く点検。

普通の人間なら到底出来る事ではない芸当。けれどそんな事が実際出来ていると言う辺り、腐っても『蒼き夜』のボスという事なのだろう。

 

「……はぁ……やはり、これは自然的なものではなく人為的なものか。しかも、この手口からして……全く、本当に碌な事をせん奴らじゃのぉ」

 

「……一人で納得してるところ悪いが、出来れば説明してくれないか?」

 

「ん? お、おお、済まん済まん。お主の存在をすっかり忘れておったわ」

 

そう言う『マザー』に対して今回ばかりは彼も不満を抱く事は無かった。彼女がどれほど集中していたかを目の前で見ていた故に。

だから特に表情を変化させないまま彼は再び判明したらしい事の説明を願い、『マザー』もそれに頷きつつ事態の詳しい部分を話し出した。

その説明曰く、問題が起こったのはメイン動力機関。しかも内部のプログラムを点検したところ、人為的な改竄後が見られるとの事。

且つハッキングされた痕跡も発見された事から犯人は外部からコレを行ったという事実が分かるが、どうも『マザー』はその犯人に心当たりがあるらしい。

けれど一番重要な部分とも言える犯人についてを問えば、『マザー』は言い辛そうな顔を見せる。いや、むしろ嫌そうな様子さえ窺わせていた。

しかし、そこを聞かなくては正直意味が無いため繰り返し彼が同じ事を問えば、嫌そうながらも『マザー』は渋々その口を開こうとする。

 

 

 

――だがその直後、突如として事態が更なる展開を見せ始めた。

 

 

 

メイン動力機関が止まっても一応動くモノの一つである警報。それが彼女の言葉を遮り、けたたましく鳴り響いたのだ。

あまりに突然の事である故、またも驚きを浮かべるジェドに対して『マザー』の顔にはやはり驚きは無い。だが、変わりに別の感情が浮かんでいた。

それは多大な怒りと僅かな焦り。どちらにしてもジェドが知る限り、それは今まで一度も見た事が無いと言える表情であった。

だけどそれ故に次いで起こった事態は大なり小なり深刻だという事が分かり、今度は何が起こったのだとジェドは真っ先に彼女へ問うた。

対して問われた彼女は問いに対して答えを返す事は無く、表情を変える暇も無いほど今一度早々に複数のモニタを展開した。

 

「ちっ――――多少のちょっかい程度なら見逃してやろうかとも思うたが、主砲なんぞ撃ってくるとは……よほど死にたいらしいのぉ、あの阿呆共は」

 

怒りからか底冷えがしそうな声色で言う内容から察する辺り、どうやら外にいると思われる敵艦が主砲を撃ってきたらしい。

主砲に対して都市はまるで揺れの一つも無い故にジェドには分からなかったが、彼女が言うのだから間違いはないだろう。

となれば彼女の怒りと焦りも尤もな事。自身の、自身らの故郷とも言える場所を攻撃されて許せるはずなどないのだから。

故にか即座に『マザー』は行動を起こす。開かれていた瞳を静かに閉じて更に多くのモニタを展開し、何やらブツブツと呟き始める。

 

「メイン動力機関のプログラム修正を行いつつ、防御態勢を『透過』から『不可侵』へ移行し現状維持。且つメインが回復し次第、三番砲門を解放して敵艦を破壊せよ」

 

《――指示を了解致しました。『透過』から『不可侵』へ防御態勢を移行、現状を維持しつつメイン動力機関のプログラム修正を最優先事項として実行致します。尚、後の指示である三番砲門の解放、並びに砲撃は『マザープログラム』の言質と承認コードが必要と――――》

 

「三番砲門の解放と砲撃を承認。コードHK3S−T28R、『哀れな愚者へ救済の光を』」

《……言質及び承認コードを確認致しました。最優先事項であるメイン動力機関のプログラム修正が完了し次第、サブからメインへと動力機関を切り替えて三番砲門を解放。敵艦を鎮圧致します》

どこからか室内全体に響く機械質な声へ『マザー』の指示は淡々と告げられ、下された内容は実行へと移される。

『マザー』の周囲に展開されているモニタの映像がいくつか変わり、夥しい数の文字や数字の羅列が流れる画面へ。

その流れる速さは慣れない人間なら読み取る事さえ出来ないほど。尚且つ少し離れた位置にいる事もあり、ジェドにも一切分からない。

反対にそれを自らの意思で表示した側である『マザー』には理解出来るのか、表情を先ほどから全く変えぬまま全てのモニタに目を通していた。

けれど全く変化が無かったその表情はモニタに目を通し続けて数分が経った際に突如として顰められ、同時に小さな舌打ちが室内へ響いた。

 

「指示変更。最優先事項をメイン動力機関のプログラム修正から敵艦の破壊へ。シールドを維持しつつ三番砲門解放、『次元空間歪曲砲(アンドヴァラナウト)』をサブ動力機関の蓄積魔力を50%使用して発射せよ」

 

《――変更を了解致しました。最優先事項をメイン動力機関のプログラム修正から敵艦の破壊へ変更。三番砲門を解放し次第、『次元空間歪曲砲(アンドヴァラナウト)』を使用して敵艦を鎮圧致します》

 

機械質な声は返答を返すと変更された指示を先と同じように繰り返し、その後に実行へと移し始める。

展開されていたモニタの半数近くが一瞬だけ閉じ、再び開けばこれまた理解不能な別のデータを次々と表示していく。

そして表示してから一分が経とうとしたとき、機械質な声は三度室内に響き、無感情な声で淡々と言葉を放つ。

 

《三番砲門解放。サブ動力機関に蓄積された魔力を三番砲台へ集束開始……5%……10%……15%……》

 

集束率が数値として挙げられていくたび、グォングォンとそれなりに大きな音が室内に鈍く響いてくる。

心なしかその音は徐々に大きくなっていくように感じられ、音が響く感覚さえも少しずつ速くなっていっていた。

更には『マザー』の周りに展開されているモニタに表示されている多数のデータが流れる速度も、急速に速くなる。

 

《……45%……指示値までのエネルギー集束完了。空間歪曲術式展開、防御シールドを三番砲門付近のみ限定解放。バレル展開、照準を前方敵戦闘艦船一隻にて固定……発射指示をお願い致します》

 

準備完了の言葉が告げられても『マザー』はすぐに指示を下す事は無く、静かに目を閉じる。

その表情は先ほどまでの様子と違って何の感情も窺わせない無表情。焦るでも怒るでも無く、ただただ無表情。

尚且つピクリとも動かないものだから何を考えているのかが読み取れないどころか、命の無い人形のようにも見えてしまう。

そんな初めて見る彼女の姿にジェドが呆然と眺めるしかない中、約一分ほど経って漸く彼女は閉じていた目をゆっくり開き――――

 

 

 

「――――『次元空間歪曲砲(アンドヴァラナウト)』、発射」

 

――感情の籠らぬ静かな声で、その短い一言を口にした。

 

 

 

途端にモニタ上のデータの流れは更なる加速を見せ、一部のモニタなどは薄赤く染まってしまう。

けれどその変化もほんの一分か二分程度で収まり、元の状態へと戻ると機械質の声が変わらぬ口調で告げてくる。

 

《敵艦の消滅を確認。バレル収納、防御シールドの限定解放を解除。一部の機関の冷却作業を行いつつ、次なる指示――メイン動力機関のプログラム修正作業を実行致します》

 

告げられたその言葉に『マザー』は返答を返す事は無く、展開された多数のモニタを全て閉じる。

そして疲れたかのように小さな溜息をつき、ジェドのほうへと向き直ると漸くその表情にいつもの感じが戻ってきた。

 

「や〜れやれ……久しぶりに『蒼き夜』のシステムを使ったから流石に――――ってどうしたんじゃ、お主? そんな間抜け面なんぞ浮かべて」

 

「……いや、何でもない。気にしないでくれ……それより状況が落ち着いたのならいい加減、先ほどの問いに対しての返答を聞かせて欲しいんだが」

 

「ふむぅ……先ほどのというと、ここを襲ってきた阿呆共に関してじゃったかの?」

 

そうだと言わんばかりにジェドが頷けば、『マザー』は先ほどと同じように嫌そうな顔をあからさまに浮かべる。

一度は了承したにも関わらずそんな顔をまた浮かべる辺りは、この件に関して話すのが相当嫌なのだろう。

けれど教えると一度は言った手前、話さなければ彼が納得しないと分かっている故か、観念したかのように溜息をつきつつ語り出した。

 

「以前、『蒼夜の守護騎士』の構成プログラム――主にカルラを構成するプログラムに大きな破損を負わせる事となり、結果として守護騎士の一人を失う羽目となった一件について話した事があったじゃろ?」

 

「ああ。その一件とやらの詳しい部分は聞かせてもらっていないが、確かに聞いた覚えはあるな」

 

「……それを招く原因となったのが、今しがたココを襲ってきた阿呆共じゃよ。あ奴らは妾たちと同等以上の技術力を持ち、且つ妾たちとは相反した使命を帯びるが故、妾たちを完全に敵視しておる。じゃからこそ行動というわけじゃな、今回の件に関しても以前の件に関しても」

 

「なるほど……しかし、少し腑に落ちんな。同等以上の技術力を持ち、お前たちを敵視しているはずなのに……なぜ、もっと大々的に攻めてこないんだ?」

 

「単純な話じゃよ。あ奴らと妾たちが正面から本気でぶつかれば、どちらが勝とうとも互いの損害は計りしれんからの……こちらにしてもあちらにしても、それは望ましい事ではない。じゃからこそ、本気同士でぶつかり合う事が出来んというだけの事じゃ」

 

それだけが理由ならば確かに単純な話だが、ジェドからすれば全面戦争を起こさない理由がそれだけとは思えなかった。

そもそも以前ならいざ知らず、今は『蒼夜の守護騎士』が一人欠け、更には残った内の一人も大きな欠陥を抱えている状態。

あちらが現状どの程度の戦力を持つのかは分からないが、『蒼き夜』と同等以上の技術力を持つのならこれだけの要素でも優位になる。

にも関わらず今回の様な攻め方しかしない辺り、それだけではなくまた別の理由が存在するのではないかと普通は思いもするだろう。

けれど実際に別の何かがあるとしても、それを話さないという事は話したくないという事に繋がる。それ故、ジェドもそこを追及する事はなかった。

 

「ふむ……では最後に一つ根本的な事を聞くんだが、お前が阿呆共と言っている奴らに呼称はあるのか? あるのなら出来れば、教えて欲しいんだが」

 

そう問われた『マザー』は僅かに眉を顰め、考えるような仕草を見せる。その様子から、呼称はあるのだという事が彼にも分かる。

だが、それをすぐに答えないというのはおそらく先ほどと同じで教えるのが嫌なのだろう。尤も、なぜ毎度教えるのを躊躇うのかは知れないが。

ともあれ、教えたくない事ならば無理に聞き出す事は出来ない。だから、ジェドは話したくないならいいと彼女へ告げようとするのだが――――

 

 

 

 

 

――それよりも早く、まるで彼の言葉を遮るようにして再び警報音が室内へ響き渡った。

 

 


あとがき

 

 

そんなわけで三章に於いて最後となる『蒼き夜』サイドは、例の連中との真っ向勝負というわけだ。

【咲】 見覚えのある二人がいる辺り、『不死者』を名乗るだけあって死んでも生き返るのね。

まあな。尤も、『蒼き夜』の面子がそう呼んでるだけで別にアレの特性は『不死者』って部分ではないんだがね。

【咲】 そうなの?

うむ。そもそも、『不死者』って言うなら夜天の書の守護騎士たちだってある意味『不死者』だろ。

【咲】 確かに……彼女らも元を絶たない限り死は無いものね。

そういう事。だから、彼女らの特性はその部分ではなく、もっともっと単純な部分だ。

【咲】 ふ〜ん……それにしてもあの二人はともかく、もう一人は一度も戦った所を見た事がないキャラね。

登場自体はしてるけどな。ちなみにだが、あの三人の中では彼女が最も強かったりする。

【咲】 そうなの?

ああ。ついでに性格も結構アレな上に見た目はカルラと似てるから、一部の者からしたら戦い難いだろうな。

【咲】 ていうか、そもそもアレらって何で攻めてきたわけ? 『レメゲトン』を奪いに来たとか?

んにゃ、違うね。それもおまけの理由としてないわけじゃないけど、一番の理由は一種のお遊びみたいな感じだ。

【咲】 お遊びで戦艦一隻率いて攻めてきたわけ……?

そういう奴らだからな。ただまあ、アレらの組織の中でもまともな奴もいないわけじゃないけどね。

【咲】 ……あの三人が際立ち過ぎてそういう風には思えないけどね。

それはまあ、確かにそうだが。実際居るには居るんだよ、多少なりと話が通じる奴。

【咲】 ふ〜ん。ソイツも今回ので出てきたりするの?

さあ、どうだろうな……そこの辺はまだ正直何とも言えんけど、ただ一つ言えるとしたら。

【咲】 言えるとしたら?

ソイツが出てきたとして仮に戦闘にでも発展した場合、最悪の事態が起きる可能性があるって事だな。

【咲】 ……そんなにヤバい奴なの?

性格とかはそうでもないんだけど、な。ともあれ、今回からしばらくは『蒼き夜』と『○○○』との戦闘だ。

【咲】 しばらくって事はまた前中後の三本で収まらない可能性があるって事?

つうか、まず確実にそれでは収まらんな。たぶん、これを含めて五、六話くらい続くと思う。

【咲】 それは……ずいぶんと長くなりそうねぇ。

まあ、その分内容は少し濃い目だから楽しみにって事で……それじゃあ、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




カルラのリハビリと言うか、訓練とか他のメンバーがどう過ごしているのか、そういう話かなと思ったけれど。
美姫 「まさかの襲撃ね」
しかも、敵さんはまたあの人たちみたいですな。
美姫 「この状況での襲撃に本当に意味はないのかしらね」
どうなんだろうか。目的もまだはっきりしていないしな。
美姫 「続きが早くも気になります」
次回も楽しみにしています。
美姫 「待ってますね〜」



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