このお話は魔法少女リリカルなのはB.Nの軸から離れた外伝となる話です。

本筋の軸から離れたお話ではありますが、本編を見る上では見ておいて無駄ではないと思います。

ですが逆に見なくても本編を読み進める事は問題なく出来るので、その辺りはお読みになる方にお任せいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】外伝 忘れられない唯一の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人にとって、忘れられない記憶というものが大抵一つはあるものだ。

 

人を殺めたときの記憶、救済したときの記憶。幸運を感じたときの記憶、不運を感じたときの記憶。

 

表現の明確さ、というのも人によっては様々ではある。だが、忘れられないという点に於いては全てが同じ。

 

これから語る話は、そんな忘れられない記憶を抱き、今も悔いる一人の女性の――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――昔とも最近とも言えない、過去の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時、魔法文化が最も発達していると言われている世界――ミッドチルダで、世間を騒がせる事件が起きていた。

魔導師でもない民間の人間が、次々と失踪する事件。そして、事件解明のために派遣された管理局員からすらも、被害者が出た事件。

犯人に関する情報は一切不明、民間人が失踪しているのもおそらく誘拐されているという見解だが、その手段も不明状態なのだ。

誘拐というならば手段など強引に連れ去るというのが頭に浮かぶが、この事件に於いてはそれを用いているとは到底考え辛い。

というのも、被害を受けたほとんどの人間には誘拐される間際、人が近くにいた。なのに、まるで死角を突いたかのように、被害者は消え去る。

誰の目にも触れる事無く、被害者自身が悲鳴を上げる事も無く。故に手段が不明状態……そしてそれが理由で、この犯人は管理局でも注目された。

魔法を用いて誘拐を行っているにしても、どんな魔法を使っているというのか。そして、何が目的で誘拐などしているというのか。

調べてみれば誘拐された人間のほとんどは別に金持ちというわけじゃない。そのため、身代金目当てという線はほとんどゼロと言ってもいい。

そもそも身代金目当てなら、ここまで人を誘拐する理由にならない上、親なり誰なり脅しの連絡の一つくらい入れるものだろう。

だからこそ可能性がゼロに近い。だけどそうなってくると犯人の目的が掴めない……そのため、事件解明の第一陣として派遣した局員以降、管理局は攻めあぐねていた。

これ以上人員を投入したとして、犯罪者ながらこれだけ見事に誘拐する犯人なら手がかりが掴めるどころか、また被害者を出す羽目になる。

それを防ぎ、尚且つ犯人を捕まえるため、かなり絞った数の人員により調査を行った。少しでも手掛かりが掴めれば、そこから犯人逮捕の策が見えてくると考えて。

 

 

 

――だが、事件は誰もが想像しない方向へと動き出す羽目となった。

 

 

 

最初の被害者が誘拐されてからおよそ一週間。ミッドチルダ東部に位置する森林地帯にて発見された死体。

紛れもなく、最初の被害者の死体。それは管理局が可能性として危惧していた、最悪の展開とも言える現実。

死体に外傷らしきものがなかったため、毒殺か何かかと思われた。だが検死の結果、驚くべき事実が判明する事となった。

それは、死体には人間の誰もが内に持っているはずのリンカーコアが、見つからなかったという事実。

つまり被害者の死因は、リンカーコアを抜き取られた事による死。そしてこれは、ある種の危機感というものを管理局全体に与える。

現状でリンカーコアを抜き取るなどどんな技術を用いても、どんな魔法を用いても不可能に近いとされているのだ。

可能な範囲でも、リンカーコアから魔力を抜き取るという事例なら過去に存在する。だが、今回のような事例は過去には一切ない。

それ故に異端の技術、もしくは異端の魔法を用いる犯人に危機感を抱き、ロストロギアを所持している可能性すら考えられた。

そのため、この事件の解決は重要視され、それ相応の魔導師が派遣される事となった。もしも戦闘となった場合、市内での戦闘を認めるという許可付きで。

 

 

 

――そして派遣された魔導師群の中には、彼女の姿もあった。

 

 

 

後に時空管理局・巡航L級8番艦、次元空間航行艦船アースラの艦長を担う事となる者。名を、リンディ・ハラオウン。

当時は後ほどの地位はなかったものの、魔導師としての腕も買われてそれなりに地位にいた彼女は、急遽組まれたその隊の指揮を任された。

こういった任務の指揮を任されるのはそのときが初めてではないため、持ちうる指揮力を以て時間解明に彼女は全力を注いだ。

だが、結果は空しくも悉く空振り。そう簡単にいくとは彼女自身思っていなかったが、ものの見事に犯人像どころか、手口の手がかりすら解明できなかった。

それが調査を始めて最初の内だけならまだしも、どのくらい時間を掛けても変わらない。まるで、見つけてみろと犯人に嘲笑われるかのように。

だからか、彼女はこのまま調査を続け、手がかりが見つからない悩む事を止め、この手に事に詳しそうな者に頼ってみる事にした。

その相手とは、自分の親友が片思いしている人。当時からデバイスの研究、開発の最先端を行き、それ以外の事にもある程度詳しい人。

自分とは違い、局員ではなくあくまで民間ではあるが、管理局とは関係が深い。だから、少し申し訳ないながらも協力を仰ぐ事を止む無しとして連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

『はい、こちらアグエイアス研究所――――って、リンディ?』

 

連絡を取った日、最初に通信画面に飛び込んだ容姿と聞き慣れた声。それはリンディが親友と呼ぶ人の姿と声。

当時の彼女と同年代だが、少し彼女より幼さが感じられ、他者からよく人見知りをしない子と呼ばれていた記憶が頭に浮かぶ。

それ故にこんな事件の最中ながら不謹慎にも笑みが零れてしまう事を、彼女は止められなかった。

 

「元気そうね、エティーナ。といっても、前に会ってからそんなに経ってないのだけど」

 

『ふふ、そうだね……それで、今日はどうしたの? こんな時間に連絡してくるなんて珍しいけど、何か緊急の用事?』

 

連絡を入れた時間は夜中の十一時。いつも連絡を入れるなら休日の昼頃、もしくは仕事の定時終わりから一時間前後のとき。

だから彼女――エティーナがそう思ってしまうのも不思議はない。だがエティーナが緊急だと察してくれた事で、話は持ってきやすい。

故に彼女がそう口にして早々、彼はいるかと尋ねた。その問いに対して普段は聞かない言葉であるためか、エティーナは若干首を傾げる。

しかし緊急だと察しているからか、管理局の仕事関連と思い至り、今は仕事中だけど用事があるなら呼んでくると率直に伝える。

それにリンディがお願いと頷くと彼女は一時通信画面前から退席し、その彼という人物を呼びに走っていった。

そしてそれから数分後、エティーナに呼んでくるよう頼んだ人物がようやく画面前に現れ、椅子らしきものに座って画面に顔を向けた。

 

『管理局関係の仕事の用事とエティーナくんから、てっきりクライドかグレアム辺りからかと思ったが……君からとはまた珍しいな』

 

「はい。夜分遅くに申し訳ありません……それとお久しぶりです、ジェドさん」

 

『ああ、久しぶりだ。それで、用件はなんだ? 仕事に関してという事は、デバイスの製作依頼か何かか?』

 

挨拶も交わした所で単刀直入に聞いてくる男性、ジェド・アグエイアス。連絡先の施設の責任者にして、管理局お抱えのデバイサー。

しかもただのデバイサーというだけでなく、様々な事に精通した技能を持ち、魔法こそ使えないがその手の事もある程度は詳しい人物。

そんな彼にリンディは今回の事件の概要を軽く説明し、意見を仰ぐ。様々な事に精通する彼ならもしかしたら、犯人の手口が分かるのではないかと思って。

だが、抱いた淡い期待に反してジェドは腕を組んで若干悩み出し、少しの間を置いてから分からないと告げた。

 

『少し目を離した途端、被害者がまるで元からいなかったように消えてしまう……しかも、周りに人が多くいたにも関わらず、誰も誘拐の現場を目撃出来なかった。確かにこれは何かしらの魔法を使って行ったという管理局の考えは間違いではないと私も思うが、それだけでは情報が少なすぎる。君たちも分かる通り、魔法は現存のものに多少手を加えるだけでまるで違う新しい魔法になる場合がある……つまり、それを考慮すれば魔法の数など無限だと言ってもいい。そんな中から手口に使われた魔法を割り出すなど、普通に考えれば限りなく不可能に近い』

 

「要するにこの事件を解決するためには、もう少し入念に調査をする必要があるという事ですか?」

 

『簡単に言えば、そうなるな。ただ現段階で私が思い描いた仮説でいいのなら、教えてもいい』

 

「……何も分からないんじゃなかったんですか?」

 

『ああ、正直分からんな。故に仮説なんだ……それが合っているか間違っているかの確証もない、ただの想像。だから、それでもいいかとも聞いたわけだ』

 

仮説は所詮その人の想像に過ぎない。根拠があったとしても、自分の中で確信があったとしても、実証しなければ意味はない。

そのため自ら進んでは語らず、リンディが聞きたいかどうかを尋ねた。それに彼女は少し考え込み、その後に教えてくださいと頷いた。

間違いかもしれない可能性があっても、今は何にでも縋りたい状況。その心境をジェドも察している故か、何も文句は言わずに語り始めた。

 

『その犯人が手口として行使している魔法、おそらくそれは他者を透明化させる魔法じゃないかと私は考えている』

 

「他者を、透明化? 自分を透明化させる魔法なら知ってますけど、そんなものは聞いた事もありませんね」

 

『たぶん、自身で作ったのではないか? 透明化の魔法は理論として扱いが難しいものとされているから、そうであれば少なくとも犯人は並大抵の魔導師ではないだろうがな』

 

「確かに。とすると、もし本当に他者を透明化させる魔法を使ったのだとすれば、それと同時に自身にも透明化の魔法を掛けてまるで消え去ったかの如く連れ去った……という事になりますね」

 

『ああ。だが、さっきも言ったがこれはあくまで私の仮説だからな……実際にどうなのかと聞かれれば、答えられん』

 

「いえ、それでも十分参考になりました。ありがとうございます、ジェドさん」

 

対して気にするなと変わらぬ声色で返され、リンディは僅かに苦笑しながらも再度礼を言って通信を切った。

正直なところ、参考になったというのは事実。実質何の手がかりもない状況でそんな仮説が聞けただけでも、十分に意味はあった。

聞く人が聞けば現実的ではない、柔軟すぎるなどと非難されるかもしれないが、仮説を立てるにはそれなりに根拠があるという事。

彼はあくまで仮説、実証はないから所詮は想像と言ってはいたが、彼も技術者にして科学者。仮説を立てる上で何の根拠も無しというのは無いだろう。

それは初めて会ってから長い付き合いというわけではないにしろ、管理局が腕を見込み、親友が信頼する彼への信用でもあった。

 

 

 

 

 

彼――ジェド・アグエイアスの助言を受けてから数日。調査を進める中で事件は急展開を迎えた。

それは調査に赴いていた局員の一人が死体の発見された森林地帯を調査中、不審人物と思わしき男を発見、捕縛したというもの。

いきなり捕縛するというのはその人物が、猿轡をして紐で身体を縛り、声と動きを封じた状態で女性をどこかに連れて行こうとする状況だったから。

発見した局員の見解としてはジェドの例の仮説に基づき、誰の目にも触れずに誘拐した直後だったのではないかという考え。

一人で捕縛に掛かるというのは無謀な上、被害者の事も考えて危険だと思われたが、幸いな事に捕縛した女性は無傷、犯人も無事逮捕出来た。

独断の行動であるため若干お叱りを受けはしたが、それでも大勲章には違いない。そしてそれからは雪崩の如く、事件は解決へと向かった。

犯人の自供よれば一連の事件を起こしたのは彼。ジェドの仮説通り、自身で例の魔法を作り、今回の犯罪に用いたという事らしい。

かといって仮説が全て正しかったと言われれば、そうではない。というのも男の魔導師としての力は大したものではなく、ランクで言えばDランクくらいなもの。

生み出した魔法に関しても執念にそればかり研究し、ある意味偶然出来てしまったという。そしてそれを幸いとして、人々を誘拐して回った。

動機は、変質者によくありがちな不純なもの。そして最初の被害者に関しては、あまりに騒ぎ立てたから殺したのだと供述した。

ただ、彼の自供には不可思議な点も存在した。一つは魔導師として大した実力もなく、技術者でもない犯人がどうやって被害者のリンカーコアを抜いたのかという点。

もう一つは戦闘能力がさしてあるわけでもない彼が、どうやって調査を行っていた局員を無力化し、連れ去ったのかという点。

しかしこれらに関しても管理局は時間を掛けて問い質せばいいと考え、犯人を捕まえたという事で捜査は終わり、事件は終幕する事となった。

 

 

 

 

 

事件終結から程なくして犯人の自供により残りの被害者の居場所も割れ、早々に救助された。

掴まっていた被害者たちは誰も傷一つ負っておらず、無事な状態。これも管理局としては、嬉しい結果だと言ってもよかった。

ただ、民間の被害者と捕まった局員も含め、全員が捕まったときの記憶がなかった。でもこれは、それほどのショックがあったのだと結論付けられた。

そして事件終結、被害者の救助から時が過ぎて二週間後。被害者はこれまで通りの生活を送り、事件の再発も起こりはしなかった。

懸念した最後の心配事である、犯人は別にいるという考えはそれで崩れ、言ってしまえば良い意味で事件は人々の中で過去の事になりつつあった。

同時に事件終結直後にジェドのところにも連絡が送られ、事件が終わったという結果報告と協力感謝の言葉が述べられた。

自分が立てた仮設が役に立つかという心配が若干でもあった彼にとってそれは枷が外れる知らせであり、彼のほうも心配事がなくなり、いつもの生活へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だが、誰もの頭から拭い去られようとしていたこの事件は、誰もが想像しない方向で再度動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが起こったのは事件終結から更に一週間が経過した日の夜。場所は、森林地帯の奥の方に建つ研究所。

リンディの親友であるエティーナが働き、管理局が抱えている技術者であるジェドが責任者を務める施設。

その施設に夜も遅い時間、来訪者を告げるベルが鳴り響いた。だが、時間的に遅いためか誰もが寝静まり、ベルには気づかない。

そんな中でただ一人気付いたのは、たまたま起きていたエティーナ。誰も出ないだろうと考え、彼女はベルを耳にすると同時に玄関へと向かった。

こんな遅い時間に一体誰だろうか、と考えながら玄関へと赴いた彼女が扉を開くと、そこには自分と同じ背丈くらいのフード付きコートを羽織った人がいた。

フードで顔が隠れているからか顔が分からず、性別すらも分からない。だが、そこは特に問題ではないため、率直に彼女は用件を尋ねた。

 

「あの、ご用件は何でしょうか? もしデバイスの製作依頼でしたら、日を改めてジェドさんに直接――」

 

言葉を言いきろうとした矢先、それは起こった。あろう事か、突然目の前の相手が彼女へと向けて手を伸ばしてきたのだ。

彼女の腕を掴もうとするように一直線に腕へと向けて。だから、反射的にエティーナはその手を避け、思わず蹴りを放ってしまった。

放ってからしまったと思う。もし先ほどの行為が不純なものでないのだとしたら、自分のその行為は明らかに早とちりであるのだから。

だけど放ってしまった蹴りは止まらず、真っ直ぐに相手の腹辺りへと向かう。だが――――

 

 

 

――驚く事に相手は、直撃する寸でで横にスライドして避け、伸びきった彼女の足を掴んだ。

 

 

 

驚きを顔に浮かべる暇もなく、相手は掴んだ足をそのまま手前に引き、外へと向けて投げた。

一連の動きが流れるようなものであった事にも驚きだが、それを表に出すよりも受け身を取る方が先。

故に彼女は投げられて宙を舞う体勢から一回転し、地面へと足をつけた。そして、驚愕に値する行動の連続を見せた相手を見据える。

相手は彼女を投げた体勢からすぐ振り向いたのか、正面から対峙した状態。しかし、先ほどとは違って右手には何かが握られている。

暗くてもよく見えてしまう、白銀の短剣のようなもの。ただ、その形状は若干可笑しく、柄の先端に輪のようなものが備わっている。

そして一番目立つのは鍔がある部分に白い光を放つ宝玉。それらが意味する事は、それに精通する彼女にはよく分かった。

 

「デバイスを持ち出すなんて……正気ですか?」

 

魔法を使う上で補助などをしてくれるのがデバイス。そして相手のそれは、形状的に見ればアームドデバイスだろう。

アームドは基本的に近接戦闘を主とした戦いをするデバイス。だから、それを持ち出したという事は戦う気があるという事が窺える。

だから正気かと尋ねた。決められた区域外での魔法戦闘行為は管理局によって禁じられ、破ればそれなりの罰がある。

それを知っていて尚、戦闘を行おうとするのか。そういった意味合いで尋ねたのだが、相手は一体答える事無く地面を蹴った。

 

「――っ!?」

 

迫る相手に対してエティーナは即座に反応し、相手の斬撃を大きい動きで回避する。

それと同時に相手がデバイスを持ち出すならと已む無く、自身のデバイスたる二つの宝玉を取り出して展開し、バリアジャケットを纏う。

蒼い色をした法衣、武器を握る両手の片方は杖、片方は剣……親友にも少し変ってると言われた、自身の信頼するデバイス――オリウスとアリウス。

それらを展開すると共にまたも迫ってくる相手に対して迎撃するべくオリウスを振るう。だが、相手はそれを読み、地面を再度蹴って宙へと飛ぶ。

そして自身の体がエティーナの頭上に差し掛かった辺りで肩へと目掛けて短剣を振るうが、彼女はそれを辛うじて回避した。

だが、相手の攻撃をそれに留まらず、宙へ飛んだ段階で地面に足をつける事無く、飛翔魔法で更に上空へと上がり、そこから短剣を輪に指を通す。

そこから円を描くように指を回し、短剣を高速で回転させ始めたかと思えば、地面から見上げるエティーナへと向けて投げつけた。

デバイスそのものを投げるというのは今までにない攻撃方法。故に若干の驚きはあったが呆然と立っているわけにはいかず、自身も上空へと飛んで回避。

同時に無防備状態となった相手へと無力化するべく迫り、再びオリウスを振るった。だが、それも予測の範囲内なのか、相手は軽々と避けて後方へと下がる。

しかし相手は未だ武器を持たぬ無防備な状態故、攻めようと思えば攻められた。でも、一つだけ違和感のようなものが頭に残り、それを妨げる。

その違和感というのが何なのか、対峙しながら考えるも答えが出ない。それ故、無理矢理違和感を拭い去って相手へと攻めようとする。

 

 

 

――その瞬間、彼女の後方から何かが回転し、迫る音が聞こえた。

 

 

 

それは違和感が危機感へと変わった瞬間。それに気づいた直後、彼女が後ろから迫るものを目視する事もなく大きく横へと避ける。

そして迫ってきたソレは彼女がいた場所を高速で通過し、その先にいる相手へと迫る。だが、迫ってきたそれを相手はいとも簡単に受け止めた。

明らかに止めきれるものではないと断言できるほどの速度だったのに。そして止まった事により、飛来していたソレが何なのかが明らかとなる。

飛来していたソレとは、相手がエティーナへと向けて投げた短剣型のデバイス。ただ、飛来物の正体よりも、ソレを止めた事よりも、驚く事があった。

その短剣は確かに彼女へと向けて投げられたが、投げた方向からして避ければ地面に激突するコース。再度迫ってきた道は、それから大きく外れている。

どうやってそんな事をしたのか、それは魔法によるものなのか。驚きがそんな疑問へと変わるが、答えが出るまで相手は待ってなどくれない。

受け止めた短剣を再度握り、宙を飛んで彼女へと迫り、短剣を振ってくる。対してエティーナも思考を中断、応じるべくオリウスを振るった。

接近してきてから何度となく嵐のように短剣から斬撃が繰り出され、得物の違いから防戦するのが精一杯。それほど、相手の斬撃は速い。

 

「――っ」

 

速さが尋常ではないため、防戦一方としても捌き切れない。それ故、防御を抜けて短剣の刃が彼女へと迫る。

防御を抜けられたのだから受ける事は出来ない、かといって迫る速度を考えると回避は難しい。

そのため、已む無くといった形で即座に判断。もう片方の手に持つ杖――アリウスを用い、一つの魔法を行使した。

 

PandoraBox》

 

デバイスの音声が響くと同時に彼女の身体を黒い箱のような障壁が包む。その間の時間は、一秒もない。

故に短剣の刃が到達するまでに辛うじて間に合い、短剣は障壁へとぶつかる。そして、軽く力を込めただけの短剣は障壁を砕いた。

そこが疑問として頭に浮かぶのか、相手は若干動きが止まる。だが、その一瞬の隙を晒した瞬間、自身の真後ろから同様の音が響いた。

自分が砕いた障壁は正面のものだけ。なのにソレと同質の音が後ろからも響き、尚且つ砕いた目の前の障壁内にはいたはずの人物の姿が無い。

しかも障壁はまるで砕いてくれと言わんばかりに簡単に砕けた。これらを一瞬で頭の中へと巡らせ、答えを導き出すと同時に正面へと飛んだ。

その瞬間、自分のいた場所を刃が通過する。正直に言えば間一髪……少しでも答えを出すのが遅ければ、あの一撃で終わっていたかもしれない。

捉えたと確信した一撃が避けられたエティーナは若干悔しげではあるが、相手が再び攻めてくる事を考慮して身構えった。

だが、正面へと飛び、距離を置く事で避けた相手は背中を向けたまま振り向かず、静止したまま動かなかった。

 

「…………」

 

何を考えて静止しているのかが分からない以上、迂闊に手を出す事は出来ない。それ故、警戒を抱きながら身構えるのみ。

そしてそんな状態が時間にしてほんの数秒ほど続いたとき、唐突に相手は彼女へと振り返り、同時に得物を持たぬ左手を前に掲げる。

その途端、彼女に向ける左手の平の前に白い魔法陣が展開。それと共に魔法陣の中心僅か前にて魔力が収束し、高密度の球体を顕現する。

この光景が何を示すのか瞬間的に理解したエティーナは驚きを浮かべるも、すぐに自身も左手に持つアリウスの先端を相手に向ける。

杖の先端を向けてから一秒と経たず、相手と同じく魔法陣を展開。魔力を収束させ、蒼色の高密度な球体を作り出した。

そして僅かに発動に遅れはしたものの、相手と同じタイミングでエティーナは収束を完了――――

 

 

 

 

 

《Grimgerde,Burstshift》

 

Trails Shirogane》

 

――直後、蒼と白の閃光が放たれ、ちょうど中央地点にてぶつかり合った。

 

 

 

 

 

溜めた魔力を放出し切るかの如く、ぶつかり合った二色の閃光は互いに押し合い続ける。

相手の方はフードを被っているせいで表情が見えず分からないが、エティーナは均衡を保つ間も苦悶の表情。

自分が誰よりも強いなどとは思った事はない。だけど、数多くいる魔導師の中でそれなりの実力はあるほうだとは思っていた。

だからこそ、この魔法のぶつかり合いで相手の力量が分かる。低く見て自分と同等か、最悪の場合は自分より上なのだと。

しかしここでそれを認識して諦め、気を緩めれば一気に押される。それ故、自分の持ちうる全力を以て均衡を保とうとした。

だが全力を以て立ち向かった事は良い意味で功を奏し、蒼の光は白の光を押し始め、押し負けている事に相手が驚愕しているのが気配として分かる。

だけどその途端に相手の力も強くなり、再び均衡状態へと戻される。そして均衡へ戻されたその瞬間、互いの中央で爆発を引き起こした。

 

「「――っ!」」

 

自分はもちろん、相手もそれは予想外だったらしく、爆発による煙が巻き上がる間際にまたも驚愕する気配が感じられた。

しかしそれを境に巻き上がる煙が互いに相手の姿を視認できなくする。そうなると迂闊に攻撃できなくなるため、またも身構えるしかない。

相手としてももしかしたら同じなのかもしれないため、攻めるのも無意味ではないだろうが、あくまで予想であるためリスクが付き纏う。

それ故にリスクを冒してまで相手を倒したいとは思っていないエティーナは相手の出方を窺うため、身構えるのみであった。

だが、煙がある内に闇討ちの如く仕掛けてくるという予想に反し、煙が晴れていく中で先ほどの位置から動いていない相手の姿が視認出来た。

ただ、予想に反したという言葉とは違うが、予測できなかった事実が煙の晴れて完全に視認出来るようになった相手の姿に見られた。

先ほどの爆風のせいであろう、被っていたフードが脱ぎ去られ、視認出来るようになった顔。薄紫のセミロング、エメラルドグリーンの瞳。

そしてもっとも驚いたのが、そんな髪と瞳をしている相手の顔がまさしく――――

 

 

 

 

 

――女性だという他ないものだという事であった。

 

 

 

 

 

フード付きのコートで顔も体も隠していたのだから、女性であろうと男性であろうと本来なら驚かない。

だが、自分と同じ女性があれほど精錬された斬撃を放て、何よりもこんな犯罪紛いの事をしているのが信じられなかった。

見た目的に犯罪をするような人には見えない。笑ってこそいないが、どこか明るさのようなものが窺える女性。

自分の勝手な想像であっても、そんな人が一応民間人である自分に魔法攻撃を仕掛けるという犯罪行為を平然と行ってきたというのが信じられない。

そんな思考を表情から読み取ったのか、ここにきて初めて……対峙する女性は彼女へと向けて口を開いた。

 

「目を付けた通り、凄まじいほどの腕をお持ちっスね。まさかウチが本気を出さなければならないほどだなんて」

 

「っ……貴方は、何なんですか? 一体何が目的で……」

 

初めて放たれた相手からの言葉で我に返り、先ほどまでずっと聞く事が出来なかった問いをぶつけた。

それに彼女は困ったように頭を掻くという、やはり先ほどまでは見せなかった様子を見せる。

おそらく、彼女としても顔が割れるとは思ってなかったのだろう。だから、何も語らずただ刃を向けるだけだった。

だけどそれも顔が割れた今では意味がない事なため、それ故に見せたこの様子こそが本来の彼女の姿なのだろう。

 

「目的、と聞かれてもさすがに答えられないっスよ。貴方がウチのお願いを聞いてくれるなら、話は別っスけど」

 

「お願い、ですか?」

 

「ええ、お願いっスよ。といっても、そんなに難しいものじゃないっスけどね」

 

お願いを聞けば、目的を話してくれる。そしておそらく、お願いがある故に襲ってきたのだから、こんな無意味な戦いも終わる。

そのためかエティーナはそのお願いとは何なのかと彼女に聞いた。語られるお願いが無理難題でなければ、受け入れようと思って。

だが、エティーナのその言葉に人差指で頬を掻きつつ告げられた短い言葉は――――

 

 

 

 

 

「ウチらの行ってる研究の実験体になって欲しい、というのがお願いっスよ」

 

――とても、分かりましたと頷けるような内容ではなかった。

 

 

 

 

 

実験体というのは、どんな研究かによって扱いが違う。モルモットのように扱われたりする事だって稀にある。

ただ、そういう扱いは基本的に禁止されている。というよりは、人間を実験体にするという事自体が定められた法で禁止されている。

その理由はモルモットのような扱いだろうが、丁重な扱いだろうが、非人道的な行為に相当する事であるが故。

だから、こんなお願いに頷く事など出来ない。それは我が身が可愛いためではなく、犯罪を許してはおけないから。

そして同様に研究を行う立場の人の助手をしている身からすれば、それは反論をせざるを得ない言葉であった。

 

「貴方が何の研究を行ってるのかは、知りません。でも、どんな研究を行うにしても、人間を実験に使うなんて間違ってます!」

 

「……いきなり言う事が変わったのはともかく、物事の善悪なんて個人の考え次第っスよ。それに目指した結果を求め、何を犠牲にしても答えを求めるのが研究者……それを個人の善悪判断で妨げるのは、単なる迷惑行為っスよ」

 

「迷惑だとしても、そんな間違った考え方は肯定できません! 確かに何かを犠牲にしなくちゃ、答えは求められないかもしれない……でも、それを最小限に抑えながら最良の道を進み、答えを導くのが真の研究者の在り方なんです! 貴方の言う犠牲を伴って行う研究なんて、歪んだ答えしか生みだしません!!」

 

彼女が研究者として尊敬するただ一人の人物。それは彼女が助手を務める、ジェドの事。

彼の研究者としての考え方は今、彼女が口にした事そのまま。つまり、ジェドの在り方が研究者の本来あるべき姿だと信じている。

しかし、それはあくまでエティーナがそう思っているだけ。でも、それを以て自分の考えが正しい、貴方の考えは間違いというのはただの押し付けだ。

考えを押し付けられて納得できる人間などそういない。それは対峙する女性とて、例外ではなかった。

 

「……ウチは貴方と議論するために来たわけじゃないっスよ。ウチがここに来た目的は、貴方を実験材料とするために攫う事……それだけっス」

 

答えが否だという事は彼女の主張だけで十分分かる。ならば、元々の考えである実力行使で目的を果たせばいい。

そんな自身の考えを告げ、彼女は短剣を握り、闇夜を再び駆ける。そして強引な会話の打ち切りで相手が動揺している一瞬の隙を突き、至近まで距離を詰めた。

先ほどまでの戦闘で彼女の実力が高いのは十分知れている。だけど、同時に弱点となるべき個所も先ほどので予測していた。

距離を置いた砲撃、射撃系の魔法は同等か、彼女のほうが上。近接戦闘に関しても、類稀と言えるほどの武才を備えている。

これは彼女が両手に持つ剣と杖のデバイス――オリウスとアリウスを上手く使い分けているから出来るのだと言ってもいいだろう。

これだけ見ればエティーナは弱点などない強敵と映るだろうが、その女性からしたら一つだけ弱点となるべき所を見出す事が出来ていた。

その弱点とはすなわち――――

 

 

 

――近接戦闘に於ける、読みの速さ。

 

 

 

一般の刀程度の刃を持つオリウスとその半分以下しか大きさが無い女性の短剣型デバイス。

近接戦闘技術がほぼ同質の者同士がぶつかった場合、決め手となってくる要因の一つとして得物の違いが挙がる。

大きい分だけ破壊力と攻撃範囲はあるが、その分だけ攻撃手段が限られる。対して、小さければ破壊力と攻撃範囲が劣る分、攻撃手段は当然多い。

同質の実力同士がぶつかったという条件化では、若干後者が有利に働く。大きい分だけ動きを制限される中、手数で攻められれば防ぎきれない場合が多いから。

だが、一度は防ぎきれない場面がありはしたが、どうしてこの条件で斬撃のほとんどをエティーナは防ぎ、避ける事が出来ているのか。

その理由が、彼女の読みの速さ。斬撃の軌道を読み、防御体勢を取ると同時に次に放たれるであろう斬撃の軌道をも先読みする。

僅かばかり勘という要素も入ってはいるが、それでも悉く読みを当てられるのは努力の賜物か、あるいは近接に於いて天性の才があるのか。

 

「ふっ!!」

 

「――っ!?」

 

だが、読みが速すぎれば単純なフェイントを混ぜられる事で決壊する。

現に今、左横に振りかぶるような初動を見せた事で横一閃が来ると察知した彼女はその進路上へと防御の構えを取った。

しかし、初動から一転させて右足で防御とは反対側の脇へと蹴りを放つとそれには気付くのが遅れ、直撃を受けるに至った。

読みを速くし過ぎればたったこれだけで騙される。初動から予測してそれしか来ないと思い切っている甘さが招く弱点だ。

 

(そこさえ突いていけば、何の事はないっス)

 

速く読み過ぎるという行為はその場で簡単に直せる行為じゃない。だから、少なくとも先ほど以上に複雑なフェイントを混ぜれば追い詰める事は可能。

導き出した弱点からそう考えた女性は彼女が蹴りでよろめいたのに続けて足を引くと同時に短剣を持つ手を伸ばして突きを放つ。

並みの戦闘者ならその状態からこの素早い突きを避けるのは至難だろうが、おそらく目の前の彼女なら避けるだろうと予測していた。

右手で放ったのだから、おそらく女性から見て左にスライドするという最低限の動きで。だが、彼女にとって突きはあくまで伏線に過ぎない。

本命はその動きで突きを避けられた際に懐に潜り込んで放つ左膝蹴り。本気で放つそれを腹にでも受ければ、さすがにしばし動けなくなるだろう。

その瞬間に首筋に手刀を落として気絶させれば、ほぼ無傷での捕獲が出来る。別に多少傷つけても問題ないが、無傷ならそれに越した事はない。

 

「っ――あぐっ!」

 

そして予測した通り、彼女は放たれた突きに対して思い描いた通りの動きで避け、その後の膝蹴りには対応出来なかった。

故に膝蹴りをまともに腹部へと受け、悲痛の声を漏らす。後は、すぐさま首筋に向けて手刀を放ち、気絶させれば終わり。

そう思い右手の短剣の刃が当たらないように持ち、手刀を落とそうとした瞬間、視界に映るものの上下が突如逆になった。

しかも自分の目の前にいたはずのエティーナの姿が、急に遠ざかっていく。一体、何が起こったのか彼女自身理解出来なかった。

だけどそこから大した間も置かず気づく……あの体勢から彼女が、自分を地面へと目掛けて背負い投げしたのだという事に。

それは驚くべき事。腹部へは本気で膝蹴りを放ち、確かに当たった。そこから気絶まではいかずとも、すぐに動けるはずなどない。

なのに彼女は動き、おそらくあの一瞬で胸倉を掴んで投げた。正直、どこに驚いていいのか分からなくなるような状況の流れである。

だが、このまま何もしなければ自分が地面に背中を打ちつけて大ダメージ。それだけは避けるべく、地面に着く前に空中で急停止、体勢を整えた。

そこから彼女がいるであろう場所を見上げると、そこにいた彼女は杖越しに左手で腹部を抑えている。顔も心なしか、痛みに耐えた表情。

 

(痛いというだけで済むような威力じゃないはずなのに……一体なぜ――)

 

動き出さずにエティーナの姿を視界に捉えながら考え、ある一か所に目がいった事で答えが浮かぶ。

それは彼女が左手で抑えている腹部を覆う物……いや、正確には彼女自身が身体に纏っているもの。

 

(バリアジャケットの強度……なるほど、そこに助けられたっスか)

 

バリアジャケットとは、魔法攻撃や直接攻撃などによる衝撃をある程度軽減してくれる魔導師の防護服。

だが、軽減する度合は魔導師によって様々。スピード重視でダメージ軽減を減少させる者もいれば、強度重視でスピードを減少させる者もいる。

女性の場合は前者、エティーナに関してはおそらく後者。スピードを落とした分だけ強度を高めていたからこそ、あの一撃に耐えた。

ただ、ここにも驚くべき点が一つ存在する。それはスピードを落としたにも関わらず、動きが女性より若干遅い程度で済んでいる事。

表面上には出さないがそこは驚愕に値する事実。だけどそれに対して焦りや苛立ちではなく、嬉しさのようなものがこみ上げてきていた。

 

(これほどまでの力を備えた魔導師だったなんて、嬉しい誤算っスね。彼女を捕らえさえすれば、もしかしたら実験台どころかウチらの研究は……)

 

エティーナという女性がどれだけの力を備えているのかはある程度情報を集めていた。だから、実力が高いのも知っていた。

それでも実際戦ってみれば、誤算としか言いようがない実力。それを目の当たりにして、改めて彼女の身柄を欲する。

故に何としてでも捕らえるため、再度上空に佇む彼女へと駆ける。もちろん、先ほどと同じ方法で接近戦へと持ち込むために。

だが、彼女の作戦と言うのが先ほどまでで嫌というほど理解したエティーナは迎い来る女性に対し、杖の先端を向ける。

 

Blau BladeRegen!》

 

向けたと同時にデバイスの音声、それと共に杖の先端部を囲うように数本の蒼い刃が切っ先を迫る来る女性に向けた状態で顕現。

それを目視した瞬間、その女性も迫る速度を緩めずに今度こそ短剣を左に大きく振りかぶり、弾丸が装填されるような音を響かせる。

 

(っ――カートリッジシステム!?)

 

その音は主にアームドデバイスへ搭載されるカートリッジシステム。それに用いる圧縮した魔力の弾丸を装填する音。

急激に強い魔力を放ち始めた短剣からもそれが使用されたと裏付けられる。だが、ここで魔法を中断するわけにはいかない。

どんな魔法が行使されるか分からない状況では中断したところで意味はない。だからエティーナは魔法を止めず、一斉に顕現した刃を放った。

対して刃の脅威が迫る先にいる彼女はそこで初めて足を止め、距離がまだ開いているにも関わらず短剣を振るった。

 

White Klinge》

 

振った瞬間に魔力は刀身を白き光で包み込み、同時に本来の長さの何倍にもなる刃を生成する。

そしてその刃は僅かにエティーナには届かないものの、迫ってきていた蒼い刃を全て薙ぎ払うに至る。

 

《Annihilation Klinge》

 

だが、それだけでは当然終わらない。先ほどの一撃で消費された魔力など、解放された弾丸の魔力の三分の一にも満たない。

彼女が放ったこの魔法の真価はここから。残った魔力を全て注ぎ込み、刃自体の破壊力と長さを爆発的に上昇させる。

刃を保っていられるのは十秒もないが、その間で斬撃をいくつか繰り出す事は出来る。しかも、短剣の重さは最初と全く変わらない。

つまりそれは破壊力と刀身の長さを増した状態で素早い斬撃が繰り出せるという事であるため、避けられるものではない。

 

 

 

――ただそれも、並みの魔導師ならばの話。

 

 

 

その一言を物語るかの如く、驚きを見せてはいたもののエティーナは繰り出す斬撃を掠らせてもくれない。

距離が距離なため、斬撃の速さが速さなため、反撃こそしてはこないが、一太刀も当たらずに空を飛び回り、避け続ける。

そして約十秒が経ち、半ば予測はしていたが本当に一撃も当たらず光の刃が消える。その直後、初めてエティーナから接近を試みてきた。

接近戦は苦手ではない、むしろかなりの腕を持つ方。だが、接近戦に関して分があるのは相手だと先ほどので分かっているはず。

だというのに敢えて接近戦を挑みにくるのは策があるからだと窺えるが、それを甘んじて正面から受けるほど彼女は馬鹿じゃない。

それを現実として示すように光の刃が消える寸でで放った最後の斬撃の勢いに任せ、そのまま短剣を横に振りかぶるように一回転する。

そこから視線は彼女を捉えたまま、一回転を終えると共に短剣を勢いよく、接近してくる対象へと高速で回転させ、投げつけた。

彼女の手を離れ、回転速度と飛来速度を増しながら迫る短剣にエティーナは一瞬瞳に驚きを浮かべるも、射線上から身を退けてそれを回避した。

だが、自分を通り過ぎていった短剣へ僅かに向けていた視線を瞬時に元へと戻した途端、その眼にはまたも驚きの色が浮かんだ。

その驚きの先にあった光景、それは手の平を自分へと向け、先ほどのように魔法陣を展開して砲撃魔法使用のため、魔力を収束させている姿。

収束時間がほんの僅かであるためか、先ほどのような濃度はない。でも、それは今にも放たれようとしており、先より衰えようとも当たれば不味い。

そう考えて障壁を張るため、急停止しようと試みるが、続けて後ろから聞こえてきた短剣の回転音のせいでその行動を除外せざるを得なかった。

これも先ほどので分かっていたはずの事。彼女の短剣はその形状のせいか、一度投げるとまるでブーメランのように返ってくるようになっている。

つまり後ろからの音とは回転した短剣が返ってくる音。これを含めた今の状況が何を意味するのかと言えば、挟み撃ちにされたという事。

左右どちらかに避ければ回避できるという考えも浮かぶが、そんなに簡単に避けられるような策を取ってくる人のようには見えない。

どちらかに避けたところで更に追い詰められる策があると可能性付ける方がいい。だが、そうするとこの状況を如何に無傷で抜けるかは普通に考えれば至難だった。

 

「くっ……アリウス、パンドラボックス展開!!」

 

Yes, Master》

 

しかし、普通に考えて脱出困難な状況でも、それを可能にする魔法をエティーナは一つだけ持っている。

攻撃から身を守る盾のように見えるも、実際は捕縛及び簡易転移の役割を持つ蒼色の箱。

デバイスからの返事の音声から一秒と経たずして彼女の身を包むようにそれは展開され、直後に前後から砲撃と刃がぶつかる。

その両サイドからの衝撃によって箱はいとも簡単に砕けるも、先ほど使われたときと同様にやはりそこに彼女の姿はない。

一度見てはいるものの珍しい魔法と言えるものであるため、驚きを僅かに浮かべつつも女性は警戒を抱きながら彼女の姿を探す。

そして探し始めて数秒足らずして彼女の姿を破壊された箱の位置から若干後方にて発見した。

だが、視界に捉えた彼女は攻める事はせず、若干警戒しつつ自身を見るのみ。初めて攻めてきたかと思えば、攻める事にまた躊躇している……それは、そんな様子。

故にか、女性は小さく溜息をつき、距離を置いた位置でそんな様子を漂わせながら見てくる彼女に自身も視線を合わせた。

 

「さっきから思ってたっスけど、貴方……どうして自分から攻めてこないんスか?」

 

尋ねる声はかなりの呆れが混じっている。だが、それもこの状況では仕方のない事かもしれない。

命を狙ってはいないと先の言動からは把握出来ているだろうが、エティーナという人物を捕らえようとしているのも同時に分かるはず。

つまり自身の身柄が危ういという状況には変わりない。だとすれば、普通に考えて力のある物なら自身を守るため相手を撃退、もしくは撃破しようと考える。

なのに彼女はどちらも手段として取る事無く、まるで自分を襲っている相手すら傷つけたくない対象と見ているように感じさせる。

それは言ってしまえば優しさという感情から来るもの。疑問として問い質してはいるものの、実際のところはそんなところだろうと分かっている。

だからこそ、呆れが顔にも声にも出てしまうのだ。彼女にとって、この状況下で相手にまで優しさを見せるなど愚か以外の何物でもなかったから。

 

「私は貴方を倒したいわけじゃありません。ただ、人を実験に使うなんていう非人道的な事を止めさせて、研究者として真っ当な道を歩んでほしいだけです」

 

「……そんな押し付けは迷惑にしかならないって……確か、さっき言ったっスよね?」

 

「はい。でも、それを本心から言ってるようには見えないんです、私には。貴方がどんな研究をしているのかは分りませんけど、どんな手段を用いてもそれを成し遂げなければならないほどの理由が貴方にはある。だけど、貴方の心はそれを良しとせず、今もずっと悲鳴を上げ続けてる……そんな風に、私は見えます」

 

勝手な押し付けをして、勝手な妄想を口にして。彼女が口にする言葉のほとんどが偽善にしか聞こえなかった。

確かに目的を必ず為さねばならぬ理由はあるが、本心を偽った覚えなどない。これは自分自身が望み、進んで行っている事。

故に勝手な事ばかりを口にする彼女に対して視線を僅かに下へ逸らし、辛うじて聞こえるほどの小さな声で呟いた。

 

「その綺麗事しかぬかさない貴方の性格……いい加減、イライラしてきたっスよ」

 

呟きを放ってから上げた表情に浮かぶのは、言動通り苛立ちからの怒り。先ほどまで表情をほとんど変えなかった彼女の初めての感情の変化。

それと同時に彼女は腰の後ろから一本の短剣を抜く。それは見間違いでなければ、先ほど砲撃とぶつかり合った彼女のデバイス。

砲撃の直撃を受けたデバイスが一切傷つかずにそこにある。しかも、直撃によって戻ってくるはずないのに、彼女の手に存在している。

本来ならそれら全てに驚いても可笑しくはない。だけど、エティーナは驚かず、睨みに対しても怯まず、真っ直ぐな目で視線を合わせた。

デバイスの事はともかく、自身の言動で間違った事なんて言っていない。甘いなどと言われても、自分の信じる研究者の在り方はそうであると確信しているから。

だから怯まない、一歩も引かない。その態度が余計に苛立つのか、女性は睨む視線を緩めず、短剣を回し始め、宙を駆けた。

もう話す事で解決しようなんて思わない、そもそも元から上手くいくとは思っていなかった。だから、話し合いで無理なら実力で連行するだけ。

対してエティーナも同じような考えを持ってはいた。彼女の間違いを正すため、捕縛して管理局に引き渡し、罪を償わせようという考え。

民間人である自分への魔法行使も罪ではあるが、それ以上にどんな目的を持つのであれ、研究のために人を犠牲にしようとした考えそのものが罪だから。

だから罪を償わせ、考えを改めさせたかった。彼女の本心はこんな事を望まず、本当は犠牲なんて良しとしない優しい心を持っていると思うから。

故に至近まで迫る彼女の持つ短剣から繰り出される流れるような斬撃の嵐を紙一重で捌き、避けながら言葉を投げかけ続けた。

 

「っ……研究を行う上での理由がどんなものであっても、人を実験に使うなんて非人道的な行いが許されるわけじゃない。他でもない、貴方自身だってそれはちゃんと理解してるはずです!!」

 

「…………」

 

「なのに貴方は本心を偽って、こんな事に手を染めようとしてる。本当は優しい心を持ってるはずなのに、正しい研究者として在れるはずなのに……何もかもから目を背けて、こんな事に!!」

 

「っ――ピーチクパーチク甘い事ばかり!! アンタみたいな小娘が、ウチの何を知ってるって言うんスか!!」 

 

最初は黙って斬撃を繰り出してくるだけだった彼女も、ついに頭に血が上りきってしまったのか怒鳴るように返す。

エティーナに対する呼び方も貴方からアンタへと変わった。確証はないが、もしかしたら他人をそう呼ぶ今の彼女が素なのかもしれない。

だけど、その部分に気付かず、怒声にもエティーナは怯まない。それどころか、未だ攻める事はせずに捌き、避け続けながら言葉に言葉で返すだけだった。

 

「アンタはただ黙ってウチらの研究材料になればいい!! 何が正しくて何が間違いなのかなんて、アンタと議論する気はこれっぽっちもないんスよ!!」

 

「私は貴方の実験体になる気も、貴方にこれ以上間違った研究者の道を進めさせる気もありません! どんな事を言われても、正しい研究者としての道を進み続けようとする人を見てきた私は貴方のような許せないし、放っておく事も出来ない!!」

 

「そんな考えで全てが上手くいくほど、世界は優しくないんスよ!! 救いたかった人も、救いたい人も、どれだけ真っ当な道を進んでも助けられない現実……その辛さが、貴方みたいな小娘に分かるとでも言うんスか!?」

 

「っ――分かってるなんて断言する気はありません……いえ、きっとそんな状況に直面しないと分からないと思います。でも――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私みたいな小娘でも、目の前で泣いている人ぐらい救えるつもりです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣いて、いる? 何を言ってるんスか……ウチは泣いてなんて――っ!!」

 

言い掛けた直後、彼女は気付いた。自身の頬を伝う、一筋の水滴の感触を。

それはまさしく目の前のエティーナが指摘した、彼女自身の涙。だけど、なんで泣いてるのか自分でも分からない。

何も悲しい事なんてない。増してや、会って一時間と経たない彼女に泣かされるような事を言われた覚えもない。

だというのになぜ涙などが流れるのだろうか。なぜ、急に胸が軋むように痛みを放ち始めるのか。

分からない、だけど今のままでは冷静ではいられない。だから、攻撃されない範囲まで隙をついて下がり、左腕で涙を拭った。

そして変わらぬ睨むような視線を向けるのだが、そのとき彼女が見たエティーナの表情は先ほどまでと変わり、どこか穏やかさを感じさせるもの。

元から戦う気というのが窺えなかったが、それどころか今は言い合いをしていたときのような様子すらそこにはすでになかった。

 

「貴方は、本当に優しい人なんです。だけどその優しさと同じくらい研究を為さねばならない思いがあったから、どんな手段であろうとも手を染めようとした……そうじゃないですか?」

 

「…………」

 

エティーナの言葉に彼女は返さず、もう一度目元を腕で拭った後、デバイスを待機モードへと移行させた。

それはもう、戦う気がないという意思の表れ。そしてそれを分かってくれたと取ったエティーナは、彼女に対して口を開こうとする。

だけどその考えに反して女性はエティーナに背を向け、転送魔法の術式を展開し始めた。

 

「直に管理局も駆けつける頃合いでしょうっスから……少し悔しくはありますが、ここいらで退散させていただくっスよ」

 

どこへ行く気かと反射的に尋ねようとした彼女の言葉より早く、女性は背中を向けたまま静かに告げた。

確かにここまで大々的な戦闘を行えば、管理局が気づかぬわけがない。時間もさほど経ってはいないとはいえ、駆けつけるのは時間の問題。

だからその行動は犯罪者としては正しい。だけど、あくまでそれは犯罪者として……それ故、エティーナは止めるため行動に出ようとした。

だけど思考から行動に移すまでの時間が掛かり過ぎてしまったためか、一度だけ彼女は振り向き――――

 

 

 

 

 

「今は退散するとしても、諦めたわけじゃない……だから今度こそ覚悟しててくださいっスよ、エティーナさん」

 

――僅かな笑みと共に告げたその言葉の直後、魔法の光に包まれ、その場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謎の女性との激闘の少し後になり、予想した通り管理局の局員が数名、現地に駆け付けた。

その後に一応事情を聞くという事でエティーナは管理局へと赴き、約一時間の後に研究所へと帰宅した。

そしてそれから数日後、先日の変質者の一件が驚きの形で終結を迎える。何者かに、殺害されるという形で。

局内へと侵入を認知も出来ず許すほど局員は愚かではない。だというのに犯人を殺害した者を目撃した者もおらず、侵入のための手口も分からず。

結局このときは迷宮入りに近い形で終わる事となった。どうやって、他者からリンカーコアを抜き取ったかの手段も判明しないまま……。

 

 


あとがき

 

 

な、長かった……。

【咲】 確かにねぇ……ここまで長く書いたの、初めてじゃない?

さあ、どうだろうね……少なくとも、つい最近ではない事かな。

【咲】 ともあれ、リリなのB.Nの初めての外伝が完成したわね。

うむ

【咲】 で、見た限りこの話って……アドルファが映像で見てたエティーナとアドルファが初めて会ったときの?

その通り。今回は謎の女性という形で出してるが、喋り方とかデバイスとかで彼女だってのは分かったろ?

【咲】 まあ、ね。でもさ、最後の言動からすると会ったのはこれが最初で最後のようには見えないんだけど?

まあ、それはそうだろうね。でも、実質直接会ったのはこれが最初で最後だよ。

【咲】 何でよ?

ん〜、まあ説明しちゃうとだな、この一件の後に組織そのもので話し合いがあり、計画の変更を行ったんだよ。

それがまあ、後々一件に繋がるんだけど……変更された事で彼女からエティーナに会いに行くことはもう意味がない事になった。

だから管理局相手に悪事に相当する事をし、結果として指名手配されるような事はしても、彼女の前に現れる事はなかったというわけだ。

【咲】 ふ〜ん……で、エティーナとしてもアレ以降会う事がなかったから、声すらもうろ覚えになっちゃったってわけね。

そういうことだ。

【咲】 なるほどねぇ。ところでさ、計画の変更があったって後に繋がるって事だけど、それはエティーナが死ぬ事になったアレの事?

そうなるな。ただまあ、あの一件に関してどこまでが彼女らの計画だったのかは、今のところまだ明かされないが。

【咲】 そう……にしても、アドルファって怒る事があるのね。本編ではいつも笑ってるか、困ってるかの二つくらいだし。

まあ、今の本編の部分に至るまで彼女が怒りを露わにしたのも、涙を見せたのも、エティーナのみではあるな。

【咲】 それって、仲間にも見せた事がないって事?

仲間には余計に見せられないさ。目的が目的なだけにね。

【咲】 ……それ、目的が明確に出てない今では生殺しにしかならないわよ?

まあね。でもま、後になれば分かるから、それまでお楽しみにって事で。

【咲】 はいはい……で、今回は外伝って事だけど、外伝2とか出たりするの?

語る事があれば、ってところだな。今は明確には決まってないから何とも言えんが。

【咲】 そう。じゃ、今回はこの辺でね♪

また本編で会いましょう!!

【咲】 じゃ、バイバ〜イ♪




今回は外伝〜。
美姫 「しかも、これはあとがきでも言っているけれど、アドルファが見ていた過去の話ね」
だな。いやー、改めてエティーナの強さも分かると言うか。
美姫 「しかし、計画の変更ね〜」
一体、それが本編にどう関わっているのか。
美姫 「本編も楽しみにしてますね〜」
待っています。



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