恭也と同じ顔をした男は近づいてくる。

先ほどまでのミラのようにふらつくような足取りで徐々に近づいてくる。

 

「……」

 

男の視線はまっすぐにミラを射抜くように向けられている。

片時もそれは外れることもなく、射抜くように見ながら近づいてくる。

その視線に怯みも、近づいてくる男に対する警戒心もある。

だが、それ以上に近づいてくる目の前の男の姿が信じられない。

 

「なんで……」

 

ミラの左足がほんの一歩だけ後ろに下がる。

でもそれ以上は下がることも、動くことさえもできない。

できるなら逃げ出したい、ここから立ち去りたい。

そう思っていても体は言うことを聞いてはくれない。

 

「なんで……なの」

 

ミラの呟きに男が答えることはない。

ただまっすぐにミラへと近づいてくる。

 

「……恭也」

 

その呟きが発せられたとき、男の足はぴたりと止まる。

それはその言葉に反応したからなのか。

それとも何か別のことなのか。

ミラにはわからなかった。

男が立ち止まって数秒という短い時間が流れた。

短い時間であるのに、なぜかミラには長く感じられた。

 

「――――」

 

立ち止まった位置から男は何かを呟いた。

とても小さく、聞き取れないかと思うほど小さく。

しかし、ミラには確かに聞こえた。

 

「え……?」

 

聞こえたその言葉の意味が、ミラにはわからない。

その言葉が何を意味するのか、ということがわからない。

男は再度歩み始める。

先ほどと変わらぬ歩調で歩き始める。

歩きながら、男は先ほどの言葉を繰り返し呟く。

何度も何度も、繰り返すように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「返せ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを、呟きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!〜対なる心、継承せし二刀の剣〜

 

【第二部】第八話 偽りの魔眼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁっ!」

 

息をつく間もないほどの美由希の連撃が影を襲う。

しかし、影はその連撃を無に帰すかのように避け、受け流し、捌いていく。

美由希の後方からは生徒を退避させ終えたフィリスが己の武器である弓を手に持ち援護する。

弓から放たれる多数の矢は当たらず避けられるものがほとんどだが、何本かは影の体を傷つける。

だが、それも結果としては無意味である。

傷つけられた影の体は瞬時に再生を果たし、元の無傷な体へと戻る。

 

「っ!?」

 

再生を果たす影を見て美由希、そしてスレイの中で若干の驚きが走る。

相手の動きを学習し、その際に傷ついた体を再生させてほぼ無限に決められた時間の中で活動し続ける。

それが今まで美由希たちが見てきた影に対する分析だった。

そしてその分析は誤りではない。

だが、それだけではないことが今戦っている影から見て取ることができた。

 

『再生能力が……上昇している?』

 

再生能力の向上。

それが以前の影と今の影の違いだった。

以前の影ならばほんの僅かな傷でも再生に一、二秒を有し、その間動きが良くて硬直、最悪でも鈍るという所が見られた。

しかし目の前にいる影は矢によって傷のついた部分の再生に動きが硬直することも鈍るということもない。

つまりは矢程度でついた傷など影にとっては傷の内にも入らない、ということだ。

 

「……」

 

傷の再生による硬直などがなくなった影は今よりも脅威的な存在。

簡易魔法による攻撃は逆効果、物理的な攻撃は再生により無効、そして相手の動きを戦いながら学習していく。

これらを見ると影には弱点などない無敵の存在に見える。

だが、そんな脅威的な存在を目の前にしても美由希の目には諦めという文字は浮かんでいなかった。

なぜなら、美由希は影の弱点をすでに掴んでいるのだ。

その弱点を知るためのヒントとなったのは前日のスレイの言葉にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おそらく、あの魔眼ではないかと」

 

「魔眼って……あの赤い目のこと?」

 

「はい」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「いえ、先ほども言いましたがこれと言った確証はありません。 ただ……」

 

「ただ……?」

 

「昨夜の戦闘の際にあの魔眼から膨大な魔力を感じたのです」

 

「魔眼って言うくらいだからそれが普通なんじゃないの?」

 

「いえ、本来の魔眼はそれ自体に魔力を秘めているわけではありません。 魔眼の能力は魔法を還元、吸収するのですが吸収した魔力は魔眼ではなく魔眼の持ち主の魔力として蓄えられます。 ですが、あの影は還元、吸収した魔力を自身の身体向上へと変換しました。 そしてその際に残ったほんの僅かな魔力を魔眼へと蓄えているのです。 これは本来の魔眼からはありえない現象なのです」

 

「えっと……つまりはあの影の持っている魔眼は偽者かもしれない、ってこと?」

 

「はい。 そしてあの魔眼の性質を真似ているのであれば、あの魔眼こそがあの影の本体なのではないでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはスレイの推測に過ぎない。

だが、魔眼の本来の性質と影が行ったことを照らし合わせればそれは真実味を帯びてくる。

だから美由希は影と戦いつつ、あることを行っていた。

そしてそれは影の本体がスレイの推測通りだということ証明してくれた。

 

(やっぱり……魔眼を守ってる)

 

戦いながら美由希は影の目に対しての攻撃を時折混ぜている。

相手に悟られぬように、不自然でないように。

そしてその攻撃のほとんどは避けられ、回避不能の場合は剣で受けている。

体を襲う攻撃には受けることをしない影がなぜ目を狙ったときのみ受けるのか。

それは傷つけられたら困るから。

傷つけ、破壊されては困るから。

つまり、その行動が影の本体は魔眼であるという疑念を確信へと変えたのだ。

 

(ならっ!)

 

後は如何にして影の魔眼を破壊するか。

その手段も美由希の中ではすでにある。

今まで影が見たこともなく、そして美由希自身が一番得意とする技。

 

「……」

 

連撃を止めバックステップで突如後方に下がった美由希に影は不信感を抱く。

何をする気なのか…それがわからぬ影は何をしてこようとも大丈夫なように構える。

いつもの影なら不信感があろうとなかろうと闘争本能から美由希を追いかけてでも攻撃を仕掛けるだろう。

ならばなぜそれをしないのか。

それは影も学習しているということ。

そしてこの行動はその学習した知恵から今、美由希を追撃するのは得策ではないと判断したためのもの。

だが、その判断は間違いであったことを影は知らない。

 

「はぁぁ!!」

 

弓でも射るかの如くスレイを深く引き、美由希は影へと駆ける。

向かってくる美由希を迎撃するため、影は剣を振り上げる。

 

「!?」

 

その瞬間、美由希の姿は影の前から消える。

いや、あまりの速さにその姿を視認できないのだ。

 

御神流 奥義之歩法 神速

 

影は剣を振り上げたまま固まっていた。

人間で言うなれば、影は突然美由希が姿を消したことに動揺しているのだ。

その間の時間、僅か一、二秒程度のもの。

だが、それだけでも美由希には十分すぎた。

 

御神流・裏 奥義之参 射抜

 

硬直している影の目に美由希の放つ高速の突きが迫る。

そして影が射抜に反応できぬまま、その切っ先は魔眼へと当たる。

その直後、神速は解け世界に色が戻る。

 

「……」

 

「……」

 

生徒たち、そしてフィリスたちの目に映ったのは突然消えた美由希が影の目の前に現れ切っ先を影の魔眼に当てている姿。

そして影が剣を振り上げた状態で切っ先を魔眼に当てられたまま硬直している姿。

その状態が続くこと数秒、影の手から音を立てて剣が地面へと落ちる。

 

「っ!? っ!!?!?」

 

両手で目を押さえるようにして影は苦しみながら後方へと徐々に下がっていく。

それを呆然と見ているフィリスと生徒。

そして苦しむ影に追撃することもなく構えを解く美由希。

しばし間苦しんだ影はやがて

 

「―――――っ!!!!」

 

声にならない悲鳴を上げ、砂のように空に散っていく。

影の姿が完全に消えたとき、そこに残っていたのは罅の入った赤い珠。

だがその珠もピキピキと罅が広がり遂には砕け散った。

 

「終わり…かな」

 

『そのよう…ですね』

 

影が復活する気配を感じないことに美由希とスレイは内心息をつく。

そんな二人にフィリスが駆け寄り声をかける。

 

「終わったん……ですか?」

 

「おそらくは…」

 

多少曖昧ではあるが美由希はそう頷いて返す。

そのとき、美由希の視線は地面に落ちている一本の剣に注がれる。

 

「この剣……」

 

剣に近づき、手を触れようとするがその手は触れる寸で止まる。

なぜかはわからないが、その剣には触れてはいけない。

その直感が美由希の手を止めさせたのだ。

 

「スレイ……この剣、もしかして」

 

『はい。 主様のお考えの通り、この剣は以前はお話した五つの魔剣の一つです』

 

「じゃあ、やっぱり……」

 

『五つの魔剣はすべて、敵の手に落ちていると考えたほうがいいでしょう……』

 

少し暗い口調でそう告げるスレイ。

その言葉に反応するかのように、魔剣の刃は光り輝く。

まるで不吉を暗示しているかのように、妖しく、妖しく…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚いたわね……魔剣を手にした『ゲシュペンスト』を打ち破るなんて」

 

「これで魔剣の一つが奴らの手に落ちたことになりましたが、いかがなさいましょうか?」

 

「……いいわ。 あれは捨て置きましょう。 所詮魔剣の真価は人間には引き出せないもの」

 

「かしこまりました」

 

フードを被ることで顔を隠した男はそう言うと、後ろへ下がり闇に姿を消す。

それを見ることもなく、少女の視線は映し出される映像へと向けられている。

 

「さすがは神剣継承者の片割れ……といったところかしら。 侮ってたわね」

 

歯軋りすら聞こえてきそうなほど苦々しく呟き表情を歪める。

だがそれもほんの数秒。

すぐに少女の表情にはいつもの笑みが浮かび上がる。

 

「でも、いくら力があっても所詮は片割れ。 二つの理を理解できない出来損ないの継承者」

 

少女の視線は違う映像へと映る。

そこに映っているのは、少女にとって愛おしい存在。

その存在―恭也が一人の少女と対峙している映像。

 

「片割れだけでは私には対抗し得ないわ……もっとも完全な状態でも負けはしないけどね」

 

恭也が対峙している少女に右手を向ける。

そしてその手は徐々に少女へと近づいていき……

 

「ふふふふ……あはははははははははは!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女の胸を貫いた。

 

 


あとがき

 

 

OH、大変だYO!!

【咲】 うっとうしいわね……何よ。

いやね…いつもこの作品って二話ずつ送ってるだろ?

【咲】 違うときもあるけど、大体はそうね。

もしかしたら、一話ずつになってしまうかもしれないんだよ。

【咲】 だめよ。

理由も聞かず否定ですか!?

【咲】 理由があろうとなかろうと関係ないもの。

ひ、ひどい…。

【咲】 まあ一応聞くだけ聞いておくわ。

考慮はされないんだな…。

【咲】 当然。

うぅ……まあ、簡単に言うと仕事が忙しくなってきて書くための時間が少なくなったからだよ。

【咲】 じゃあ仕事場で書きなさい。

鬼かおまえは……無理に決まってるだろ。

【咲】 成せば成る。

それだけで片付く事態ではない!!

【咲】 うっさいわね……じゃあこうしましょう。 さっき言った一話ずつっていうのを許してあげる代わりに……。

か、代わりに?

【咲】 私に研究の実験体になってもらう、てのはどう?

それいつもと変わらないだろう。

【咲】 そういえばそうね……じゃあ。

あ、いや、それでいいですよ、はい。

【咲】 もう遅いわよ。

うぅ……。

【咲】 じゃあ罰はまた今度考えることにして、今回はこの辺でね♪

ま、また次回会いましょう……。




おお、あの影を倒したぞ。
美姫 「でも、少女にはまだ余裕が」
それに、最後のアレは何だ。
胸を…って、何、何が!?
美姫 「とっても気になるわね」
次回を楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね」
ではでは。



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