城の地下で祀られる宝玉を破壊した美由希たちは急いで階段を駆け上がっていく。

宝玉を破壊すると同時に宝玉の力で支えられていた柱は爆砕し、城は崩れ始めているのだ。

揺れは徐々に徐々に大きくなっていき、完全に崩壊するまでそう時間はない。

だから、美由希たちの駆ける足は限界ぎりぎりまでスピードを上げていた。

そして階段を駆け上がっていく中、美由希たちはラウエルと戦った階に辿り着く。

 

「あれ……?」

 

「お父様が、いない…?」

 

だが、その階の中央で倒れていたはずのラウエルの姿はすでになかった。

あるのはラウエルが使用していた折れ砕けた二刀の魔剣だけ。

 

「先に脱出…したのかな?」

 

セリナが少しだけ不安を要り混ぜたように言うがアーティはそれに首を縦にも横にも振らない。

それはアーティ自身、そうであって欲しいと思っているがあの状態のラウエルが単独で脱出できるのだろうかという疑問によるもの。

決して軽いとは言えない傷を多々負っているラウエルが駆け上がってくる自分たちよりも早く脱出できるはずはないのだ。

ならば、脱出してないとするならラウエルはどこへ行ったのか、それがアーティには分からず不意に嫌な考えが浮かぶ。

だが、それを遮るように揺れは更に激しさを増し、それに本当にもう時間がないことを悟った美由希は叫ぶ。

 

「二人とも! 早く脱出しないと!!」

 

「……はい」

 

アーティは姿の見えないラウエルと浮かんだ考えに戸惑いながらも美由希の言葉にそう返す。

セリナもアーティほどではないにしろ戸惑ってはいたが美由希の言うとおり早く脱出しなければ自分たちの身が危ういということを理解し頷く。

そうして三人は再度駆け出し、その階の上り階段へ向かっていく。

そして階段へと辿り着き上っていく中、その部屋内部が見えなくなるまでアーティとセリナは部屋から視線を外すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!〜対なる心、継承せし二刀の剣〜

 

【第二部】第二十七話 精一杯の罪滅ぼし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘルが微笑みながら告げた一言に恭也(善)は耳を疑った。

呆然とする恭也(善)に尚もヘルは微笑みながら後ろの段差を上がって玉座に近寄り、一つの小さな玉を持ち上げる。

そして再度恭也(善)のほうを向いてその玉を軽く放るように投げ渡す。

呆然としつつも受け取った恭也(善)はその玉とヘルを交互に見て、これは?というような視線を向ける。

それを読み取ったヘルは微笑みを崩さずにゆっくりと口を開く。

 

「それは、あなたの心の最後の欠片。 真の闇の大部分を司る、あなたの中にあった本当の闇の心」

 

ヘルの語ったそれに恭也(善)は再度玉に視線を向ける。

玉はヘルの言うことにまるで肯定するかのように小さく黒く輝く。

 

「それをあなたの中に戻せば、あなたの心は元に戻るわ」

 

そう言うと同時にヘルの後ろで玉座を巻き込むように魔法による爆発が起こる。

玉座共々、爆発の起こった地面は粉々に砕け、底が見えないほどの大きな穴ができる。

それに驚く恭也(善)とミラを余所に、ヘルはその穴に向かってゆっくりゆっくりと後ずさっていく。

 

「ヘルっ!?」

 

「来ないで……」

 

ヘルのしようとしていることに気づき、止めるために駆け出そうとする恭也(善)にヘルは静止の言葉を放つ。

それと同時に恭也(善)の足元に魔力弾が放たれ、恭也(善)はそれに足を止め爆風で若干後ろに下がる。

それに驚きながら恭也(善)はヘルに視線を向け直す。

ヘルは魔力弾を放った手をゆっくりと下げて笑みを消すことなく再度後ずさる足を一歩一歩進めていく。

 

「ミーミルやその女の言うとおり、私は罪を重ねすぎた……」

 

言葉を紡いでいくごとに一歩、また一歩後ろに足を進めていく。

 

「ミーミルを苦しめ、多くの人の人生を壊し、それが愛だといってあなたを壊し狂わせようとした……」

 

紡いでいく言葉は、まるで自身の罪を懺悔するように…。

 

「それが、孤独や悲しみを消すためじゃなくて、目を背けるためのものだったということにも気づかないで……」

 

自身の悲しみから犯した罪を掘り返しながら、ヘルは歩を進めていく。

 

「でも、気づいたからといって私の罪が消えるわけじゃない……だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、私の精一杯の罪滅ぼし……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穴に落ちるぎりぎりのところで足を止めて、微笑みを浮かべつつ口にする。

その言葉に恭也(善)も、ミラも、自分が気づき考え付いたことに、やはり、と確信がついた。

だから、恭也(善)も、ミラも、ヘルのしようとしていることを止めさせるために叫ぶ。

 

「ふざけないで!! そうやって、あなたはまた逃げるというの!?」

 

「でもこうする以外、私にできることはないわ。 そう……私が消えれば」

 

「違う!! 罪を償うのなら尚のこと生きるべきだ!! 死ぬことは罪滅ぼしなんかじゃない!!」

 

「あなたの言うとおり、これは罪滅ぼしにはならないかもしれない。 でも、私が生きていることで罪は重なり続けてしまう。 ずっと昔、神々が言ったように、私の存在は災いを招くものでしかないから」

 

大きすぎる力のせいで、自身の存在のせいで、もうこれ以上皆を苦しめるわけにはいかない。

だから、これ以上罪を重ねないために、ヘルは自身の存在を葬ることで罪を償おうとする。

一緒にいてくれると言われた、もう孤独にはさせないとも言われた。

だが、だからこそ、こんな自分に尚も優しくしてくれた人を苦しめたくない。

その思いがあるからこそ、ヘルは決めたことを曲げずに静止の言葉を受け入れない。

 

「嬉しかった……こんな私に、優しくしてくれて」

 

そう微笑みながら言って上を見上げる。

 

「あなたが、優しくしてくれたから……私は、笑って逝ける」

 

笑顔であるはずなのに、涙は頬を伝って流れる。

 

「ありがとう……」

 

そして最後に、心から言葉を紡いで、背中から穴へと落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大好きよ、恭也……だから、さよなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘルっ!!」

 

急いでヘルに駆け寄ろうとするも、ヘルの姿はもう穴へと消えていった。

だから、駆け出そうとした足を止めて、差し伸ばそうとした手を下ろして血が出るくらいに握り締める。

助けられなかった、止められなかった、それらの事を後悔するように強く、強く。

そしてその恭也(善)の手にミラが慰めるように自身の手を重ね包み込む。

 

「行きましょう……恭也」

 

「……ああ」

 

ここにいては自分たちもヘルと同じようになる。

だから、ミラは恭也(善)の気持ちを理解しつつも逃げようと告げる。

自分たちが後を追うことになるのを、きっとヘルは望まない。

だから、恭也(善)はミラの言葉に頷き呟いた。

 

「……」

 

駆け出し、玉座の間を出る際に一度だけ後ろを振り向く。

ヘルが逝ったことが引き金となったかのように天井は落ち、地面は崩れ、徐々に崩壊していっている。

恭也(善)は悔しげにその光景を見た後、正面へと向き直ってミラと共にそこを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミーミルは汚染が止まり徐々に邪気が抜けていく大樹を見上げていた。

邪気が抜けていくと共に自身の体を蝕んでいた魔力が抜けていくのを感じる。

それが何を意味するのか、ミーミルはすぐに気づいて悲しそうに涙を流す。

 

『ヘル……ごめんなさい……っ…ごめん、なさい』

 

ヘルを追い詰めてしまった自身の罪にミーミルは謝罪を口にして涙を流しながら両手で顔を覆う。

謝罪をしても、涙を流しても、ヘルが死んだという事実は消えることはない。

だが、わかっていても謝罪をせずにはいられず、涙が流れるのを止められない。

 

「ミーミル……」

 

そんなミーミルを思わぬ人物が慰めるように声をかけ震える肩を優しく叩く。

その声に聞き覚えのあったミーミルは恐る恐るゆっくりと振り向き、その人物に驚きの表情を浮かべる。

 

『ラウエル……さん?』

 

その人物―ラウエルはミーミルの呟きに肯定するように微笑む。

その瞬間、ミーミルは飛び込むようにラウエルに抱きついて止まらない涙を更に流し続ける。

泣き続けるミーミルをラウエルは泣き止むまで優しく髪を梳くように撫で続けていた。

しばしその状態が続き、少しだけ落ち着いたのか涙を止めてゆっくりとラウエルから離れる。

 

『でも……どうして、ここに?』

 

「僕自身、確証はないんだけど……たぶん、彼女のおかげだと思う」

 

『彼女って……もしかして』

 

消えるはずだったラウエルを助けることができる人物、それにミーミルは覚えがあった。

というよりも、その人物以外にこんなことができるのはいないのだ。

だから、ミーミルが思い浮かんだその人じゃないかという考えは半ば確信に満ちていた。

 

『ヘルが……あなた、を?』

 

「たぶん、ね」

 

『でも……なんで』

 

「それは僕もわからない……ただ、僕の存在が消える直前に、声が聞こえたんだ」

 

『声……なんて、言ってたんですか?』

 

「確か、「あなたは消えるべきじゃない。 彼女のために、彼女に悲しみを負わせないために」って……」

 

「っ!」

 

その言葉にはミーミルの知る昔、まだヘルが歪んでいなかったときのヘルの優しさが見えた。

ヘルがまだ二ヴルヘイムに追放されて間もない頃、まだユグドラシルと二ヴルヘイムとの道が繋がっていた頃、自分に見せてくれた優しさ。

親と切り離されても自分を心配させまいと内から来る悲しさを我慢して笑っていたときのヘルの優しい一面。

それがわかってしまうからこそ、その言葉の意味を理解できるからこそ、ミーミルはまたも流れそうになる涙を押さえ込む。

 

『ありがとう……ヘル』

 

そして、精一杯に微笑みながら上を見上げて感謝の言葉を口にする。

同じように、ラウエルもミーミルの横に立ちながら上を見上げ心の中で感謝を告げる。

その二人の先を見つめる視線には、そんなラウエルとミーミルに微笑みを浮かべるヘルの姿が映っていた。

いるはずはないけど、見えるはずはないけど、どこかそうしてくれている気がしたから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

崩れ行く城の通路で美由希たちと合流し、一同はそのまま通路を駆け抜けて脱出する。

それと同時に城は一同が脱出するのを待っていたかのように大きな音を立てて崩壊した。

崩壊した城を見つめる一同の表情はさまざまだった。

ぎりぎりで脱出できたことにほっとする美由希、ラウエルのことを案じ心配そうな顔をするアーティとセリナ。

そして、ヘルのことに胸を痛め後悔に苛まれたような表情をする恭也(善)とそれを慰めるように恭也(善)の手を握るミラ。

それぞれがそれぞれの思いを抱きつつ向ける視線の先で、崩壊した城が音を静め、その残骸がただそこにあった。

 

「お父さん……どこに行ったのかな」

 

「……」

 

地下から駆け上がり恭也たちと合流するまでの間にもラウエルの姿は見つかることはなかった。

無事だと願いたい…だが、まだ城の中にいたのだとしたら、そう考えると嫌な想像ばかりが浮かぶ。

そんな二人を慰めるように美由希は二人の肩に優しく手を置く。

 

「きっと大丈夫だよ……スレイ、レイ。 あ、アーティやセリナのほうがいいかな?」

 

「私はどっちでもいいよ。 どっちも私の名前であることには変わりはないから」

 

「私も……主様が望まれるほうで」

 

「う〜ん……アーティとセリナって呼ぶね。 せっかくラウエルさんや二人のお母さんがつけてくれた名前なんだから」

 

微笑みながらそう言う美由希に二人は小さく頷く。

そして、美由希は気になっていたことを思い出し、声を掛け辛いながらも恭也(善)とミラに尋ねる。

 

「あの……えっと、彼女はどうなったの?」

 

彼女、つまりはヘルのことであるが、美由希はあの後どうなったのかを知らない。

だから、それについて触れるのが今の恭也(善)にとって辛いことだということを知らない。

 

「彼女は……ヘルは、死んだわ」

 

「え…」

 

口を開かぬ恭也(善)に変わって返したミラの言葉に美由希は驚愕する。

当初の目的は止めること、その理由はヘルの力が強すぎるため足止めしかできないから。

だから、崩壊の予兆と同時に脱出し逃げたのだと思っていた美由希は驚く以外なかった。

そして、ミラが告げると同時に恭也(善)はミラと握り合う手を強め俯いてしまう。

 

「お兄ちゃん……?」

 

それに気づいたセリナはどうしたのかと思い声を掛ける。

だが、その呼びかけに恭也(善)は応じることなくただ残骸となった城を見つめていた。

返答を返してこない恭也(善)にセリナを含め事情を知らぬ者たちは不思議に思うもそれ以上は声を掛けなかった。

その中でただ一人、その場にいて事情を知るミラは握る力を強めてきた恭也(善)の手を何も言わずに握り返す。

そしてしばしの間、その状態のまま二人は城の残骸を見つめ続けていた。

その後、恭也(善)がミラと共に残骸に背を向け一同のほうへと向く。

その目にはまだ少しだけ悲しみと後悔いうものが混じっていたがそれでも先ほどよりは光が灯っていた。

吹っ切ったわけではないけど、ここにこのままいてもヘルが戻ってくるわけじゃない。

このままずっと悲しみと後悔を抱いていてもヘルはきっと喜ばない。

 

「……行こう」

 

「ええ…」

 

だから、それが分かるからこそ恭也(善)はもう残骸に振り返ることなく背を向けて歩き出す。

そして恭也(善)の思いを感じ取ったミラも頷きながら、繋ぎあう手を離さぬまま歩き出した。

二人の様子に若干困惑していた美由希たちは内心で、どうしたんだろう、と思いながらも黙って二人の後を歩き出す。

こうして一同はそれぞれ違う思いを抱きながらその場を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残骸となった城を後にした一同はゲートを潜って最初に二ヴルヘイムに降り立った地点へと辿り着いた。

その間で先ほど美由希が言っていたアーティとセリナという名前についてミラは尋ね、二人の真実を知ることになった。

二人が本当は人間であったこと、大樹ユグドラシルの精霊であるミーミルの子供だということ。

それらを知ったミラと同じく聞いていた恭也(善)は驚かざるを得なかった。

そんなこともあり、皆は辿り着いた地点で元の世界に帰るために、スレイプニルの力を使いゲートを開こうとする。

だが、スレイプニルは光を放つものの一向にゲートは開く気配を見せない。

 

「おかしいな〜……道は繋がってるんだからこれで開くはずなんだけど」

 

首を傾げながらセリナは再度スレイプニルを掲げてゲートを開くように念じる。

しかし、やはり光を放つもののゲートが開くことはなかった。

 

「もう! なんで開かないのよ!!」

 

「落ち着きなさい、セリナ……ゲートが開かない原因、わかりますか、恭也様?」

 

セリナを落ち着かせてアーティは恭也(善)なら分かるのではと思い尋ねる。

だが、アーティの予想と反して恭也(善)は首を横に振る。

 

「あいつにも聞いてみたが、まったくわからないらしい」

 

「そうですか……」

 

アーティはどうしたものかと考えるが、原因がわからない以上考えても何も浮かぶことはなかった。

その間もセリナが何度も試してはいるが結果は変わることはなく、抑えた苛立ちがまたも爆発しかけている。

だが、今度はアーティも見た目はいつもと変わらないが内心で焦っているのかセリナを落ち着かせることはしなかった。

 

『アーティ、セリナ……聞こえるかい?』

 

「「え?」」

 

そんな様子の二人に突如声が聞こえてくる。

そしてその声は二人だけでなくそこにいる皆に聞こえているのか驚きの表情を浮かべている。

皆、例外なく驚いている中、その声は少しだけ苦笑するように笑って口を開く。

 

『初めての人もいるから最初に自己紹介しておくよ。 僕はラウエル……アーティとセリナの父親だ』

 

「アーティと、セリナ……?」

 

『おや、二人に聞いてないのかい? シャインスレイとダーグレイというのは魔剣としての二人の名前で、アーティとセリナが本当の名前なんだ』

 

「そうなんですか……二人の父親ということは、ラウエルさんは」

 

『ああ、君の考えたとおり……僕が光と闇の魔剣の製作者だよ』

 

予想通りの返答に恭也(善)は、やはり、と内心で思う。

そしてそれと同時に前から思っていた疑問を口にしようとする。

だが、今はそれよりも優先すべきことがあるのを思い出し、先にそっちを尋ねることにした。

 

「それで、ラウエルさんが俺たちに声を掛けてきたのはゲートが開かない原因を話すためですか?」

 

『察しがいいね……その通りだよ。 あと、その解決法もね』

 

「そ、それよりも先に、お父さん今どこにいるの!? あの後、急にいなくなってたから心配したんだよ!?」

 

急に割り込んできたセリナの如何にも怒ってますという感じの叫びにラウエルは少し驚く。

過去でもアーティやセリナは父親の成すことに不満こそ浮かべることはあっても今のように怒るということはなかったのだ。

だから、初めて見るセリナのそれにラウエルが驚くのも無理はない。

それと同時に、それほどまでに心配させてしまったのだと分かり、申し訳なさそうな感じで口を開く。

 

『今はユグドラシルのところにいるんだ。 事情はいろいろあるんだけど……とりあえず心配させてごめんな、セリナ。 アーティも…』

 

「あ、いえ……お父様がご無事ならいいんです」

 

『うん…ありがとう。 それで、事情が気になってるだろうから話してあげたいけど、あいにくと時間がないんだ』

 

「時間……?」

 

『ああ。 さっきも言ったけど、僕が皆に声をかけたのはゲートが開かない原因と解決法を話すためなんだ』

 

「うん、確かに言ってたね。 それで、原因ってなんなの、お父さん」

 

『時間がないから簡単に説明するけど、今、二ヴルヘイムと外界との道は完全に遮断されてる。 多分原因は宝玉の破壊と彼女の死だと思うけど、安定させるための力が消失してしまったためにこの世界を維持できなくなってるんだ。 このままだと最悪、この世界は消えてなくなる』

 

「それって……つまり私たちも」

 

『そう。 このままだと君たちも二ヴルヘイムと共に消えてしまう可能性が高い』

 

「そんな……」

 

『と、ここまでが原因とこのまま残ればの話。 今から解決法について話してもらうから、ちょっと代わるね』

 

解決法と聞いて皆の瞳に光が差すと同時に誰と代わるというのかわからない皆は首を傾げる。

だが、その中でただ一人、ミラだけはラウエルが誰と代わる気なのかが分かっていた。

大樹ユグドラシルのあるところにいるということはラウエル以外にいる人物は一人しかいない。

 

『初めまして、皆さん……それと、元気そうですね、アーティ、セリナ』

 

「え……」

 

「おかあ……さま?」

 

ラウエルと代わって聞こえてきた声は二人が本当の名と同時に思い出した自分たちの母の声だった。

優しくて、温かくて、とても慈愛に満ちたその母の声を聞いたことで二人は嬉しさからの涙を流す。

それを勘違いしたのか、少しだけ寂しそうな声で二人の母―ミーミルは口を開く。

 

『やっぱり、私は母親失格ですね……あなたたちを傍にいてあげられなかったばかりか、こうして泣かせてしまって』

 

「ち、ちがい…ます……っ…」

 

「嬉しいんだよぉ……お母さんが…生きててくれて」

 

泣きながら言う二人の言葉にミーミルは少しだけ驚き、自身も内からくる嬉しさに涙を流しかける。

二人に別れを言わずに二人の元を去った自分を今だ母と呼んでくれることに、涙を流すほどに自分が生きていたことを喜んでくれることに。

本当だったら二人の顔を見たい、そして抱きしめてあげたい、だが、今から言わなければならないことはそれらを永遠に不可能にする。

だからこそ小さく二人に、ありがとう、と言い、その嬉しさを上回るほどの悲しさを感じさせるような声で、ミーミルは解決法を話し出す。

 

『本来遮断されてしまった道は開くことはできないのですが、唯一つ……ミーマメイズの力を使うことでこちらからあなたたちの住む世界への片道のゲートを開くことが可能になります』

 

「これを……使って?」

 

『はい。 ミーマメイズは大樹と…私の魔力とリンクしているのです。 ですので、私がミーマメイズと大樹の魔力を使って今一度、ゲートをこじ開けます。私だけ、もしくはミーマメイズだけならば無理だったのですが、どちらも健在である今、それが可能になります』

 

「ちょっと待って……片道って、もしかして」

 

『ええ……とても悲しいですけど…もう二度と、私たちとあなたたちが会うことも、こうして話をすることもできなくなります』

 

「そんな……そんなの嫌だよ!!」

 

セリナは大きく首を横に振って拒否の言葉を叫ぶ。

その言葉に予測していたとはいえ、ミーミルは辛そうに口を噤み黙ってしまう。

そして黙ってしまったミーミルにセリナは尚も叫び続ける。

 

「せっかく生きてるって分かったのに…声を聞けて嬉しかったのに……もう会えないなんて、そんなの嫌だ!!」

 

「わがままでお母様を困らせてはいけませんよ、セリナ」

 

叫び続けるセリナにアーティは落ち着かせようとそう言う。

だが、その落ち着いたような物言いがセリナの神経を逆撫でしてしまったのか矛先はアーティに向く。

 

「アーティはお母さんと会えなくなってもいいって言うの!?」

 

「そうは言ってないでしょう。 私はただお母様を困らせてはいけませんと」

 

「じゃあなんでそんなに落ち着いてるのよ! 会えなくなるのになんで平然としてるのよ!!」

 

「……」

 

「ほんとはどうでもいいって思ってるんでしょ……お母さんのことなんかどうでもいいって思ってるんでしょ!?」

 

「っ……」

 

「だから、そう思ってるからそんななんでもないような顔して」

 

セリナが言葉を言い終える前に、パァンと音を立ててアーティはセリナの頬に平手を打つ。

一瞬、何が起こったのかわからなかったセリナだが、叩かれた頬の痛みで状況を理解しアーティを睨もうとする。

だが、それはアーティの表情を見た瞬間、出来ずに驚愕を浮かべた顔になる。

 

「そんなわけ……ないでしょ」

 

先ほどまで何も浮かべていなかったアーティの表情にはあからさまな悲しみが浮かんでいた。

そして止まっていたはずの涙は堪えているという感じをさせるように瞳に浮かんでいた。

 

「私だって……そんなの、嫌。 でも……ここでわがままを言ったら…お母様を、困らせてしまう……から」

 

浮かんでいた涙はゆっくりと頬を伝い流れ、言葉は途切れ途切れになる。

そして、我慢は限界に達したのか、顔を手で覆って嗚咽を漏らしながら泣く。

泣き出してしまったアーティを美由希は何も言わずそっと抱き寄せて頭を優しく撫でる。

そのままアーティは美由希の服をぎゅっと掴んで声を押し殺して泣き続けた。

そして、泣き出したアーティを見たからか、セリナも自身がまた涙を流していることに気づく。

アーティと同じく涙を流すセリナを恭也(善)が抱き寄せて顔を軽く胸に押し付ける。

そして美由希がアーティにするように、恭也(善)もセリナの頭を撫でるとセリナは嗚咽を漏らしながら泣き出す。

恭也(善)はセリナに胸を貸し、頭を撫でながら軽く上を見上げてそこにミーミルがいるかのように言う。

 

「ゲートを……開いてもらえますか?」

 

『……わかりました』

 

二人にとって今別れることは辛いかもしれない。

だが、ラウエルの言った、時間がない、という言葉を思い出し、恭也(善)自身も辛くはあるがそう口にする。

ミーミルも悲しむ二人を見て別れたくないという思いに駆られるが、娘を愛しているからこそそれを抑えてそう返答した。

そして、それと同時にミラの胸にあるミーマメイズが今まで以上の光を放ち、瞬間、皆の目の前の空間が裂ける。

アーティやセリナがゲートを開くときとは異なった開き方で開いたゲートに皆は歩き出す。

 

『さようなら…皆さん。 アーティとセリナも……元気で、ね』

 

ミーミルのその言葉にアーティとセリナは泣きながらも頷く。

美由希と抱きついているアーティの二人、そしてミラの順でゲートへと姿を消していく。

そして最後に、恭也(善)とセリナがゲートへと入ろうとしたとき、恭也(善)はゲート前で足を止めてセリナに先に行っててくれと言う。

セリナはそれに小さく頷いてゲートへと入っていき、見えなくなったところでラウエルへと話しかける。

 

「ラウエルさん、聞こえますか? 一つだけ教えてもらいたいんですが…」

 

『ん……なんだい?』

 

「レイとスレイ……いや、アーティとセリナでしたね。 二人を魔剣にしたのは、なぜですか?」

 

『魔剣にした理由、か……ごめん、答えてあげたいんだけど、その答えを僕は持ってないんだよ』

 

「答えがない…ですか?」

 

『うん。 ただ言えることは、二人を魔剣にしたのには僕以外の誰かの思惑が混じっている、ということだね。 その誰かというのが彼女かもしれないと思ってたんだけど、今までで聞くことはできなかった。 そして、今となってはもう聞くこともできなくなってしまった…』

 

「そう…ですか。 ならラウエルさん自身はなんで二人を魔剣にしようと思ったんですか?」

 

『う〜ん……ゲートが閉じるまでの時間にはまだ余裕があるみたいだし…なら、ちょっと長くなるけど、いいかな?』

 

「はい……」

 

『じゃあ、話すよ。 二人はね、ユグドラシルの精霊であるミーミルと僕の間に出来た子供なんだけど、それが故にミーミルの膨大な魔力を受け継いでしまった。 そしてそれを扱う術を持たない二人は年月を重ねるごとに増してくる魔力に苦しめられていた。 まだ幼い子供だった二人がこのまま行けば扱えるようになるまでに死んでしまうかもしれない。 そう思い、恐れた僕はそのとき研究していた剣に人間を宿す術を使って二人を魔剣の精霊にし、苦しみから解放することにしたんだ。 ただ、その代わりに二人は歳を取るということができなくなってしまった。 今となっても、あの時どうするべきだったか、悩むよ…』

 

ラウエルは苦笑するようにそう言うがそのときに事を思い出したのか申し訳なさを浮かべたような声だった。

だがすぐにそれを消し、先ほどまでの声色に戻って口を開く。

 

『と、もうそろそろ時間が危ないね。 君も行ったほうがいい』

 

「はい」

 

返事をして恭也(善)はゲートへと足を踏み出す。

恭也(善)がゲートに入り、姿が見えなくなったと同時にゲートの入り口は閉じる。

そして、誰もいなくなったそこに、いなくなった恭也たちに言うようにラウエルとミーミルの声が響く。

 

『『ありがとう……』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、二つの世界で起こった事件は終結を迎えた。

それぞれの胸に、さまざまな想いを抱かせながら……。

 

 


あとがき

 

 

さて!次回は遂に最終話です!!

【咲】 一つ聞くけど、なんで伏線を増やしてるわけ?

ん〜? なんのことだい?

【咲】 どりゃ!!

げばっ!!

【咲】 ふぅ……もう一度聞くわよ?な・ん・で?

え、えっと…最終話で語るということで許してもらえませんか?

【咲】 ……はぁ。 ま、いいわ。

ほ……あ、そういえば、もう一つお願いがあるんですが。

【咲】 何よ。

実験コーナーは最終回に回してもらえませんかね?

【咲】 なんで? 葉那はもうやる気満々よ?

いや〜、次が最終話なのにここでするより次回華やかにするほうがいいのではと。

【咲】 う〜ん……一理あるわね。 じゃあそうしましょう。

よしっ!

【咲】 なんでガッツポーズしてんのよ。

あ、いや、な、なんでもないよ〜。

【咲】 ま、いいけど……ただ、葉那にはあんたが言いなさいよ?

えっ!?

【咲】 当然でしょ。 提案したのはあんたなんだし。

う、うぅ……言ってきてもらうというのはだめでしょうか?

【咲】 い・や。男なら堂々と言ってきなさい。

ううぅ……わ、わかったよ。(とぼとぼとラボに歩いていく

【咲】 じゃ、今回はこの辺でね。

ぎゃあああああああぁぁぁぁ!!!!(ラボのほうから大絶叫

【咲】 (無視)じゃ、次回もまた見てね〜♪




いよいよ次回で最終話。
美姫 「長い、長いお話もようやく一区切りを迎えることに」
二つに分かれている恭也も元に戻れるみたいだし。
美姫 「死んだはずなのに生き返れて良かったわね」
うんうん。最後はどんなお話になるのかな。
美姫 「皆が笑っているのかしら」
次回を楽しみに待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る


inserted by FC2 system