満身創痍で倒れる恭也(悪)の胸にヘルは右手を差し込む。

それに苦悶を浮かべる恭也(悪)にヘルは変わらぬ笑みを浮かべたまま差し込んだ右手をゆっくりと動かして何かを探る。

そして遂に、探していたそれを見つけ出したヘルは笑みを深めて右手から探し出したそれに魔力を注ぎ込んでいく。

 

「少し荒い方法だけど……抵抗するあなたが悪いのよ?」

 

「ぐ、あ、あああぁぁぁぁ!!」

 

苦しみに耐え切れず叫ぶ恭也(悪)にヘルは何の躊躇もなく魔力を注ぎ続ける。

その際にするもがくような抵抗もヘルには意味を成さない。

世界樹は完全にヘルの魔力に侵食され、ミラもその存在を闇に消された今、誰も助けになど来ることはない。

 

「あ…あぁぁぁ…」

 

小さくなっていく声は、恭也(悪)の心の崩壊が近づいているのを意味している。

小さくなっていく抵抗は、恭也(悪)の死が近づいているのを意味している。

 

「あなたはいらないのよ……欲しいのは、もう一つの恭也の心。 だから、あなたは消えなさい」

 

言葉と同時にヘルは注ぐ魔力量を一気に跳ね上げる。

すると途端に恭也(悪)の身体はビクンッと大きく跳ね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パキン、と音を立てて…その心は砕けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!〜対なる心、継承せし二刀の剣〜

 

【二部】最終話 狂気の心が満たされたとき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心が砕けた感触を右手で感じて、ヘルは笑みを浮かべたまま右手を引き抜く。

そして踏みつけていた恭也の胸から左足を抜けてゆっくりと若干後ろに後ずさる。

後ずさったヘルの足がある地点で止まると同時に心を砕かれ死を迎えたはず恭也の目がゆっくりと開く。

 

「やっと出てきてくれたわね…恭也」

 

「出てこさせたの…間違いだ」

 

「ふふふ…そうとも言うわね」

 

ゆっくりと身体を起こして睨みつけるような目で恭也(善)はヘルを見据える。

だが、その視線はヘルにはまったく意味を成さず、それどころか楽しそうに嬉しそうに笑う。

 

「なぜ…こんなことをする」

 

「なぜって…ふふふ、おかしなことを聞くのね、恭也は。 そんなの、恭也を愛しているからに決まってるじゃない」

 

不思議そうに首を傾げた後、ヘルはほんとに当たり前のことのようにそう返す。

その返答に、恭也(善)は驚きを浮かべることはない。

わかっていたことなのだ…ヘルが自分にどんな感情を向けているのか。

如何に鈍感やら朴念仁やらと言われてきたとは言っても、あれだけストレートに言われれば嫌でも気づいてしまった。

だが、だからといって恭也(善)にとってヘルのした行動は許せるものではない。

 

「愛しているから…だと? ならなぜあいつを殺した!? あいつだって俺だろうが!!」

 

「ええ…確かにあれもあなたよ。 でもね、私が欲しかったのは私のことを想ってくれる恭也。 そうでない恭也なんて、いらないのよ」

 

「俺が、おまえを想っているだと…? そんなわけ――!」

 

「そんなわけない? ううん、あなたは私を想ってくれてるわ。 だって…」

 

言葉を切って、ヘルは右手をゆっくりと胸に当てる。

そして、小さく微笑みを浮かべて続きを口にする。

 

「こうすると、あなたの想いが伝わってくるもの」

 

その言葉の意味が、ヘルの行動と同時に襲った自身の胸の痛みが、恭也(善)には理解できなかった。

今の自分はヘルに半身を殺された憎しみを浮かべはしても、決してヘルを想うといった感情はない。

そのはずなのに、ヘルの微笑みを見ると胸の痛みを感じる自分がいる。

なぜなのか…それがなぜなのか、恭也にはまったく理解ができなかった。

 

「ふふ…意味がわからないって顔ね。 なら、教えてあげる。 あのとき…あなたが初めてここに来たときに、あなたの心に私の心の一部を埋め込んだのよ」

 

「なん、だと…」

 

「本当なら、あのときに全部を手に入れるはずだったんだけど…あなたが抵抗したから、あのときは一部しか出来なかった。だから、私は私の心を拒絶した部分を切り取って、その心が私を受け入れるようにしようとした。でも、結果としてそれができなかったから…砕いたのよ」

 

それが恭也の半身を砕いた理由。

受け入れるどころか、自身の邪魔をしようとした心などいらない。

だからヘルは、如何に心が恭也の半身であっても、躊躇なく砕くに至ったのだ。

 

「……っ」

 

ヘルの語ったことを、恭也は理解せざるを得なかった。

確かにここへ初めてきたときにそれらしきことはされたし、何より今襲っている胸の痛みが何よりの証拠だった。

だが、理解したからと言って、ヘルの思惑通りに行くわけにはいかない。

 

「ぐ…」

 

自身の胸を掴むように抑え、内から侵食してくるヘルの心に恭也(善)は必死に抗う。

大半をすでに侵食されてはいても、唯一つだけヘルの侵食できない場所を必死に守る。

ミラを想う心、ミラを愛する心、それだけは侵食されまいと必死に守ろうとする。

その様子を見て、ヘルは今だ侵食しきれないことに対する驚きとその原因に対する忌々しさを顔に浮かべる。

 

「まだ、侵食しきれないというの? …それほど、あなたにとってあの女の存在は大きいということかしら」

 

浮かべた表情と共に苦々しげにそう呟いたヘルだったが、すぐにその表情には笑みが浮かぶ。

いくらミラの占める部分が侵食を邪魔しようとも、その抵抗を無くすことなど簡単なことだった。

そのための材料は、すでにヘルの手の内に揃っているのだから。

 

「ふふふ…なら、もう一つ教えてあげるわ、恭也」

 

呟くように、だがはっきりと聞こえる声でヘルは言いながら、恭也(善)へと近づいていく。

近づいてくるヘルに恭也(善)は胸の痛みを感じながらも後ずさろうとするが、足はまるで射抜かれたように動かない。

動けない恭也(善)に徐々に歩み寄り、その傍まで近寄ったところでヘルは足を止めて恭也の頬に両手を添えるように当てる。

そして、しっかりと自分のほうに視線を向けさせて、抵抗している部分を砕くための言葉を紡ぐ。

 

「あの女はね……もう、死んだわ」

 

「っ!?」

 

その言葉に、恭也(善)の眼は見開かれる。

ミラがヘルの魔法によって空間に飛ばされたことは内で見ていた。

だが、目の前で殺されたわけではないから、絶対にミラは生きていると信じていた。

確率的には低いことかもしれないが、それでもそのことを希望の光として今まで心を保ってきた。

しかし、ヘルの告げたその言葉は、恭也(善)のその希望を打ち砕いた。

 

「あの女はもういない。 閉ざされた闇の空間で……もがき、苦しみ、最後にはその精神を崩壊させ存在を闇に消された。 いくらあなたが願おうとも、もうあの女は帰っては来ないのよ、恭也」

 

残っていた希望を打ち砕けば、あとは楽なことだった。

徐々に、徐々に、恭也(善)の心を自身の心で埋め尽くしていく。

障害がなくなれば、もう恭也(善)の心を守るものなど、何一つない。

 

「もう一度言うわ、恭也。 あの女はもう、死んだのよ」

 

その一言を最後に、恭也(善)の心は完全にヘルの心で埋め尽くされ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞳は、絶望に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生気を感じられない瞳、それを見た瞬間、ヘルはこれまでにないほどの喜びを浮かべる。

その喜びを浮かべたまま、ヘルは背伸びをするようにつま先で立って恭也(善)の唇に自分の唇を重ねる。

前よりも、前以上に甘く、濃厚に、長く長く唇を重ね続ける。

どのくらいか唇を重ね続けた後、その唇を離し恭也(善)の頬から手を下ろして恭也(善)の右手に自身の右手を重ねる。

そして、繋いだ手を引っ張ってヘルは恭也(善)と共にゆっくりと玉座へ歩み寄っていく。

間もなくして玉座へと辿り着いたヘルは繋いでいた手を離して玉座に置かれる黒玉を手にとって恭也(善)のほうへ振り向く。

 

「さあ、受け取って、恭也。あなたの最後の欠片……あなたが人を超え、神となる……『悪夢を齎す真の闇(ナハト)』となるための欠片を」

 

言葉を紡ぐと共にヘルは黒玉を持った手を恭也(善)へと差し出す。

すると、黒玉はヘルの手から若干宙へと浮き、恭也(善)の胸へと吸い込まれていく。

完全に黒玉が恭也(善)の胸に吸い込まれ姿を消したとき、恭也(善)の体はビクンッと跳ねる。

禍々しいほどの黒い気を放ちながら、ビクンッ、ビクンッ、と跳ねる。

そして、しばらくしてそれが収まると、恭也(善)は俯いていた顔を上げてヘルに視線を向ける。

そのときの恭也の眼は、前までの黒く澄んだものではなく、怖気の走るような朱色の眼だった。

 

「気分はどう、恭也?」

 

「ああ……問題ない」

 

返答を返す恭也の声には、先ほどと同じように生気は感じられない。

だが、今の恭也の姿こそがヘルの望んだものであるため、ヘルは返答に嬉しそうな顔するだけ。

 

「ふふふ、よかった…じゃあ、最後の仕上げをしましょうか」

 

「そうだな……」

 

言葉を返した後に、恭也の瞳が妖しく光を放ち、さっき以上に黒き魔力が立ち上る。

同時に城は地震が起きたかのように大きな振動を始め崩れ始める。

そして異常が起きたのは城だけではなく、二ヴルヘイム全域に対してそれは起き始める。

すべての建物は崩れ始め、枯れた木々は次々に倒れ、大地は外側から徐々に崩れ落ちていく。

 

「ふふふ、あははははははは!! 崩れる、崩れていく…城が、大地が、世界が……すべて崩れ落ちていくわ」

 

崩壊していく城で、ヘルは狂喜に満ちた笑いを響かせていた。

そして、その瞳がまっすぐに捉えるのは、崩壊を導く自身の愛しき人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城の地下で、城を支える宝玉を破壊するためにラウエルと戦う美由希たち。

しかし、その戦いの間際に城は大きく揺れ始め、崩壊を始める。

崩壊し始めた城に美由希たちだけでなく、ラウエルさえも驚いたように天井を見上げる。

 

『ちょっ!なんで城が崩れ始めてるの!?』

 

『そ、そんなこと私にだってわかりませんよ!』

 

「言い合ってる場合じゃないよ!崩れ始めたなら早く脱出しないと!」

 

「無駄だよ…」

 

脱出するために駆け出そうとした美由希はラウエルのその言葉で足を止め振り向く。

視線を向けられたラウエルはもう戦う意思がないのか武器を収めながら天井を見続けていた。

 

『無駄って…そんなわけないよ! 今から脱出すれば間に合うもん!』

 

『レイの言うとおりです! ですから、お父様も――』

 

「無駄なんだよ…すでに、もう」

 

二人が間に合うと言っても、ラウエルは否定するように首を横に振る。

崩壊までに脱出することはそう難しいことではないはずなのに、なぜラウエルは無駄だというのか。

二人にも、美由希にもわからないといった顔をする中、ラウエルはその答えを口にする。

 

「王が、城の宝玉を起動させた。 宝玉が起動してしまっては誰も止めることも、この世界から逃げることもできない。 君たちは言ったね? 今から脱出すれば間に合うと。 確かに、今から脱出すれば城の崩壊には巻き込まれない。 でもね、崩壊を始めているのは城だけじゃないだ」

 

「それって…」

 

「お察しの通り…崩壊を始めているのは、二ヴルヘイムという世界そのものなんだよ」

 

『『「!!?」』』

 

ラウエルの語ったことに、三人は驚かざるを得ない。

そして驚きを消せないまま、レイはラウエルの言った言葉が信じられず叫ぶように言う。

 

『な、なんで!? お兄ちゃんたちが、ヘルを止めてるはずなのに!』

 

その言葉に対してラウエルは首を横に振って、三人を絶望に沈めるその一言を口にする。

 

「遅すぎたんだ…何もかもが。 君たちがミラと呼ぶ存在は闇に葬られ…君たちが恭也と呼ぶ存在は、すでにヘル様の手に落ちてしまった」

 

その一言は美由希たちに先ほど以上の驚きを与え、絶望をもたらす。

ミラは死に、恭也はヘルの手に落ちた、その事実に絶望を浮かべた美由希は、力なく地面に両膝をつく。

そして、まるでそれを合図にしたかのように崩壊は地下へと浸食し始める。

先ほどより速いペースで崩れていく地下は、絶望に打ちひしがれる美由希たちの姿を徐々に埋め尽くしていく。

そして程なくして、地下は完全に崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、恭也…そろそろいきましょう」

 

「そうだな…」

 

返答と共に恭也は瞳の光と魔力を収め、玉座に背を向けて正面に手を掲げる。

すると掲げた手の先に魔法陣が瞬時に浮かび上がり、その魔法陣から黒い魔力の玉が次々と飛び出る。

その魔力の玉は掲げる恭也の手より若干前に収束し、徐々にまるで空間の入り口のような黒い円形を作り出す。

 

「いくぞ…」

 

「ええ」

 

掲げた手を下ろして、完全に出来上がった黒い円形に恭也は歩いていく。

歩き出した恭也にヘルは隣へと駆け寄って恭也の腕に自身の腕を絡めて歩む。

徐々に、徐々に近づいていく空間への入り口を前にヘルの表情には狂喜の笑みが満ちていく。

そして空間の入り口を前に二人は立ち止まり、ヘルは笑みを浮かべたまま横を向いて恭也を見上げる。

恭也は向けられた視線に返すことはなかったが、ヘルはそれでも嬉しいというかのように正面に顔を戻して深く腕に抱きつく。

そして、止めていた歩みを再開して空間の中へ狂喜の笑みと共にその姿を消していく。

 

「ふふ…ふふふふ、あははははははははははは!!!!」

 

その笑い声を、崩れ行く世界に響かせながら……。

 

 


あとがき

 

 

かなり前にペルソナさんがこんなの書かないんですかと言われて以来手付かずだったものががやっと出来ました。

【咲】 ほんと、遅すぎよね。 しかも短いし。

【葉那】 駄目駄目だね〜♪

うぅ…そこまで言うことないだろ。

【咲】 だってほんとのことだし。 で、これってエピローグはないの?この後どうなったとか。

バッドエンドにエピローグはねえ。

【葉那】 まあゲームのバッドエンドも大半はエピローグがないしね〜。

まあこれに関してのエピローグは読んだ方々でご想像ください、だな。

【咲】 ちなみに、あんたは考えてないわけ?

ないわけじゃないけど、ちょっとヤヴァイ方向にいったので自粛して載せなかった。

【咲】 ヤヴァイって…ぎりぎりであれとか?

ぎりぎりどころの問題じゃないくらいだったな…俺の考えたのは。

【葉那】 わ〜、きっと鬼畜なお話だ〜♪

断じてそんな話ではない!!

【咲】 …ま、いいけどね。 にしても、えっと…ナハトだったかしら。 あれが真の闇って言われてたものの正体?

まあその通りだな。 ていうか、正体というよりも真の闇の正式な名前。

【咲】 ふ〜ん…じゃ、今回はこの辺でね♪

【葉那】 また2のほうで!!

会いましょう!!では〜ノシ




バッドエンド。
美姫 「この後、二人を見た者は誰もいない……」
そんな感じだな。
これもまた起こりえたかもしれない可能性。
美姫 「これはこれで中々」
まあ、ハッピーエンドがあればこそかな。
美姫 「そうね。それじゃあ、2の方も楽しみにしてますね」
ではでは。



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