最後にカールが来た日からキャサリンのいる世界ではもうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。

以前も述べたとおりカールのいる世界とキャサリンのいる世界は時間の流れがまったく違う。

カールはこちらの一日はあちらの一週間前後と推測したが、実際のところそれに完全に当てはまることはない。

現にキャサリンの世界で約一ヶ月であるのにカールの世界では二日しか経っていないのだ。

そしてそのカールの来ない一ヶ月の間、キャサリンはほとんど結構一人でいることが多い。

ヴァルもよく来てはくれるのだがヴァル自身にもいろいろと抱えている問題というものがあるらしく、来ないときもある。

 

「はぁ……」

 

そして今日、カールもヴァルもいないためキャサリンは学園長室のソファーにて一人黄昏ていた。

カールがいる、ヴァルがいる、そんな毎日に慣れ、楽しみを覚えてしまったキャサリンからしたらどちらもいない日はつまらないの一言。

用意した紅茶もあまり手が付けられていないのかまだかなり残っており、その温かさはとうに失われていた。

 

「……」

 

冷めた紅茶を一口飲んで、キャサリンはカールと最後に会った日のことを思い出す。

あのとき、ヴァルが珍しくカールより先に現代へと帰った後、学園長室へと戻ったカールはキャサリンに提案をした。

その提案とは、この学園を離れて一緒に遠くへ逃げよう、というもの。

ヴァルとの会話でキャサリンが迎える結末というものにうすうすだが感づいていたカールはキャサリンのことを想ってそう提案したのだ。

その想いにキャサリンは気づき、そして同時に嬉しくも思ったが、その提案を受け入れることはできなかった。

なぜならこの学園は昔、キャサリンとキャサリンの仲間たちが創立以来から大切にしてきた学園だから。

その仲間たちはキャサリンと違って人間だったからもうこの世にはいない。

だからその仲間たちと共に大切にしてきた学園まで失うわけにはいかないのだ。

その意思をしっかりと表した表情で語るキャサリンにカールは少しだけ悲しそうな顔をしながらもわかったと頷いた。

今にして思えば、カールはこの学園から離れようとしない自分に愛想を尽かしてしまったのではないだろうか?

だから、一ヶ月も自分のところに来てくれないのではないだろうか?

ヴァルはキャサリンのその言葉を強く否定し慰めてくれたけど、それでもキャサリンは不安で不安で堪らない。

 

「会いたいよ……カール」

 

強い不安に駆られて俯きながらキャサリンは呟く。

だけど、呟かれたその願いはカールに届くことなどなく、ただ静かな室内に響くだけ。

響く自身の願いの言葉に、キャサリンの不安は更に深まり、瞳からはポタポタと膝に涙が零れ落ちる。

しかし、涙を流すキャサリンを慰める者は今ここにはおらず、キャサリンはそのまま静かに涙を流し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜

 

第十八話 擦れ違う二人、失う賢者の力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日、カールは二日ぶりにその世界へとやってきた。

裂夜に助言を受けて、更にちょっとだけ悩んだ結果、変に悩むよりもキャサリンの傍で出来うる限りの力を尽くしてキャサリンを守ろう。

それがカールの出した答えであり、キャサリンを守ろうとするカールの意志だった。

 

「でも、一体どこにいるんだろ……キャサリン」

 

この世界に来てから学園長室へと真っ先に向かったが、そこにはキャサリンの姿どころかヴァルの姿もない。

ヴァルが来るようになってからキャサリンは学園長室からはほとんど出ることはなく、カールが行けばいつもそこにいた。

だが、学園長室にはキャサリンがいたという痕跡はあってもキャサリン自身はどこにもいない。

それにどことなくカールは不安に駆られて、学園内を走り回ってキャサリンの姿を探す。

しかし、ロビーにも、中庭にも、どこにもキャサリンの姿はなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

探しに探し回って、地下水路へとやってきたカールは膝に両手をついて息を整える。

そしてすぐに整え終わるとカールは再度駆け出そうとするが、それより早く奥のほうから足音が聞こえてくる。

徐々に大きくなっていく足音に、それは自分のほうへと近づいてきているということにカールは気づく。

気づいたと同時にカールはもしかしてと思い、カールは足音の聞こえるほうへと駆け寄る。

 

「キャサリン!」

 

見え始めた人の姿にそう叫んでカールは駆け寄っていく。

だが、完全に見えるようになったその後ろ姿も、振り返ったときに見えたその顔や姿も、キャサリンとは違っていた。

 

「シーラ……さん」

 

「残念だったわね……彼女じゃなくて」

 

少しだけ落胆を見せるカールにシーラはそう言ってゆっくりと近寄ってくる。

それにカールはすぐに警戒するようにジリジリと後ずさるが、シーラは数歩前程度の位置で歩みを止める。

 

「ボウヤは、彼女のことが好きなのね」

 

「だから……なんだって言うんですか」

 

「別に……ただ、馬鹿な子って思っただけよ」

 

「どういうこと、ですか……?」

 

「わからないの? ボウヤからしたら、彼女は過去の人……そんな人を好きになったところで、結ばれることなどないのよ」

 

「そんなこと……」

 

「ない、とは言えないはずよ。 あなたがここに来るときが不定期になってきているのがその証拠。 あなたの持つそのペンダント……賢者の石は度重なる時間転移でその力を失いつつあるわ」

 

「っ……」

 

シーラの言った言葉、うすうすだけどカールも気づいてはいた。

最初はこちらの世界で二日や三日に一度の頻度で来ることが出来た。

だが、最近ではこちらの世界の一週間や二週間、下手をすれば一ヶ月も経過してから来ていることになっている。

最初の頃はこちら時間の流れが違うんだ、と思っていた。

だが、時間の流れが違うのならばこんな時期が不定期になるはずはない。

ならばどういうことか……それはカールがこの世界に来るために使っているペンダントの力が弱まってきているということ。

そしてシーラの言ったこれが賢者の石であるという事実は、これが失われればもうこの世界に来ることができないということ。

つまり、そのペンダントの力が失われれば、カールはもうキャサリンに会うことができなくなるということなのだ。

 

「わかったかしら? あなたが彼女をどのくらい想っていても、あなたと彼女は結ばれることなんてない。 それが現実なのよ」

 

「……それでも」

 

冷たく告げられた現実にカールは俯きながら小さく呟く。

そして、その呟きから数秒置いて俯いていた顔を上げ、強い意思を秘める目でシーラを睨むように見ながらその言葉を口にする。

 

「それでも僕は、決めたんだ! 必ず、キャサリンを守るって!」

 

叫ぶように告げられたその言葉にシーラは少しだけ悲しみの表情を浮かべる。

だがそれもほんの一瞬だけで、すぐにカールに背を向けて呟くように告げる。

 

「やっぱり……ボウヤはこの世界に来るべきではなかった」

 

その言葉とほぼ同時に、カールの体が光に包まれる。

いきなりの出来事で、カールは一瞬何が起こっているのかわからなかった。

だが、すぐに先ほどの言葉を思い出してペンダントに目を向ける。

視線を向けたペンダントは、点滅するように弱弱しく光を放っていた。

 

「さようなら、異なる時代から来た者よ。 あなたは、あなたの世界へと帰りなさい」

 

その言葉にカールは返すことも出来ずペンダントは光を失い、カールの姿はその場から消えてしまった。

消え去った後、カールの立っていた場所に少しだけ視線を向けて、シーラはそのまま地下水路を歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代の学園の船着場、その水面からうっすらと見える階段らしきもの。

その先にある今は失われし古の塔の最上階に彼女、ヴァルはいた。

ヴァルはその最上階の部屋の中央にある巨大な蒼い石を見続けていた。

 

「まさか、こんなところにあるとは思わなかったなぁ……」

 

『そうですね。 まさか、海底に沈んだ塔にあったなんて……これでは『教団』も気づかないわけです』

 

「まあ、気づかれないほうが私たちにとっては良かったんだけどね」

 

『それで、どうしますか? このままこの賢者の石を破壊しますか?』

 

「ん〜……今は、まだいいよ。 教団にも気づかれてないし、この賢者の石にはまだ役目があるから」

 

『役目? ……ああ、彼の持っていたペンダントのことですか』

 

「そうそう。 まあ、カールがこれに気づくか、キャサリンの死が先か……」

 

『気づかなければマスターが彼女を救えばいいのでは?』

 

「さすがにそれは無理だよ。 私が深く介入すれば、歪むどころの問題じゃなくなるもの。 だから、キャサリンを救うのはあくまでカール……私はその手伝いをするだけ」

 

『そうですか……でも、それだとマスターはほんとに彼女を救いたいのかわからなくなりますね』

 

「仕方ないでしょ。 救いたいのは本当だけど、私が――であるから以上そうせざるを得ないんだから」

 

初めて過去に介入したとき、ヴァルはキャサリンを自分の手で必ず救ってみせると考えた。

だが、後になってよく考えてみると、――である自分が歴史に表立って深く介入すれば歪むどころの問題ではない。

だったらどうすればいいのかと悩んでいた矢先にヴァルは過去でカールと会い、歴史の最大に分岐点となるそれをカールに任せることにした。

無論、ヴァルとてそのとき何もしないわけではないが、表立って何も出来ない以上警戒しつつ見守るくらいしか出来ない。

故にキャサリンを救えるかどうかは、カール次第ということになるのだ。

 

『まあ、確かにそうですけどね。 ですが、彼は間に合うんでしょうか?』

 

「それはわからない。 カールに人の運命を変えるだけの力があるのか……すべてはそこに掛かるからね」

 

『私としては……ただの人が運命を覆すことなどできないと思いますけどね』

 

「まあ、ノルンの定めた運命は絶対って言われてるからね。 でも、時に人はそれを超える力を見せることもある」

 

『それは、彼らのことを言っているのですか?』

 

「まあ、ね。 さて、そろそろ戻ろっか」

 

『わかりました』

 

ランドグリスが返事を返すと共に、ヴァルの足元に魔法陣が浮かび上がる。

そして自身の姿がその場から消える寸前、ヴァルはもう一度だけ石に視線を向けて呟くように口を開く。

 

「あなたにも、あの人たちのような力があることを祈ってるよ……カール」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻、学園からかなり離れた場所に建つハンター協会本部の建物。

その地下施設にて、数名の者たちがモニターを前にカタカタとキーを打ち込んでいた。

その者たちの後ろには大きな円柱の形をしたガラス張りのケースが数個あり、その中央のケースの内部には刀身が真っ赤でまるで炎のような形をした一本の剣が静かに浮いていた。

そしてその右隣のケースには数本のコードに繋がれ、苦しそうに顔を歪める一人の人間が納められていた。

 

「被験体の精神、及び肉体が限界地へと達しました。 どうなさいますか?」

 

「続けなさい」

 

「了解しました。 出力、20%から30%へ上げます」

 

モニターを前にキーを叩く男は後ろに立つ男の指示通りに出力を上げる。

するとケースの中にいる人は更なる苦しみに顔を歪め、遂には気を失ったかのようにガクッと頭をうな垂れる。

 

「被験体の死亡を確認。 実験を中止します」

 

「ふぅ……やはりただの人間ではこの役は務まりませんね」

 

「はい。 せめて賢者の石がすべて揃っていたのなら、もう少しは成果が出ると思うのですが」

 

「そうですね……それで、学園のほうにある賢者の石の所在は掴めましたか?」

 

「いえ、まだ見つかっておりません」

 

「そうですか……彼も案外役に立ちませんね」

 

そう言いつつも男は落胆したような色は見せず歩き出しその部屋を後にする。

そして部屋を出た同時に男は部屋の横の壁に背中を預けている男に気づき声を掛ける。

 

「何をしてるんですか? こんなところで」

 

「ん? ああ、別に何も。 ただ、中に入りたくねえからここにいるだけだ」

 

「相変わらず、あなたはここが嫌いみたいですね」

 

「まあな。それで、『炎剣』の調子はどうなんだよ?」

 

「依然変わりはありません。 賢者の石も揃わず、魔女も手に入っていない現状ではしょうがない話ですが」

 

「そりゃそうか。 で、あいつからの連絡は?」

 

「今だないようですよ」

 

「はっ……やっぱり役立たずはどう頑張っても役立たずってか」

 

「そういうことですね」

 

男はそれに苦笑しつつそう返し、通路を歩き出す。

もう一人の男も壁から背中を離し、男の隣まで駆け寄って同じ歩調で歩む。

 

「そういえば、『血』の奴はまだ目覚めねえのか?」

 

「まだのようですね。 ですがもうじきでしょう。 あそこは、生贄がたくさんいますからね」

 

「だが、あいつらもいることが同時に問題でもあるだろ?」

 

「そう、ですね。 いくら我らのリーダーとはいえ、彼ら全員を相手にすればただではすまないはずですし」

 

「じゃあどうすんだよ?」

 

「目覚めを察知したら、襲撃を掛けて『血』を確保する……それしかないでしょうね。 ついでに、そのときに魔女も手に入れることができれば万々歳なんですけどね」

 

「だな」

 

そう男は短く返し、二人はそのまま通路を歩いていく。

そして歩き続ける二人の姿は、小さくなっていく足音と共に廊下の奥の暗がりへと消えていくのだった。

 

 


あとがき

 

 

自分では守れないということに気づいたヴァルが取った方法。

【咲】 それは、歴史の上で重要な存在となるカールにキャサリンの運命を変えさせること。

【葉那】 そのためにヴァルはほんの少しの手助けをし、そしてカールに運命を変えるだけの力があるようにと願う。

まあ、これだけ見るとまともに見えるけど、よくよく考えるとヴァルの悪い癖が見えるよね。

【咲】 物事を楽観視して後先考えずに行動する。 かなり悪い癖ね。

まあ実際、ヴァルが表立って歴史に介入できないのはまともな理由があるんだよね。

【葉那】 で、その理由は今はまだ明かされないんだよね〜。

そうそう。 さて、今回の話でしばらくこちらの世界サイドの話は閉じます。

【咲】 まあ、カールの持ってる賢者の石が力を失ったしね〜。 で、次回はどんなお話なの?

えっと、次回だな……カールの持つ賢者の石が力を失った同時刻のレイナたちの行動。

それと更に学園で起こる不可思議な出来事。

この二つくらいかな。

【葉那】 で、次々回からがカールも加えてのお話になるわけだね〜?

そういうこと。 じゃ、今回はこの辺でだな。

【咲】 そしてとうとう次回は!!

【葉那】 あのコーナーが!!

復活しない、げばっ!!

【咲】 するのよ! じゃ、そんなわけで!!

【葉那】 次回をお楽しみにね〜♪




現代へと戻されたカール。
美姫 「彼はこれからどう行動するのかしらね」
果たして歴史を変えることが出来るのか。
美姫 「その頃、現代の方は何をしてたのかしらね」
そちらも気になる。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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