彼女――マートの言葉を最後として恭也の視界は暗転し始め、次の瞬間には現実へと戻っていた。

だけど時間は今しばし止まったまま……おそらく、状況打開の案を考えさせるために彼女が気を利かせたのだろう。

しかしそれももう限界が近いのか、時間停止が切れかけているのだが恭也にも何となくだが分かった。

それ故、すぐさま打開の案を考え抜き、そして途端に動き出した状況の中で彼はそれを実行へと移す。

突き下ろしてきた矛へと向けて肩を押さえられてないほうの手に持つ小太刀――八景を進路上に立て、それを防ぐ。

もちろん、突き下ろしと剣を立てただけの防御では力の差は歴然。そのため、本来ならば威力に押し切られて防げはしない。

だが、それはあくまで先ほどまでの恭也ならの話。今の恭也は仮契約とはいえ、ナハトの力を多少なりと得ている。

 

「――あ?」

 

故に下ろされる矛の衝撃に剣を持つ腕は耐え、容易とは言えないが何とか防ぐに至る。

矛を振るった本人は防がれるとは思わなかったのか、防がれた瞬間に驚きを含んだ呆けた声を上げた。

そしてそれが隙を生む。そこを恭也が見逃すわけもなく、防いだ状態から瞬時に横腹へと蹴りを放った。

だが、如何に隙を作ったといってもそれはほんの僅か。それ故、蹴りが到達するよりも早く我に返り、後ろに飛び退く事で避けてしまう。

しかし、それだけでも恭也にとっても体勢を立て直すには十分であるため、すぐさま立ち上がりミラたちの元へと後退した。

だけどそこで一つだけ可笑しな事が挙がる。それは、貫かれて激痛が走っていたはずの肩から痛みが一切感じなかった事。

そこを疑問に思い、驚きもあってか相手が攻め入ってこないの確認したと同時にチラッとだけそちらへと目を向けてみた。

するとそこにあったはずの貫かれた痕は綺麗さっぱり無くなっており、代わりに傷のあったはずの肩には――――

 

 

 

「ん〜、久しぶりの外はやっぱりいいなぁ……何より空気が美味しいよね♪」

 

――やたら小さくなったマートの姿があった。

 

 

空気が美味しいとか言いつつ空気を読んでいないのか、今の状況にはとても不釣合いな一言。

小さくなった以外では先と何一つ変わらないのだと窺えるが、これはこの状況では呆れしか出てこない。

だが、相手からしたら呆れ以前のその者の存在自体が驚きであるため、そんな感情は浮かんでこなかった。

 

「んだよ、そのチビなガキンチョは……魔物か何か?」

 

「そうだねぇ……この付近は妖精型の魔物も生息してるみたいだから案外そうかも。でも、それにしたって魔物が人間と一緒にいるっていうのが不可解だよね」

 

「……ま、なんでもいいか。どうせ俺たちに狩られるんだ……正体なんて、考えるだけ無駄ってもんだ」

 

戦いを前に相手の事を知るなど無意味。そういう考えを述べるグリスにヴェルグは同意の言葉を上げる。

そして驚きも何も全て拭い、今一度グリスは矛を構え、ヴェルグは手に持つ本を開いて魔法陣を展開する。

それに対してまだ驚きはあるもミラもジャスティンも迎え撃つべく魔法陣を展開し、恭也も迎撃のために八景を構えた。

しかしその中でただ一人だけ、先の二人の言葉に反応し、何やら黒い空気を撒き散らす者がいた。

 

「こんな可愛い女の子を前にして魔物だなんて……言ってくれるじゃん、人間風情が」

 

自分を可愛いとか言っているのはともかく、撒き散らし始めた空気はまともなものではない。

常人ならそれだけで失神するのではないかと言えるもの。だけどこの場にいる者は全て常人とは言えない。

だが、それでも多大な怖気を感じてしまうほどの空気。一番至近で感じている恭也からしたら特にである。

そんな怖気の走る空気を纏ったマートは呟きの後に相手二人を指差すように右手を向け、恭也の肩の上で魔法陣を展開。

 

 

 

 

 

――直後、彼ら二人の周りを小規模な黒い霧が包み込み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜

 

【第二部】第二十六話 神の時代より来たるは闇の使者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬にして彼らの周りに広がった黒い霧。だけど見た目は所詮ただの霧にしか見えない。

それ故、彼らはすぐに出てくるものだと思ったが、警戒しつついくら待とうとも彼らは姿を見せない。

相手も自分たちが仕掛けてくるという考えを抱き、霧の中で不用意に動けず警戒しているのかもしれない。

だが、それにしても一分、二分と経っても姿を見せないのは可笑しい。普通なら警戒してても、そこまで動かずというのは無い。

だとしたら一体なぜなのか……状況からそこを疑問に思った恭也は、肩に乗っているマートに問いかけた。

 

「あの霧は何なんだ、マート? さっきから敵の二人があの中から出てこないんだが」

 

「アレ? アレはねぇ、一種の精神攻撃系の闇魔法だよ」

 

「闇魔法の、しかも精神攻撃系って……また偉く高度な魔法ね。そんなものを大した術式行使無しで使えるなんて、ほんとに何者なわけ?」

 

続けて問い掛けたミラの言葉にマートはふふんと胸を張り、心器のナハトだと簡単に答えた。

だが、何者かという問いにはそれだけで事足りるも、話に聞いていたナハトが突然現れたのかという疑問が残る。

だけどマートに聞いても説明が面倒くさいと説明せず、その少し横柄な態度故にミラは若干ムカッときてしまう。

しかし状況故にそこでミラに暴走されると困るため、気を利かせたジャスティンはマートではなく恭也へとそれを尋ねた。

そもそも彼女が最初に姿を見せたのは恭也の傍。それ故に彼女が現れた件には恭也が関係してると踏んでの行動。

そしてジャスティンの考えは大方当たっているためか、尋ねられた恭也はマートほどではなくも簡易な説明を述べた。

それにジャスティンもミラも本日何度目になるかの驚きを浮かべるも、筋が通る説明であるため納得せざるを得なかった。

 

「はぁ……ところで、あの魔法は外部から内部に攻撃する事は出来るのかしら? 出来るんなら、やってしまいたいのだけど?」

 

「あ〜、無理だね。外部から見たらただの煙幕だけど、内部は別世界に近いから。そんなわけで、世界の違う内部は外部からの干渉を一切受け付けな〜い♪」 

 

「……つまり、魔法の性質も考えて与えられるダメージは精神の部分だけってわけ?」

 

「そういう事。世の中そんなに旨い話は無いって事だね、あはは――むぎゅ!?」

 

自分のした事なのに笑い飛ばそうとするマートへとすぐさま手を伸ばし、握り潰すかの如く掴むミラ。

そして鬼のような形相で睨みつけつつ、笑ってないでさっさとあの無意味な魔法を解けと告げる。

実際、精神だけにダメージを与えても、それが常人でもなければほとんどの場合戦闘不能にはならない。

加えて相手は先も述べた通り常人とは程遠い故、あれで戦闘不能になるとは到底考え難い。

そのため、さっさと魔法を解けというミラの要求は戦いを急ぐのなら当然のもの故、怒りこそしないが恭也もジャスティンも同意。

ミラの睨みを見ても恐怖しないマートだが、全員が彼女の意見に同意したためか、ブツブツ文句を言いながらも魔法を解いた。

 

 

 

――すると霧の消えたそこには先ほどと違い、膝をつくという様子を見せる二人の姿があった。

 

 

 

常人とは言い難い力を持つ二人がそこまでの様子を見せるのは正直普通じゃない。

そして膝をついた状態から顔を上げた二人は力無い驚きを浮かべつつも、まだ戦えるという意志を示すべく立ち上がる。

だけど先ほどからの様子通り、二人は立ち上がりつつも若干のふらつきを見せていた。

ただの精神攻撃なのになぜそこまでになるのか……それが一同の頭に疑問として浮かんだ。

しかし、ミラの手から逃れて恭也の肩の上に戻ったマートが呟いた一言により、それは解ける事となる。

 

「ぶぅ……折角あともう少しで精神崩壊まで持ち込めたのにぃ」

 

精神攻撃といっても大概のものは崩壊まで招かない。せいぜい、強いものでも精神状態を不安定にするくらいだ。

それだけでも十分といえば十分なのに、彼女が言うにはあと少しで彼らの精神を破壊する事が出来たとの事。

口調は先ほどまでと変わりないが、冗談で言っているようには見えない。何より、相手の様子を見れば信じざるを得ない。

だから魔法を解かせたのは選択肢としては間違いと気づくも、それでも今の状況が好機には変わりない。

それ故にその好機を逃さぬというようにミラもジャスティンも再度魔法陣を展開、そして前衛の恭也は二人に斬りかかる。

だが、精神攻撃でダメージが多大に通っているにも関わらず、グリスは矛で恭也を迎え撃ち、ヴェルグはその間で詠唱を始める。

 

「はっ、確かにアレは結構効いたけどよぉ……それで負けちまうほど俺は弱くねえんだよ!」

 

「――っ!」

 

さっきの間で弾き飛ばされた剣を拾わなかったのが仇となったのか、八景一本だけでの対応はそれなりに難しい。

矛はそもそも片手でも扱えるが、両手でも扱える武器。そして両手の場合、武器の性質もあって同じく両手でも小太刀では防ぎ難い。

下手に防ごうとすれば力で押し切られ、体を貫かれる。それは避けなければならぬ故、必然的に防御ではなく回避でなければならない。

しかしナハトとの仮契約で身体能力は上がっていても、それで簡単に回避出来るほど相手は弱くなどない。

それを現実として表すように先の様子が嘘のように繰り出されるグリスの矛の猛攻をほとんどギリギリででしか恭也は避けられなかった。

そんな彼を援護しようとするミラやジャスティンの魔法も、グリスと同じく先の様子を窺わせないヴェルグの魔法で相殺される。

精神面でとはいえダメージは通っている。だけど状況は先と変わらない……いや、剣が片方だけという事で若干不利に働いていた。

 

「はわ〜……人間の分際でとか思ったけど、結構やるもんだねぇ。助けはいる、恭也?」

 

「ああ――くっ!」

 

彼の肩にしがみ付く事で振り落とされず今もそこにいるマートからのそんな一言。

それに恭也は回避するのが忙しくてちゃんと返す余裕がないのか、おざなりな返事を彼女へ返した。

だが、おざなりであっても彼の返答をしっかりと受け取ったマートは肩の上で揺られながらも頷き、途端に光を放ち始める。

闇と言うに相応しい漆黒の光。それがマートを包み込み始め、粒子となって彼の空いた左手へと集束していく。

 

 

 

――そして光が晴れた瞬間、彼の左手には八景と似た漆黒の小太刀があった。

 

 

 

相手も、恭也にとっても驚きの出来事ではあるが、回避の最中であるためそれは表に出さない。

驚きがあろうとも一刀しかない今となれば、使えるのならば使う。負けられない現状では、それしかないのだ。

それ故にまずは反撃の隙を作るため、先ほどまでは避けるしかなかった矛に対して二刀をクロスさせる事で防ぐ。

二刀を用いてもそれなりの衝撃は来るが、受け切れない程じゃない。そのため、剣にぶつかった矛は彼の体へ届かず止まる。

そこから彼が矛を引くよりも早く、勢いが止まった瞬間に弾き、体勢を崩させて二刀による反撃へと移った。

一度反撃に移られたら二刀を矛一本で捌き、反撃し返すのは中々に困難。腕があろうとも、彼にとってそれは例外ではない。

一転したその現状に今度はヴェルグが魔法で援護しようとするが、これまた先ほどとは逆転してミラとジャスティンに阻まれる。

 

「くぅぅ……このままじゃ埒が明かないよ。こうなったら……グリス!!」

 

「っ――ああ!?」

 

「ちょっとデカイ魔法を一発かますから、詠唱の完了までちょっと耐えてて!」

 

ヴェルグは一転した今の状況では自分たちが不利と考えたのか、グリスへとそう言い放つ。

そして彼が返答を返すよりも先に手に持っている本のページを勢い良く捲り、ある箇所で止めると詠唱を開始した。

 

古の風が運びしもの……其れは天の腐敗と大地の災厄なり」

 

詠唱が開始したと同時に展開される魔法陣。それは今までと比べ物にならないほど複雑な術式。

ミラやジャスティンの知る大魔法でもそこまでのものはない。あまりにも、異常すぎる複雑さである。

そこから放たれるのは並大抵の魔法ではない。そう瞬時に判断したジャスティンは火球を顕現して即、彼へと放った。

だけどまたも驚くことに火球は彼へ届くことなく、彼を包む魔力の防壁によって阻まれた。

 

「そんな……高位魔導師でも難しい魔法の二重行使をあんな平然と行うなんて」

 

右手と左手で違う文字を書くように、魔法の二重行使というのは高位に位置する魔導師でも困難な技法。

それが難しい魔法であればあるほど難易度は増す。だから、ジャスティンにもミラにも彼の行っている事は驚き以外浮かばなかった。

だけどここで諦めるわけにはいかない。彼の行使しようとしている魔法の術式からして、威力は計り知れないのだから。

下手をしたらそれだけで一巻の終わり……だから諦められない。だけど二重行使で自身を防衛している以上、どうすればいいのか浮かばない。

こちらも上級に位置する魔法を使えばいいのだろうが、ジャスティンの知っている魔法では詠唱が間に合わないのが必然だった。

 

「ジャスティン……」

 

止めたくても止められない現状を悩むジャスティンへ、唐突に横にいるミラから声が掛かる。

それに悪あがきとばかりに今も火球を飛ばしながらも、彼女はそちらへと僅かに視線を向けた。

 

「私も少し、威力の高い魔法を使うわ……だから、自分と恭也の守りのほうをお願いね」

 

「え……で、でも、今からでは詠唱が――」

 

「間に合う……いえ、間に合わせてみせる!」

 

力強くそう言い放ち、ミラは戸惑いを見せる彼女の隣で魔法陣を展開する。

それは目の前の彼と同様でジャスティンが見た事もない、どんな上級魔法よりも複雑な術式。

それを展開したミラは複雑過ぎる魔法の行使故、少し辛そうな表情を見せながらも詠唱を開始した。

 

破滅を齎すは破壊の神人。祖の持つ鎚は大地を砕き、響く雷鳴は天壌さえも轟かせる

 

詠唱は少し早めにの口調で紡ぐ。それは術式の構成を急いでいるのと同じ意味合いだ。

行使する魔法が複雑であればあるほど構成を急ぐのは困難であり、並の者がすれば頭がごちゃごちゃになる。

加えて詠唱途中でそんな事になれば最悪、行き場を失った集束途中の魔力が暴発してしまいかねない。

高位魔導師と呼べる腕を持つミラでも当然困難には変わりない。だから、詠唱している最中で辛そうな表情を見せている。

だけど詠唱も術式を編むのも止めない。負けられないという思いが、彼女をそこまで突き動かしていた。

そんな彼女の様子にジャスティンだけならず、詠唱途中のヴェルグさえも驚きを見せるが、それで詠唱を止めたりはしなかった。

 

彼方より来たりて命を狩り、此方へと去りて魂運ぶ。 呪われし詩に誘われて、蒼天の風は悪しきものとなり、冥界の大地より吹き荒れる」

 

轟雷に其の身を焼かれよ愚かき者。さすれば彼方の世界より来たる雷は汝へ断罪を下し、無明の世界へと誘うだろう

 

詠唱が止まると同時にヴェルグの周りには風が吹き荒れ、ミラの身には今まで以上の紫電が纏い始める。

その途端にグリスは恭也の剣を弾き、迫るもう片方の剣を避けつつヴェルグのいる地点へと急速に後退した。

加えてジャスティンもどちらももう魔法が放たれるまで時間がないと考え、恭也と自分へ精一杯の魔力を込めた全方位の障壁を展開した。

それらの行動が行われたのはほぼ同時。そしてまるでそれらの行動が完了するのに合わせるようにして、二人は詠唱した魔法を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禁呪・風 呪われし英知の宝剣(バルムンク)

禁呪・雷 天壌より降り注ぐ怒りの鉄槌(ミョルニル)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暴風が生み出す無数の鎌鼬がヴェルグの目の前の飛び交い、何の区別もなく無差別に切り刻む。

対してミラの放ったのは雷。だけどいつも放つものとは違い、凄まじく大きな雷の塊が上空から落下してくる。

そして彼女が今も纏っている紫電はその魔法の派生故か、彼の放つ鎌鼬は全てその電撃で阻まれる。

要するに彼の魔法は彼女には届かず、届くのは目の前にいる恭也か、もしくはミラの若干隣にいるジャスティンくらい。

だけどその二人もジャスティンの全魔力を集中させた障壁で守られており、如何に強い魔法と言えど個々の鎌鼬では破れない。

 

『はや〜……禁呪を使える人がいるなんて、現世を生きる人間も馬鹿に出来たもんじゃないね』

 

「禁呪?」

 

『あれ、恭也は知らないの? 神が創造した最初の魔法って言われる……ていうか事実、神が最初に創った魔法なんだけど』

 

「知らないな……なにぶん、魔法には詳しくなくてな」

 

『そっか〜……じゃあ、威力も知らないわけだよね?』

 

「そういう事になるな」

 

『それじゃあちょっと忠告……一応身構えっといたほうがいいよ? 風の禁呪はともかく、雷の禁呪は全禁呪の中で最高の攻撃力を持つから。下手したら、こんな障壁なんてパリンッて割れちゃうかもね♪』

 

風の禁呪が吹き荒れる中で舞い降りてくる雷の禁呪。その真っ只中にて、悠長に話す恭也とマート。

だけど最後にマートが告げた一言で普段余り表情を変えない彼でも青褪める。しかし、そう言われても打開の手段はない。

そもそも障壁で守られているという事は、今の状況で障壁内部からそれだけでも禁呪の脅威に晒される事になる。

だが、出なければ確かに風の方の脅威は無いが、雷の禁呪の脅威が迫るのをただ佇んで見ているだけしか出来なくなる。

特にジャスティンはミラに近場だから直撃は無いだろうが、真っ只中にいる恭也は今のままでは直撃は免れない。

そんな状況下で対抗するためとはいえ、こんな魔法を放つというのは傍から見れば恭也を巻き込んでもいいという意図が見える。

しかしミラがそんな事を考えるはずが無い。だとすればどうしてこんな状況になるのか……その答えは、自ずと一つしか浮かばない。

 

 

 

――彼女自身も初めて使う魔法であるため、どの程度の威力か自身でも分からなかった。

 

 

 

答えを挙げるとなればそれしかない。だが、多大な魔力を消費した彼女は今もそこには気づけない。

気づいたところで放ち終えた魔法を中断する事は出来ないが、それでもある程度の対処をと動くはずだ。

でも彼が見た彼女は自身の疲労、そして障壁で守られているという安心感からそこを考えるに至れてはいない様子だった。

となると状況の打破は自分で考えなければならない。しかし、この状況下ではどう思考を巡らせても打開案は浮かばなかった。

そして考える時間すらも奪うかの如く、ゆっくりと落ちてきていた雷の塊は急遽その落下速度を加速し始め――――

 

 

 

――彼らの丁度中央に位置する場所にて落下し、轟音を響かせた。

 

 

 

轟音と共に地面に到達した雷玉は広域で凄まじい電撃を撒き散らし、敵味方や使用者を問わず襲い掛かる。

それにミラは自身の放った魔法ながら驚きを浮かべ、即座に障壁を張り、雷の脅威から自身を守ろうとする。

だが、即興で張った障壁ではそれを防ぎきれず、多少威力を削った程度で割れ、彼女は悲鳴と共に後方へと吹き飛んだ。

同じく隣にいたジャスティンも吹き飛んだミラの元へと駆けたい思いもあったが、障壁を維持するので精一杯。

ただの派生による雷で全魔力を集中している障壁に皹が入る。そんな状況の中で一つ、彼女だから気づく事もある。

それは恭也にも張った障壁が、雷玉の落下と共に消失したという事実。派生でこれなのだ……直撃ならば考えなくても分かる。

そしてそれは最悪の想像を彼女に抱かせる。彼女の愛する人を、彼女自身の手で殺してしまったという想像が。

 

 

 

――そして、そこからしばらくしてようやく、禁呪の派生による雷撃は収まりを見せた。

 

 

 

地面への激突の際に多大な砂埃が立ったためか、雷撃が収まっても敵も恭也も視認は出来ない。

そんな中でジャスティンはまずミラの元へと駆け寄り、地面に横たわっていた彼女の身を起こした。

それによって一瞬意識が途絶えていた彼女は目を開け、朦朧とする意識の中で現状を思い出す。

途端、思い出した現状にてバッと起き上がろうとするが、背中を強く打ったのか起き上がれず、痛みに顔を顰める。

故にジャスティンの手を借りてゆっくりと起き上がる。そして、起き上がったミラは彼女の手から離れると正面に歩き出す。

足を引き摺るような形でフラフラと……痛みに顰められる表情の中に過剰なまでの心配という感情を入り混ぜて。

 

「っ……恭也……」

 

自分の行使した魔法が禁呪だという事は知っていた。何しろ、ヘルから貰った魔道書に書かれていた魔法なのだから。

そして禁呪というのがどんな魔法なのかも、黒魔法講師をしているという関係もあって普通よりは知っているつもりだった。

だけど、あそこまで威力のある魔法だとは思わなかった。自身の禁呪に対する認識が極めて浅かった事が先の事で思い知らされた。

だが、自分がどうだったというのはこの際どうでもいい。今は何より、恭也の身が心配でならなかった。

認識の浅さから凶悪な威力を持つ魔法の真っ只中に彼を置いてしまった。下手をすれば、怪我では済まない状態かもしれない。

思い付くのは最悪の結果ばかり……だけど、確かめるまで現実は分からない。だからこそ、彼女は彼のいた地点へと歩き続ける。

しかし、少し歩いたところでその行動はジャスティンに止められた。危ないからという意図によって、彼女に止められた。

だがそれでも……危ないからと止められても、ミラは前に進もうとする。彼女の手を振り払ってでも、前に進もうとする。

自分の認識の甘さで危険に晒してしまった彼の無事を確かめたくて。浮かぶのが最悪の結果でも、一途の希望を抱きながら。

でも、自身の怪我もあってか力が出ず、彼女の手を振り解けず、彼女の歩みがそれ以上前に進む事はなかった。

 

 

 

――そしてそんな最中、二人の前方の視界を塞ぐ土煙が晴れていく。

 

 

 

土煙が晴れ始める中でミラは前に進もうとより一層、彼女の手を解こうとする力を強める。

だが、強めたと言っても本当に僅かだけ。それ故、彼女はジャスティンの手を振り解く事は出来なかった。

そして尚も諦めず前に進もうとする中でゆっくりと晴れていっていた土煙がようやく完全に晴れた瞬間――――

 

 

 

――目の前に広がった光景にて、ミラの抵抗はピタリと止まった。

 

 

 

二人の前に広がった光景……それは、つい先ほど見たばかりの黒い霧が発生している光景。

その発生位置は恭也のいた場所。そこを中心として二人のいる場所まで届かないほど小規模に広がっている。

加えて見た感じ、さっきと同じ魔法による霧だと分かる。だが、問題なのはそれを発生させているのは誰かだ。

少なくとも、ミラもジャスティンもそんな魔法を使った覚えはない。むしろ、闇魔法など彼女らには使えない。

そして残る敵側の二人も、彼女らの目から見たら先の禁呪によるダメージによって魔法行使の余裕などないように見える。

そもそも、魔法ばかりを使っていたヴェルグが先ので地に伏し、辛うじて立っているグリスは魔法を使うようには見えない。

むしろ使えたとしても、彼も使う余裕などないだろう。だとすれば、考えられる可能性はもう一つしか無かった。

そしてその可能性が頭に浮かぶと共に目の前の霧が突如晴れていき、霧を発生させたであろう者が姿を現した。

 

『と、こんな感じに精神攻撃系の魔法といっても使用してる術者には作用しないの。便利でしょ?』

 

「便利かもしれんが……今度から使うときはなるべく言ってから使ってくれ」

 

『ぶぅ、そんな余裕無かったもん。下手に展開が遅かったら丸焦げだったんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだよ』

 

霧を発生させた者、それは恭也とマートだった。加えて姿を現した恭也の様子は無事そのもの。

マートの声は使用者である恭也にしか聞こえないのだが、状況的にあの霧が禁呪の脅威から恭也を守ったと考えるのが妥当。

少し呆然とするも間もなくしてそこに考え至ったミラは無事を確認して途端に気が抜けたのか、その場に倒れそうになる。

そんな彼女をジャスティンは慌てて支え、恭也もミラの様子に気がついたのか前の二人を警戒しつつ傍まで後退した。

そしてミラの様子を気にしつつも、とりあえずジャスティンに任せ、二人を守るようにして剣を構えて前に立つ。

 

「ちっ……まさか、禁呪を使えるなんてな。予想外すぎるぜ、くそが……」

 

対して辛うじて立っているグリスはそう呟き、ヴェルグを担ぎ上げてジリジリと後退し始める。

様子から見て逃げる気なのだろう。相手の隙を窺いつつ後退し、隙があればそれを利用して逃げの手を打つ。

しかし、ここで敵を逃がすほど恭也も愚かではない。彼らの望む隙など見せず、捕らえるために動き出そうとする。

 

 

 

――だが、彼が一歩を踏み出すよりも早く、凄まじい轟音が彼らの耳に届いた。

 

 

 

爆発でも起こったかのような音。それは学生寮の方面から聞こえてきた。

一体学生寮で何が起こったのか……そんな考えが一瞬にして恭也の頭に浮かび、それがグリスの望んだ隙となる。

その隙を利用して彼は背を向け、自身らの通ってきた地下水路への階段を飛び降り、足音を立てて逃げていく。

地下水路の階段を飛び降りた段階で恭也も気づきはしたが、本来なら追うべきでも追うことが出来なかった。

すでにこちらにも戦闘不能状態のミラがいるため、放置など出来ない。加えて、先ほどの轟音に関しても気になる。

それ故、追うべきでも追う事が出来ず、彼らが逃げていくのを黙って見送るしか彼に選択肢はなかった。

 

 


あとがき

 

 

代行者である二人の撃退。だが、続けざまに何かが学生寮で起こった。

【咲】 学生寮っていうと、裂夜がインゲムンドと戦闘してるんじゃなかったかしら?

【葉那】 だとすると〜、響いた轟音っていうのはそれに関係しての事かな?

さあ、どうだろうな。彼らかもしれんし、他のところで何かがあったのかもしれん。

【咲】 要するに、詳しくは次回まで待てって事ね。

そういうこと。

【葉那】 いつも通りだね〜。ところでさぁ、今回ので思ったけど、禁呪って何種類あるの?

一応属性の数だけあるな。火、水、風、土、雷、光、闇といった具合にな。

【咲】 ふ〜ん……ていうか、属性って六種類じゃなかったかしら?

まあ、一応は六種類だね。でも、中には複合系の属性も存在する……今回の禁呪もその一つである雷属性というわけだ。

【葉那】 へ〜。その禁呪って、本編中で全部出たりするの?

どうだろ……少なくとも火と闇は出てくるけど、水と土は正直分からん。

【咲】 でも、一応魔法の概要は出来てるのよね?

うん。 まあ、出るとしてももっと先になると思うから、気長に待ってちょ。

【咲】 はいはい。にしても、マートってほんと緊張感のない子ね。

まあ、少しネタバレになるけど、マートは古の大戦であるラグナロクを経験してるからねぇ。

あれと比較すると多少の戦いじゃ、驚きも何もするような子じゃないんだよ。

【葉那】 ふ〜ん。ところでさ、マートって何かセリナと被るんだけど、何か関連性があるの?

直接の関連性はない。だけど、完全に無関係というわけじゃないな。

【咲】 どういう意味よ?

ん〜、まあそれも後の楽しみにしといてくれ。これに関してはそんなに遠くない部分で出てくるから。

【咲】 はぁ……で、次回はどんなお話になるわけ?

ふむ、次回はまたも今回の続きだな。

今回の最後で出た轟音の正体。そして今回のこの進攻に関するルラの意図が明かされる……かもしれん。

【咲】 意図ねぇ……そう聞くと、なんか深い理由があるように聞こえるわね。

実際、この進攻はある一つの目的を持って行われてるからね。ま、それはまた次回のお楽しみにだけど。

てなわけで、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

【葉那】 じゃ、ばいば〜い♪




何とか凌いだか。
美姫 「やっぱりマートの参戦が大きかったかしら」
それはあるかも。とは言え、寮の方では爆発が起こっているし。
美姫 「あっちでは何があったのかしら」
それは次回で分かるのか!?
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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