「石の反応が……消失、した?」

 

いつもの部屋、いつもの机で書類に目を通していた男はその報告に目を丸くする。

持っていた書類をパサッと机の上に落とし、心中では若干の混乱を招いていた。

 

「それは、本当なんですか?」

 

「……はい」

 

信じきれずに確認の言葉を口にするが、返ってきたのは先ほどと変わらぬ答え。

それに男は今まで誰にも見せたことがないほどの動揺を表に出した。

それほどまでに、目の前の人物――ティルオスが述べた事実が信じられなかったのだ。

混乱し、動揺を浮かべながらも男は一体誰が、と頭で思考するが、その答えはすぐに浮かんだ。

 

「まさか、彼女の仕業……ですか?」

 

「私とフェリスタが塔へと赴いた際に彼女と遭遇しましたので、可能性は一番高いと思われます」

 

「そうですか……」

 

ならば納得だ、というように男は小さく頷いて椅子の背凭れに背中を預ける。

しかし納得をして混乱は収めたものの、表情は先ほどとほとんど変わらず焦りを浮かべている。

だが、それも仕方の無いこと……『教団』の目的にとって、世界に現存する十個の賢者の石はすべて必要不可欠な物。

たとえ一つでも欠けることがあれば、最終目的のために設定した予定は狂わざるを得なくなる。

そして今、男だけならず『教団』自体が警戒していたことが現実に起きてしまったとあっては焦りを抱くのも当然のことだった。

 

「はぁ……これはもう、予定に大まかな修正を加えないといけませんね」

 

額を指でグリグリと抑えながら、男はそう呟いてティルオスに視線を戻す。

 

「それで、他に報告することはありますか?」

 

「あと一つだけ……ですが、これに関しては不可解な点がありまして」

 

「……とりあえず、言ってみてください」

 

「はい。 賢者の石破壊からほぼ同時刻、同一の場所で時粒子の変動を感知しました」

 

「時粒子の? つまり、賢者の石が存在した場所で時間転移が行われたということですか?」

 

「おそらくは。 ですが、先ほども申しましたとおり、この時間転移が行われた理由がまるでわからないのです」

 

「理由、ですか。 同時刻、ということは時間転移を行ったのは十中八九彼女でしょうけど……」

 

顎に手を当てて、男は理由がなんなのかを考える。

普通ならばたったこれだけの情報のみで考えて分かるようなことではない。

しかし、男はその彼女と呼ぶ人物についてよく知っている。

素性も、性格も、何もかもといっていいくらい、その人物について知り得ている。

 

「なるほど……そういうことですか」

 

故に、その時間転移が意図するところを男が見抜くのにそう時間は掛からなかった。

そして見抜いたと同時に男は何を思ったのか、口元に笑みを浮かべて椅子から腰を上げる。

 

「ティルオス君、彼にゲートの準備と例の物を用意するように伝えてきてください」

 

「……――様が直々に向かわれるのですか?」

 

「直々に、とは少し違いますけどね。 では、頼みましたよ?」

 

「了解しました」

 

ティルオスが頭を下げるのを見つつ、男は机の前から扉へと歩き出す。

顔に先ほど以上に歪んだ笑みを浮かべながら歩き、扉の前へと辿り着く。

そして、取っ手に手を掛けて小さな音を立てつつ扉を開き……

 

「ふふふ……今度は、私があなたの思惑を崩してあげますよ」

 

そう一言残して、男は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜

 

第二十六話 動き出す歴史と明かされる真実

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は夜十一時前。

ゲートを潜って学園へと帰ってきたカールはレイナたちとすぐに分かれ、保健室へと向かった。

その理由はただ一つ……力の戻ったペンダントを使い、再び過去へと向かうため。

石の力が失われてからまだ一日程度しか経っていないが、だからといって何の影響も出ないとは限らない。

そもそも、力がまだあったときでも跳べる時間軸は前回から二日後であったり一週間後であったりとまだらなのだ。

それらが頭に浮かぶからか、カールは駆け足ほどの速度で歩き、保健室に辿り着くと同時に隅のベッドに身を横たえる。

すると、力があったときと同じようにペンダントは小さく輝き、途端に強烈な睡魔がカールを襲う。

その睡魔にカールは抗うことなく身を委ね、意識が完全に遮断され、気づいたときには……

 

「……来れた、のか?」

 

求めていた場所と思われる所に立っていた。

その場でカールは周りをキョロキョロと見渡し、あの場所だと確信するや否やすぐに部屋を駆け出る。

目指す場所は、キャサリンがいるであろう学園長室。

その場所をただ一点に目指して廊下を駆け、階段を上がり、一分も経たぬうちにそこに辿り着く。

そして辿り着いた部屋の扉を勢いよく開き、想い人の名を叫ぶように口にする。

 

「キャサリン!」

 

しかし、訪れた部屋にはその声に対して返事を返す者はいなかった。

そのことにカールは更に焦りを感じたのか、周りを見渡すように首を動かしながら再度名を叫ぶ。

だが、何度呼んでも、いくら見渡しても、キャサリンの姿はどこにもない。

 

「キャサリン……」

 

呼び続けた声も、遂には消え入りそうな声へと変わる。

もしかしたら、石の力が失われた影響ですでに手遅れな時期に跳んでしまったのかもしれない。

そうだとすれば、自分の意思で過去へと戻ることが出来ないカールにはすでにどうしようもない。

つまりは、もうすべてが手遅れなのかもしれない。

そんな最悪の考えが頭の中を渦巻き、静まり返った部屋が真実味を帯びさせる。

そのとき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幾星霜を経ても、変わらぬ愛の誓いを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛しき人の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

声が聞こえた途端、カールは沈みかけた顔を上げて声のしたほうを向く。

その視線の先には二つの本棚が揃えるように並べられており、声に反応したのか音を立てて左右にスライドする。

スライドし始めて数秒、本棚の動きが止まったそこにはどこかに繋がっていると思われる通路が現れた。

そして、その通路から一人の人物がカールへと歩み寄ってくる。

 

「カール……」

 

それは今の今までカールが心配していた者。

悩み、苦しみ、しかしそれでも愛しいと、護りたいと思った人。

 

「キャサリン!」

 

その人物――キャサリンの姿を見るや否や、カールは駆け寄って抱きしめる。

今まで感じていた不安を打ち消すように強く、強く抱きしめる。

それにキャサリンも、カールの背中に手を回して同じような気持ちで抱き返した。

 

「会いたかった……」

 

「僕も……君のことが心配で、ずっと会いたかった」

 

「私も、心配したんだから……あれから三年も、会いに来てくれなかったから」

 

「え……」

 

抱きしめながら、キャサリンの口にした言葉にカールは驚く。

そしてその驚きを浮かべたまま少しだけ身を離し、そのことについて尋ねる。

 

「三年って……僕たち最後に会ってから、そんなに経ってるの?」

 

その言葉にキャサリンは頷くのを見て、カールは申し訳なさが浮かぶ。

三年もの間、キャサリンに自分が抱いたものと同じものを抱かせ続けてしまった。

そのことにどうしようもないほどの申し訳なさを抱き、再度キャサリンの体を抱きしめて謝罪を口にする。

 

「ごめん……そんな長い間、君を孤独にしてしまって」

 

「ううん……いいの。 こうしてまた、あなたは会いに来てくれたから」

 

謝罪に対してキャサリンは小さな微笑みを浮かべながら抱き返す。

互いの温もりを感じ合いながら、決してもう離れないというように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく抱き合った後、二人は身を離して微笑を浮かべあう。

一日越しに見たキャサリンの変わらぬ笑みにカールは見惚れ、三年越しに見たカールの笑みにキャサリンもまた見惚れる。

そのまま、またしばし二人は見詰めあい、唇をゆっくりと近づけて口づけを交わす。

 

「ん……」

 

時間にして数秒という軽い口づけではあるが、今の二人にはそれだけで満足だった。

そして、唇を離したキャサリンはもう一度笑みを浮かべ、包み込むようにカールの手を取る。

 

「カール、ちょっとこっちに来て」

 

そう言ってついてくるように促すキャサリンの視線が向かう先は、先ほどの隠し通路だった。

 

「そっちに何があるの?」

 

「ふふふ……カールが見たらとても驚くものよ」

 

楽しそう且つ嬉しそうな笑みを浮かべてカールの手を引っ張る。

引っ張るその力はそこまで強いものではないが、それに連れられるようにカールは歩き出そうとする。

しかし、二人がその通路へと歩き出そうとしたとき、その空気を打ち破る声が聞こえてきた。

 

「やっと見つけたわ」

 

「「!?」」

 

部屋の入り口方面から聞こえてきた声に二人はバッと振り向く。

振り向き、視線を向けたそこに立っていたのはハンター協会の刺客である女性、シーラだった。

自身の姿を見て驚き、そして警戒し始めた二人にシーラはその場から動くことなく口を開く。

 

「いくら探しても見つからないと思ったら……そんなところに隠れていたとはね」

 

「……あなたも、ほんとに懲りないのね。 そんなに私に殺されたいの?」

 

「虚勢を張っても無駄よ。 前のあなたならともかく、今の衰弱しきったあなたでは私に勝つことは出来ないわ」

 

「っ……」

 

隠していたつもりだった事が見破られ、キャサリンは若干の驚きと焦りを浮かべる。

そしてシーラの言葉でその事実に気づいたカールもまた驚き、キャサリンのほうを見る。

今まで再会の嬉しさが強かったため気づけなかったが、確かにキャサリンは以前に比べると少し痩せているように見えた。

ついで言えば、雰囲気もどこか以前と異なって弱々しく感じ、衰弱しているということが明らかに分かる。

だが、ただ隠れていただけだというのになぜそこまで衰弱してしまっているのか、カールにはわからなかった。

 

「さて、私としてはここで戦っても問題はないんだけど、あなたは不本意のようね」

 

「……ええ」

 

「なら、場所を変えましょう。 あなたの死ぬ場所くらいは、あなたに決めさせてあげるわ」

 

そう言ってシーラは体を横へとずらし、部屋を出るように促す。

それにキャサリンは従うように歩き出し、カールもまたキャサリンの後をついていくように歩き出す。

そしてさらにその若干後ろをシーラがついて歩き、三人は学園長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、カールと分かれたレイナたち一同は毎度の如く地下水路を歩いていた。

いい加減冒険場所を変えればいいものをと思うが、レイナたちからしたら地下水路を隈なく冒険しなければ気が済まないのだろう。

まあそのため今日も地下水路を歩いている一同が話している話題は、過去へといったカールに関してのことだった。

といっても、カールから聞いただけであちらのことを詳しく知らない一同がすることと言えば、カールの心配をする以外にはない。

しかし、やはりそれだけだと長くは続かなかったのか、すぐカールに関しての話題は打ち切られ、矛先は違うところへと向く。

 

「そういえば、蓮也に一つ聞きたいんだけど……」

 

「なんですか、レイナさん?」

 

「綾菜って、昔からあんなに人見知りする子だったの?」

 

それは綾菜の人見知り振りを初めて見たときからずっと思っていたことだった。

ありえないとまではいかないが、あの年齢の子供があそこまで人見知りをするのなんて滅多に見ない。

そのため、もしかしたら何か人見知りの原因があるのではないか、という考えに至り、蓮也にそう聞いた。

もしそうならば、その原因をどうにかすれば少しは人見知りもなくなるのではないかと思って。

 

「そんなに昔のことは覚えてないですけど、僕が覚えている限りではそうだと思います」

 

「そうなんだ……」

 

「……あ」

 

「ん? どうしたの? 何か思い出した?」

 

「あ、えと、関係ないと思いますけど、一時期綾菜の様子が変だったことがあったのを思い出しまして……」

 

「変だった? 具体的にどんな感じだったの?」

 

「えっと、ほんと一時期だけだったんですけど、部屋からまったく出ようとしないで誰かが何かを言っても何も返さず、直接顔すらも合わせないといった感じでしたね」

 

「あ〜、確かにそんなときがあったね。 確か、一年位前……だったよね?」

 

蓮也の説明でそのときのことを思い出した静穂は確認するようにそう聞き、蓮也はそれに小さく頷く。

 

「何も返さず顔すらも合わせない、というのは蓮也さんや静穂さんでもですか?」

 

「いえ、僕たちだけに関わらず、正確には誰に対しても、です」

 

「それって……恭也先生やミラ先生にもってこと?」

 

「はい」

 

「いや〜、あのときはほんとに大変だったよね。 結果的に恭兄とミラ姉がなんとかしてくれたけど、下手したら綾菜が餓死しちゃうところだったし」

 

「餓死って……もしかして、食事もまったく?」

 

「ええ。 食堂に行かないからってことで食事を持っていきはしたんですけど、まったく手を出す様子もなくて」

 

それらの説明で、レイナたちはもう驚きを通り越していた。

蓮也や静穂だけでも驚きだが、まさか恭也やミラに対してもそんな風になるとは考えられなかったのだ。

昼間が講義だからということでできないということもあるだろうが、本当に恭也やミラにべったりなところを多々見ているレイナたちからしたら信じられないのだ。

だが、それを語る蓮也や静穂の表情から嘘を言っているようにも見えず、レイナたちは信じられないが信じるしかなかった。

 

「ん〜……一体綾菜に何があったんだろうね、そのとき」

 

「わかりません。 父さんや母さんは知っているみたいですけど、聞いても教えてくれないので」

 

「僕も知らないな〜。 綾菜ちゃんに直接聞いてもみたけど、なぜか泣かれちゃったし」

 

まあ結局のところ、どうにかして綾菜の人見知りを和らげる方法を考えようと話を聞いたわけだが、結果として解決案は浮かばず仕舞いだった。

ちなみに静穂が語った後の話として、綾菜を泣かせた静穂がミラによってきついお仕置きを受けたというのを余談として語っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまあ、綾菜の人見知りについての話をしながらも一同は地下水路の道を進む。

コツコツと足音を立てながら傍目ゆっくりと進む一同は、気づけば昨夜の曲がり角に到着していた。

だがまあ、まさか二日連続で遭遇したりなどしないと思っていた一同は進む足を止めずに歩き続ける。

しかし案の定、一同の予想とは異なってその話し声はまたも聞こえてきた。

その話し声に一同は顔を見合わせ、足音を極力消してそろりそろりと曲がり角ぎりぎりに近づく。

そして、二日連続で一体何を話しているのかを聞こうと聞き耳を立てる。

 

「そんな……昨日は現状を維持しろとおっしゃられたではないですか!?」

 

「状況が変わったのだ。 彼らとしても、私としてもな」

 

「し、しかし……」

 

「どう言ったところで命令は変わらない。 お前は私の言うとおりに動けばいいのだ」

 

その話し声は昨日とはどこか雰囲気が異なっていた。

いつもの様子からは想像できないほどの焦りを浮かべて反論するベルナルド。

そして、ベルナルドの反論を無常にも切り捨て、有無を言わさぬ声で言うウィルヘルム。

明らかに昨日とは異なっている二人の様子に、レイナたちは何を話しているのだろうかと疑問を浮かべる。

が、その疑問は次のベルナルドの言葉であっさりと解けることとなった。

 

「ですが彼女は……リィナくんはまだ、魔女の血に耐えることなどできません!」

 

口にされた疑問に対する答えはレイナたちに驚きを浮かべさせる。

そして、この言葉で一同の中でも特に反応したのは、名が出てきたリィナ本人だった。

リィナはその言葉が口にされた途端、分かりやすいほどに青褪め、自身の体を抱きしめて震えだした。

そんなリィナの反応によからぬこととは分かるものの、その会話だけでは何が何やら分からない一同は困惑を浮かべる。

だが困惑を浮かべる一同の中で唯一、会話の意味とリィナの様子の原因がわかるレイナは今だ言い合いを続ける二人を睨むように見ていた。

 

「耐えられないのは精神だけなのだろう? ならば、何も問題はないのではないか?」

 

「っ……」

 

ウィルヘルムの言葉にベルナルドは返すことが出来ずに小さく俯いてしまう。

それをウィルヘルムは冷たげな視線で一瞥しつつ、更なる言葉を紡ぐため口を開く。

しかし開いた口が言葉を紡ぐ前に、レイナが今までの会話で抱いた怒りを抑えきれずに二人の前へと姿を出した。

 

「黙って聞いてれば……勝手なことばかり言うんじゃないわよっ!!」

 

怒りを露にして叫びながら姿を出してしまったレイナに、皆は少し戸惑いながらも放ってはおけず続くように姿を出す。

ぞろぞろと現れたレイナたちに、隠れていたことに気づかなかったベルナルドは驚きを浮かべる。

だがそれに反して、まるでレイナたちが隠れていたことに気づいていたかのようにウィルヘルムは驚きどころか表情すらも変えなかった。

 

「おやおや、揃いも揃って盗み聞きとは感心しませんね」

 

「にゃはは、まあ盗み聞きが悪いことだっていうのは分かるけど、あんな話聞いたら去るに去れないしね〜」

 

「話の一部始終は聞かせていただきました。 あなたたちが、リィナさんを利用して不穏なことを企んでいるということも」

 

「不穏なこと、とは侵害ですね。 私たちはただ、自らの理想のために動いているだけですよ」

 

「理想?」

 

「ええ。 そうですねぇ……あなたたちは、今の世の中が平和だと思いますか?」

 

唐突に、ウィルヘルムはそんなことをレイナたちに聞いてきた。

聞かれた質問に対し、レイナたちは少しだけ考えた後に首を振る。

 

「国間で戦争とか起きてないし、魔物が起こす問題はハンターが解決してるし……至って平和なんじゃないかな?」

 

「ええ、そうです。 戦争も起きない、魔物もハンターが退治してくれる。 これらを考えれば確かに今は平和と言えます。 では、このままこんな平和が続いてしまったら、あなたたちハンターはどうなると思いますか?」

 

「私たちが、どうなるか?」

 

続けて出されたその質問に対してはすぐに答えを出すことはできなかった。

答えを出せずに黙り込んでしまう皆をウィルヘルムは視線を外すことなく口を開く。

 

「わかりませんか? なら、教えてあげましょう。 平和が続くことがハンターたちにとって何を意味するのか……それは、不必要になるということです」

 

「不必要?」

 

「ええ。 悪い言葉で言ってしまえば、お払い箱です。 戦争が起きずとも、魔物が完全にいなくなることはないでしょうが、それでも退治され続けていればその数はどんどん減っていく。 そして、それに伴って魔物が起こす問題も少なくなり、結果として数多くのハンターは必要なくなってしまうでしょう」

 

「そ、そんなこと」

 

「ない、とは言えません。 現に、昔と比べて今はどの街、どの村からも魔物が問題を起こしたという報告は数少なくなってきている。 これらを見ればそう遠くない未来に、私が今言ったことが現実となる可能性は極めて高い」

 

そこまで言ってウィルヘルムは一度言葉を止め、額に手を当てて小さく溜め息を吐く。

だが、すぐに額から手を退けるとウィルヘルムは先ほどまで無表情だった顔に若干の笑みを浮かべながら再度口を開いた。

 

「そこで、私は考えたのです。 魔物が少なくなることでそうなってしまうのならば、魔物で世界を溢れさせてしまえばいいと」

 

「なっ……そんなこと、できるはずが――!」

 

「できるのですよ。 他でもない、彼女の持つ魔女の力を使えばね」

 

そう言って指差す先には、青褪め、怯えた表情を見せるリィナの姿があった。

そんなリィナを視線に捉えつつ、ウィルヘルムは浮かべた笑みを消すことなく言葉を続ける。

 

「魔女の血が目覚めれば、世界を闇に沈め、魔物を溢れさせるなど容易いことです。 そして、そうなればハンターという職は今より持って繁栄するのですよ」

 

「ふ、ふざけないで! そんなことのために、私の家族を巻き込むなんて……絶対に許さない!!」

 

ウィルヘルムの語った理想に、レイナはリィナを護るように前に立って拳を構え、そう叫ぶ。

そしてレイナの思ったことは皆とて同じなのか、レイナと同様にリィナを護るように自らの武器を手に持って立つ。

そんなレイナたちの様子に、ウィルヘルムは少しだけ残念そうに溜め息をつく。

 

「私の理想が理解できないとは……あなたたちも所詮はまだ子供ということですね」

 

溜め息と共にそう呟き、ウィルヘルムは顎を軽く動かすことで後ろのベルナルドに指示を下す。

その指示が何を意味しているのかをベルナルドは理解しているのか、軽く眼を瞑って自らの武器――剣を手に持ってレイナたちの前に出る。

 

「あなたたちの相手は彼がします。 そのほうが魔女の覚醒にとって都合がいいのですからね」

 

それが自ら相手をせず、ベルナルドに戦わせることの意味。

リィナの主治医であり、リィナが心を許している唯一の人物であるベルナルドに、レイナたちを殺させる。

前までのリィナだったら意味のないことかもしれなかった……だが、今となってはとても意味のあること。

なぜなら、リィナはレイナたちの仲間になった時から少しずつ、レイナたちの心を開きかけているのだから。

ベルナルドが自分を利用するためだけに治療していたことだけでもリィナはショックだった。

そしてそれに加えてレイナたちをベルナルドの手よって殺されれば、自身の精神と薬でかろうじて抑えている魔女の血が抑えきれなくなる。

魔女の血が発現し、自身の精神が崩壊し、結果としてウィルヘルムの言った理想通りになることとなる。

それが分かっているから、ウィルヘルムはベルナルドにレイナたちを殺すよう命じたのだ。

 

「さあ、我らの理想のために、彼女たちを殺しなさい」

 

「……了解しました」

 

ウィルヘルムの言葉にベルナルドは短くそう返し、右手に持つ剣を構える。

そして、閉じていた目を開くと同時に、ベルナルドはレイナたちへと斬りかかってゆく。

斬りかかってくるベルナルドの斬撃を受けながら、もしくは避けながらレイナたちは自らの武器で迎え撃つ。

リィナを護るために戦うレイナたち、自分たちの理想のために戦うベルナルド。

四人と一人がぶつかり合う戦いを、ただ後ろで見ているだけウィルヘルム。

そんなウィルヘルムの口元には僅かに歪んだ笑みが浮かんでいたことに、このとき気づく者は誰もいなかった。

 

 


あとがき

 

 

は〜い、二十六話をお届けしました〜。

【咲】 おっそいわよ!!

げばっ!!

【咲】 まったく、一日一話投稿しなさいってあれほど教え込んだのに。

【葉那】 まったくだね〜。

いやいやいや、これでもがんばったんですよ!?

【咲】 じゃあ頑張りが足りないのね。

ひ、酷い……。

【咲】 酷くないわよ。 まったく……。

うぅぅ……。

【葉那】 あははは〜、で、次回はどんなお話なの?

む、次回はだな。

【咲】 相変わらず立ち直りが早いこと。

……次回は、カール側は一旦置いて、レイナたちの側のお話だな。

ベルナルドとレイナたちの戦い、信じていた人に裏切られたリィナについて。

あとは、今回話された綾菜のことについてだな。

【咲】 綾菜のことというと、一年前の一時期にあったっていう?

そうそう。 まあ、深く話すのは次々々回くらいになるけどな。

【葉那】 でも、今回話されたばかりなのに、ちょっと早すぎないかな〜?

ん、まあ実際はそうなんだけど、綾菜の●●が齎したあの過去を話すには、リィナの●●を利用するしかないのだよ。

【咲】 分かるようで分からない言い回しね。

1も含めて今までの話をちゃんと見ていたのならば、少し考えればわかることだけどな。

【葉那】 そうなんだ〜。

まあ、結局のところ詳細は出ないけど次回出てくるわけだし、これについては次回のお楽しみにだな。

【咲】 そうね。 じゃ、今回はこの辺でね♪

【葉那】 また次回会おうね〜♪

では〜ノシ




綾菜の過去か。
美姫 「うーん、どんな事が語られるのかしらね」
その前に、先にベルナルドとの戦闘だけれどな。
美姫 「色々と事態も動き出しているわね」
ああ、一体どうなるんだろうか。
美姫 「次回も待ってますね〜」
待ってます。



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