『An unexpected excuse』
〜宇佐美ハル編〜
「俺が、好きなのは……」
答えが彼の口から放たれようとした途端、その場に集まる女子たちの後ろのほうから声が上がる。
それは誰もが叫ぶようなものではなく、全員が全員内緒話でもするような呟くような声。
声は次第に前のほうへも広まっていき、視線も近づいてきた呟きの対象へと一様に向けられることとなった。
「やあやあ、おはようございます皆さん」
昼という時間とは場違いな挨拶、それは本人を含めた恭也の周りにいる面々に向けられていた。
挨拶をしてから更に少女はのそのそと歩み寄り、恭也たちの視線も彼女へと向けられる。
動きだけでもそれなりに目立つその少女は、容姿のほうでも注目を浴びるのが仕方ないくらいのもの。
特に特徴的なのが、後ろが膝くらいまでで前が右目を隠しても余りすぎるくらいの黒髪である。
見えるだけでも美人と言えるほど整った顔なのだが、その髪の長さのせいか不気味というほうがしっくりくるものだった。
「そ、そんなに一斉に見詰められると自分、照れちゃうんすけど……」
恭也たちは違うのだが、正直他の周りの女子たちが向ける視線は決して好意的なものではない。
しかし少女は気づいているのかいないのか、向けられる視線の数を前に恥ずかしげな顔を浮かべるだけ。
それには見る人によって不気味さが増すだけだが、彼女を知っている者については呆れるしかない。
「今日はまたずいぶんと来るのが遅かったですね、ハルさん」
「いやぁ、本当はもう少し早く来ようかと思ってたんですけど、中々に用事が手間取ってしまって」
親しげに話しかける美由希の言葉に少女――ハルは頬を指で掻きながら苦笑する。
そして恭也の周りを囲む面々の輪に入り、変わらぬのっそりといった動きで腰掛けた。
彼女がこの輪に入ってくるのは今日が初めてのことではないため、他の面々も嫌な顔をすることはない。
「ところで高町さん、今日は一体どうしたんです? こんな大勢の方々に囲まれたりして」
不意に聞かれて恭也は困ったような顔を浮かべるが、周りの者はまた別の顔を浮かべる。
それは誰も同じで何かに気づくような、ハッとしたような表情である。
一体なぜハルの一言でそんな表情を浮かべるのか。恭也にはそれが分かり、頭を抑えたい気になった。
だがそんな暇など当然無く、気づくと同時に再びその場の全員の視線が恭也へと集中した。
「そ、それで、高町先輩の好きな人って、結局誰なんですか?」
そう再度聞いてきたのは一年下の後輩。そして彼女の言葉を合図にしたかのように鬼気迫る雰囲気が立ち上る。
その視線に先ほど答えかけたにも関わらず、恭也は頬を掻きながら困ったような表情を浮かべる。
しかし、先ほど着たばかりのハルは状況がイマイチ掴めず、美由希へと尋ねるような視線を向ける。
すると美由希は簡易な説明だけを行い、再び視線を戻してしまう。だが、短くともハルにはちゃんと伝わっていた。
「高町さんの好きな人すかぁ……これは、中々興味深いですね」
状況が読めた彼女は周りの面々同様、視線を恭也へと向ける。
それが更に恭也を追い詰めることとなり、彼は僅かに溜息をつき、ハルへと視線を向ける。
いきなり向けられた視線に彼女は少し驚くも、若干の時が流れても向けられ続けているために首を傾げる。
「どうしたんすか、自分のこと見詰めたりして? あ、もしかして邪魔だとか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……はぁ、言葉にしないと駄目か」
それにまた首を傾げてしまうハルに対して、恭也は一度だけ咳払いをする。
そして、先ほどの答えを告げるべく身を引き締め、今度は皆のほうへと目を向けて告げた。
「俺が好きなのはここにいる、宇佐美ハルだ」
告げられた答えに周りの女子たちは落胆したような様子を一様に見せ、礼を言ってその場を去っていく。
その後に残された面々は未だ驚き混じりの表情。しかし中でも特に驚いているのは誰でもない、ハルだった。
はっきりした表情の変化をあまり見せない彼女が今までに無く驚き、呆然とした様子で恭也を見るだけ。
そんな視線を前に恭也が居心地悪そうに視線を彷徨わせる中、一番驚いていた者が一番早く我に返った。
「な、なななななに言ってるんですか高町さん!?」
「何をって……好きな人は誰かと聞かれたから答えただけだ」
「だからっていきなり過ぎますよ! あ、もしかしてあれですか!? また私をからかっての発言ですか!?」
「違う……こんなことで嘘をつく気はない」
それは本来ならハルにも分かっていること。普段意地悪はしても、人を傷つける嘘を恭也はつかない。
しかし、恭也と親しければ誰でも分かるこのことも現在動揺中のハルの頭からは削除されていた。
それほどまでに先ほどの発言が信じられず、未だ問い詰めるように恭也へと詰め寄っていった。
「嘘なら嘘ってはっきり言っちゃってください! ほら、今ならまだ取り返しがつきますから!」
「取り返しってなんだ、取り返しって……」
「いやほら自分、この見た目通りキモイですし、根暗ですし、空手黄帯ですし、ペンギン好きですし……良いとこ全然ないじゃないですか!?」
自分を貶す言葉を並べ立てて迫るハルだが、後半のほうは全く関係がなかった。
だが、動揺中の彼女はそこに気づかず、なぜか嘘だと確信しながら恭也へと詰め寄っていく。
そしてその距離が至近まで迫ったとき、恭也は仕方ないと溜息をついて迫ってきた彼女を抱きしめる。
「っ――――な、なにを」
「嘘じゃない……俺はハルが好きだ。他の人がどう見ようとも、お前が自分に自信がなかろうとも……俺は、お前のこと愛してる」
ハルの言葉を遮って告げられた静かな言葉に、彼女は発言も動きもピタリと止まる。
そして彼の胸に当たっていた顔を上げ、恭也の目と少しの間だけ合わせる。
そのとき見た視線は嘘などついたようには見えない、はっきりとした恭也の意思が伝わる視線。
それ故にハルは彼の想いが本当だと信じるも、再び俯いてポツポツと口を開き始めた。
「でも……私には、高町さんに愛される資格なんて」
「愛すること、愛されることに資格なんて必要ない。ただ想いを、ハルの素直な気持ちを知りたい」
「…………」
開いた口は再び閉じられ、その場に残った他の面々でさえも口を挟めずに辺りを静寂が包み込む。
しかしその静けさはハルの呟くような言葉で消え去る。恭也の求めた、ハルの答えによって。
「正直、分かりません……自分は高町さんが好きなのか、愛しているのかが。いつもいるときは、そんなこと考えもしませんでしたから」
「そうか……」
「だから、少しだけ時間をもらえませんか? きっと答えを出して見せます……だから」
それは答えを保留にしてくれという願い。それを願うべく上げたハルの視線は乞うようなもの。
そんな視線を向けられた恭也は僅かに微笑を浮かべ、分かったと頷いて彼女の頭を二、三度撫でる。
撫でた後に抱きしめていた腕を下ろしてハルを解放すると、彼女は小さく礼を告げて立ち上がった。
「じゃ、じゃあ自分もそろそろお暇するっすよ。ちょいと用事もありますし……」
「用事? それが終わったから学校に着たんじゃないのか?」
「いや、学校に着たのは終わったからじゃなくて……その……」
他の面々へと一度だけ巡らせる視線の意図に恭也は気づき、ああとだけ呟いて同じく立ち上がる。
全員に断りを入れた後、僅かばかり戸惑い気味に頷く一同の視線を背に揃って歩き出した。
そして歩き出してからしばしして、学校の門を出てから少し離れた地点にて恭也は歩きながら尋ねた。
「今回のは、そんなに危険なものなのか?」
「いや、危険ということではないんですけど、もしものときは何かと頼りになるすから一応ついてきてもらおうかと……」
「ふむ……それで、事件の概要は?」
尋ねられた質問に答えるべくハルは口を開き、今抱えている事件の概要を説明しだす。
本来なら真相究明はハルだけでも大丈夫なのだが、もしもの事態の場合は恭也の力が必要になる。
本人の腕もかなり立つ上、警察にも顔見知りがいるために警察が関わっていても捜査出来る場合もある。
だからパートナーとしては有力と言う他なく、出会ってからたびたび事件に巻き込まれては共に解決してきた。
そして今回も何かしらの事件に関わってしまったハルは恭也を尋ね、今こうして並んで歩いているというわけだ。
「――――というわけなんですけど、何か思いつくことあります?」
「聞いた限りでは特に……現場に行って見てみないと何とも言えないな」
「そうすか……では、急ぎましょう」
下手に時間を空ければ万が一にでも犯人が現場に戻り、証拠が残っていることに気づいて隠滅する可能性がある。
それは真相を究明する側としては致命的といえるため、急ぐと告げたハルの足は自ずと早歩きになる。
対して恭也も告げられたことに頷くと歩調を合わせ、ハルの言う現場のほうへと足を進めていく。
「ところでもう一つ聞きたいんだが……」
「なんですか?」
「今回の一件……ハルの追っている、“魔王”というのが関わっている可能性はあるのか?」
「……正直、可能性は薄いですね。現場の様子等を見る限りでも、“魔王”の手口とはどこか違うように見えます」
「そうか……」
“魔王”はハルが長くに渡って追い求めている犯罪者のあだ名のようなもの。
風ヶ丘に転校してきたのも、“魔王”の手がかりがあるのではと踏んでのことであった。
しかしそれは確証が一切なく、半ば感のようなもの。それで恭也と出会えたのは偶然と言える。
だが、もしかしたらこれは運命だったのかもしれない。今のハルはそう思うことが出来ていた。
恭也と出会ったことも、共に事件を解決する日々も、彼に告白されて戸惑う自分も……全ては、運命。
(人の運命は何も悲しいことだけじゃないってこと、なのかな)
残酷とも言える自分の過去を振り返り、そして今の自分へと思考を向ける。
以前の街にいたときも楽しいと言えばそうだった。だけど、今は以前とは少し違う気がしている。
初恋の人が隣にいたときよりも、自分を好きだと真っ直ぐに言ってくれた人がいる今のほうが幸せかもしれない。
その人には悪いと思いつつもそう考えれるようになり、不謹慎ながらも僅かな笑みが浮かぶ。
浮かべられたその僅かな笑みに恭也は気づいてどうしたのかと尋ねるが、ハルは前髪を軽く掻き上げてなんでもないと告げる。
そのときにもいつもよりの柔らかい笑みが浮かんでおり、まさか自分のことを考えてとは思わない恭也は首を傾げるのみ。
そんな恭也に少しだけ苦笑を浮かべた後、もう一度急ごうと彼に告げ、共に目的地へと歩く歩調を速めていくのだった。
あとがき
うん、なぜかリィナ編ではなくこれが出来た。
【咲】 ま、ゲームをして欲求が傾くのはいつものことだからもう何も言わないけどね。
ふむ、人間は諦めが肝心だよね。
【咲】 あんたが言うな!!
げばっ!!
【咲】 まったく……それにしても思うんだけど、今回書いたこのゲームってつい最近出たばかりよね?
ん、まあ最近といえば最近だな。
【咲】 しかも本筋のヒロイン……設定面で無理があったりしないでしょうね?
むぅ、確かに主人公に対しての愛情が人一倍あるからねぇ、ハルは。だけど、他のルートを通ったのなら話は別だ。
【咲】 どういうこと?
水羽とか花音とかは明確じゃないが、椿姫エンドではハルは主人公のこと諦めたからね。
しかも、三ヶ月程度で転校してる……だから、その後に向かった学校を風ヶ丘とすればいいわけだ。
【咲】 でもさ、“魔王”に関してはどうするわけ? あれって、本筋のルートを見る限りでは前の街にしか出ないわよね?
ま、目的が目的だからな。でも、ハルエンド以外では手がかりが一切消失したようなものだから、別の街で探しても問題はない。
【咲】 そうかしらねぇ……。
そう思っておくのが一番だ。
【咲】 つまり、その部分に関してはアンタも自信がないわけね。
…………。
【咲】 はぁ……で、もう一つ聞くけどアンタって確か、これを用いてまた長編書こうとしてたでしょ?
長編ではなく、短編連作だな。
【咲】 同じようなものよ。それで、まだ抱えてるものが多数あるのにそれはどうなのよ。
欲求は抑えると身体に悪いのですよ。次第に手が麻痺して執筆が遅れていき……。
【咲】 最後にはアタシに殴られ、再び書き始める、と。
それだと無限ループやんけ!?
【咲】 アンタが執筆を遅らせなければいいのよ。それでなくとも、週一ペースになってるんだから。
ぜ、善処いたしますです、はい。では、今回は『G線上の魔王』より!!
【咲】 宇佐美ハルをお届けいたしました!!
次は誰か……ていうか、いい加減リィナ編を書き終えたいよね。
【咲】 書き終えなさいよ……じゃ、今回はこの辺でね♪
次もまた見てくださいね〜ノシ
G線上の魔王〜。間違いなく、うちでは初です。
美姫 「ありがとうございます」
今回はその場で告白か〜。
美姫 「答えは保留だけれど、こういう感じのも良いわよね」
うんうん。ありがとうございました。
美姫 「それじゃ〜ね〜」