リリスの馬鹿力によって勢い良く投げられ、ガイアバトラーの背中に向けて突貫していくケン。

その最中で何やらいろいろ叫んでいるが、ガイアバトラーを前にする人々の悲鳴でそれは掻き消されている。

故にリリスと恭也以外に飛来するケンの姿を捉えられる事はなく、また目標にも運良く気付かれぬまま、無事に背中へ着地。

かなり勢い良く投げられたのだからぶつかってもいいようなものだが、そこは苛められ続けた結果の賜物だろう。

そんなわけで無事に目標の背中へ着地する事が出来たケンはすぐさま近くの紙の端を器用にも翼で掴み、リリスへOKサインを送る。

それを目にしたリリスはすぐに竿を引き、紙ごとケンを引き戻そうとするが、当然の如くそんなに簡単に抜けるような物ではなかった。

というか、そもそも根本的な問題としてガイアバトラーとページの切れ端は魔力的な意味合いでくっ付いているため、引っ張るだけで取れるはずがないのだ。

本来の正しい手順を言うなれば、ガイアバトラーを倒すかある程度のダメージを負わせるかした後、魔力的な繋がりを断ち切る。

その上で抜けたページを回収する、というのがこういう場合の正しい手順。だが、焦っているのか面白半分なのか、リリスはその手順を全てスッ飛ばした。

更には恭也は当然の事、こういう場面に遭遇した事が無いケンもそんな手順など知らないから疑問に思う事も無く、止める事も一切無い。

つまりは最悪の条件が重なってしまったという事。そしてそれ故に――――

 

 

 

 

 

――強引に引っ張られたページが破けるという最悪の現象が、目の前で起こってしまった。

 

 

 

 

 

その光景にリリスも恭也もケンも言葉を失い、唖然としてしまう。そしてその後、戻ってきたケンが二人を通り過ぎて壁にぶつかり、短い悲鳴を上げた事で我に返った。

途端、恭也は珍しくかなり焦ったような表情を見せ、ケンでさえも事の重大さを理解しているのか、壁にぶつかった痛みなど忘れて騒ぎ出す。

しかし、反してリリスのみはあちゃーと言いたげな顔を見せこそするが、焦ったような様子は浮かべない。むしろ、非常に冷静だと見えるくらいだった。

ページが破れてしまったというのになぜ同様に焦るはずの彼女が冷静なのか、それを焦りを浮かべながらも問うてみれば、答えは非常に簡単だった。

何でも、破れたページはもう片方さえ無事に手に入れる事が出来れば元に戻す事は出来るらしい。それも可能性とかではなく、確実にだ。

かなりの手間であるという事がネックとなるにはなるが、それはリリスが頑張ればいいだけの話。だからそんな顔は見せても、焦りは浮かべないというわけだ。

そういった説明を聞いた故か、恭也も珍しく浮かべた焦りを納めるに至る。次いでにケンも心配して損したというような顔を浮かべるのだが――――

 

 

 

 

 

――その直後、ケンは釣り糸によって引っ張られ、リリスの近くまで引き寄せられると同時に地面に叩きつけられ、力強く踏まれた。

 

 

 

 

 

「な〜にやってんのかしらね、この肉団子は……任務に失敗するどころか、ご主人様の手間まで増やしてくれるなんて」

 

「そ、それはあんさんのせいぐえっ!!?」

 

「へぇ……挙句には私に意見しようってわけ? 上等じゃない……あっちに戻ったら今まで以上にたっぷり可愛がってあげるから、覚悟してる事ね」

 

ケンの言っている事は至って正論。リリスが命令した事そのものに非があったのだから、ケンには差して悪い所はなかっただろう。

しかし相手はあの我儘で気分屋で自己中心的な部分が強いあのリリスだ。己に非があろうとも、それを認めて反省するような玉ではない。

むしろ間違いに気付かなかったと言って全面的にケンのせいにし、ごめんなさいと謝るまで(もしくは謝っても)いい感じに嬲り続ける。

恭也が相手だと甚く素直で甘えん坊な部分を見せたりもするような女性であるのに、ケンが相手のときだけは過剰はS気質を見せる。

それをケン自身も反論も抵抗も一切出来ず、嬲られてしまう。正直、いと哀れとしか頭に浮かばない関係図と言えるようなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤミと剣士と本の旅人

 

【グランディアの世界編】

PAGE OF END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破れたページの残りの部分は遠目で見た限り、表には出てない。つまりそれは、内部に取り込んでしまったという事。

こうなるとページの断片を取り戻す方法は一つ……取り込んだ対象を殺してページとの結合を断絶させる以外に手段は無い。

だがこの手段はリリスはもちろん、恭也でも実行は不可能。それは対象が倒せないからではなく、倒してはならないから。

ここまでで本の物語に関わってしまった故、描かれる史実と異なった部分というのは小さくとも多少なりと出てしまっている。

世界の果てで恭也たちとジャスティンたちが出会った事然り、目の前のガイアバトラーがページを取り込んでしまった事然り。

もしここで彼らが対象を殺したとしたとなれば、それは今まで以上に物語を狂わせる。リリス曰く、場合によっては修正不可能な域に達する可能性もあるらしい。

だから手段はあっても実行する事は出来ず、ただ成り行きを見守るだけ。リリスが言う彼ら――ジャスティンたちが到着するまで。

 

「しかし……大々的な干渉をしてはいけないとはいえ、人が襲われているのをただ見ているだけというのは……」

 

「まあ、気分が良くないんは確かやな。せやけど管理者が本の世界への過剰な介入をしてはいけないというのは絶対の決まりなんや。そこんとこ、理解したってください」

 

「むぅ……」

 

もちろん、絶対の決まりと言っても例外はある。だが、今回はその例外に当てはまらないため、これ以上の介入は出来ない。

それは当然今までページ探しに付き合ってきた恭也にも分かっている。しかし、感情というものはそれで割り切れるほど簡単ではない。

なまじ守るという事を信念としているのだ……人が襲われている現場を見ているだけというのを理由があろうとも納得出来ないのも仕方が無かった。

 

「ん〜……そこまで我慢出来ないのなら、別に介入してもいいわよ? 我慢は身体に悪いって言うしね」

 

「いいのか?」

 

「うん。でも、その場合は最悪、この世界を廃棄しなきゃいけなくなるかもだけど……それでもいいなら、お好きにどうぞ」

 

若干冷たい言い方だが、その言葉は間違いではない。過剰な介入で史実が歪んだ世界は、高確率で廃棄の道を辿る。

そして似たような世界をアルカディアで作り直す。それが図書館世界での決まり……一切の妥協や甘さも許されない、絶対の。

それをリリスの言葉で再確認してしまったからこそ、我慢しなければならなかった。一時の感情で世界そのものを壊すわけにはいかないのだから。

だから人が襲われている現場を見ながらもただジッと耐える。多くの悲鳴を聞こうとも、飛び出したい衝動に駆られようとも。

 

「まあでも、そんな危険な事をする必要もないかもね」

 

「? それは、どういう事だ?」

 

「流れ的にそろそろやっちゅう事――――と、噂をすれば何とやら……早速お出ましのようやな」

 

ケンの言葉で視線を元に戻せば、その先には人々を守るようにガイアバトラーへ立ち塞がる四人の姿。

遠目からではあるが、内二人には見覚えがある少年と少女。世界の果てで会ったジャスティンとフィーナという名の二人。

しかし残る二人――獣耳で民族衣装を身に纏う少年とどこか神聖さを醸し出す妙齢の女性に関しては以前は見なかった。

同時に以前はいた人物の姿も見えない。それが世界の果てで会ったあの時間軸から、それなりの時間が流れているのだと感じさせる。

ともあれ、その四人は現れるや否や人々を守りながら迫り来るガイアバトラーを戦い始め、人々はその合間に戦いに巻き込まれない場所へと逃げていく。

 

「恭也が心配してた人的被害はこれで一旦は解決ね……もっとも、完全に安心とまではいかないんだろうけど」

 

「そうでんな……史実通りなら心配も無いんやけど、アレは普通と違ってページの力を断片とはいえ取り込んでしもう取るから、影響があるかもしれまへんな」

 

「ここに来る前に見た記述では苦戦したとだけしか記載されていなかったから、もしかしたらって可能性もあるわね〜」

 

ケンはともかくリリスの口調ははっきり言って他人事のように聞こえるが、実際他人事なので仕方ないのかもしれない。

それにそもそも彼女は基本的に自己中心的。自分か自分が大切にしてる何かに被害が及ばない限り、大体は傍観を決め込む。

介入するときと言えば管理者としての仕事の時のみ。それ以外だと史実ではこうなっているから仕方ないと簡単に割り切れる性質である。

だからあまり好ましくは思えない言動でも咎める事は意味が無い。それが彼女の性格故、簡単に変える事など出来ないのだから。

 

「ん〜、でも今のところは特に問題は無いみたいね。多少苦戦はしてるみたいだけど」

 

「というか、取り込んだページの断片を制御出来てへんのんとちゃいますか? 見た感じ、魔力の流れが不安定やし」

 

「……そうなのか?」

 

「うん。まあ、それも当然だとは思うけどね……ページの断片だけでも元のガイアバトラーの十体分くらい魔力を保有してるから、それを単体で取り込んで制御しようなんて無理に決まってるもん」

 

大きすぎる魔力を制御する事は容易ではない。それが理性も何も無い化け物となれば尚更の事である。

力を振るうだけの化け物が過ぎた力を制御出来る訳が無い。それ故、リリスとケンの言う事は最もな話であった。

しかし、そこに懸念する事がないわけじゃない。ただ暴れるだけの化け物が強大な力を手にしてしまった際、起こり得てしまう事態。

それを一応話しておこうとリリスが再度口を開きかけた瞬間――――

 

 

 

――早くも、その懸念する事の前兆が目の前で起こり始めた。

 

 

 

四人から数歩ほどゆっくり後退した後、地面に両腕を打ち付け減り込ませ、背中の皮膚を解放する。

そこまではガイアバトラーの攻撃手段の一つ、開放した皮膚の内側で生成した雷弾を一気に広範囲へ放つ技――ライトニングだとも推測出来る。

だが、その後の動きが違った。両肩の水晶を輝かせ、背中から溢れる程の膨大な数の大きな雷弾を生み出していた。

通常の雷弾一つでも地面を軽く抉るほどの威力。それが更に膨張した上、通常のライトニングよりもその数は半端ないくらい多い。

しかも最初に開放した皮膚を中心として他の皮膚が弾け飛び、止まる事無く雷弾を生成し続けていた。

その光景でリリスやケンはもちろん、恭也でも理解してしまった。あのガイアバトラーは現在、暴走状態にあるという事を。

 

「……リリスはん。あれ、もしかしてヤバいのんとちゃいますか?」

 

「ヤバいなんてもんじゃないかもね。いくら断片とはいえあんな暴走状態で魔力の全開放をしたら、下手するとこの街が消し飛びかねないわ」

 

「それってかなり深刻な事態って事やん! てか、なんでそんな状況でそこまで冷静にしてまんのや! 早急に対策打たんと、確実に廃棄の道をたぶばっ!?」

 

「うっさい黙れ。こんなときこそ冷静に判断出来なくてどうするの……そんなんだから、アンタは黄色饅頭とか肉団子って言われるのよ」

 

「そ、それとこれとは全然関係ぐえ!?」

 

「だから黙れっての。対策が考えられないでしょうが……」

 

踏み付けながらそう言うとケンもようやく黙る。というより、様子から見て白目を向いて気絶しているのだが。

ともあれ雑音が無くなった所でリリスはいつもは多少しか働かさない頭をフル回転させ、事態収拾のための策を考える。

 

「ん〜……一番手っ取り早いのはアイツが魔力を全開放する前に私が出て始末するってのなんだけど」

 

「そうするとどの道、廃棄する可能性が出てしまうんじゃないか? 一応非干渉が原則なわけなのだし」

 

「そうなのよねぇ。となると同時に狩人を使って排除するってのも駄目だし……ああもう! 大体、何で記載されてる事と本の中の事実が異なってるのよ! こんな事になってるなら最初から書いておきなさいよね!!」

 

策を考える間でも事態は進行を見せている。おそらく時間にしてもう僅か、一分も無いと言ったところだろう。

対峙しているジャスティンらもガイアバトラーの異常を察する事が出来ても、下手に手を出す事が出来ずに警戒する事しか出来ていない。

結局事態を収拾出来るのは管理者のリリスだけ。だからこそ、冷静を務めようとしても自ずと焦りのような感情が出てしまう。

 

「直接手を出す以外で何か無いのか? 例えば、遠くからページの魔力だけを抑えるとか……」

 

「それが出来たら苦労は――――て、出来ないわけでもないか。ただこれ、あんまり使いたくない手なんだけど……ま、この際仕方ないかなぁ」

 

一体どんな手なんだと聞くより早く、時間も無い事も手伝って早々にリリスは行動へと移した。

と言っても今立っている位置からガイアバトラーに向けて手を掲げるだけ。たったそれだけの行動に過ぎない。

しかし、その瞬間に彼女の雰囲気が若干変わる。いつもの明るい雰囲気も無く、言ってしまえば無表情という他ない表情。

そんな表情で手を掲げたまま、リリスは瞳を静かに閉じ、重たげに口を開いて言霊を吐いた。

 

 

 

『図書館管理者、リリスの名に於いて命じる。アルカディアより生れし書物の理よ、歪められし史実をあるべき姿へ還せ!』

 

 

 

頭の中まで響くような、彼女のようでそうでないような声。それによって紡がれた言霊は、一瞬にして一体を眩い光へ包む。

何が起こっているのか恭也には理解出来ず、聞く事も出来ない……広がっている光のせいで彼女の姿すらも、見えなくなったから。

それに続けて彼の意識さえも遠退いていく。眩い光の中で状況を理解も出来ないまま、ただゆっくりと……。

 

 

 

 

 

意識が戻ったとき、恭也は図書館世界へと戻っていた。そして右隣にはグッタリしたケン、左隣には本を捲るリリスもいた。

故に彼は首を振るう事で若干朦朧としていた意識を完全に覚醒させ、リリスへと声を掛けて先ほどの事に関してを尋ねた。

そして彼女の口から語られた話によれば、あの呪文のような言葉とその後に起こった光景は本の歪みを矯正するための物らしい。

これを彼女は『管理者権限』と呼ぶのだが、実際はもう少し長たらしい名称をしているらしく、『管理者権限』というのはあくまでリリスの造語。

ともあれこれを行使する事で史実が歪められた本を元へと戻す事が可能。これだけ聞けば、かなり便利な顕現であると言えるだろう。

しかし、実際のところは使い勝手の悪い部分も多く存在するとの事。それがなぜ初めから使わなかったのかという疑問の答えにも繋がる。

 

「この『管理者顕現』ってね、使用する上で条件がいくつかあるのよ。その中で大きなものを挙げると一つは、歪みが普通の方法では矯正出来ない場合でなければならないというもの。もう一つがその場ですぐに矯正しないと外部、つまりはこの図書館世界にまで影響を出す可能性がある事。いくつかある条件の中で最低限、この二つを満たしていなければ、『管理者権限』を使う事が出来ないわ……ううん、実際は使えないわけじゃないけど、リスクが伴ってくると言ったほうがいいわね」

 

「リスク? それはどんなものなんだ?」

 

「そうねぇ……最悪なケースを挙げるなら、恭也の世界みたいにページが何枚かバラバラになるか、もしくは矯正しようとした世界が消滅するって事ね。まあそれ以外にもたくさん事例はあるんだけど、要するに『管理者権限』を使った歪みの強制は強い魔力を以て行うから、条件が合わない状態での使用は矯正出来ても余った魔力で何が起こるか分からないって事ね」

 

「ふむ……となると今回は条件が合ったという事なのか? 見た限り、本自体にはそんな感じは見受けられないが」

 

彼らの入った世界の本は現在リリスが手に持っている物。それは彼の言う通り、確かに以前見たときと変わりは無かった。

だが、恭也の問いにすぐには頷かず、小さな溜息をついた後に何とも言えないような表情を浮かべた。

 

「条件が合ったというか、合ったかもしれないが正しいわね。『管理者権限』の条件って結構曖昧だから、本当なら判断するのに時間が掛かるのよ……今回はちょっと危なかったから使ったけど、やっぱり全く影響が出てないとは言えないわ。もう……これだから使いたくなかったのよ、『管理者権限』なんて!」

 

「……それは、直るのか?」

 

「これくらいなら直せるわよ……直せるけど、凄くめんどくさいのよ! いちいちアルカディアまで出向いて影響の出てる部分を割り出して、それから一つ一つ元の史実をデータベースから引き出して調整して……確実に徹夜作業になっちゃうじゃないのよ!! ああもう!! それもこれも全部、インコ型肉団子のせいよ!!」

 

「――へぶあっ!?」

 

即座に棚から適当に手に取った本を恭也の横、未だグッタリしていたケンへと力一杯投げ付ける。

図書館管理者としてどうかと思う行動だが、そんな事は今のリリスには関係無い。今の彼女にあるのは、ケンに対する理不尽な怒り。

その怒りのままに投げ付けられた本は見事ケンへと直撃。直後に大きな呻き声が聞こえてくるも、その後は先と同じで再びグッタリ。

対してリリスはそんなケンの様子故か興味を無くすかのように視線を外し、だけど未だ冷めやらない怒りから後頭部辺りを軽く掻き毟っていた。

そんな中、恭也は小さく息をついた後にふと視線をお怒り状態のリリスから逸らすと、その先の地面にて一枚の紙切れを発見した。

同時に手を伸ばしてそれを手に取って見てみれば、それはページの断片。しかもケンが身を呈して取ってきた方ではなく、おそらくはもう片方のである。

本の世界にて置いてきてしまったはずのこれがどうしてここにあるのか……手にしてすぐに思ったそんな疑問を一応リリスへと尋ねてみれば、答えは簡単なものだった。

 

「『管理者権限』ってのは歪みを矯正する事が主で使われるって言ったわよね? その矯正っていうのは物語自体の歪みだけじゃなく、物語に登場するものとは異なる存在も同時に外部へ吐き出しちゃうのよ。その証拠に私達だって本の中にいたのに、『管理者権限』を使った途端に外へ戻されたわけだし」

 

「なるほど……つまり、本の中の世界とは関係ない俺の世界のページも異物として判断されて吐き出されたというわけか」

 

「そういう事ね……でも、やっぱりそれも私が直さなくちゃいけないのよねぇ。破れてなければ簡単だったのに、どこぞの馬鹿インコが破ったりなんかするから……ああ、思い出したら腹が立ってきたわ」

 

言いつつ再びケンを睨むが、今も気絶中の彼は反応無し。それ故、さすがに死者へ鞭打つ真似をする気はないのか、溜息をつくだけ。

その後は恭也の手から奪うように断片を手に取り、もう片方の手にある本に分かり易く挟んで立ち上がり、ケンへと近づいた。

そして空いている手でケンを鷲掴みして持ち上げ、今日はもう休んでていいと恭也へ伝えると踵を返し、奥の方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

リリスがケンを連れてアルカディアへ行き、本の修繕と行い始め、反対に恭也が休息へ入って忙しい一日過ぎ去った。

彼が起きた時間は本の世界で言う所、朝と言えるような時間帯なのだが、この図書館世界には朝昼晩という概念が無い。

だから時の経過は時間でしか確認出来ないし、言えない。それ故、ここで言う所の一日の経過は二十四時間を過ぎる事を言う。

とまあそんなわけで本来はリリスの家である一軒家(元は四畳半の長屋だったが、リリスが恭也のために改築した)の寝室にて目を覚ました。

それから着替え、いつもなら日課の鍛錬へと赴く所だが、前日にそこそこハードな事をしたためか眠りが深く、珍しく起きた時間が遅かった。

故に朝の鍛錬は軽めに腕立てやら腹筋やら、庭で素振りやらをする事で納め、一応リリスとケンの分の朝食も作っておき、自分の分を食べ始める。

 

「ただいま〜……」

 

それから大した間も無くして玄関方面からリリスの声が聞こえてくる。それも酷く、疲れ切ったような声色の。

それに恭也は食事をする手を止めて出迎えようとするが、それより早く疲れている割には速い足音を立ててリリスが食卓に顔を出した。

顔を出した矢先に良い匂い〜と呟く辺り、重労働で食事も取ってないから腹が減り、匂いに釣られてきたのだろうと予測出来る。

 

「おかえり、リリス。本当に徹夜で作業してたんだな……目の下、クマが出来てるぞ?」

 

「うえ、ほんとに? うぅ、折角のリリスちゃんの美貌が台無しじゃない……」

 

鏡で見たわけでもないのでどのくらいのクマが出来てるのかリリス自身には分からないはずなのに美貌が台無しというのは確定らしい。

ともあれ、元々疲れで元気のなかったリリスはその事実で更に元気を無くすも、空腹には勝てないのか席へと付いて食事を取り始めた。

 

「……ところで、ケンはどうしたんだ? 確か昨日、リリスと一緒にアルカディアに行ったと記憶してるんだが……」

 

「ああ、あの黄色饅頭ならぶっ叩いても起きないから放置してきたわ。ついでにおまけで足を紐で縛って天井から吊るしておいたから、当分は帰ってこないでしょうね」

 

「ふむ……となるとケンの分として用意したのが無駄になるな。食べるか?」

 

「食べる」

 

食べると言った時点で食べ始めてるリリスはもちろん、心配の欠片も見せない恭也も若干染まってきたように感じられる。

だが自身のそれがそんな風にも見える事に気付きもせず、恭也もリリスがケンの分の朝食を食べているのを見ながら食事を再開する。

そしてそれからしばしして二人とも朝食を食べ終え、食後の一服という事で用意したお茶を飲みつつマッタリしていた。

 

「そういえば聞いてなかったが、あの本と入手したページはもう直ったのか?」

 

「うん――って言いたいところだけど、正直言っちゃうと本のほうがまだなのよねぇ。ページは破けてるだけだから新しく転写すれば良かったんだけど、本のほうは修正するにも一文一文をデータベースのと照らし合わせないといけないから、かなり骨な作業なのよ……」

 

「……確かに、それはかなり大変そうだな」

 

「はぁ……それもこれも、あのインコ饅頭がヘマしたりするのが悪いのよ! あそこでちゃんとページを手に入れてたら、『管理者権限』を使わずに無事解決出来てたのに!!」

 

そもそもリリスがちゃんと考えずにあのような策を実行させたのが悪いのだが、そういった部分はすっぽり抜けている。

どんな事を仕出かしても自分は悪くないと考える。彼女のそんな部分にいつも振り回され、罪を擦り付けられるケンは非常に哀れだろう。

しかし弁護の余地が十分過ぎるほどあろうとも、すでに弁護する気は恭也にも無い。哀れだとは思うが、弁護しても意味がないのだから。

故に適当に相槌を打ちつつお茶を傾ける。そして事の次第を思い返した事で再び怒るリリスもその数分後、怒りより眠気が勝るのか怒りを納めて欠伸をする。

 

「ふぁぁ……それじゃあ、私はそろそろ寝る事にするわ。たぶん爆睡すると思うから夕方くらいまで起きないと思うから、そこんとこ宜しく〜……」

 

立ち上がりつつ告げる言葉に恭也が頷くのを見つつ、リリスは背を向けて寝室のほうへと歩んでいった。

それを見えなくなるまで見送った後、静けさが戻った食卓でお茶を飲み干した彼も再度お茶を入れて縁側へと移動する。

そしてリリスが起きてくるまでの長い間、久しぶりに訪れた感のある静かな平穏を彼も満喫するのであった。

 

 


あとがき

 

 

グランディア編、これにて完結なり!!

【咲】 はいはい。にしても、結局最後の最後まで問題を起こしてるわね。

リリスだからなぁ……問題起こさないで解決ってほうが無理な気がする。

【咲】 我儘と好奇心の塊みたいな人だものね。しかもその犠牲になるのはいつもケンちゃんだし。

そういう星の元に生まれたって事なんだよ、ケンちゃんの場合は。

【咲】 それもそれでどうなのよ……。

まあまあ……と、そんなわけでグランディア編が終わったわけだが、ちょいとオリジナルな要素を組み込む事になってしまったな。

【咲】 ああ、『管理者権限』ってやつね。確かにあんなのはヤミ帽にはなかった事よね。

うむ。ただまあ、万能な力じゃないから毎回毎回これで解決ってわけでもないんだがな。

【咲】 下手したら世界が崩壊するんだから容易には使えないでしょうねぇ。

まあね。てなわけで今回はこれを使って解決したわけなんだけど、以後もこういう終わりって事は早々ないわな。

【咲】 そりゃねぇ……同じ終わり方だとマンネリだし。

確かにな。ともあれ、そんなこんなでようやくグランディア編が終わったわけだが、次は何にしようか……。

【咲】 まだ決まってないの?

ん〜……一応候補みたいなのはあるんだけど、どれもしっくりこないんだよねぇ。

【咲】 ふ〜ん……ま、ゆっくり考えればいいんじゃないの? 他にも抱えてるのがあるんだから、無理して今すぐ考えないで。

う〜む……まあ、焦っても仕方ないのは確かだから、そうするとするかな。そろそろ続きを書かんと忘れそうなのもあるし。

【咲】 忘れちゃ駄目でしょ……。

あははは……と、少しばかり早いけど今回はこの辺にて!!

【咲】 次のお話でまた会いましょうね♪

では〜ノシ




あれ、どうしてだろう。ケンちゃんを見ていると目からしょっぱい水が……。
美姫 「リリスの怒りももっともね。ケンちゃんが悪いわ」
…………うぅぅ、何故か他人事に思えない。
美姫 「ともあれ、グランディア編は無事に終わったわね」
だな。ようやく欠片を一つ手に入れることができたな。
美姫 「まあ、まだ先は長いだろうけれどね」
だろうな。次はどんな世界なのかな。
美姫 「楽しみにしてますね」
ではでは。



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