『漂流道場・弐』




「――とまあ、そんなこんななのです」

 道場に現れた謎の二人組は、隠しごとをしている風でもなく、素直にこちらの質問に答えてくれた。が、はっきり言って俺に理解の出来ることではなかった。
 「謎の異世界から、謎の力で、何故かこの世界に飛ばされてきました」などと言われて、一瞬で「それは大変でしたね」と返せる人間は少ないだろう。
 しかし、本当に不慮の事態であるらしい二人の戸惑いようを見ているうちに、出来ることがあれば力になりたいと思い、そして――

「……そんなこんな、ですか」

 一家の長であるかーさんに相談した次第である。
 簡単な自己紹介を一家で済ませ、そして話を聞いたかーさんの瞳が、理解不能の経緯と身の上を語り終えた二人と、並んで座っている俺を見据える。
 やはり胡散臭過ぎるか――、そう思い、俺からもフォローをしようとしたその時。

「えっと……はい、わかりました」

 かーさんが、そう答えた。……とはいえ理解出来たのは、当人達でさえ何も理解出来ていないことくらいだろう。
 しかし、そうでありながらかーさんは二人に微笑み掛けた。見る者を安心させる、そんな笑顔で。
 非現実的な事情で呆気に取られているのか、それとも緊張しているのか、他の家族――美由希以外――の口からは、何も言葉がない。
 ちなみに美由希は現在、道場で睡眠中。
 俺に少し遅れて道場にやって来ての開口一番の台詞が、「恭ちゃんがロリブルマを監禁してる!」だったから、反射的にシメた。
 ――と、愚妹のことは脇に捨て置いて。
 一家の長もそうであるなら、こちらとしてはありがたい。

「そういうわけで、少しでも力になりたいんだ」
「かーさんも賛成よ。と言っても、衣食住のお世話くらいしか出来ないでしょうけど」

 それはかーさんの言う通りだろう。元の世界に二人を帰す方法など、我が家の人間が知るはずもない。魔法でも使えれば戻れるかもしれないらしいが、俺の周りにも魔法使いは残念ながらいないのだ。
 しかしブルマの少女――イリヤスフィールは、かーさんの申し出に、ぱぁっと表情を輝かせた。

「本当!? それで十分よ、元の世界に戻る方法は自分達で何とかするから。その間の拠点を提供してもらうだけで大助かりだわ!」
「こちらにお邪魔してるうちに、いつの間にか何となく帰れるかもしれないしねぇ。虎も歩けば棒に当たってナントヤラ、って言うし」

 ――いや、言わない。
 まあそれはともかく、道着の女性――藤村さんも前向きである。……一見、何も考えていないだけのような気もするが。
 とはいえ、悲観的なことを考えられるよりは、こちらとしても気が楽になるというもの。
 喜び合う二人の姿を見て意識を取り戻したかのように、固まっていた他の家族達も二人に笑顔を向ける。
 そして皆の歓迎の言葉を受けて、隣のイリヤスフィールが無邪気に俺の首に飛び付いてきた。

「ありがとう、キョウヤ!」
「こ、こらっ。というか、礼なら家長であるかーさんに――」
「もちろんモモコにも感謝してるわ。でも、最初に私達を信じてモモコに紹介してくれたのは、キョウヤですもの」

 くりくりとした赤い瞳が、極間近で俺の顔を映す。
 なのはより二つ三つほどしか変わらないであろう幼い顔立ちながら、芸術品のような造形は無邪気さとは反対の位置にあるような魅力を感じさせ――

「み――――、皆、大変だよっ! 恭ちゃんが拉致ってきた女の子にブルマを穿かせて監禁してて――…って、あああああぁぁぁっ!?」
「……ありがとう美由希。図らずもお前の馬鹿声のお陰で、真人間の道を踏み外さずに済んだ。いや、まあ、踏み外すつもりもないんだがな」
「ちっちゃい子にブルマを穿かせて抱き合ってるような人が、真人間なわけないじゃない! 恭ちゃん……いくら頭が悪いって言ったって、程があるよ?」
「…………ああ、今回だけは許してやるさ。だからまずは話を――」
「耕介さんの悪夢再び? ロリコンジャイアントに続いてロリコンブラック? かーさんを選んだ人の遺伝子を考えれば警戒しておくべきだったけど、こんなところでブッチギリに父親越えしないで! せめてレンENDで我慢してよ! てゆーか、かーさんて『経歴考えるとただの若作りなんじゃ……』説だってあったりするし!」
「………………ここは、かーさんに譲ろう」
「なのは逃げて逃げてなのは! オオカミだー! オオカミが来たぞー! ここにいるのは兄の皮を被ったオオカ――――…え?」

 さらば、我が愛しの妹よ……

「美由希ー。ちょおーっとこっちで、かーさんとお話ししましょうか……」
「えっ? えっ? ちょ……、な、何? か、かーさんっ?」

 ――――――生きて、また逢おう。





「ま、そんなこんなで。恭也、二人と買い物に行ってらっしゃい」

 便利ではあるが、『そんなこんな』という言葉が流行ってしまうのは問題があるのではなかろうか……。
 美由希の断末魔が聞こえた後、爽やかな笑顔でリビングに舞い戻って来た高町母は、俺に財布を渡してそう言った。

「で、買い物って?」
「すぐに帰れるならまだしも、ずっとこの格好のままというわけにはいかないでしょ」
「ああ……」

 皆の視線が藤村さんとイリヤスフィールに集まる。
 確かに剣道着はまだいいとしても、女の子が体操服……しかもブルマでずっと過ごすわけにもいくまい。色々と問題があると思う。少なくとも普通の人間なら問題視する。
 しかし、藤村さんは俺達のそんな思惑を感じ取って、眉間にしわを寄せて呻くように呟いた。

「……いいのかしら、これ脱いで。アイデンティティーが崩壊するっていうか、キャラが薄まっちゃうような」
「……うーん、確かにそれはあるわね」

 藤村さんの顔に浮かぶ苦悶の表情。
 その隣のイリヤスフィールも、顎に指をあてて思案顔。
 しかしイリヤスフィールの方はすぐに、自己と葛藤する藤村さんを横目で見やり、口の端を吊り上げた。

「――ま、困るのはタイガだけでしょうけど」
「!?」

 空気が、凍り――

「私は普通に個別ルート希望者も多いし、無理に汚れ役しなくてもいいもん。タイガなんて、水着の立ち絵もないもんねぇ。セラとリズにもあったのに」
「み、水着……」

 ――加熱する、感覚。

「タイガなんて、せいぜいアフロ――」
「――――こんの馬鹿弟子があッ! じゃあ貴様にこれが出来るか、シュッシュッ! シュッシュッ!」
「イタッ!? 痛い! シャドウボクシングなんて立ち絵があるからイロモノなのよ、この馬鹿タイガ! ――あ、嘘っ、嘘ですから師匠! 暴力はんたーい!」
「ええい、これは暴力ではない。愛ゆえの………………、暴ッ! 力ッ!」
「やっぱり暴力じゃない、あほタイガー! ――あ、これも嘘、嘘ですってば師しょー!」
「タイガーって言うなぁぁぁぁぁッ!」
「いーたーいーっ!」

 ……じゃれ合う、よりも数歩踏み込んだというか踏み外している感のある二人のやり取りを見ながら、止めるべきかを考える。
 何だかんだで仲がよさそうだし。言っていることが理解し切れない自分が首を突っ込んでも、とも思うし。……そもそも、関わらないのが自身の為な気がするし。
 そんなこんなで。
 放置すること三分あまり、ようやく二人の……というか、一頭の肉食獣が猛る牙を引っ込めたのを見計らって話を戻す。
 リビングにいる者の中で全員が覚えているか定かではない、二人の着替えについて、だ。

「さて。ずっと家にいるのならまだしも、外に出ることを考えればやはり、他に服があった方がいいでしょう。道着とブルマで街を闊歩するのはどうかと思います」

 夏でもマックロクロスケな自分が言うと、微妙な説得力だと思わないでもない。
 しかし当事者二人は納得してくれたようだった。

「――――じゃあキョウヤ。エスコート、お願いね」





 俺、イリヤ、藤村先生。三人で、冬ももうすぐ去ろうとしている街を歩く。
 ちなみに二人の呼び方は、それぞれの要望を受けてのものだ。
 イリヤについてはまあ、単純に俺達が言い易いようにと。藤村さんの方は、世が世なら英語教諭だったりもする、という本人の弁からである。
 少し丈が長い袖から指先を少しだけはみ出して、スカートを翻しながら軽いステップを踏むイリヤは、雲一つない冬の晴れ空を嬉しそうに見上げている。

「雪は好きだけど、やっぱりショッピングはこういう日よね」
「雪は好きだけど、この季節でこそかき氷のシロップが売り出されないんだからおかしいわよね」

 ひとまず今は、イリヤはレンの、藤村先生はかーさんの服を着ている。店で買った物をそのまま着て帰るとして、それまでブルマや剣道着で買い物をするわけにはいかないからだ。
 そして普通の洋服を着ていても、銀の少女の姿は目に眩しく。普通の服に落ち着いても、虎は虎だった。
 ちなみに俺は、いつも通りの黒尽くめ、である。

「レンのセンスも悪くはないけど、わたしはもう少しエレガントな服がいいわ」
「エレガント……か。でも、あまり贅沢は言わないでくれよ。一般家庭の月の予算から捻出された、貴重な特別支出なんだからな」

 身に着けている衣装を見ながら言うイリヤに、一応は釘を刺しておく。

「わかってるわよ。施しを受ける身でなお、わがままを言うほど恥知らずじゃないわ」

 まだまだ色気を意識していないレンの持ち服だが、そのレンより年下に見えるイリヤにも当然のことながら似合っている。が、確かに本人が言うような服も似合うのだろうと思わせる気品が、幼い容姿の銀の少女には感じられた。体操服なんてアレな身なりだったが、実はお嬢様であるらしいので当然といえば当然か。
 きっとこの少女なら、大人びた煌びやかな西洋のドレスでも、立派に着こなして魅せてくれるのだろう。
 しかし我が家がいくら人気の洋菓子店とはいっても、突然高価な衣装を何着も買えるような余裕はない。まあ実際の家計は知らないのだが、常識的に考えて恐らく。
 ほんの少しばかり…………残念な気が、した。

「……ねえ恭也くん。虎はその予算に含まれるのかしら?」
「言ってる意味がわかりませんが、今日は大人しく服を買ってください」
「わたしは服よりまず下着かな。あまり貸し借りする物じゃないし、レンのって子供っぽいんだもの。ね、キョウヤもそう思うでしょ?」
「俺に振る意味がわからないが、そんなことを往来で訊かないでほしい」

 下着も服も、デパートに行けば一通りは揃うだろう。
 美由希やレン達女性陣がここにいたならば、二人の趣味に合った店を案内出来たかもしれない。しかし生憎と、皆それぞれの用事があるとのことで案内は俺一人。
 俺のような男にはこういう時、大型百貨店というのはありがたい存在である。
 確か大きな書店も入っていたはずだから、建物に着いたら二人にそれぞれ資金を渡して、俺は立ち読みでも――。
 そんな計画を頭に描いていたところで、イリヤが俺の腕にしがみついてきた。

「ベビードールがいいかしら。そうなるとわたしとしてはシルクが好みなんだけど、透け系も捨て難いかな。……ま、その辺は試着して、キョウヤに選んでもらおうっと」
「なっ!? 何で俺がそんな――」
「あはは、顔が真っ赤! おっもしろーいっ、シロウみたーいっ」
「……そうやってからかうのは悪趣味だぞ」
「あら、からかっただけじゃないわよ? だって――――選んでもらうのは、本当なんだから」

 俺の腕を解放して、イリヤが駆け出す。
 背中を見せる前にちらっと見えた表情は、小悪魔と称するに相応しい――そんな、笑み。

「――――…っ!? ちょっ……、それは待った!」

 声を微塵も抑えなかった彼女のお陰で、俺達の会話は筒抜けだったらしく。
 衆人環視の的となっていた俺は一瞬の硬直からすぐに脱し、好奇の視線を肌で感じながら、それから逃げるようにイリヤの後を追った。





 〜次回、『一度ならず二度までも』に――――レッツ、ティーゲル!〜















「…――――――って。二人ともー、おねえちゃんはココですよー。……なになに、コレってイリヤちゃんルートなわけ?」











あとがき

 あ、さて。
 またやりました。でもお買い物シーンは書きません。その辺は皆さんの心の中に・・・(最悪SS書き
 今回は虎成分が不足気味ですが、普通に話として破綻しないように書いたらこうなっちゃいました。ギャグSSってこの道場まで書いたことなかったので。
 続きを読もうと思っていて、読んでみたら「思ってたのと違うよ! 勢いが足んないよ!」って感じでも許してください。
 参話(あるとすれば)は、ちょっとだけハジける予定。多分ハジけると思う。ハジけるんじゃないかな。
 ま、ちょっと覚悟はしておけ(関白宣言風

 以上、UMAでした。




第二弾〜。
美姫 「まさかの続編ね」
嬉しい限りです。
そして、今回は二人は遂に道場から外へと。
美姫 「まさにタイガー道場出張版ね」
今回は大河が少し大人し目だったけれど。
美姫 「次回もあるのかしら」
それでは、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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