『華の園に咲く物語り』




 フィクションとノンフィクション。
 フィクションってのは、言ってしまえば嘘。ノンフィクションは、まあ、本当のこと。
 でもフィクションって言っても、本当みたいなものもあって。ノンフィクションでも嘘くさい、なんてざらだったりする。
 渦巻く陰謀、勧善懲悪、白刃煌めく世直しに、縦横無尽の忍術活劇――。本で読むなら、そんなフィクションが面白い。
 じゃあ現実なら、って?
 そりゃ、ノンフィクションに決まってる。そもそも現実は現実である以上、フィクションじゃないし。
 ――だけど。
 事実は小説より奇なり。……とは少し違うけれど、まさかの現実ってのは確かにあって。
 フィクションではなく、ノンフィクション。
 なのにリアルではなく、アンリアル。
 目の前に現れたその人は、間違いなく、現実に生きるノンフィクションな存在なのに。何ともリアリティのないノンフィクションだった。出来事自体は、ままあることかもしれないけれど、それでも。
 だってその人は、何ていうか、そう――。










〜    〜










「侍?」

 少し呆けた表情の令の言葉に、由乃は真剣な面持ちで頷き返した。
 既に夕食も済んだ由乃は、同じ敷地内に建つ支倉家にやって来ていた。もちろんお目当ては令の部屋。由乃にとっては自室に劣らずくつろげる場所である。
 そんな第二の自室でベッドに寝転がりながら由乃が文庫本を読んでいると、黙々と課題を進めていた令が、思い出したように話を振ってきた。話題は、今日リリアンに現れた有名芸能人……ではなく、その付き人の男性のこと。薔薇の館で簡単な経緯は聞いてはいたものの、その青年――高町恭也と由乃が顔見知りだったことが、令にはどうにも気になるらしい。
 そんな令に、心配性なんだから、と内心舌を出しつつ、由乃は学園で話した以上に細かな経緯を話して聞かせた。
 その話の中に出てきたのが、令が首が拾った先の単語である。

「お侍ねぇ……」

 椅子の背もたれに体を預けながら、天井を仰ぐ令。やがて、思い出した青年にそのイメージがはまったのか、上を向いた顔に納得の表情が浮かんだ。

「うん、確かに。そんな感じ、するわ」
「でしょ? 闇に生きる孤高の忍び、って線も捨て難いけど」
「どちらにしろ古風」
「そりゃもう」

 お互いに顔を合わせて、納得顔で頷きあう。侍だの忍者だのと非現実的なものを当てはめながら、二人共に笑いがこぼれないのは、そのイメージがはまりすぎているから。そしてそれが、サマになっているのだから仕方がない。

「成程、由乃の機嫌がよくなるわけだ。本物に会うことなんて、そうそう無いものね」

 令が由乃の手を見て笑いながら言った。正確には、その手に持った一冊の文庫本を見て。
 視線を追って、由乃も自身の持つ本を見る。
 つい先日購入したばかりの剣客もの。適当に手に取ってみた買い物であり、狙っていた作品ではないにしても、そこそこには面白い。しかしいまだ序盤も序盤、とほとんど読み進んでいないのが現状だ。
 そっとブックカバーを外し、その表紙にある題字を読み上げ、小さく声を漏らす。令に応える形の言葉ではあるものの、しかし、どこかぼんやりとした口調で。まるで、自分にだけ聞かせるような呟きで。

「まあ……、うん。そうなのよね。そういうことなのよ」
「?」

 実は由乃はこの小説を購入する際、もう一冊、別の小説本も購入していた。
 それは、令へのお土産のつもりで買ったもので、今のところ、ほぼ手付かずのままで部屋に置いてある。本屋で掛けてもらったブックカバーで表紙は隠されたまま、本棚の中に他の本に埋もれるように。ジャンルは、時代劇でも推理劇でもハードボイルドな物語でもない、由乃には縁の無いものだ。
 由乃も何となく少しだけ目を通してはみたものの、やはりむず痒くなってギブアップした。
 やはり自分には、少女趣味な恋愛小説は相性がよろしくないらしい。
 それが、由乃の出した結論である。あるのだが――。

「ねえ、令ちゃん」

 令の本棚を見る。そこには由乃が日頃読む、時代劇でも推理劇でもハードボイルドな物語でもない、由乃には縁の無い小説達が並んでいる。
 ミスターリリアンなどと賞され、剣道では段持ちの実力者。竹刀を振るう勇ましい姿は、現代に生きる武士か騎士か――、といった風なイメージで学園内にその名を馳せる彼女、支倉令。しかし、多くの生徒が知らない令の別の一面が、本棚に多く揃った小説に表れているのだ。一見してタイトルが見えないそれらは、由乃の趣味とは逆位置なんじゃないかという、乙女チックな少女小説なのである。
 それを当然知っている由乃は、令に訊ねた。

「令ちゃんの持ってる本で、こんなのある?」
「どんなの?」
「江戸時代を舞台にした、町娘とさすらいの武士の恋愛もの。もちろん、人情有りのチャンバラ付きで」
「姫君とお付きの侍、ってのならあったと思うけど。あまり面白くはないわね」
「うーん、それは……」

 姫君ときたら、小笠原のご令嬢の適役ではないか。……そういえば、薔薇の館に戻ってきた二人は、どういうわけか距離が近付いていたっけ。非礼を詫びに行っただけのわりに、それだけじゃなかったんじゃなかろうか。いやいや、あの祥子さまが、会ったばかりの男性に心を開くなんて考えにくいけど。実際、保つ距離は広く、言葉を交わすのもぎこちなかった。だけど、なんだか――。

「それにしても珍しいね。由乃が恋愛小説を読みたいなんて」
「えっ? ――違う違う! 読みたいわけじゃなくて。そんなのもあるのかなー、って思っただけ」
「ふうん……?」

 よくわからない、もやっとした何かを振り払うように、令の言葉に慌てて頭と手を振る。
 そんな由乃に首を傾げながらも、令は椅子から立ち上がり、本棚の中から一冊の本を取った。そしてそれを由乃の前に差し出す。先程の言い方からして、例の姫君の作品ではないだろう。しかし迷わず手に取ったそれが、とりあえず、少女小説であるのは間違いあるまい。

「オススメ」
「あ、うん」

 つい受け取ってしまった。が、オススメと言われても、そういうのが趣味じゃない由乃としては正直困るのだけれど。
 しかしまあ、折角の厚意を無下にするのも女が廃るというものだ。

「面白さがわかるかどうかは別として、暇があったら一応は読んでみるわ」
「先週出たばかりなんだけどね。由乃でも楽しく読めるんじゃないかと思ってたんだ」
「へえ。私でも、ねぇ……」
「直感でね。これは由乃にも読ませてみようかな、って」
「ふうん。私をよく知るお姉さまが言うなら、ほーんの少しくらいは期待してもいいかしら」

 それでも思わず憎まれ口が突いて出てしまうのは、まあご愛嬌。
 令も全く気にする様子はなく、本棚にある他の本を何やら物色し始めた。どことなく嬉しそうな後ろ姿に苦笑いを浮かべつつ、由乃はそれを止める。

「いいわよ、もう。これ一冊でお腹いっぱいだってば」
「そう? そうね。まとめて渡すこともないか。まずはそれを読んでもらえれば御の字だし」
「そうよ。……ったく、何で張り切っちゃうかなぁ」

 納得顔で手に取りかけていた本を元に戻す令が、それでも少し残念そうに見えたのは、由乃の気のせいではないだろう。「愛読書は池波正太郎」という由乃の趣味を認めてはいるものの、やはり女の子らしさを持つことは大歓迎なのだ。
 だけれど由乃としては本当に、その手のジャンルに興味が出てきたわけではない。手の中にあるオススメの一冊も、「女が廃るから」という理由付けで大人しく受取ったのだ。「姉の顔を立てて」というカードも残ってはいるが、令をそうそう甘やかすつもりも由乃にはない。
 こうなればここはさっさと退散すべし、と思いながら、渡された本のタイトルに目を通す。
 そして――。

「おいおい……」

 思わず出る声。令の耳には届かない、完全な独り言。
 些細な偶然に驚きを覚えながら、大袈裟な声を上げなかった自身を内心で褒めつつ、由乃はさらにもう一声を吐き出す。
 前向きに言うなら「運命と思って」。
 斜めに見てならば「覚悟を決めて」。
 そんな二つの枕詞を、どちらとも決めずに頭に浮かべながら。

「こうなりゃ読んでやろうじゃないの」

 今、手の中にある本。そして今、家の本棚にいる本。
 ――同じ名前のそれに対する、宣戦布告のように。











あとがき

 ごきげんよう。

 これは、第四回と第五回の間に入る、幕間のような話です。短めなのもそのせいです。
 『第五回』とならないのは、本シリーズは、あくまで祥子さまがヒロインだから。メインの流れではないので、本流とは切り離してみました。でももしかしたら、この幕間が本流になって、ヒロインが由乃になったりするかもしれません(?

 以上、UMAでした。




幕間〜。
美姫 「由乃ちゃんがメインのお話ね」
みたいだね〜。
時間軸的には第四回の後みたいだけど。
美姫 「由乃と令のやり取りがらしいわね」
うんうん。全くもって上手です。
美姫 「次のお話がどうなるのか楽しみね」
次回も待ってます。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る


inserted by FC2 system