『華の園に咲く物語り』
恭也がリリアン女学園にやって来た目的。それは、椎名ゆうひの付き人である。
そして、ゆうひの目的は音楽の特別講師であり、彼女は今まさにその目的を遂行中だった。
と、なると。
「ふう」
付き人は、あくまで付き人。ゆうひの仕事中には恭也の出番はない。舞台裏で控えていてもいいが、付き人に過ぎない自分が教室に入るの憚られるし、そもそもリリアン女学園という場所柄的なこともある。だから室内には入らず廊下で、音楽室の扉に背を預けながら立ち尽くすのが、恭也の決めた授業時間の過ごし方だ。
護衛というような大仰なものではないので、別の場所――職員室や守衛の待機所にいてもいいのだろう。授業中であれば生徒の姿はないのだから、図書館で時間を潰すのもいいかもしれない。が、部外者がチョロチョロと構内を動き回るのも、よろしいこととは思えない。それに、なかなかに退屈ではあるものの、微かに聴こえる歌声を楽しむことが、音楽室の傍らであれば出来る。だから恭也は、授業が終わる五分前までは音楽室のすぐ外にいるようにした。
ちなみに残り五分で立ち去るのは、廊下が女生徒達で溢れかえる前に退散する為。筋金入りのお嬢様学校というだけあって、外部からの若い男性である恭也の存在は何をするにも目立ってしまうらしいからだ。二日目、休み時間に廊下を歩いていたところを数人の女生徒に囲まれて質問攻めにあったことから、騒がれることを好まない恭也としては、出来るだけ人目に触れないように心掛けることにしたのである。
だがしかし。
それでもやはり暇は暇。
「……よし」
言葉は悪いが、多くの生徒達に見向きをされていないようである場所なら問題はないだろう――。などと考え、そこで頭に浮かんだ怒り顔に心の中で謝ってから、恭也は音楽室の扉から背を離した。
〜 第五回 〜
「転入生?」
「令ちゃんに聞いたんだ」
薔薇の館に向かいながら祐巳は、途中で合流した由乃の言葉を聞き返した。ちなみに放課後ということで廊下ですれ違う人も少ないので、由乃の口調は少し砕け気味である。
「令ちゃんのクラスに編入されるらしいの。登校してくるのは明日からですって」
「ふうん。二年生なんだ?」
「ええ。となると、すぐに三年生になって自主登校になるでしょ? 何だか損よね、損」
肩を竦めて溜息混じりに言う由乃の表情には、言葉の通りに同情の色が見て取れる。損得は少し違うんじゃないだろうかとは思いながら、祐巳もその言葉に顔を俯けた。
幼稚舎からの生粋のリリアンっ子である祐巳でも、リリアンという学校の特殊性は理解しているつもりだ。それまで外部で過ごしてきた者が、中学や高校受験でリリアンに入って戸惑う姿も実際に見ている。高校生の転校といえば親の都合か何かが起因しているのだろうから、実際にそうであればそれだけで可哀想であるし、その転入先がリリアンであることも、リリアン生自身が言うのもどうかと思うが大変なことだろう。それがそのうえ進路を考えていかなければいけない時期がすぐに来るとなれば、学園に慣れて思い出を作っていくなんて、要領の悪い自分では出来ないかもしれないことだ。
そんなことを祐巳が考えていると、先程とは別種の溜息を吐きながら、由乃が祐巳の肩を軽く叩いた。
「ちょっと。祐巳さんがそんなに暗い顔しないでよ」
「それはそうなんだけど……」
「自分で選んだ転入先かもしれないし。たとえ短期間でも、気に入るものは気に入るし。もしも肌に合わなければ自主登校なんて、ちょうどおあつらえ向きじゃないの」
「そう簡単に割り切れるものかなぁ」
とはいえ、自分が悩んでどうなるものでもない。自分ではそう割り切ったところで祐巳は、見知らぬ誰かへ向けていた意識を、前方に見えた後姿へと移した。
そうそう見間違えることはないであろう、揺れる艶やかすぎる長い黒髪。シャンとした背筋で歩く姿が纏う、動いているのに絵画のような存在感。祐巳にとっての最愛のお姉さまである小笠原祥子、その人だ。
隣を歩く由乃には悪いと思いつつ、祐巳は祥子の背中へと駆け寄った。
「祐巳」
背後の気配に気付いた祥子が振り返る。しかし、向けられた御尊顔には熱の上がるような笑みはなく、祐巳の行為を咎めるようにしかめられていた。
「はしたないわよ。パタパタと足音を立てて」
「ごめんなさい……。お姉さまの姿が見えたから、思わず」
「そういう言い訳はしないの。それじゃまるで、私のせいみたいじゃない」
祐巳のタイを整えながら苦笑する祥子。そんな二人の横を、後から来た由乃が通り越していく。
ちらっと見た唇が、「ごゆっくり」なんて風に動いた気がした。すると向かい合う微笑みがさらに何倍にも輝き出したみたいで、祐巳は赤い顔を隠すように俯いた。
「……由乃ちゃんに置いて行かれてしまったじゃないの。私達も行くわよ」
声と共に白い指が祐巳の胸元を離れる。
祐巳が顔を上げると祥子はクルッと踵を返して、言葉の通りに祐巳の手を引き歩き始めた。重なった手が、外気に奪われていた温もりを取り戻す。
背中を向ける間際に見えた顔までが赤く見えたのは、果たして気のせいだろうか。――そんなことを考えながら、しかし確認することは出来ないまま、少し足早な祥子に祐巳は歩調を合わせた。
普通に歩いて詰めるには距離が開いてしまったので、先頭を行く由乃に無理には追いつかないまま。祐巳達二人は特に言葉も交わさず、しかし繋いだ手のひらで心を通わせながら歩を進める。
そしてやがて三人は、薔薇の館に辿り着いた。
少しばかり先行していた由乃が入口の扉を開け、それが閉まることなくそのまま二人が続いて館内に入る。
暖房が働いているわけではないけれど、外よりはいくらか暖かい。祐巳が思わずほっと息を漏らすとそこで、祥子の手が祐巳の手から離れた。
「そういえば、志摩子は一緒ではなかったのね」
「掃除の分担が違うので」
「それはわかっているわ。でも由乃ちゃんとは一緒だったのだから、それなら志摩子が一緒でも不思議ではないじゃない」
その理屈が少し不思議です、お姉さま――。なんてことは当然言えるはずもなく、「残念ながら」と曖昧に返して、祐巳は今度は再び由乃と並び階段に足を掛けた。
と、その時。
「住人がいないのに上がっているのもどうかと思っていたけれど、ほとんど待つことがなくて助かったわ」
閉まるはずだった扉が再び大きく開かれる音がして、続けてそんな声が三人の背中に掛けられた。
振り向くとそこにいたのは、山百合会の関係者ではなく、むしろ天敵ともいえる人物。
「ごきげんよう、皆さん。実はすぐそこでお待ちしておりましたの」
「……三奈子さん」
新聞部の敏腕……というよりも豪腕部長、築山三奈子女史である。
「ごきげんよう。今日は一体どんなご用かしら。わざわざ待ち伏せたりして、随分な力の入れようではなくて?」
「そりゃもう。私を突き動かしているのは、大スクープの予感ですから。寒空の下で待つことにも耐えられるほどのね」
「予感が空振りで、お寒い風にまで吹かれなければよいけれど」
自分が関わるより以前のことはともかく、祐巳が知るだけでも山百合会が新聞部に頭を悩まされたことは多い。今度はまたどんな厄介事の種を蒔きに来たのかと、祥子の態度にも警戒の色が濃いのがわかる。はっきり言って、ゴシップ嫌いの祥子にとって三奈子はあまり好ましい人物ではないのだろう。
二年生二人の間の空気が一瞬で緊迫したのを感じ取り、揃って階段を一段踏んだまま硬直しかけていた一年生二人は、それでも気力を振り絞って声を上げた。
「立ち話もなんですから、まずは二階に行きませんか?」
「三奈子さまは体がお冷えになっているようですし、温かいお茶でもお淹れします」
素っ気なく「そうね」と答える祥子と、わざとらしく体をさすりながら礼を言う三奈子が、互いの目線を外して祐巳達の後につく。どうにか大きな衝突は避けられたようだ。
ギシギシと音を立てる階段を四人で上り、ビスケット扉を開けるとすぐに、一年生はお茶の用意に取りかかった。
もう一人の一年生である志摩子は、どうやらまだ来ていないらしい。
(志摩子さーん、お願いだから早く来て……)
ちなみに令は剣道部、薔薇さま三人はそもそも登校したのかさえ祐巳は知らない。だからせめて志摩子だけでも早く来てくれないものかと、祐巳も由乃もマリア様に祈りながら手を動かす。祐巳達とおなじ一年生とはいえ、祥子と同じ薔薇のつぼみであり次期薔薇さまである志摩子がいれば、とりあえず祥子と三奈子の開戦は回避してくれると思えるからだ。それに立場的なものを抜きにしても、あのほんわかした雰囲気があればそれだけでも十分に抑止力になってくれるだろう。
などと二人で無言の内に同意し合っていると、テーブルの方から「ねえ、ちょっとー」と呼ぶ声がした。
シュワシュワと中身の沸き立ち始めたケトルの前に陣取っていた由乃が、祐巳に告げる。
「呼んでるわよ、祐巳さん」
「今の声、三奈子さまでしょう? 特に私というわけじゃ……」
「向こうにいるのは祥子さまなんだから、妹の祐巳さんが行くのが筋ってもんよ。私は火の番をしなきゃいけないから、ここを離れられないし」
一触即発な情勢の中に一人で飛び込めというのか、――などと祐巳が由乃に恨みがましい視線を送っていると、今度は祥子の声でお呼びが掛かった。幸いにしてまだ刺々しい声色ではないが、こうなれば紅薔薇のつぼみの妹として覚悟を決めるしかない。自分に緩衝材としての能力がいくらもあるとは思えないけれど、ここでまごついていれば一段階状況が悪化することだけは確実なのだから。
お茶を持って行きにくい空気は勘弁してね、なんて勝手なことを言う由乃に、期待しないでと手を振り返して祥子達の元へ行く。
二人は、向い合せに座っていた。
「お呼びでしょうか」
「ええ。あなたも三奈子さんの与太話につきあってちょうだい」
与太話。
……思った以上に二人の状況は、既によろしくないらしい。痛烈な物言いに、三奈子も眉をヒクつかせている。
一体どんな話をしていたのかと思ったところで、気を取り直した三奈子が、椅子に座りつつもオーバーアクション気味な身振りを交えて祐巳に告げた。
「黒騎士、貴族の娘と秘密の逢瀬! ――絵にしても活字にしても、素敵だと思わない?」
「はぁ……?」
――黒騎士? 貴族の娘? 黒騎士といえば古い漫画にそんな登場人物がいたけれど、貴族の娘とのロマンスなんて話はなかったような……。いや、そういえば最終的に結婚する相手は一応は貴族の隠し子の少女だったけれど、……それでもやっぱり違うと思う。
いきなりの浮世離れした発言に祐巳が返答に困ると、祥子の口からその言葉の説明がなされる。
「黒騎士、というのは高町さんのことよ」
吐き捨てるような声。姉のそんな声に少し怯みつつも、祐巳は、それならばと考えを巡らせる。
『黒騎士』の部分を『高町さん』に置き換えると、先程の言葉は『高町さんと貴族の娘、秘密の逢瀬!』……。
「えええっ! た、高町さんが!?」
「そうやって大袈裟に反応するの、おやめなさい」
「ご、ごめんなさい……」
しかし。そうは言っても、平然と聞くのは難しいだろう。何せ、祐巳もよく知るあの青年のスキャンダルなんて、予想だにしていなかったのだから。
美形ながらも愛想がいいとは言えず、女性に対して不器用で、さらに鋭い洞察力を持ちながらも変に鈍感なところのある青年、高町恭也。リリアンに特別講師として招かれた歌うたいの付き人として現れた彼の存在は、短い期間で既に多くの生徒に浸透している。近寄り難い雰囲気があるので大きな盛り上がりこそないが、その容姿と、清廉な人柄を知る生徒たちの間では、割と評判がいい。
それでも。
やはり『貴族の娘と秘密の逢瀬』というロマンスは想像するに難しく、そんな話があるなら興味を引かれるのも当然だ。貴族の娘というのがお嬢様学校であるリリアンの生徒のことであったりするとしたら、なおのこと。
「高町さんがどうかなさったんですかっ?」
トレイに載せた紅茶を零さないように注意はしながらも、少し慌てた調子で由乃も話に釣られてやって来た。
「授業時間中に、うちの生徒と高町さんが密会していたんですって」
「なっ、……み、密会!? あの高町さんが!?」
やはり由乃の反応も、祐巳に負けず劣らず。より具体的な言い方なので、さらに大きいくらいだ。
由乃はカップを各人の前に配るのも忘れ、トレイをそのままテーブルに置くと三奈子に詰め寄った。
「どういうことですか、三奈子さまっ」
「事情があって遅れて登校してきた一年生が裏門から校舎に向かう途中、古い温室で高町さんと生徒が談笑しているのを見たというのよ」
「誰なんですか、その女は!?」
「あ、えっと、……その一年生の名前?」
「違います! 高町さんの相手のことです!」
鬼気迫る表情の由乃に、三奈子が椅子ごと後退る。確かに今の由乃に詰め寄られたら、祐巳でも逃げ出したくなるだろう。
しかしそこはさすがに上級生。しかも、あの築山三奈子嬢。トレイの上からカップを一つ取り、中身を一啜りして、平静を取り戻した。
そして、相手の生徒の名前は掴めていないこと。情報提供者の名前は明かせないこと。そして、真っ向勝負で恭也自身に直撃取材に来たことを告げた。そのやり方に、「高町さん相手に正面切ってとは、敵ながら天晴れ」なんて悔しげな小声が、由乃の口から漏れる。
それが聞こえたのかどうかは定かではないけれど、三奈子は妙に得意げに微笑を浮かべた。
「一人しかいないのを二人いると見間違える人はまずいない。目撃者は嘘をつくような人柄ではないし、これは当たりだわ」
「その時間に授業に出ていなかった生徒は調べたのでしょうか?」
「それだと先生方の間で、変に話が広がってしまうかもしれないじゃない? 密会相手の為にもそれは避けたいのよ」
「お優しいこと。授業をさぼるような人なら、庇う必要はないでしょうに」
言葉自体はキツいものの、祥子の声には聞く者が震え上がるような響きはない。
そういえば、潔癖症な祥子であれば、恭也も相手の生徒も容赦なく切って捨てるはず。なのにどうしたことか、築山三奈子という存在そのものが少々影響していそうではあるものの、話の内容に腹を立てている様子はない。
不思議に思いながら祐巳が祥子を見ると、その視線を感じ取った祥子が祐巳に訊ねた。
「今日は高町さんはいらっしゃるかしら?」
「ええと……はい、多分。午後にゆうひさんの授業がある日は、いつも一緒にいらっしゃいますので」
「では待ちましょう。あまり失礼な憶測を立てるものではないわ」
カップを口に運ぶ姿は、いつもの優雅な紅薔薇のつぼみだ。
そしてさらに告げる言葉に、祥子以外の三人は言葉を失った。
「まあ、その一年生が嘘をついているとは言わない。けれど私は、高町さんを信じています」
あまりにもきっぱりとした、微塵の迷いもない声。
「リリアンの生徒と恋に落ちるか、密会をするかはともかく。それが授業中というのが引っ掛かるのよ。あの堅物な人が、授業をさぼらせて自分との時間を作るような真似はしないのではないかしら。温室で授業をさぼっていた生徒に遭遇したのが本当だとして、きっと教室に戻るように諭したはずだわ」
言われてみれば、と祐巳は頷いた。あの青年が不正を働いた女子と楽しく逢引きをするようには、祐巳にも思えない。祥子の言う通り、授業を抜け出した生徒を見れば真面目に言い聞かせて教室に返すタイプではなかろうか。
そんな姉の言葉に感心する祐巳の耳に、由乃の呟きが聞こえた。
恐らくは祥子の耳には届かないように、祐巳にだけ伝えようという意識からであろう小さく絞られた声は、しかし祥子の言葉に対する反論であった。
「高町さん。学生時代の授業態度は、結構ルーズだったらしいのよね……」
こちらもこれまた言われてみれば。それに祐巳の記憶が確かなら、三奈子の話の中にも『談笑』という単語が出てきたはずである。
そうとは知らず祥子は、エレガント・モードでダージリンの香りを愉しんでいた。
多目的ホールとして使われるらしい一階は、誰もいないながらも風に吹かれることもないので、外よりは断然暖かい。
「じゃあ、少し聞いて来るから。ここで待っていてくれ」
恭也が言うと、恭也とほぼ同じ背丈の少女は、肩より少し長い程度の栗色の髪を揺らして頷いた。
整った顔立ちには、恭也でさえも目をみはるような落ち着きが備わっている。何というか、薔薇さまと呼ばれるリリアンの生徒会長三人にも勝る大人びた雰囲気が、その少女にはあった。しかし、見かけによらない茶目っ気があることも、恭也は既に知っている。
「三秒待っても戻って来なければ、私も行っていいかしら?」
「……短過ぎる。呼びに来るから大人しく待つように」
「あら、残念」
からかうように……というよりも、あからさまにからかって笑う少女を置いて、恭也は二階へと上がっていく。
古い木造の階段が軋む音は、いざとなれば最小限に消すことも可能ではあるが、これはこれで味のあるいい音だと恭也は思っている。それに、音を消して二階に上がり突然扉を開いて、中に一人でいた祐巳を驚かせてしまった経験もあったりするので、わざわざ音を消すようなことはしないことにしたのだった。
しかし驚かせた件については、ノックをすればよかっただけなんだよな――、と思いつつ、軽く二階の扉を叩く。すると開かれた扉の向こうから恭也を迎えたのは祐巳だった。足音もノックもあったので、今日は驚かせずにすんだようだ。
「あ、高町さん――」
「こんにちは。薔薇の館を見学したいという生徒を連れて来たんですが、こちらに通してもよいでしょうか?」
「え? お客さんですか?」
戸惑いを見せながらも、「ちょっと待ってください」と言って、祐巳は部屋の中へと戻って行った。
扉が開け放たれたままなので部屋の中が見えるが、中にいるのは四人。その内の一人は、どうやら先客のようだ。山百合会の関係者は、祐巳と由乃、そして祥子の三人だけのようだった。
こちらに気付いて椅子から腰を上げようとしながらも、祥子に引き止められている生徒のことは恭也も知っている。ゆうひと共にリリアンに来て以来、何度となく取材を申し込んでくる新聞部部長、築山三奈子だ。ちなみに、ゆうひの付き人でしかない自分が取材を受けてもと思うので、『リリアンかわら版』と称される校内新聞に恭也は未登場のままである。
何故か自分を並々ならぬ眼差しで見つめている由乃に、恭也が内心で首を傾げていると、祥子と少し言葉を交わして祐巳が戻って来た。
「その……、少し高町さんにお話があるので、その後でもよろしいでしょうか?」
「話?」
祐巳の様子から、何となくいい話ではない予感を恭也は感じた。しかし、話があると言われれば断るわけにもいかないだろう。何しろ、既に生徒会役員であると言える祥子の要請でもあるようなのだから。
階下の待ち人に改めて待たせることを伝えるべきかを考えたが、自分が呼ぶまで待つように言ってあるのだからいいだろうと、恭也は祐巳に道を譲られて部屋の中へと入った。そしてテーブルの傍らに立つと、まず口を開いたのは祥子だった。
「ごきげんよう。お客さんがいらっしゃるのですか?」
「ええ。薔薇の館を見学したい、と」
「見学」
その理由が意外だったのか、祥子の目が丸くなる。しかしすぐに表情を整えて、凛とした瞳で恭也を映した。
部屋の空気に緊張が走る。どういうわけなのか、祥子を含めた全員の表情が硬い。
「それではその方を待たせないよう、単刀直入に伺います。本来ならば授業中であるはずの時間、校舎外で一人の生徒と高町さんが密会をしていた……、と証言する生徒がいるのですが、事の真相について高町さんの口からお聞かせいただけますか?」
今度は、恭也が目を丸くする番だった。
「別に不適切な関係を疑うものではありません。ただ事実を、ありのままに話していただきたいのです」
四人の強い視線に晒されながら、恭也は考える。
(密会とはまた何とも、自分とは縁遠い単語だな。話し振りからするとまるで芸能人のゴシップのような感さえあるが、新聞部の部長がここにいるのはそういうことでか。しかし突然そんなことを訊かれても、こっちには身に覚えが……)
――いや待てよ、と。
思考を巡らせてすぐに、恭也は身に覚えがあることを思い出した。
「それはもしかして――」
「私と睦言を交わしていた時のこと、かしら?」
四人の視線が、恭也から外された。
恭也の視線も、祥子から外された。
そして五つの視線の向かう先には、
「こんにちは。……ではなくて、ごきげんよう?」
開いたビスケット扉にもたれ、艶っぽい微笑を浮かべている一人の少女がいた。
あとがき
ごきげんよう。
恐ろしく間が開きました。ちょっと他の長編とか書いてたのでした(ぇ
続きを読んでやろうと思ってくださっていた方々、誠に申し訳ございませんでした。
で、SSのことですが、やっぱり何だか話の展開がスローです。
個人的に三奈子さまが大人しい気もしますが、そこはまあいいや、ってことで(失礼
原作のレイニー以降の祐巳さまの成長ぶりが凄いので、一年生時の祐巳を書くのがちょっと大変だったりします。てゆーか、瞳子ちゃんとか乃梨子ちゃんとか書きたい。
ちなみに祐巳が浮かべた黒騎士は新聞記者な「黒い騎士」で、貴族の娘は「春風」です(わかる人しかわからない無駄情報
次からは早めに更新したい、と思っています。萌えとか無視で地味上等ですけど、何かあったら読んでみてください。
以上、どうにもこうにもとらハ単品のSSが書けないUMAでした。
おおう! 最後の少女は一体誰!?
美姫 「とっても気になる所で次回へと」
うーん、一体誰なんだろう。
次回を首を長くして待っています。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。