『華の園に咲く物語り』




「ええと……」

 薔薇の館にやって来た江利子は、軋む階段を上って二階のサロンの扉を開け、挨拶をしながら室内に足を踏み入れてすぐにそれを感じ取った。
 何というか、室内の空気が些か強張っている――。
 テーブルに着いている人の数は六人。見慣れた顔が三つと、最近は少し馴染みとなってきている顔が一つ。そしてこの場では珍しい顔一つに、まったく見知らぬ顔が一つ。
 この空気の原因として、珍しい顔――新聞部部長の三奈子をまず真っ先に考えた江利子は、しかしその疑念を振り払う。この空気の一端を担っている由乃の威嚇めいた視線の先に、三奈子ではなく見知らぬ生徒の姿があるからだ。そしてその、恐らくは上級生であろう人物は由乃の視線に気付いている様子ながらも涼しい顔で、隣席の恭也と親密げに言葉を交わしている。
 それだけでも十分に場に緊張を持たせているわけだけれど、さらにそんな様子を見ている祥子からも、微妙な不機嫌さが滲み出ているのは気のせいではないと思われた。

「すぐにお茶、ご用意します。皆さんの分もお代わりお持ちしますね」

 祐巳がそう言って立ち上がった。
 とりあえず身近な空いている椅子にコートを掛け、江利子はカップを持つ祐巳の後に続く。

「私も手伝うわ、祐巳ちゃん」
「え? いえ、黄薔薇さまにそんな……」
「いいの。気にしない気にしない」

 江利子は確かに見た。
 席を立つとき、祐巳の顔に浮かんだのは「助かった」という表情。置かれた状況から一時的にでも離脱出来ることを喜んだのだ。恐らく彼女は当事者ではなく、巻き込まれている被害者なのだろう。
 その祐巳が場を離れるとあれば、後から来た江利子にとっては渡りに舟。
 戸惑う背中を押してテーブルから離れ、宣言通りに一緒に紅茶の用意に手をつけながら、江利子は祐巳に事の説明を要求した。ちなみにお礼というわけではないけれど、きちんと話そうとするあまりに手の動きが鈍くなった祐巳の代わりに、お茶淹れは江利子が一手に引き受けた。今は三年生とはいえ元一年生。薔薇の館の住人となって三年目となれば、話を聞きながらでも手慣れたものである。

「……成程。そういうことだったの」

 あの見知らぬ生徒は、リリアンでは珍しい転入生らしい。
 そしてその転入生はここを訪れてすぐ、「喉が渇いた」と言って祐巳のカップを手に取り、それに口を付けた。その所為で祥子の機嫌は一瞬にして損なわれたというのだ。
 確かにその行動は褒められたことではないと、江利子も思う。しかもそれが大切な妹に対してとなれば、聖との日頃のやり取りでも見られるように、祥子が気を悪くするのは当然のことだった。
 次に由乃の方はというと。こちらは誰かに聞かなくても、江利子もおぼろげながらに理解出来ていること。単純に、恭也と仲良く話している転入生を羨んでいるのだろう。
 確証はないし、こういうことを他人がどうこう考えるべきではないのかもしれないけれど、由乃は高町恭也という青年に憧れのような感情を抱いている。――そう江利子は思っている。
 少し近寄りがたい雰囲気のあの青年は、江利子の耳に入る生徒達の雑談の中でも度々その名を登場させている。しかし淑女たるべきリリアン生だからか、それとも青年の方にこそ原因があるのか、はたまたその両方か。高町恭也と傍目に仲良く言葉を交わす生徒はそう多くはなく、江利子の知る中では山百合会メンバー以外に浮かぶ生徒がほとんどいない。もし由乃も自分と同じようなら、そんな青年と親密に話す生徒が目の前に現れれば、胸中穏やかではいられないのだろう。

「祥子と由乃ちゃんについてはわかった。それで、築山三奈子さんはどうして?」
「それは……」
「ああ、やっぱりいいわ。それにしても、おばあちゃんとしてはどうしたものかしらね……」

 話しながらも動かしていた手が最後のカップに紅茶を注ぎ終えると、江利子は自然と唇が弛むのを感じた。
 祐巳の口から、小さな溜息が漏れて聴こえた。










〜 第六回 〜










 今日、ゆうひが授業を受け持っている間、暇を持て余した恭也が古い温室を訪れた時のこと。その時、彼と彼女は出逢った。
 彼女は転入に関する提出書類の不備があったとかで、登校日を明日に控えながら学校を訪れたのだという。そしてふらっと立ち寄った温室で恭也と遭遇したらしい。

(ソノエ、ヨウコ……)

 それが、噂の転入生にして薔薇の館に現れた闖入者の名前だった。

「ふぅん。ヨウコ……紅薔薇さまと、同じ名前ね」
「花園の園に木の枝。そして葉っぱに子供の子で園枝葉子。字は違うとはいえ、薔薇さまと同じ音というのは光栄ですね」

 由乃は改めて思った。――この女、園枝葉子は曲者である、と。
 薔薇の館にズカズカと入って来てしでかしたことを抜きにしても、何しろあの黄薔薇さまに声を掛けられても、まったく臆する様子がない。
 山百合会を知るリリアンの生徒ならほぼ間違いなく。外部から来た学生でも、その毅然とした姿を前に多かれ少なかれ緊張する。それが薔薇さまという存在である。そして今の江利子はその薔薇さまとしての威厳を余すことなく表に出していて、初めて薔薇の館を訪れた一般生徒の祐巳を品定めしていた時よりも、気分が乗っているんじゃないかと思う程だった。……由乃の苦手意識だけではなく、恐らく。
 テーブルに戻って来た江利子がまずしたことは人払い。話したいことがあるので部外者は立ち去るべし、と三奈子を早々に追い払ってしまった。何かありそうなこの状況を逃してなるものか、と当然ながら三奈子も承服しかねたものの、「今日のことを記事にして、お客様と転入生の学園生活に多少なりとも害が出た場合、山百合会は今後の新聞部への協力を拒否する」と言われては引き下がるしかなかった。去り際に何か呟いていたようだったけれど、どうせ負け惜しみか何かだろう。
 そうして江利子は興味深そうな面持ちで、園枝葉子と話し始めたのである。

「それにしても、もうすぐ三年生というところで転校とはツイていないわね」
「まあ。親の都合とはいえ、扶養されている身としては反対出来るものでもなくて」
「そうね。でも慣れてしまえば、ここはいい学校だと思うわよ。生徒会長が自信を持って言うわ」
「その言葉を聞いて安心しました。……と言っても、江利子さまはもうすぐ卒業されてしまうのでしょう?」
「あら、それでもよ。私達の後を継ぐ生徒会は、私達の自慢の後輩だもの」

 由乃は改めて思った。――黄薔薇さまもやはり曲者である、と。
 話があると言って転入生を残したわけだけども、その話というのは本当に雑談のようだ。しかも何とも楽しそうに。
 ……それが、由乃としては少々気に食わない。

(黄薔薇さまったら、さっさと追い出しちゃえばいいのにっ)

 三年生の卒業を控えても、本格的に話を詰める段階にはまだないので、山百合会に切羽詰まった議題は今のところはない。だからリリアンの門戸を叩く新参の生徒が見学したいと申し出てきたのなら、断る理由も特にない。大きな心で扉を開き、温かく迎え入れるのが生徒会の器というものだろう。
 しかし、そんなのは建前。今すぐにでも退場願いたいというのが、由乃の本音だった。
 理由は簡単。
 園枝葉子という女が、まあ恥ずかしげもなく見せつけてくるからである。……何を、と訊かれれば、答えるのも腹立たしいものを。

「恭也さんに出逢って、そして山百合会の方々にお会いして。何だか明日からの生活への不安が、一気に解消されたみたい。ありがとう、恭也さん」
「いや……、そのお礼は俺に言うことじゃない」
「そんなことない。恭也さんに出逢えたからこそ、私はこうして薔薇さまとお話し出来ている。あの温室のような素敵な場所で出逢った二人には、物語りのような未来が待っているのではないかとさえ、私は思っているのよ?」
「はあ。だから君はそういうことを……」

 ――これだ。
 偶然の遭遇をまるで運命的なものであるかのように話し。そして由乃達の目の前で、恭也に随分と馴れ馴れしく接するその態度。
 しかもしかも。恭也は迷惑そうにしているのに……と言いたいところを、当の本人が助け船を求める程には迷惑にしている風ではないことも、由乃の不機嫌に火を注ぐ。
 それともまさか、堅物そうに見えるこの青年も、実は満更でもなかったりするのだろうか――。

「君、だなんて。お前、とでも呼ばれた方がいっそ力強くて素敵じゃない? ああでも、あまり亭主関白なのは困るかしらね」
「鳥居さん……」
「そうですね。それにしても恭也さんったら、冗談との区別を付けてくれないのだもの。告白のし甲斐がないったら……」
「あら大胆。三奈子さんがいたら、婚約記事でも載ってしまいそう」

 自分とは比べるまでもなく。江利子にも劣らない大人びた顔で口を尖らせて拗ねる葉子は、同性から見ても可愛らしい。一見して綺麗という印象が強いわりに、そんなキュートさをも、この園枝葉子は持ち合わせているのだった。
 そしてそこに、二人を煽るように冷やかす江利子までいるのだからタチが悪い。

(この女を帰さないのなら、せめてそっちがお帰りくださいっての……)

 もちろん三年生相手にそんなことを言える筈もなく口を噤んでいると、そこでようやく由乃は気付いた。誰彼と分け隔てなく、こういう状況が嫌いそうな人物がここにはいるのだ、と。
 潔癖な性分のお姫様、小笠原祥子さま。はっきり言って彼女なら、由乃の何割増しかで怒りのバロメータを上げているに違いない。
 ……それはそれで自分も怖いことなのだけど。
 が、この状況では一つの手段。堪忍袋の緒が切れた祥子が葉子を追い出すというのもアリではないか。そんな密やかなる期待を持って、由乃は祥子を覗き見る。

「……あれ?」

 なのにどうしたことか。その祥子は、何食わぬ顔で隣の祐巳と話していた。

「何かしら?」
「あっ、いえ、何でもありません……」
「そう?」

 由乃の視線に気付いても、その視線の意味には気付かぬ祥子。
 ――ああ、祐巳さん。そういえば、あなたまで何事もなく楽しそうに。
 あまりにもいつも通りな紅薔薇のつぼみとその妹の姿に、毒気を抜かれたように由乃の温度が沸点を下回る。

「ねえ、由乃ちゃん」

 少し落ち着いたところで声を掛けられて、由乃は江利子に向き直った。返す視線にとがった硬さがある気もするが、まあ許容される範囲だろう。
 江利子も別に気にした様子はなく、そのまま言葉を続ける。

「由乃ちゃんは葉子さんのこと、ずるいと思わない?」
「は?」

 ずるい、とは何でまた?
 恭也と仲良く話しているのは確かに少し気に食わないけれど、それをずるいと責めるのは子供染みている。――そう由乃は気付いたばかりだ。悔しいが江利子なら、最初からそんな嫉妬はしていない筈なのに。

「葉子さんってば、恭也さんと随分と親しそうなんですもの」
「――って、黄薔薇さまもっ!?」
「私も、というのはどういう意味かしら?」
「そ、それは……別に」

 ふうん、と口の端を上げる江利子に愛想笑いを繕って、あわや暴露というところで踏み止まる。
 令のことでなら今さら隠す必要はないけれども、恭也のことではおおっぴらな発言は出来ない。本人の前ならなおさらだ。

「コホン。それで、黄薔薇さまの仰ったことですけど……」
「私達は高町さんのことを、『高町さん』と呼んでいるでしょう? 葉子さんは『恭也さん』なのに」
「……それは、まあ」
「だから由乃ちゃんもどうかな、と思って」
「どうかな、って?」

 江利子の言いたいことは、つまり……。

「名前で呼ぶ方が、より親しくなれる感じがしない?」
「それは――」

 江利子の顔に浮かぶ満面の笑顔。その笑みに妙な悔しさを覚えながらも、由乃はそれ以上の胸の弾みを感じる。
 リリアンでは生徒同士、名前で呼び合う習慣がある。しかし外部の、特に異性に対しては、必ずしも当てはめるものではない。現に学園祭の助っ人として来ていたお隣の男子校の柏木優氏のことも、彼の親戚である祥子以外の者は名字で呼んでいた。やはり同年代の男性を名前で呼ぶのは、花も恥じらう乙女としては少々気恥かしいのだ。まあ柏木氏については、ただの一時関わるに過ぎない相手だったからというのもあったのだけれど、それを言うと一ヶ月程度の特別講師の付き人としてやってきた青年も同等な気がしないでもないので、由乃はそれは考えないことにした。
 とにかくそういったわけで。
 高町恭也という青年のことを名字ではなく名前で呼ぶことは、由乃にとってはなかなかの一大事だ。
 が、しかし――。

「では恭也さん、そういうことですので。私達も『恭也さん』とお呼びしてもよろしいですよね?」
「え、ええ。別に自分は構いませんが」
「だそうよ、由乃ちゃん」

 ……やはり江利子の向ける表情が、無性に癇に障る。恩着せがましい……とまではさすがに悪態をつかないにしても、それ寄りのニュアンスが含まれている気がするのは由乃の考え過ぎか否か。普段の江利子を思えば、あながちないとは言い切れまい。
 そもそも何で、そんな顔をされるのだろうか。それは確かに恭也に対して、憧れのような感情を抱いてはいるかもしれないのは認めないでもないけれど。

「ん? どうしたの、そんな難しい顔して」
「……」

 どうにも江利子の笑顔が、意味ありげにニヤニヤ笑っているように見えてしょうがなくなってきた。

(あ、マズイ。何で『これじゃ負けだ』みたいな気分になっているの、私――)

 宿敵とも言える江利子にお膳立てされたような状況が悔しいのだろうか。……ああ、そうだ。多分きっと、そういうことなのだ。
 だったらどうする?
 折角の恭也との歩み寄りというかお近付きというかのチャンスを、変な意地を張ってふいにしてはいけない。
 ――ならば。

「恭也さんっ」
「は、はい……?」
「それです、それ!」
「は、はあ……?」

 椅子から立ち上がった由乃に突然に指を突き付けられて、恭也は何事かと目をしばたたかせている。
 しかし指で差すという行為ははしたないと思いつつも、由乃は止まらない。いや、止まれない。
 作られた流れに乗っただけなのがいけないのなら、自分の足でさらに踏み込め。ライバルの思惑の、さらに上を行ってやれ――。

「その口調。園枝葉子さまと話す時には、そうじゃないじゃないですか」
「……ええ、まあ、そうですね」
「だったら私にも同じようにしてください。常日頃からそういう話し方をしてるのだったら構わないけど、かしこまられてるだけなら話は別だわ」

 自分の考えた筋書きの上を行かれたからか、江利子は目を丸くしている。視界にそれが映り、由乃は少し気持ちがよくなった。

「いいですか、恭也さん?」
「しかし、あまり校風にそぐわないと……」
「学校と話すわけじゃないでしょ。そりゃ、私が恭也さんをお客様と捉えるか、恭也さんが私を働き先のお嬢様と考えるか。そういうことで言葉を選ぶのもありでしょうけど、私は私個人として恭也さん個人と話したいの。四つも五つも年上の男の人に気を遣われると、かえって疲れるわ」

 勢いに任せて言い出したわりに、結構的を射ているのではないだろうか。
 やはりよそ行き用に気を使った話し方だったらしい恭也は少し俯き考え込むと、

「……わかった。お言葉に甘えて、とりあえずは普通にやらせてもらうけど、それでいいかな?」

 そう言って、由乃に苦笑を投げ掛けてきた。

「あ、う……」
「由乃さん?」

 由乃は返答に窮してしまう。
 別に、言葉が見つからないというわけではない。それでいいかと問われたら、イエスの一言で片がつくのだから。
 なのに答えが返せないのは、恭也の笑顔にあてられたから――、なんて気恥かしい理由のせいだった。
 これまでにも少なからず色んな表情を見てきて、その中には笑顔もあった。しかし、その口から素の言葉が共に出ただけで、恭也の存在がずっと身近になった気がする。

「呼び捨てはさすがに考えさせてもらうとして。ただ言葉遣いというのは、行動にも影響が出るものだから。あまり気安く感じ過ぎたら言ってくれ」
「え、ええ。……こちらこそ」

 これまた由乃は返答に困った。
 何故ならその心配は、自分にこそ当てはまることかもしれないのだから。





「志摩子、来なかったわね」

 祥子は扉を開けて、振り返らずに言った。

「はい……。教室を出る時には、何も言っていなかったんですけど」

 背後の祐巳の声には、微かに心配の色が見える。何も言っていなかった、という言葉には、具合が悪そうという風でもなかったことも含まれているのだろう。
 しばらくのティータイムを過ごしていれば、遅れてやって来るだろうと思われていた志摩子は、祥子が二度のおかわりをしても結局現れず。そうこうしているうちに、何故か満足そうな顔をした江利子が試験勉強の為に帰ると言ったので、紅薔薇ファミリー(といっても、つぼみとその妹だけだけれど)もそれに同調し、ならば全員解散、と相成った。
 黄薔薇さまは家に。その孫は、部活動に励む姉の元に。黒尽くめの青年は仕える主人の元に。突然の客人はいずこかに。皆次々に去って行き、館を出るのは紅薔薇のつぼみと妹の二人が最後だった。

「ちょっと靴、見てみます。まだ残っているのなら、入れ違いで来ちゃうかもしれないし」
「平気よ。特別話すこともないのだし。仮にこの後にやって来たとしても、私達が来ていた痕跡に気付けばすぐに帰るわ。誰も来ないのに待ちぼうけるほど、あの子は抜けてないでしょ」
「……私と違って?」

 確かに少しそんなことを考えながらの祥子の言葉ではあったが、祐巳はどうやら気付いてしまったようだ。鈍感な妹に気取られてしまうほどに表情に出ていたのかと、祥子は自らの失敗を反省した。しかし祐巳の拗ねる表情が控えめなことから、本人も強くは言い返せないくらいの自覚があるらしいので、まあ謝るようなことでもないだろう。

「とにかく。あの子のことだから、何か理由があるのでしょう。それは祐巳が聞いておいて。詰問するようなことでもないから、言いたくなさそうだったらそれでいいから」
「はい」

 志摩子の話はこれで終わり。
 ここからはまた、取り留めのない話の再開だ。

「ところでお姉さまは葉子さまのこと、どう感じました?」

 ――と思ったら、祐巳の持ち出した話題は祥子の予想していないものだった。
 いや。出てもおかしくないどころか、出ない方がおかしいくらいに旬の話題なのだから、それを考えていなかった祥子の方が迂闊なのだろうけれど。

「どうって……別に。明るい人柄だとは感じたけれど、別段強く興味が惹かれるとかそういうことはないわ」

 素っ気ない声で祐巳の問いに答え、祥子は自然と出たその言葉に、自分で少し驚いた。大きな関心を抱いたわけではないのが本当だとして、それにしても声が思ったよりも冷めていたからだ。
 そして思う。自分はあの園枝葉子という少女を、本当に気にかけていないのだろうか? ――と。
 祥子がサロンで葉子と交わした言葉は、自己紹介を除くと五本の指で間に合ってしまうだけしかない。あとは祐巳とばかり話していて、江利子や由乃ともろくに話をしなかった。特に江利子は進路のことで顔を出すことが減っているのだから、自分の姉ではないとはいえ話せる時に話しておいて損のない相手のはず。
 ……これはつまり、自分は葉子のことを無意識のうちに意識していた、ということではないだろうか。頭の中を探してみれば、彼女が話していたことも記憶されているのだから、それが証拠にもなるだろう。

「高町さんと葉子さまのお二人、あの温室で出会ったんですよね。やっぱりあの温室は、特別な何かがあるのかな……」

 微かに惚けたような声色でそう言う祐巳。妹の頭に描き起こされたのが、自分と彼女が姉妹になる前の出来事だとわかる祥子は、自分もそれを思い出して祐巳に微笑み掛けた。しかし、

「あの温室がなくても。たとえ……そう、ロサ・キネンシスがなかったとしても。私と祐巳はきっと姉妹になっていた。今の私には、そう思えるけれど?」

 祐巳の言葉への同意は口にしない。こう思うことは本心だから。
 そして、少し目を丸くしている祐巳に、祥子はさらに続ける。

「私達にとってあの温室が特別な場所になったのは、あそこで何かがあって、それを特別だと思い返すことが出来るようになったからよ。あの温室だから、というのは後付けでしかないわ。多くはないけれど他に出入りしている人もいて、その全員に特別なことがありはしないでしょうし。だからあの温室で何かがあったとして、それが特別なことであるとは限らないのよ」

 言葉がそこで終ると、祐巳はそれを何度か頭の中で再生する素振りを見せ、祥子に向って微笑みながら小さく頷いて見せた。
 そして祥子の話に納得出来たのか、その辺の話題からほんの少しだけ逸れた脇道へと入り込む。

「そういえば気になったんですけど」
「何?」
「葉子さまが、高町さんにロサ・キネンシスを教わった、って言っていたけれど。高町さんてお花とか詳しいんでしょうか?」

 祐巳のそんな疑問に、祥子は視線を前に戻し、そして何となく素っ気ない答えを返した。

「盆栽が趣味だというから、植物には詳しいのではないかしらね」











あとがき

 ごきげんよう。

 祐巳と瞳子ちゃんが姉妹になる前に書けたー・・・って、新刊は短編集でした。
 まあでも、内藤克美さまがいるのでいいのですが。

 で、SSのことですが、スローなりにもちょこっと前進。
 やっとこさ、由乃と江利子が恭也を名前で呼ぶことに&由乃に対しての恭也の言葉遣いが猫皮を脱ぎました。
 ちなみにこの辺(2月上旬)の黄薔薇さまには自信がありません。ヒゲ先生の一件の時に「合格していた」ことがわかるものの、合格日は多分出てないと思うので。
 とりあえずは試験勉強中、ということにさせていただきました。

 以上、三奈子さまが出てて蔦子さんが出てないってのはどうよと思わないこともないUMAでした。




由乃が大暴れ?
美姫 「別段、暴れてはないけれどね」
まあな。しかし、この葉子という生徒は大したもんだ、うんうん。
美姫 「彼女の登場で何がどうなるのかしらね」
大人しく引き下がった三奈子の動向も。彼女はこのまま大人しくしているのかな。
あー、次回以降も楽しみです。
美姫 「次のお話もお待ちしてますね」
待っています。



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