トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜第1章 始まりの夏

  1 銀髪の少女

  * * * * *

 ――5月30日13:07。

 海鳴市駅前。

 改札を出たところで、少女はいきなり数人の男に囲まれていた。

 どこの街にでもいる不良、チンピラといった種類の集団である。

 少女はナルシストではないが、自分が人目を引く容姿をしていることは自覚していた。

 それが元で、このような連中に絡まれたのも一度や二度ではない。

 そんなときは大抵一緒にいる兄か友人が撃退してくれるのだが、あいにく今日の彼女は一人だった。

「ねえ、彼女一人。俺たちと一緒に遊ばない?」

 と、お決まりの台詞を言ってくる男に対して、少女は露骨に嫌そうな顔をする。

 こういう相手には何を言っても無駄だと経験から知っていたから。

 幸い彼女には対抗手段があった。

 知らない土地に一人で行くということで、何かあった場合の対処手段は一通り備えている。

 その中にはスタンガンや催涙ガスといった護身用装備の類もあって、それらを使えば……。

 少女の脳裏に100万ボルトの電気ショックを受けて感電死する不良学生の姿が浮かんだ。

 さすがにそれはまずいだろうと思い、少女は懐に忍ばせておいた催涙ガスのボンベへと手を伸ばそうとする。

 それをどう思ったのか、いきなり男の一人が少女の腕を掴んだ。

「痛っ、何するんですか!?

「うるせぇ。いいから大人しくついてきな。そしたらたっぷりいいことしてやるからよ」

 下卑た笑いを浮かべて男がそう言ったときだった。

 不意に横から伸びてきた手が男の手首を掴んで締め上げた。

「いててて。何しやがる!」

 あまりの痛さに思わず少女の腕を掴んでいた手を放すと、男は自分の手を掴んでいる人物を睨みつけた。

 そこにいたのは12,3歳くらいの少年だった。

 だが、男の視線を受けても平然としているその雰囲気はどこかずっと年上のようにも見える。

「嫌がる女性を無理矢理、それも数人掛かりでとは。とても男のすることとは思えないな」

「んだとぉ」

「このガキ、痛い目見たくなかったらとっととどっか行きな」

 少年の言葉に色めき立つ男たち。

 それを見て少女は少し慌てた。

 まさかこんなことになるなんて思いもしなかったのだ。

 こんなことならさっさと自分で始末しておけばよかった……って、そうじゃなくて。

 混乱し出す少女の目の前で事態は急展開を見せた。

 少年が男の手首を掴んでいた手を放すと、その男の鳩尾に掌打を叩き込んだのである。

 小さく空気の抜けるような音がして、男は地面へと倒れる。

「このっ!」

「や、やりやがった」

 倒れたままぴくりとも動かない仲間を見て、他の男たちが口々にそう叫ぶ。

「いや、さすがに殺してはいない。だが、これ以上見苦しい真似を続けるというのなら……」

 少年の目に微かな怒気が浮かぶ。

「ち、ちくしょう」

「お、覚えてやがれ」

 これまたお決まりの捨て台詞を残して男たちは逃げていった。

「ふぅ。……お怪我はありませんか?」

 軽く溜息を漏らし、それから少年は少女へとそう尋ねる。

「あ、うん。大丈夫」

「そうですか」

 少女の答えを聞き、少年はほっとしたようだった。

「君のほうこそ。高校生相手にあんなことして、仕返しされたりしないかな?」

「大丈夫だと思います。たぶん」

「そっか。とにかく助かったよ。ありがとうね」

 そう言って屈託なく笑う少女に、少年はしばし見惚れてしまった。

「そうだ。助けてもらったんだから、何かお礼しないとね」

「いえ、俺は当然のことをしただけですから」

「でも、ううん。だからこそ、だよ。それに、このままじゃわたしの気が済まないから」

 少女は相変わらず笑顔だったが、どうやら譲る気はないらしい。

「とりあえず、どこか落ち着いて話せる場所ってないかな」

「はぁ、喫茶店でよければ知ってますが」

「うん。じゃあ、まずはそこに案内して」

「分かりました。こっちです」

 少年は諦めたのか先に立って歩き出す。その後を少女はにこにこしながらついていく。

「そういえば名前聞いてなかったよね」

 しばらくして少女が思い出したようにそう言った。

「自分は高町恭也と言います」

「恭也君ね。わたしは神代咲耶。よろしく」

 そう言って少女、咲耶は恭也の前に回り込むとまた屈託のない笑みを浮かべるのだった。

  * * * * *

 ――5月30日13:32。

 海鳴商店街・喫茶翠屋店内。

 昼のピークを過ぎて疎らになりはじめたフロアに、新たな客の来店を告げるドアベルの音が響いた。

「いらっしゃいませ!」

 明るい声と共にウェイトレスの少女がその客を案内するために入り口へとやってくる。

「あら、恭也君じゃない」

 アルバイトらしいその少女は見慣れた顔に思わず表情を緩めた。

「いらっしゃい。そっちの彼女は君の恋人かな?」

「ち、違いますよ。駅前で偶然知り合っただけです」

 からかうようにそう言う少女に、恭也は顔を真っ赤にして否定する。

「そんな思いっきり否定しなくてもいいじゃない。お姉さん、ちょっと悲しいよ」

「あ、その、す、すみません……」

「そうよね。君みたいに素敵でかっこいい男の子にはわたしなんかじゃ吊り合わないものね」

 そう言って肩を落とす咲耶に、恭也は慌ててフォローを入れようと口を開く。

「いえ、その、咲耶さんは十分に魅力的だと思います」

「え?」

「その、目とか髪とか綺麗ですし、何より笑顔が……」

 混乱した頭で何を言っているのか。

 いつの間にか恭也が彼女を口説いているような格好になっている。

「あー、いいところを邪魔するようで悪いんだけど、そこ入り口だから」

 咲耶は咲耶で顔を赤くして俯いてしまい、見かねた少女は二人をテーブルへと案内した。

 そこへ騒ぎを聞きつけた桃子が店の奥から顔を出す。

「あらあら。こんなかわいい子を連れてくるなんて、恭也も中々やるわね」

「か、かーさん!」

「照れない照れない。ほら、ちゃんと紹介しなさいよ」

 慌てて声を上げる恭也の脇腹を肘で突っつきながら、桃子はチラリと咲耶のほうを見る。

 その口元に楽しそうな笑みが浮かんでいることは言うまでもない。

「あ、あの。恭也君のお母さん、ですよね?」

「ええ、わたしはこの子の母親でここ、翠屋の店長兼菓子職人の桃子さんよ。よろしくね」

 そう言って軽くウインクする桃子に、咲耶は曖昧な微笑を浮かべて頷いた。

「かーさん、仕事のほうはいいのか?」

「見ての通り、ようやく一段落したところよ。それより恭也、あんたこそ」

「何だ?」

「またまたとぼけちゃって。これでもなのはのほうが早いんじゃないかって心配してたのよ」

「いや、さすがにそれはないと思う」

「そうよね。現にこうしてこんなにかわいい彼女を店に連れてきてるんだし」

「だから、違うって言っているだろう!」

 言ってから恭也ははっとして彼女を見た。

 咲耶は目の前で繰り広げられた親子のやり取りに思わずぽかんとしてしまっていた。

「と、とりあえず、注文してもいいですか?」

「あ、ああ、そうよね。うちは軽食もあるけど、どうする?」

 そう言ってメニューを差し出す桃子に、恭也が白い目を向ける。

「お勧めの紅茶とシュークリームのセット。それと、あとサンドイッチの……えっと、これとこれをホットで」

「俺はコーヒー」

「はいはい。それじゃ、少々お待ちください」

 最後はちゃんと営業スマイルを浮かべて去っていくあたり、さすがはプロである。

「楽しいお母さんだね」

「済みません。騒がしくて」

「別に。わたしはいいと思うよ。明るくて、こっちまで元気になっちゃいそうじゃない?」

 そう言って微笑む咲耶に、恭也も少し笑った。

「でも、よかった。海鳴に来て最初に出会った人たちがこんなにいい人たちで」

「こちらにはどういったご用で?」

「静養、かな」

 テーブルに頬杖をつきながら、窓の外へと目をやって咲耶は言う。

「わたしね、生まれつき体があんまり丈夫じゃないの。それで、ね」

「済みません。何か立ち入ったことを聞いてしまったようで」

「あはは。恭也君、さっきから謝ってばかりだね。わたしは全然、気にしてないのに」

「済みません」

「ほら、また。そんなに謝ってばかりだと早くに年を取っちゃうよ」

 そう言ってくすくすと笑う咲耶に、恭也は小さく苦笑する。

 実は今でも家族には枯れているだのおじいちゃんみたいだのと散々言われているのだが。

「そういう咲耶さんはさっきから笑ってばかりですよ」

「いけない?」

「いえ、そんなことは」

 かわいらしく小首を傾げる咲耶に恭也は柔らかな微笑を浮かべてそう返す。

 その笑顔に見惚れつつ、赤くなった顔を隠すように彼女はそっと視線を逸らすのだった。

  * * * * *

「それじゃ、ごゆっくり」

 ほどなくして注文した品を持ってきた桃子は珍しくそう言ってすぐに引き下がっていった。

 それに恭也が怪訝な顔をしつつ、目の前に置かれたコーヒーへと目を向ける。

 とりあえずどこも怪しいところはなさそうだ。

 可能性があるとすれば彼女の紅茶だが、さすがに客に出すものに細工したりはしないだろう。

 桃子もプロである。

 尤も、知人の祝い事などで店を貸切状態にしているとなれば話はまた違ってくるのだが。

「美味しい……」

 そんな恭也の考えを他所に、紅茶に口をつけた咲耶は思わず感嘆の息を漏わした。

「わたし、葉のこととかよく分からないけど、こんなに美味しい紅茶飲んだのはじめて」

「そう言ってもらえると母も喜びます」

「それだけじゃないよ。このシュークリームだってとっても上品だし、サンドイッチだって」

 やや興奮した調子でそう言う咲耶に、恭也は微かに苦笑を浮かべる。

「よろしければこれも食べてください。俺は甘い物は苦手なものですから」

 そう言って、恭也は桃子が注文とは別に置いていったアップルパイの皿を差し出す。

「いいの?ありがとう」

 咲耶は嬉しそうに口元を綻ばせると、早速その皿へと手を伸ばした。

「でも、大変だよね」

「何がです?」

「甘い物が苦手って話。喫茶店の息子なら、新メニューの試食とかもさせられるんでしょ?」

「ええ、まあ」

 何気ない調子でそう言った咲耶に、恭也は苦い顔をする。

 まさにそれこそが彼が甘い物が苦手になった理由だった。

 そんな恭也の表情を見て、咲耶が名案を思いついたとばかりに手を打った。

「ねえ、こっちにいる間は恭也君の分の味見をわたしが代わりにしようか」

「いえ、それでは咲耶さんに迷惑では?」

「そんなことないよ。わたし甘い物好きだし、さっき助けてもらったお礼ってことで」

 ダメかな、と上目遣いに見上げてくる咲耶に、恭也は思わずどきりとした。

「い、いえ、そんなことは……」

「決まりね。じゃあこれ、わたしの携帯の番号。試食会のときはここに電話して」

 そう言って咲耶はナプキンにペンを走らせると、それを恭也に手渡した。

「もちろん、それ以外でもね。わたし友達あんまりいないから、仲良くしてくれると嬉しいな」

「はい。俺なんかでよければ」

 恭也は照れたように赤くなりながらそう言って頷く。

「なんか、じゃないよ。わたしは恭也君と仲良くなりたいの。ダメ、かな?」

 そう言ってまた下から見上げてくる彼女に恭也はどぎまぎしてしまった。

「うふふ、ちょっと意地悪。ごめんね」

「は、はぁ、あんまりからかわないでください」

 ちろりと舌を出してそう謝る咲耶。

 その姿があなりにかわいくて、恭也は今度こそ真っ赤になって沈黙してしまった。




  * * * * *

  あとがき

龍一「恭也と咲耶の出会い」

知佳「何ていうか、お約束じゃない?」

龍一「でも、らしいだろ?」

知佳「まあ、そうなんだけどね」

龍一「さて、これから徐々にトラハキャラが登場してくるわけだが」

知佳「SS書くのってこれが初なんでしょ。ちゃんと皆のこと把握してる?」

龍一「た、たぶん」

知佳「しっかりしてよ。トラハってことで読んでくれた人の期待を裏切っちゃダメだからね」

龍一「精進します」

知佳「さて、時間も押してることだし、今回はこのあたりで失礼しよっか」

龍一「おう、そうだな。それでは読んでくださった方、ありがとうございました」

知佳「次回もお楽しみに」

ではでは。




投稿ありがと〜。
美姫 「さて、今回は恭也と咲耶の出会い〜」
この咲耶って、あの咲耶?
美姫 「うーん、神代だしね〜」
まあ、それはそれとして…。
早くも一つの出会いが行われた…。
美姫 「これから、どんな展開が待っているのかしら」
楽しみにしてますね。
美姫 「それじゃあ、また次回で〜」



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